エントリに題名を付けない、という選択肢

上にずらりと並んでいるのは、「タイトル論」である。



せっかく書いた文を読んでほしい、と思うのは人情である。
そして、タイトルをあれこれとひねる、これもまた人情である。
しかし、私はいまだにこのタイトル、というものに慣れない。
タイトル付けに慣れない、というべきか。titlingですか、違いますか?違いますね。

だって付けないもんは仕方ないじゃん。タイトル。
付けないよ、日記*1。

ただ、もし↑に並ぶ記事を見てプレッシャーを感じて、息苦しくなっている人がいたら、たぶんそれは↑の記事を書いた人の本意ではないと思います。
というより私が少々戸惑っているというのが実情ですが。。。

そこで提案するのが、あえて「エントリに題名を付けない」という方法を前面に押し出す。
消極的なんかじゃない。突き詰めた結果なんだ。限りなく透明に近いだけなんだ。何の話だ。
「無題」メソッドという名前なんかいかがでしょう。
  • 利点
    • RSSリーダーを使ってる人なんかクリックせざるを得ない(私の日記をgooRSSリーダーで引っ掛けると「■」としか表示されません。気になりません?)
    • 誰がやっても見た目一緒
    • 結論が出ないエントリだというのが予想できる
    • ネガティブなコメントがされにくくなる(どこ突っついていいかわからない、人々の攻撃対象が分散する)
    • 人々の間で話題にされにくくなるから後腐れがない(「ほらあれだよ、あそこのさ、なんだっけ、なんかタイトルについて書いたのあったじゃん・・・」「・・・そんなのあったっけ?」)



さぁ明日から、みんなタイトルなんてものから開放されよう!ブロガーの本分は本文だ!


オチが落ちてない○| ̄|_ 酷すぎる○| ̄|_


*1:アナログな、とでもいうべきか、日記帳につける日記をさす。(追記 2006 1/9)))に小見出しなんか。普通。 いつからか忘れるほど、めっきり付けてませんねぇ。。。


そんなに少数派でもないんじゃないかな、と思うんですが、いかがですかね、無題派。 そう好んで人のブログを見に行かないので、あんまりわからんです((2chとはてなブックマークしか見ないweb1.0とweb2.0をさまよえる駄目ネットサーフィンだから仕方ない