警察、消防、不審船、ほこ×たて
防犯カラーボールについて聞きに行ったら、警察、消防、不審船ときて、最後に北別府選手で終わるという、予想もつかない取材となった。
今は豪雪地帯で火災が起きたときのために、ドローンが消火剤入りボールを落とすプロジェクトも進行しているとのこと。まだまだ「あのボール」の活躍は続きそうです。
(取材協力:双喜商事)
コンビニのレジカウンターの内側に、よくオレンジ色のボールが置いてある。
あのボール、多くの人が何に使うか知っているだろう。有事の際に犯人にぶつけるとボールが割れ、中の塗料が飛び散って犯人を目立たせると。
でも、そんな緊急時に犯人にぶつけられる自信がない。そもそもあのボール、誰がどんなきっかけで作ったんだろう。
そんな「防犯カラーボール」の“そもそも”を、開発した方に聞いてきました。
訪れたのは東京は日本橋にある双喜商事さん。防犯カラーボールを開発した、天野隆夫さんが出迎えてくれた。
「カラーボール」とか「防犯ボール」とか呼ばれているあのボール。正しい商品名は「蛍光クラックボール」という(※本記事内では通称の「防犯カラーボール」で統一します)
コンビニ、銀行、郵便局を中心に今でも年間17万~18万個を売り上げており、防犯カラーボールのシェアはほぼ100%だそうだ。
お近くのコンビニで見る防犯カラーボールは、ほぼ双喜商事さんが作ったものと思っていい。
手に持った感触では、普通のプラスチックボールと大差はない。ある程度の重さもあって投げやすそう。でも、うっかり手を滑らせれば応接室はオレンジの海だ。
ヒヨコを運ぶような優しさでそっとボールを戻す。
天野さん:
ボールの中には、水性塗料に蛍光顔料を溶いたもの入っています。服に付着すると繊維に食い込むので、何回も洗わないと取れないですね。アスファルトならホースで水圧をかければ落ちますけど、それでも一発では消えません。
ちなみに蛍光塗料はブラックライトにも反応するので、表面の色を落としたとしても紫外線を当てれば痕跡が浮かび上がる。
ぶつけられたくない。何も悪いことをしないのにそう思う。
……とは言え、気になるのは「ボールが当たるのか」である。
狙ったところにボールを投げるなんて、インドア少年だった自分には至難の業だ。ましてや犯人はすばやく逃げ去ってしまう。
犯人にはシミ一つ付いていないのに、店内がオレンジ色でめちゃくちゃになることだって僕なら十分にありうる。
投げてぶつけるのって、ハードル高くないですか?
天野さん:
おっしゃる通り、人にぶつけるのは非常に難しいんです。なので、自信がなければ足元を狙ってください。硬い地面にぶつければバーン!と塗料が飛び散りますし、塗料を踏めば足跡がつきますので。
直接当てなくてもいい……!
確かに、本来の目的は「ボールを当てる」ではなく「塗料を付着させる」こと。そのためなら手段を選ばなくていいのだ。
それに相手が車やバイクでも、地面に飛び散った塗料を踏ませればタイヤ痕が手がかりとなる。賢い。
天野さん:
小サイズなら女性でも投げやすいですし、1セット6個入りなので男性なら3つ4つは抱えられます。ひとつ外れても、また次を投げられますから、数で勝負もできますよ。
それでも心配な方には、水が入った「練習用」のボールも販売されている。
天野さん:
4月になるとコンビニも郵便局も新人さんが入りますから、練習用のボールで「こうやって使うんだよ」と教えるんです。中身は水なので、ボールの欠片さえ拾えば片付きます。本番用で練習すると大変なことになりますからね(笑)
そんな防犯カラーボールが生まれたのは、1980年代のこと。
警視庁から蛍光塗料の会社に「生卵みたいな商品が作れないか」と問合せたのが始まりだという。
天野さん:
検問を突破する暴走族をマーキングするために、ぶつけたら蛍光塗料が出るような物を作ってほしいと。それで蛍光塗料の会社さんから、私たちのところに話がきたんです。
説明が遅れたが、双喜商事の専門はプラスチック。1954年の創業以来、プラスチック製品の成形に携わってきたエキスパートである。
つまり、天野さんが開発したのは防犯カラーボールの外側。当たったら割れるボールを作ったのだ。
それは裏を返せば「当たるまで割れないボール」を作ることでもあった。
天野さん:
ちょうどいい割れやすさを作るのに苦労したんですよ。あまり割れやすくすると、プラスチックを成形する段階で割れてしまう。そこをクリアしても、投げようと手に力を入れたところで割れたら意味がないわけです。
ボールを作ってみないと割れやすさがわからない。作っては水を入れて投げ、作っては水を入れて投げ、の日々が3ヶ月ほど続いた。もうビシャビシャである。
そしてようやく3種類のサンプルが完成。警視庁に納めるが、その後さっぱり音沙汰がない。
ダメだったかなぁ……と思っていたが、なんと1年経って発注が来た。
