37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。

スポーツで将来の年収が14.8%アップ!? 子どもに「稼ぐ力」をつけさせるためにやっておきたいことPhoto: Adobe Stock

将来の収入を上げるために
子どもの頃にやっておくべきことベスト3

 私たちの「人生の本番」は、学校を卒業したあとにやってきます。

 経済学では、「将来の収入」は、学校を卒業したあとの教育の成果の1つだと考えます。

 将来、高い収入を得られるように子どもを育てることが子育ての成功だなどと言われると、抵抗を感じる人は多いかもしれません。しかし、子どもたちが、将来しっかり稼ぐ力を身に付けて、経済的に独立することは大切なことです。慶應義塾の創設者である福澤諭吉もかつて「金銭は独立の基本なり、これを卑しむべからず」という名言を残しています。

 本書『科学的根拠(エビデンス)で子育て』では、子どもたちが将来しっかり稼ぐ力を身に付けられるよう、3つの方法をご提案します。それは、(1)スポーツをする、(2)リーダーになる、(3)非認知能力を高める、という3つです。この記事では、スポーツを取り上げます。

スポーツをすることは将来の収入を上げる

「将来しっかり稼ぐ大人に育てる」方法の1つ目は、子どもたちがスポーツをするよう仕向けることです。子どもの頃のスポーツ経験が将来の収入に良い影響を与えることを明らかにしたエビデンスは多くあります。

 たとえば、パデュー大学のジョン・バロン教授らは、アメリカの高校で課外活動としてスポーツをしていた男子生徒は、スポーツをしていなかった同級生と比べて、高校を卒業して11~13年後の収入が4.2~14.8%も高いことを明らかにしています(*1)。

 同じくアメリカの、しかし別のデータを用いた研究では、高校でスポーツの部活動をしていた男子生徒の卒業から16年後の収入が、部活動をしていなかった生徒より21.4%も高いことを示しています(*2)。

 どうして、子どもの頃のスポーツ経験が、大人になってからの収入を上げるのでしょうか。主に2つの理由があると考えられています。

理由1 採用で有利になる
 1つ目は、企業がスポーツ経験のある人を好んで採用したいと考えるからです。

 ノルウェーで行われた研究は、求人を出している企業に対して、写真や経歴などはすべて同じで、スポーツ経験の有無だけが違う架空の履歴書をランダムに送り、面接に呼ばれる確率にどのくらい差が出るかを調べました。

 その結果、スポーツ経験があると書かれた履歴書を送ると、面接に呼ばれる確率が約2ポイントも高くなることが示されました(*3)。ちなみに、「ポイント」というのはパーセント(%)の差分に用いられます。たとえば、50%から51%になった場合は、1ポイント高くなったことになります。ポイントとパーセントを混同しないようにして読み進めてください。ここでの2ポイントの増加はかなり大きな変化です。

 しかも、建設業や介護職など体力の求められる仕事では、この効果は約2倍になるということですから、企業は、スポーツをしていた人は体力があると考えており、そういう人を積極的に採用しようとしたことがわかります。

理由2 忍耐力やリーダーシップが身に付く
 2つ目は、スポーツ経験によって、忍耐力、リーダーシップ、責任感、社会性などが身に付くと考えられるからです。

 前出のノルウェーの研究は、大規模な行政記録情報(出生届など、行政が日々の業務を通じて記録した情報)を用いて、同じ家庭で育った14万人のきょうだいを比較する研究もしています。遺伝的にも似ており、同じ家庭で育ったきょうだいのうち、片方がスポーツをして、もう片方がしなかったケースで、将来の収入にどれくらい差が出るかを調べたのです(このように、きょうだいや双子を比較する手法を「きょうだい固定効果法」と呼びます)。

 分析の結果、きょうだいのうち、スポーツをしていたほうの年収が、スポーツをしていなかったほうよりも約4%高いことがわかりました。

 このように、スポーツ経験があることによる賃金の上乗せ分を、スポーツの「賃金プレミアム」と言います。そして、この賃金プレミアムのほとんどが、きょうだいのうちスポーツをしていたほうの忍耐力、リーダーシップ、責任感、社会性などの「非認知能力」が高いことによるものだとわかったのです(*3)。

参考文献
*1 Barron, J. M., Ewing, B. T., & Waddell, G. R. (2000). The effects of high school athletic participation on education and labor market outcomes. Review of Economics and Statistics, 82(3), 409-421.
*2 Ewing, B. T. (2007). The labor market effects of high school athletic participation: Evidence from wage and fringe benefit differentials. Journal of Sports Economics, 8(3), 255-265.
*3 Rooth, D. O. (2011). Work out or out of workーThe labor market return to physical fitness and leisure sports activities. Labour Economics, 18(3), 399-409.

(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)