英国で多種多様な日本人作家の作品がヒットするようになったのは、ここ10年の話でしかない

英国で多種多様な日本人作家の作品がヒットするようになったのは、ここ10年の話でしかない

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ガーディアン(英国)

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Text by John Self

いま英国で日本の小説が売れ行き絶好調だが、そのなかでもとくに人気のジャンルがあるようだ。英紙「ガーディアン」が、そのブームを作っている関係者や書評家たちに取材し、成功の真相に迫る。

この数年のあいだで、英国の書店に入ったことがある人は気づいたはずだ。日本の小説が空前のブームであることに──。

日本の小説は、2022年の英国における翻訳小説すべての売上高の25%を占めたことが書籍売り上げデータサービス「ニールセン・ブックスキャン」の数字からわかっている。

その優勢は2024年、さらに目立っている。ガーディアンが入手した数字によれば、2024年の翻訳小説売り上げトップ40作品の43%が日本の小説だ。その第1位を飾ったのも、柚木麻子による、風刺的で社会意識の高い犯罪小説『Butter』(原題も『BUTTER』)だった。

『Butter』は2024年の「Books Are My Bag」読者賞のブレイクスルー作家賞も受賞した。この読者賞は書店が選書し、消費者が投票して決められる。

英国での現代日本小説の人気ぶりは、もちろん新しい現象ではない。しかし、英国で多種多様な日本人作家の作品がヒットするようになったのは、ここ10年の話でしかない。

日本の犯罪小説は新旧ともに大きく成長している。2024年の翻訳小説トップ20には、柚木の『Butter』だけでなく、松本清張の黄金期の犯罪小説『Tokyo Express』(原題『点と線』)も入っている。


日本の女性作家による作品の成功


文芸小説でも急成長が見られる。村田沙耶香、川上弘美、川上未映子など、女性の視点から書かれたものが多い。

村田沙耶香の『Convenience Store Woman』(原題『コンビニ人間』)を2018年に出版したのは「重大な分岐点」だったと言うのは、版元「グランタブックス」の出版次長ジェイソン・アーサーだ。

グランタは同小説を皮切りに、村田の『Earthlings』(原題『地球星人』)と『Life Ceremony』(原題『生命式』)を出版し、この3作で50万部以上を売り上げている。

「彼女は逸材です」とアーサーは言う。

「『Convenience Store Woman』がこの日本文学ブームにどれほど貢献したか、誇張してもし過ぎることはありません」と同意するのは、「日本文学を読む」というウェブサイトとポッドキャストを運営するアリソン・フィンチャーだ。

村田作品の成功は「じつに思いがけないことです」と言うのは、村田の小説を英訳してきたジニー・タプリー・タケモリだ。タケモリは東京に20年以上暮らしている。

『Convenience Store Woman』は自閉症についての本と思われがちだとタケモリは言う。

「それは沙耶香が必ずしも意図したことではないですが、人がそう思うのを彼女は気にしていません。われわれが正常と思っていることはじつはぜんぜん正常ではないと彼女は示しているのですから」

タケモリは、翻訳家仲間のルーシー・ノースやアリソン・マーキン・パウエルと共に「ストロング・ウィメン、ソフト・パワー」というグループを立ち上げて、女性作家による作品がより多く翻訳される潮流に貢献してきた。

女性作家の人気ぶりは連鎖反応を引き起こしてきたと「日本文学を読む」のフィンチャーは見ている。

「出版社の要望が『村上をもうひとりくれないか?』から『村田をもうひとりくれないか?』になりました」


日本の「癒やし本」に頻出するモチーフ


しかし、この成功を積み重ねたい願望に負の側面があるとすれば、それは表面的に似通った作品を追い求めかねないということだ。そしてその傾向は、次なるヒット小説探しのみならず、日本語から翻訳される小説の一大勢力である、癒やし本においても明らかだ。

業界では「癒やされる」とか「心温まる」小説として知られる癒やし本は、メディアで取り上げられないことが多いものの、2024年ベストセラーとなった日本の小説の半数以上を占めている。

このジャンルには頻出するモチーフがある。カフェ(川口俊和『Before the Coffee Gets Cold』、原題『コーヒーが冷めないうちに』)、書店や図書館(青山美智子『What You Are Looking for Is in the Library』、原題『お探し物は図書室まで』)、そして何より、猫(新海誠原作『She and Her Cat』、原題『彼女と彼女の猫』)だ。

川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』英語版表紙

川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』英語版の表紙にはカフェと猫が…


日本の癒やし本の翻訳で最も成功した英国の出版社のひとつが「ダブルデイ」だ。同社の出版次長ジェーン・ローソンは、日本で育った。

若手の編集者だった頃、「日本の小説を探していたのは私だけでした」とローソンは言う。「あるとき、『猫の客』を見つけたのです」とローソンは振り返る。平出隆が2001年に出して、ベストセラーになった小説のことだ。それでローソンは「そういう本を出版したい」と思ったという。

2017年に、ローソンは、有川浩の『旅猫リポート』の英訳『The Travelling Cat Chronicles』を出版して「売れに売れ続け」、100万部以上も売れた。

癒やし本で興味深いのは、それがさまざまな格差を超えて、若い人にも年配の人にも訴えかけてくるところだとローソンは言う。

癒やし本、なかでも猫というサブジャンルは鼻であしらわれることもあるとローソンは認める。

「すごくたくさん売れているので、それは気になりません。ひとから多少妬まれようと、見下されようとね」


猫を使い過ぎている?


