ラーメンを食べようか、それともこの本を買おうか・・・悩む前に買った方がいいよ 『ラーメンと愛国』 速水健朗
今回はどんなテイストで書こうかちょっと悩んでる。前回のレビューは完全に本のテイストの延長だったので、今回同じように書くと結構堅めになってしまう気がする。そういう意味では「意識の変温動物」なのかも知れない。こんなことを書いているとまた前置きが長くなるから、とっとと本題に入ろうかな。
最初に断っておくと、本書は有名ラーメン店のうんちくや特徴のまとめなんかじゃなく(つまりラーメンおたくやラーメン通向けじゃないってこと)、ラーメンという商材を通して歴史、経済、政治をメディアの視点で考察している非常にマジメな作品になっている。とは言っても、堅い話じゃないので多くの人が楽しんで読み進めることができるし、この本を教材として高校生ぐらいの子たちに授業をしても面白いと思う。それぐらい完成度が高い。
著者自身もまえがきでこう記している。
本書はラーメンについて書いた本であるが、ラーメンの歴史そのものに何か新しい項目を付け加えたりする性格のものではない。ましてや美味しいラーメン屋の情報などについても書いていない。日本の戦後のラーメンの普及、発展、変化を軸とした日本文化論であり、メディア史であり、経済史、社会史である。
著者のマジメな性格を感じる一文だと思うし、読み終わってみて間違いなくこの通りだったことを保証します。
5章構成のこの作品で半分弱を「1章 ラーメンとアメリカの小麦戦略」と「2章 T型フォードとチキンラーメン」という内容に割いている。この本のキモはこの部分を多くのページで地道に積み上げていることだろう。表面的な事実の羅列だけではなく、日本人が持つアイデンティティに切り込み、その根拠を歴史的事実で説明(証明)する構造はまるで論文のようだけど、それを意図も簡単にやってのける(書いている著者が簡単だったかは知れないけど)技は読んでいて気持ちがいい。たとえば、日本人が持つ「米」に対する意識(特別なものとして感じるアイデンティティと言ってもいいかも知れない)を朝鮮半島での政策の一つとして稲作を強要したことを挙げ、民俗学の大御所である折口信夫や柳田国男の言葉を引用しながら楔を打っていく。
2章ではもっと強烈な切り込み方をしていて、最初のパラグラフのサブタイトルを「技術より生産力が決め手になった太平洋戦争」と付けている。太平洋戦争の勝敗を分けたポイントがこの価値観の変化であることを説き、そんな中でチキンラーメンを生んだ安藤百福(日清食品の創業者)に注目している。それも技術的な目新しさだけではなく、決済システム、流通などを含めてチキンラーメンが世の中に与えた影響を紹介している。
そして、安藤百福とチキンラーメンによって日本に、日本人に「ラーメン」という名称を浸透した。その結果、沖縄だけが「沖縄ラーメン」ではなく「沖縄そば」として現在に至っている。その理由が知りたい人は本書を最初から読んでくださいね。
なぜかと言うと・・・元々、友人の丹ちゃんがFacebookに書いた一言がこの本に導いてくれたので。
ラーメンとは関係ないけど(これも2章に登場)サブタイトル「ポパイはなぜ缶詰のほうれん草で強くなるのか」はガツンと一発お見舞いされた感じだったなあ。ネタバレしたくないから内容は書かないけど、本書の真髄を表現した3ページかも知れない。
田中角栄を考察しながらも時代時代の風俗を押さえた文章はなかなか書けるものではないと思う。これが今時のラーメンよりも安く手に入るかと思うと微妙な心境になるのは僕だけじゃないでしょう。