著作権法第38条1項に関するあるコメントへの返答


こんにちは。
今日は、最近のエントリーとは少し違った切り口で書きます。
なるべく著作権法上の問題に限定したいと思いますが、テーマの性質上、いつも避けている演劇の世界の実情にも言及せざるをえません。


アマチュアで演劇の脚本を書かれている森崎啓介さんは、ご自身のサイト*1で自作の脚本を公開されています。
森崎さんは、上演許可や著作権使用料等についての説明をたいへんていねいにつくられていて、私はかなり感動しています。
もし、あなたがまだ森崎さんのサイトをご覧になったことがなければ、ぜひ1度見てみてください。


私が、森崎さんの説明がすごいなあって思うのは、法律がよく分からない人が読んでも、すーっと内容が理解できるように書かれているところです。
井上ひさしさんがいう、「難しいことを易しく」書くってやつですね。

たとえば「よくある質問」のページでは、「上演許可が必要ないケースもあると聞きましたが、本当でしょうか?」という質問に、次のように回答されています。

はい。
確かに著作権第38条によって、例外的に許可を必要としない上演が認められています。
要約すると「氏名表示/同一性保護/複製禁止/無料/無報酬の条件を全て満たせば、作者の上演許可は必要としない」というもので、わかりやすく書くと以下のようになります。

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○作品名と作者名を明記する。
○脚本にいっさい手を加えてはいけない。
○上演の映像記録などを勝手に複製して配布/販売したりしない。
○観客からいっさいの料金を受け取らない。(おひねりやカンパも含む)
○上演に対して交通費以外の報酬を受け取らない。(必要経費も含む)

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ただし、大会などによっては出場資格に「許可を取ること」が定められていることもあるので、無許可で出場しても選考や表彰の対象から外れると思います。
事前に連絡だけでも頂ければ大会本部から問い合わせがあっても「許可してます」と答えられるので、大会出場のときは「許可申請」でなくとも「上演します」という連絡を下さい。

また私は法律とは別のところで、モラルに頼った上演許可申請は必要だと考えています。
第38条はなんでも無許可で上演できる安易な手段では無いことを、どうぞご理解下さい。*2

どうですか。
わかりやすいでしょう。

私は、プロの脚本家の方やそのマネージメント会社の方は、森崎さんのサイトを参考にして、上演許可についての記載を見直されるべきだと思います。


さて、ここからが本題です。


今年の1月、私のエントリー*3に対して、森崎さんからつぎのようなコメントをいただきました。

ただ38条に関連してよく取り上げられる使用料の件を見る度、ひどく疑問なのは「自作の脚本の使用」に対価を要求することが何故にいけないのだろう、という点です。
映画を「見る」音楽を「聴く」と同じように、脚本を「使う」ことに対価を自由に設定したりするのも許されていいのだろうと考えますし、「相場なので5000円」を設定の根拠にしてもさほど強引ではないように感じます。

中には「こんなクオリティの脚本が金を取るのか?」という意見も確かにあるでしょう。
ですが「この脚本を次の公演で使おう」と思った時点でその使い勝手や内容には納得しているはずです。
必要な経費として舞台セットの材料費は容認するのに、なぜ脚本使用料を上演に必要な経費と見れないのか。
また材料は努力して無料で入手しているということなら、なぜ作者に脚本使用料の減免を申し出たりする努力をしないのか。
と思わずにはいられません。

もし「第38条がある。無償公演なら無料でも大丈夫だ」という判断を「作者との折衝が必要なくて、面倒な手間がかからない解決法」として使われるのも悲しいですし。


また、このコメントに対する私の返答を受けて、次のように書き込まれました。

ただ、それでも、上演許可の連絡や脚本の内容に応じた使用料が自由な演劇活動をいかほど阻害するというのか。
著作者の権利と文化振興のバランスというが、著作者がどれほど恵まれているというのか。
といったことを伝えたくて、先日のような意見を書かせていただいた次第です。


