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藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
後付けニーズ、偽装ニーズ
最近激しく感じること。世の中でニーズと呼ばれているものの大半は、作り手・売り手のニーズでできている。

実は作り手のニーズで作られたものなのに、お客様のニーズや住民のニーズから生まれたとされているものが、この世にかなりあるんじゃないか。

地上デジタル放送は誰のニーズなのだろうか。コンパクトデジカメの1200万画素は顧客のニーズなのか。エコ出張は乗客のニーズだろうか。ニーズがあるから中国産にせざるを得ないというのは、あなたの会社が生き残るために「せざるを得ない」ニーズではないのか。「ニーズの創造」とか「ニーズの発見」と口当たりいい言葉で偽装して、受け手のニーズが後付けされていやしないだろうか。

そこにちゃんと顧客のニーズがそこに存在していれば、「実はあなたの会社のニーズでしょ」ってこと自体が悪いわけではない。商品は、作る側・売る側のニーズと買う側・使う側のニーズの両方がバランスよく並び立った状態から生まれるのが理想だからだ。

優れた企画者は、ユーザーのニーズだけでなく、企業自身のニーズも掘り起こす。松下の斜めドラムの洗濯機は、本当に楽な姿勢で洗濯物を出し入れしたいというニーズから生まれたものでもあるし、高価格帯の洗濯機市場をつくりたいというメーカーのニーズから生まれてきたものだ。

きめ細かい配慮で顧客のニーズをすくい上げ、それを大胆かつ慎重に企業のニーズと一致させることが肝要。斜めドラムの洗濯機や、TOTOの便器ネオレストのような優れた製品は、ユーザーのニーズ本位の製品と開発者が言い切れる「強度」がある。充電池や太陽電池技術で生き残りをかける三洋電機の事情など関係なく、「やっぱりこの地球はおかしな方向に行っているじゃないか、何かしなくては」と思う人にとって、エネループはありがたい製品だ。作り手のニーズと受け手のニーズが発展的な形で融合している。

作り手のニーズは見えにくい。商品が市場に出るときは、企業側のニーズは巧妙に隠される。必ず顧客のニーズ、消費者のニーズ、生活者のニーズだけで生まれてきたように宣伝される。「地域住民のために作りました」と喧伝される道路や橋には、見えないところで政治力学が生むさまざまなニーズが働いている。

最も面倒な事態は、受け手が、作り手のニーズまで自分のニーズだと宣伝などによって信じ込まされてしまうことではない。作り手が自分のニーズを受け手のニーズだと信じてしまう事態である。つまり、作り手が、自分たちの背後に働く複雑な政治力学から目を背け、自分がそうせざるを得なかったことをお客様のため・住民のためと信じ込んでいる場合である。これはたちが悪い。

社内プレゼンに勝つというニーズがあったことは、商品化される頃にはすっかり忘れ去られてしまう。必要は発明の母だし(“Necessity is the mother of invention.”)、ニーズはデザインの母であるが、企業の「必要」は、自分の欲しいものが無かったから発明したという素朴な発明家の「必要」と同じものではない。受け手にそれが見えにくいのはある程度仕方がないことだが、作り手はそのことを自覚していなければならない。

前回の投稿の「わかりやすさ」の話でいえば、「わかりやすさ」というニーズは情報の送り手の勝手に判断したものであることが少なくない。中学生だってジョン・ケージを聞くし、高校生だってフーコーを読む。背伸びするから人は育つ。実は中学生でもわかる「わかりやすさ」は、辞書を引きこともグーグルで検索することもやりたがらない上司に対する「わかりやすさ」だったりする。

こういう些細で特別な悪意のない偽装ニーズが世間に積もり積もっている。最近それを強く思う。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-02-28 12:15 | お気に入りの過去記事
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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