もうひとつの日本

今日、Life is beautiful の中島聡さんと Tech Mom from Silicon Valley の海部美知さんの講演会に行ってきた。このお二人が最近本を出版したので、その記念講演である。(中島聡著「おもてなしの経営学」と海部美知著「パラダイス鎖国」)その話を聞きながら、この日本の中に「もうひとつの日本」を作る必要があるのではないか、と強く思った。

中島さんが「シリコンバレーでは、エンジニアが神。エンジニアが最大の付加価値を生むからだ。引き換え、日本の SI 業界では営業活動に大部分の開発コストが消える。エンジニアへの報酬はわずかしかない。本当に効率が悪い」と言っていたが、私としては強く頷くしかない。私もカナダにいるときは、技術者の社会的地位がぜんぜん違うものだなと常に感じていた。私自身がソフトウェアエンジニアなので、うらやましいと思う部分もあるが、それ以上に、次世代の中核技術である IT を扱う技術者を低く扱う日本の行く末が心配になった。日本の場合、ソフトウェアエンジニアに直接間接に職を与えているのは 7・8割は製造業であるような印象がある。(統計に当たったわけではないので、あくまでも印象論にすぎないけれども)製造業では、ソフトウェアエンジニアは工場のライン労働者と同じ視点で捉えられる。とすれば、工場で働く労働者より大幅によい待遇が期待できるわけがない。それに対して、シリコンバレーの IT 企業の多くは、そうした製造業のバックグラウンドとは関係ないところで成立した。それゆえに、ソフトウェアエンジニアに対して正当な評価が与えやすく、それがよいソフトウェアエンジニアの再生産につながるという良循環が生まれたのだろう。

分裂君が「日本以外にもいいところはいくらでもあるよ」と言っても、はてなブックマークを見ると「いや、俺は日本と共に没落する」と言って外国に目を向けようとしない人々がいる。彼らのうちの何割かは、はてなのユーザー層から推して、日本の SI 業界の重層下請構造で苦しむソフトウェアエンジニアだろう。彼らは、純粋に日本的な環境のなかで日々苦しみながらも、そこから抜け出そうとは考えないようだ。

一方「ものづくり教」を信奉し、ソフトウェアがますます最終製品の付加価値の多くを占める技術的な趨勢のなかで、ソフトウェアエンジニアを酷使する製造業の経営者たちがいる。それでも、エンジニアたちは、たとえ残業地獄で、給与はすずめの涙でも、とりあえず飯が食えているのだからと職場を逃げ出さないのだから、これは一種の共依存の関係ともいえるのかもしれない。

私自身は、そんな不健全な関係がいつまで続くのか疑問に思っているが、ここでは不問に付そう。私の見通しだって間違っているかもしれないし、日本の現状に満足している人たちにあえて苦言を呈しようとは思わない。しかし、SI 業界には、数は多数派ではないかもしれないが、IT を愛しながら、この業界の不毛な構造に心底嫌気が差している人々もいる。そういう人たちが逃げ出せる「受け皿」が日本の国内にあってもよいのではないか?

海部さんの有名なフレーズは「パラダイス鎖国」だが、その鎖国をしていた日本にさえも長崎の出島という外国との接点があった。そこから日本人は世界の動向を知り、蘭学を発展させ、幕末の国際的危機を察知した。もし出島がなかったら、明治維新は成功せず、日本は列強の植民地にされていたかもしれない。

日本が幕末に横浜を開港したあと、横浜は世界中の人々が住む国際都市に発展した。そこから、日本人は外国の事物を知り、貿易を行い、新時代に備えた。幕末の横浜は一種、異様なところで、そこで活躍する日本人たちはマゲを解き、洋服を着、牛肉を食べていた。その一方で、大多数の日本人たちは、マゲを結い、武士は帯刀し、和服を着て、士農工商の日本的なしがらみの中で生きていた。横浜は、「もうひとつの日本」とも呼べる土地ではなかったか。

いまも、大多数の日本人たちは、擬似終身雇用的な環境で転職もままならず、職場の人間関係のどうしようもないしがらみの中で生きている。そんな状況に不満を感じるひとたちが、逃げ込める出島や横浜のような場所が必要ではないか?

出島や横浜の例を出したのは、単なる比喩ではなく、日本人自身、外国人との付き合い方を考えなければならないという部分があるからだ。自動車産業の首脳たちは「日本の自動車産業の強みは、国内の部品メーカーとの緊密な協力関係にある」と言ってはばからない。いわゆる日本的な「あうんの呼吸」というヤツだ。しかし、それでは日本企業は優秀な外国人の力を利用することができない。日本の産業界全体が、「日本人の仲間内だけで働く」という選択肢に賭けてしまうのは、あまりに危険ではないだろうか。だから、それが多数派にならなくてもいいから、江戸時代の出島や横浜のように、日本人が外国人と緊密に協力して働けるような場所が、日本国内にあるべきだ。結局、自動車産業の首脳たちの言うことが正しくて、日本人だけ働くことが正解なのかもしれない。ただ、それがこの先うまくいかなくなったときのバックアッププランが必要だと思うのだ。

この「もうひとつの日本」とその他の地域は、対立するものではなく、補完しあうものだ。私は、旧来の産業に不安は抱くものの、悪意を持っているわけではない。共存できるし、共存すべきではないだろうか。