この森崎さんからの問いかけは、私のなかにずーっとあって、今もいろいろと揺れている部分があります。
が、今日はそういう部分も含めて書いてみます。


順にみていきます。

映画を「見る」音楽を「聴く」と同じように、脚本を「使う」ことに対価を自由に設定したりするのも許されていいのだろうと考えますし、

思うに、映画を「見る」、音楽を「聴く」に対応するのは、演劇を「観る」なんだと思います。
つまり、脚本を上演して、公演を観にきてくれたお客さんからチケット代を取るのは自由だし、対価を自由に設定したりするのも許されている、ってことではないでしょうか。

別のいい方をしてみます。

脚本を「使う」に対応するものを、音楽でいうと楽譜を「使う」であって、それは、誰か他人が作った曲を演奏するってことです。
で、確認しますが、著作権法第38条1項は「公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる」という規定です。
とすれば、音楽の場合も、演劇とまったく同じで、非営利・無料・無報酬での演奏であれば、著作権者に無許諾かつ著作権使用料無料で演奏できるわけです。
何も違いはないわけです。


次にいきましょう。


「『相場なので5000円』を設定の根拠にしてもさほど強引ではない」とか、「必要な経費として舞台セットの材料費は容認するのに、なぜ脚本使用料を上演に必要な経費と見れないのか」という問いです。

相当思い切っていうと、私は、5000円はかなりいい線を突いていると思っています。
一般的な上演料の相場として高いか安いかといえば、間違いなく、安いでしょう。
そこが、うまいと言えばうまい。

しかし、私の立場からするとズルい。
5000円なら、正直いって、高校の演劇部でも何とかならないわけではない*4。
その微妙な値段を突いて、上演料を請求してくるわけです。
しかも、著作権法のきちんとした説明をせずに、上演許可を取って著作権使用料を払わないと違法ですよ、って少しおどかすようないい方で…。
まさに「さほど強引ではない」やり方なんですね。
しかし、法的に支払う必要がないケースにおいて、相手方の無知に乗じて5000円を要求するような行為は、どう考えても正当化できません*5。


「なぜ脚本使用料を上演に必要な経費と見れないのか」。
私の答えとしては、それは、法律が、非営利・無料・無報酬の場合は、無許諾かつ著作権使用料無料での上演を認めているからだと思います*6。
ありえないことですが、法律が非営利・無料・無報酬での上演の場合、舞台セットの材料費は無料と定めていれば、やはり舞台セットの材料費を必要経費とは考えないと思います。


3つ目の問いです。
「上演許可の連絡や脚本の内容に応じた使用料が自由な演劇活動をいかほど阻害するというのか。著作者の権利と文化振興のバランスというが、著作者がどれほど恵まれているというのか」考えてみましょう。


この問いには、おそらく立場の違いが背景にあると思います。

まず、私は単純にこう考えます。
非営利・無料・無報酬の上演の場合に無許諾かつ著作権使用料無料での上演が認められていれば、無許諾かつ著作権使用料無料での上演が認められない場合よりも、(プロの)優れた脚本が各地の無料公演で上演される機会が増え、そのことが文化の発展に寄与する面があると。
説明としては、これだけで十分ではないでしょうか。

そして、逆にこういう問いを投げかけたいと思います。

権利者は、アマチュアの非営利・無料・無報酬の公演から上演料を受け取ることを追求するのではなく、営利的な有料公演からより多くの上演料を受け取ることを考えるべきではないでしょうか、と*7。
事実、日本劇作家協会のサイトに掲載されている「劇作家の最低上演料に関する決議*8」や「著作権、上演権などに関する共同提言*9」なんかは、おそらく、この問題に取り組んだものだと思います。