こうした印象はおそらく、個々の作品というより、あまりに多くの出版社がハイペースで便乗しているという感覚と関係があるのだろう。

定着した日本の小説の流行に訴えるべく、出版社が本を脚色してきたことも知られている。

東アジアの文学を専門に扱う著作権代理人のリー・カンチンは、自分が仲介した作品のなかから一例を挙げる。ある女性書店員の実録私小説だ。

「日本語ではまったく違う書名ですが、英国の出版社は英訳の書名を『The Bookshop Woman』に変えました。『Convenience Store Woman』に少し似せるためです」

表紙に猫のモチーフをデザインするのが効果的なあまり、猫たちは小説内では用なしの存在になってしまっていると指摘するのは、ブックブロガーで日本の小説の大ファンでもあるトニー・マローンだ。

マローンが最近読んだ八木沢里志の『Days at the Morisaki Bookshop』(原題『森崎書店の日々』)は、2024年に出版された翻訳小説で5番目に売れた一冊だ。

「表紙には猫がいます。でも本のなかには猫はいっさい出てきません」

翻訳者のタケモリは言う。

「猫の本が日本で大きな成功を収めたというわけではありません。そういう本はありますが、英国で受けたほどではないのです」

日本の小説は総じて、「恥ずかしげもなくセンチメンタル」なことがあるというタケモリは、新海誠の『彼女と彼女の猫』など猫にまつわる本を多く翻訳してきた。

「私はセンチメンタルなのがそこまで好きではないですが、その小さい本(『彼女と彼女の猫』)はとても好きです。英訳ではセンチメンタルになりすぎないように、すごくがんばりました」

日本の小説が受けるのは「異質すぎない異質性」ゆえ?


その一方で、「癒やし本をある種の入り口として、さらに広い日本の小説の世界に誘われる」読者もいると、先述のフィンチャーは指摘する。

癒やし本が成功したからこそ、それがなかったら日の目を見ないだろう、ほかの、より複雑な日本の小説が翻訳されることにもなる。

しかし、犯罪もの、若い女性の文芸小説、癒やし本という、英国で人気の日本の小説ジャンルが「高度にキュレートされた」ものであり、そのせいで日本で人気の他ジャンルが不利益を被っている事実は変わらないとフィンチャーは言う。

「日本のハードなSFとか、超自然系、ホラーものはあまり見かけません。ライトノベルや漫画以外のロマンスものもあまり見ない。日本にはとくに侍ものなど、歴史小説のとても根強い伝統があります。そういうのもあまり見ません」

著作権代理人のカンチンも同意する。

「日本ではすごく売れていても、ほかでは通用しない本があります。短編集も売れませんね」

いくつかのジャンルが支配的であることを別にして、日本文学の主題や様式で英国の読者に受けるものは、何かほかにあるだろうか。

フィンチャーは2018年に大原まり子の『Hybrid Child』を読んだが、性別を超えたロボットとAIをめぐる原著の『ハイブリッド・チャイルド』は日本で1990年に出版されたと指摘する。

「それで気づいたのです。英文学が20年間も向き合おうとはしなかった、こうした資本主義の末期的な問題、ジェンダーやフェミニズムの問題に、日本文学はすでに立ち向かいはじめていたのだと──」

カンチンは、現代日本文学のある要因を指摘する。

「日本の作家はほぼ決まって都会出身です。この都会の風景が英国の読者にはなじみ深くもあり、かつ東洋が舞台であるがゆえに、少し魅惑的でもあるのだと思います」

ブックブロガーのマローンはこう表現する。

「ひとが欲するのは、異質すぎない『異質性』、心地よい異質なのです」

日本の小説ブームは絶頂期を迎えているのか


翻訳者のタケモリは言う。

「日本(文学)は西洋文学より断定的でありません。西洋文学は物事が善か悪かという話に集中しがちです。かたや日本では、善悪の境目はもっとあいまいです。悪人によい面があり、善人に欠点がある場合が多い。小説の結末ははるかにオープンです」

だが、流行りに左右される業界で、日本の小説はその魅力を失いつつあるのか。すでに絶頂期を迎えてしまったのか。

カンチンは言う。

「出版には常に波があります。いつか過ぎ去るでしょう。猫の本が砂のように過ぎ去っても私は大丈夫です」

だが日本のほかの本は残るだろうとカンチンは言う。妊婦のふりをして社会に抗う若い女性を主人公とする、八木詠美の『Diary of a Void』(原題『空芯手帳』)は「文学研究の対象になるでしょう」とカンチンは予想する。

結局のところ、小説が売れるのは、日本からであれ、他国からであれ、猫の本であれ、犯罪ものであれ、ジャンルと言語を超えていくその普遍性ゆえなのだ。

フィンチャーが村田の作品について述べるように、それは「われわれがみな少し変であり、人間社会が変であり、われわれはみなこの物語の一部なのだ」と語りかけてくる。

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