不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

唯一覚えている久米宏の事

久米宏さん死去「ニュースステーション」キャスターや「ザ・ベストテン」司会 フリーアナウンサー | NHKニュース | 訃報、テレビ局、埼玉県

 私は小学校低学年の時は夜の八~九時には寝ていて、時折十時くらいまで起きている事があれば「夜更かしをしている」とちょっとドキドキしたもので、そんな時間に親がよく見ていたテレビが『ニュース・ステーション』だった。だから私にとって久米宏は「夜の人」であった。高学年で中学受験体勢に入ってからはそんな時間でも起きている事はざらになるけどずっとその印象を持っていて、私がいわゆる「報道番組」を見始めた最初の番組が『ニュース・ステーション』だった(そのあと『ニュース23』になって、いまはNHKのニュースくらいしか見ない)。ただ番組全体はともかく、久米氏の事は好きでも嫌いでもなくこれといった思い入れはないし、『ニュース・ステーション』以外での久米氏の事はよく知らない。一つだけはっきり覚えているのは、同番組でアンソニー・ホプキンスにインタビューしたらけんもほろろの対応をされた事だ。ホプキンスが何でそんな態度になってしまったのかは忘れたけれど、たしか最後の質問で「最後の晩餐は何を食べますか」みたいな質問を久米氏がしたら、取材場のテーブルの上を指さして「その花」と冷たく言った事は覚えている。何も訃報でこんなエピソードを思い出す事はないと自分でも呆れるが、しかしまぁこれも一視聴者の思い出ではあるのかもしれないな。

一月一二日、甘いもの

 三連休の最終日はもちろん出社で、労働労働また労働であった。詰まっているから仕事をするが、仕事をして休まらないからはかどらない。休日出勤を違法にしてくれ(なったらなったで別の方法で仕事するんだろうな)。今日の上司はさすがに二日連続みたらし団子は買ってこなかったが、レーズンサンドを買ってきたので一ついただく、みたらし団子ほど好きではないが甘いものは欲しい。

一月一一日、一〇〇〇一

 年明け休み明けの一週間は忙しいもので、それを乗り切ったところに三連休があるのはよくできているなと毎年思うも、私は毎年その三連休はばっちり仕事になるスケジュールなので、毎年ぐったりしている。昨夜、カミさんがみたらし団子を買ってきてくれていて、それだけが生きる糧、生きる希望としてあった。そのみたらし団子は今朝早速食べて、京の店だから醤油よりも出汁が強めでなかなかおいしかった。たかが団子でも景気づけになるものだと思って会社に行くと、あとから来た上司が「駅で売っていておいしそうだった」と手にしていたのは、まさかのみたらし団子であった。みたらし団子のバッティングは早々ない気がする、それとも各地の催事でみたらし団子が出る季節なのだろうか、花見の時期でもないのに。重なっても好物なので一本いただく、これもうまい。みたらし団子で今日を生き延びた。

一月一〇日、今年も始まる

 今年も始まった休日出勤、修羅後には休みがもらえるがあれでトントンになっているかというと明らかに労働日の方が多いので、見て見ぬふりをしている。今日はさほど棍詰めるような作業はないが、だからといって軽い休日出勤というものはないのだ、いつだってかったるくてだるい。一方フリーのカミさんはカミさんで差し迫った仕事の〆があるので一日中「ギャンギャンにやっていた」(本人の言葉)そうな、ハードワーカー夫婦だなと改めて思う新年早々であった。

年末年始に読んだ本

 Readsにも記録をつけているが、こちらにも年末年始に読んだ本をざっと列挙しておく。並べてみたらそこそこの数は読んでいたんだな。わりとジャンルを気にせず何でも読む方なのだが、それでもやはり好みに偏ってしまう事が多い。読みたいものから読めばいい気もするし、そうしたらいつまで経っても手を出さないものもあるだろうし、そのへんのバランスは毎度悩むところ。もう少し硬いというか、学術書や骨太なノンフィクション、人文書も読もう。以前は読み出したら最後まで読み通そうとしていたが、最近は乗れないな、つまらないなと思ったものは途中で一旦やめるようになった。そのうちまたね、という軽い気持ちでその方が数も読めるし再読もしやすい。それでも合わない駄目な本というのはあるけれど。

季刊日記 創刊号: 特集:日記のたのしみ/日記とホラー

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本の山

 久し振りに読書熱が戻ってきて、できれば年末休みに入る時に戻ってきて欲しかったのだがその頃はまだ疲れ切っていて『マリオカート』で急カーブをドリフトで切り抜ける事くらいしかできなかったのだから仕方ない。『なぜ働いていると本が読めないのか』がベストセラーになったのだが、タイトルを見て「働いているからじゃないですかね」と思ってしまうともう食指が動かなくなってしまった。内容はタイトルだけでなく読書傾向や読書論らしいのだが。ともあれ、仕事が始まってからでも合間を見て本を読んでいて、これはこれでいい読書だ。たっぷり未読本があるのにさらに買って、その山から読み出せばいいのに何故か全く別の本の谷から発掘してきた一冊を読み出したりして、部屋の中にある本を全部読み終えるような時は来ないのだろうな、これからも増えるだろうし、楽しみがいっぱいだ。

大盛り無料に抗って

 何度も書いていると思うが私はたしかに食の欲求が強めではあるけれど決して大食漢ではない。そりゃあ部活動もしていた十代はガッツリ食べていたけれど、二十代に入ってからは普通の量で、もういまや中年になってからはだいぶ減った。当然大盛りにもしない。有料ならもちろん大盛り無料であっても、定食のご飯でも、好物のカレーでも、はたまたラーメンでもしないしラーメンにライスをつける事もしない。ところが、パスタだけは大盛り無料に抗えない。「大盛り無料ですが」と言われると、「あ、じゃあ、お願いします」とつい言ってしまう。時折り心折れず「普通で」と抵抗が成功する事もあるが、何故かパスタだと普通サイズが物足りない。かといって大盛りだとちょっと多くて、その間はありませんかと言いたくなる。今年はパスタ大盛り無料に抗うぞと誓っている。これを書く前、すでに今週二回ランチでパスタを食って、二回とも大盛り無料に敗北しているのは秘密だ。