1989年5月、町田PLAY HOUSEにて初ライブを行う。X(後のX JAPAN)のYOSHIKIやHIDEに見初められ、1991年、エクスタシーレコードからアルバム「LUNA SEA」をリリース。1992年アルバム「Image」でメジャーデビュー。以後、後のヴィジュアル系バンドに多大なる影響を残すモンスターバンドへと成長する。
1997年に1年間の活動休止期間をはさんだものの、デビュー以降シングルやアルバムを常にオリコン上位にランクインさせた。ライブにおいては1995年に東京ドームで「LUNATIC TOKYO」を敢行したり、1996年に横浜スタジアムで野外ライブ「真冬の野外」を敢行したり、1999年には東京ビッグサイトで10万人ライブを行ったりと、安定した活動を見せていた。しかし、2000年11月に年内で活動を“終幕”すると発表し、多くの人を驚かせた。そして2000年12月26、27両日に東京ドームで行われたライブ「FINAL ACT」を最後に、LUNA SEAはその活動を終幕させた。
時は過ぎて2007年。7月に突如オフィシャルサイトにてカウントダウンが始まる。8月28日(皆既月食の日)、12月24日に一夜限りのライブを行うことを発表。10月28日に発売されたチケット5万枚は5分足らずで完売したという。そして行われたライブ「One Night Dejavu ~GOD BLESS YOU~」は、7年間というブランクを感じさせない、むしろ7年前よりも更に成長したLUNA SEAを見せ付けた。
年が明けて2008年、5月4日に味の素スタジアムで行われたイベント「hide memorial summit」にも出演。ここではX JAPANとも競演し、実に14年ぶりに無敵BANDが復活した(演奏曲はBELIEVE。ドラムがYOSHIKI、真矢はギター)。
そして2010年。コンピューターの再起動を指して使われるREBOOTをキーワードに、世界ツアーを敢行。
その一環として、12月23日と24日に、東京ドームで3年ぶりにライヴを開催。さらに、翌25日に、インディーズ時代の正装だった黒服着用を条件として、観客5万人を無料招待での東京ドームライヴも開催。
12月1日に受付を開始した入場券の倍率はもちろんだが、X JAPANの北米ツアーも同時進行中だったSUGIZOのスケジュールもとんでもないことになっていた。
その後は、2011年3月にセルフカバーアルバムのリリース以降、LUNA SEAとしての活動は発表されていない。
しかし、RYUICHIの「いつかどこかの空の下でまた会おう」というライブでのMCや、SUGIZOの「強引に葬るのは罪だと思います」という発言から、今後LUNA SEAとしての活動が継続して行われることが期待されていた。
そして、なんと2012年3月に新曲発売、ニコ生も記念行事しちゃいます。
この当時の最新作「THE ONE -crash to create-」はSUGOZOの所属するX JAPANの「ART OF LIFE」に匹敵する1曲23分近い大作だった。
その後も不定期にシングル発表を経て2013年12月11日に約14年ぶりとなった待望のオリジナル・スタジオ・アルバム『A WILL』が発売になった。
この頃にはメンバーがTwitter始めたり、ニコニコに登場したりと10代20代の90年代LUNA SEAをリアルタイムで知らない若年層をターゲットにしたファン交流も盛んになり、若年層間でのプチブームとなっているほか、2007年のXがそうであったように、REBOOT前からリアルタイムで聴いていたファンがコスプレを復活させてライブに参加し戻ってくるといった現象も起こっている。
ボーカル:RYUICHI
ギター&バイオリン:SUGIZO(ステージ上手側)
ギター:INORAN(ステージ下手側)
ベース:J
ドラムス:真矢
大和市出身のRYUICHIを除き、全員、神奈川県秦野市出身。
最初にバンドを結成したのは県立大秦野高校(2008年廃校)で同級生のINORANとJである。そこに真矢を誘ったが「(真矢と同じ県立伊勢原高校の)SUGIZOと一緒じゃなきゃ嫌だ」と言ったためSUGIZOも同時期に加入。RYUICHIは一番最後に加入。加入前、楽屋に挨拶に行った時にRYUICHIがもっていったのはミスタードーナツ2個であった。
結成時のバンド名は「LUNACY(狂気という意味)」であった。その後、メジャーでの活動を視野に入れ、バンド名を「LUNA SEA」へと変更した。
のちに初心に帰るという意味で、2000年発売のアルバムタイトルに「LUNACY」とつけられた。
LUNA SEAは節目となるライブを行うたびに天災にあっている。もっとも有名なのは99年に東京ビッグサイトで行われたライブのステージが開催数日前に倒壊したというエピソードであるが、他にも様々な被害にあっている。一例として以下のものがある。
1991年9月19日日本青年館:台風で電車が運休し、開演が1時間遅れる。
1993年8月27日日本武道館:台風のため8月30日に延期。
1994年2月12日横浜アリーナ:記録的な大雪に見舞われるが無事開催。
1999年5月30日東京ビッグサイト野外特設ステージ:開催3日前にステージが倒壊(真矢のドラムセットも巻き添えに)。開催が危ぶまれたが、「廃墟を前にしてライブを出来ないか」というメンバーの提案により、開催される。ちなみに倒壊前の完成したステージを見ていたのはINORANだけであった。
シングル
配信限定シングル |
アルバム
ライブアルバムベストアルバム
トリビュートアルバム |
・ボーカル編
・ギター編
・ベース編
・ドラム編
・コラボレーション編
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最終更新:2025/04/05(土) 00:00
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