「著作者の権利と文化振興のバランスというが、著作者がどれほど恵まれているというのか」。

私の限られた知識では、おそらく多くの著作者は十分な報酬を得ていないと思います。
これは残念なことです。
でも、それはそういうものではないでしょうか。
文学とか音楽とか演劇とか…、そういう世界で、十分な報酬を得る機会はそうそうあるわけではないと思います*10。
しかし、そのことは、上演する側も同じなのであって、著作者の権利が一方的にないがしろにされていて、文化振興のみが一方的に優先されているとも思えません。


で、こうやって答えていて感じるのは、私がこれまでのエントリーで論じてきたことの裏側の問題をきちんとしなくちゃいけないってことです。

さきほどもちょっと触れたんですが、それは、脚本家、劇作家はどうやって報酬を得るべきかということです。

で、思うに、王道は、有料公演に脚本を提供して、上演料を受け取ることでしょう。
営利的な上演に対して上演料を求めるっていうのが基本だと思います。
お金を取れる公演に耐えられる脚本を書いて、報酬を得ましょうってことだと思います。
私自身、自分じゃ脚本なんて書けないくせに、偉そうなことを言ってすいません。


それと、とっておきがあるんです。
実は、これは、ずーっと黙っているつもりだったんですが、森崎さんがまじめに対応されているので、今日だけは言っちゃいます。
上演料を取るんじゃなくて、脚本自体を売ればいいんです。
いやあ、言っちゃいました。

実際、印刷して売るとか、ダウンロードで売るとか、代金を請求する前に脚本全体を読んでもらうの?とか、考えるといろいろ面倒ではあると思います。
でも、それこそ、作品を売って対価を得るには、それなりに「面倒な手間」がかかるってことだと思うんです。


ではまた。

*1:http://www.d2.dion.ne.jp/~kzaki/index.htm

*2:http://www.d2.dion.ne.jp/~kzaki/script/qa.htm#39 もちろん、森崎さんと私とでは考え方が異なるところもあります。具体的には、権利制限規定と同一性保持権の関係のこと、法律とは別のところでやった方がよいのは「上演許可申請」ではなく「ご挨拶」ではないかという点です。

*3:http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080820

*4:高校演劇部にはいろいろなケースがあるので、1ステージ5000円の負担が本当に難しい場合もあるでしょう。

*5:2010年9月14日追記 この段落の記述は、もちろん、すべての著作権者がこのようなやり方をしていると言っているわけではありません。今回取り上げた森崎さんはもちろん、そのほかにも法に則った対応をされている方もいらっしゃいます。しかし、著名なプロの書き手や高校演劇指導者のなかにも、著作権法第38条1項に該当するケースにおいて、あたかも権利者として当然のことかのように、上演料を請求する例があとを絶ちません。こうした問題については以下のエントリーも参照してください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080820 http://d.hatena.ne.jp/chigau/20080902 なお、こうした行為が行われる原因の1つは、社団法人日本演劇協会の規定にあります。詳しくは、以下のエントリーを見てください。http://d.hatena.ne.jp/chigau/20081001

*6:もちろん、著作権に関する意識が低かった時代、あるいは、いまだに意識が低い人・団体があるっていう問題もありますよね。きっと、著作権のような無体物についての財産権をイメージできないんでしょう。これはこれでどうにかしないといけない問題です。

*7:少なくとも、非営利・無料・無報酬の(アマチュアの)公演が行われることによって、その分だけ、営利性のある有料公演を行う人・劇団が収入の機会を失い、経済的に不利益を被るということはないと思います。

*8:http://www.jpwa.org/main/content/view/46/41/

*9:http://www.jpwa.org/main/content/view/45/40/

*10:私は、これは社会の大問題であって、こういう世界でがんばっている人たちを、何らかの形でしっかりと支えるしくみを充実させること、こういう世界を大切にする文化を育むことは大切だと思っています。個人的なことをいえば、できるだけお金を払って芝居を観る機会などをたくさん作っています。また、取るに足らないものではありますが、草の根的にそういう活動に関わっています。