神島が見えてきたのである。
神島と言えば、三島由紀夫の潮騒である。
潮騒と言えば、吉永小百合である。
どうでもいい話ではあるが。
久しぶりに、
神島探検したくなったのである。
於:三重県鳥羽市
Rollei RolleiFlex 2.8F Planar 80/2.8
(Fuji Provia100F)
三島由紀夫十一才の時の作文とのこと。
「我が国旗」
徳川時代の末、波静かなる瀬戸内海、
或は江戸の隅田川など、あらゆる船の帆には白地に朱の円がゑがかれて居た。
朝日を背にすれば、いよよ美しく、夕日に照りはえ尊く見えた。それは鹿児島の大大名、天下に聞えた
島津斉彬が外国の国旗と間違へぬ様にと案出したもので、是が我が国旗、日の丸の始まりである。
模様は至極簡単であるが、非常な威厳と尊さがひらめいて居る。之ぞ日出づる国の国旗にふさはしいではないか。
それから時代は変り、将軍は大政奉くわんして、明治の御代となつた。
明治三年、天皇は、この旗を国旗とお定めになつた。そして人々は、これを日の丸と呼んで居る。
からりと晴れた大空に、高くのぼつた太陽。それが日の丸である。
平岡公威(三島由紀夫)11歳の作文
神童過ぎるのである....