天野さん:
その間、警察の方はずっとサンプルを試してたんですって。人、自転車、バイク、自動車、それぞれに投げた場合のデータを取って、これはイケる、となったみたいで。警察署の内部に入れるなんてめったにないので、私もトラックに同乗して納品に行きましたよ(笑)
それから毎年、警視庁に防犯カラーボールを納品し、4年目になって「管轄している各部署にも配送したい」と相談があった。
警視庁の各部署だ。奥多摩から三宅島まで全部である。話が大きくなってきた。
天野さん:
そのころから、警察が防犯セミナーでボールを紹介してくれたんですよ。コンビニや金融機関の防犯担当者が集まる場で「民間企業でこういうものがある」と。
カメラなどの防犯機器に比べて安価で、目立つところに置いておけば抑止力にもなる。こりゃいいわいと、防犯カラーボールはじわじわと全国に広まっていった。
あれ? それって双喜商事さんは宣伝費用ほぼかかってないですよね? と聞くと、天野さんは「そうそう(笑)」と笑うのだった。
さて、この防犯カラーボール。今や防犯以外の目的にも使われている。
このボールは「ぶつけると中から塗料が飛び散る」という仕組みである。
ということは、中の塗料を差し替えれば、別の目的にも使えるのだ。例えば「消火液」。
天野さん:
この赤と青のボールは、消火液が入った「消火ボール」です。この灰色のものは、水で消せない金属粉の火災などに対応した、特殊な砂が入っています。
天野さん:
こちらの大きな黄色いボールは、東京消防庁の防災ヘリに搭載されているものですね。高層ビル火災のときに、初期消火としてヘリから消火剤入りボールを発射するんですよ。
ヘリから発射。
声に出して読みたい日本語とはこのことだろう。あまりのスケールアップに遠い目になるのが、天野さんの話はまだまだ終わらない。
天野さん:
あとは水産庁ですね。不審船対策として、漁業取締船に発射装置が搭載されているんです。水性塗料だと海水に流されちゃうので、水産庁のほうでより強力な塗料を用意されてます。
「あのボール」が、不審船にもぶつけられている……!
えい!とボールを発射する姿を想像すると和む。銃弾が飛び交う世界よりも、「ぶつけられると塗料がつく」という世界のほうが明らかに平和だろう。
攻撃する/しないのゼロイチのあいだに、ちょっと柔らかいボールがクッションとして存在している様を想像してしまう。あんまり力を入れると割れちゃうのだけど。
では実際に防犯カラーボールが活躍した事件にはどんなものが……? と天野さんに聞いてみると、新聞のスクラップをたくさん見せてくれた。
我が子の活躍である。こんなに誇らしいものはない。
天野さん:
テレビCMで「地図に残る仕事」ってあるじゃないですか。防犯カラーボールを開発したころ、あのCMを見た娘に「お父さんは地図に残る仕事って何かやってる?」って聞かれたんです。
地図には残らないけど……って、そのとき初めて防犯カラーボールのことを話したんですよ。それから、このボールで犯人が捕まったという報道があると、すごいね!って喜んでくれてね。
ちなみに、防犯カラーボール開発者として、天野さんは何度かテレビ出演も果たしている。
なかでも思い出深いのが、かつてフジテレビで放送されてた『ほこ×たて』だそう。
『ほこ×たて』は「矛盾」の由来のように、相反する商品同士が対決する番組だった。天野さんの対戦相手は衝撃を吸収するマットの会社。「当たれば必ず割れるボール×どんな衝撃もすべて吸収するマット」というマッチメイクだったという。
『ほこ×たて』、結構見てたはずなのにこの回の記憶がない。見たかったなぁ……!
天野さん:
対戦相手も何も教えてもらえないまま、ロケバスで静岡の清水市まで連れて行かれてね。1人で相手の会社に乗りこむ形になったんです。ちょっとかっこいいなと思いながら(笑)
会社の駐車場には衝撃吸収マットが設置されていた。誰がボールを投げるんだろう? 自分かな?と思ったら、登場したのは元広島のエース、北別府学選手!
天野さん:
私も野球が好きだからびっくりしてね。でも北別府さん、1投目を外して壁に当てちゃったの。その場にいたみんなが塗料を浴びちゃった(笑)
天野さん:
結局、2投目でマットが勝ったんだけど、北別府さんと半日一緒にいたから仲良くなってね。その場でサインももらったし、今でも年賀状のやり取りをしてるんですよ(笑)
防犯カラーボールについて聞きに行ったら、警察、消防、不審船ときて、最後に北別府選手で終わるという、予想もつかない取材となった。
今は豪雪地帯で火災が起きたときのために、ドローンが消火剤入りボールを落とすプロジェクトも進行しているとのこと。まだまだ「あのボール」の活躍は続きそうです。
(取材協力:双喜商事)
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