ドラッカー教授の著作に学んで、成果をあげた日本の中小企業を紹介する本連載。ドラッカー教授の言葉を解説した後、その言葉の理解を深めるのに役立つ実例を紹介します。

 今回は、社員を「気合い」で動かそうとしていた経営者が、マネジメントに目覚めた事例です。社長の意識が変わったことが、1人の管理職を突き動かし、組織的な無駄を排除する大運動が展開されるに至りました。(前回はこちら

【ドラッカー教授の言葉】

成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。

『経営者の条件』(ダイヤモンド社)

【解説】

 スケジュール管理を行う人は多くいます。
 例えば、仕事の予定が決まると手帳に記入し、時間を埋める。こうして空いていた時間を失います。これが「仕事からスタートしている」ということです。
 それだけではなかなか成果はあがりません。時間の創造からスタートすべきです。分かりやすく言えば、時間管理とは、空き時間をつくることから始まるべきです。
 このスタートラインの違いは、意識の違いを生みます。
 時間の創造から着手する人は、時間が限られた資源であることを深く理解します。だから、非生産的な仕事を特定し、それを廃棄しようとします。今までのやり方を変えようとします。自ら考えて決断し、行動するようになります。

【実例】

 創業以来、初めての減収減益。

 ウイッツコミュニティ(神奈川県相模原市)の柴田正隆社長は、頭を抱えていた。

 1990年、大学生のときに起業した。ビル清掃からスタートし、ビルメンテナンスやマンション管理に業容を拡大。右肩上がりで成長を続けてきた。

 ところが、2011年2月期、大幅な減益に陥った。それまで数年間、コンスタントに4000万~5000万円の経常利益を上げていたのが、約900万円に落ちた。

社員100人のカベにぶち当たる

 「今思えば、従業員数が100人を超えて数年経ったころだった。社長の私1人では会社を隅々まで見られなくなり、隠れた無駄が増えていたのだろう」と、柴田社長は振り返る。

 だが、当時はそんな構造的な問題に気づかず、ただ焦った。明確な打ち手が見つからないまま、社員に「もっと気合いを入れろ」「頑張れ!」と、精神論の号令を掛けることしかできなかった。

 そんなとき、後輩の経営者の誘いでドラッカーに学ぶセミナーに参加した。

 そこには目からウロコが落ちるような驚きが待っていた。

 ドラッカーの主張はすべてにおいて、今までの自分と正反対だった。

 例えば「強みを生かせ」とドラッカーは説くが、自分は社員の弱点を直そうとばかりしていた。「利益は、目的ではなく条件なのだ」という指摘も衝撃的だった。しかも、それぞれの論拠に説得力がある。

 「ドラッカー教授に従えば、自社の減益は当然の結果だ」と納得した。

 その後、14年と15年に、課長職以上の管理職全員に、自分が受けたものと同じドラッカーのセミナーを受けさせた。

 「社長が本気にならなければ、会社は変わらない。だが、社長1人でできる改革には限界がある。本気で会社を変えるには、社員を巻き込まなくては」と考えたからだ。

 社長のその思いが、ある管理職を動かした。

10分単位で「エクセル」に記録

 総務財務部の矢野美保部長は、セミナーを受けた後、事務方を担う部署のスタッフ全員に「時間の記録」をさせたいと社長に申し出た。1日の業務時間のうち、どんな仕事にどれだけの時間を使ったかを、逐一記録させたいという。

 この提案はドラッカーに基づく。ドラッカーは『経営者の条件』に「汝の時間を知れ」と題した1章を設け、時間管理の重要性を説いている。さらに時間管理の前提として、「時間の記録」をすることを強く勧める。

 柴田社長は、矢野部長の提案にゴーサインを出した。「事務方の仕事は、社長にとって“ブラックボックス”。それまで現場に求められるままに増員してきたが、腑に落ちないところがあった。これを機に“見える化”しよう」と考えた。

ウイッツコミュニティの柴田社長(左)と総務財務部の矢野部長
ウイッツコミュニティの柴田社長(左)と総務財務部の矢野部長

 15年4月に計測を開始。合計20人のスタッフが1カ月間、毎日、その日の業務内容と使った時間を10分単位で表計算ソフト「エクセル」に入力した。それを終業後に振り返り、コメントを記入。上司がチェックした後、記録シートが柴田社長に届く仕組みにした。

 すると驚くような無駄が次々に明らかになった。

 例えば、あるスタッフは、12台あった社用車それぞれの走行距離と給油量を記録するのに毎月2時間使っていた。

 なぜか。

 柴田社長は「おそらく自分が指示したのだろう。原油価格が高騰した時期に、社用車の燃費が気になったことがあった」と、思い出した。だが、その記憶すらおぼろげ。長年にわたり粛々と記録されてきたそのデータを見る人は皆無だった。

 このような隠れた無駄を発掘するうち、スタッフの意識が変わっていった。

 「この業務は何のために行うのか」を考え、「もっと効果的な方法はないか」と模索する姿勢が芽生えた。例えば、「封入作業について2通りの方法を試した結果、1人よりも2人でやるほうが速いことが分かった。今後、2人1組で行おう」といった業務改善の提案が、時間を記録したシートのコメント欄に目立つようになった。

社長の手書きコメントで加速

 柴田社長は毎日すべてのシートに目を通し、「いい意見ですね」「ありがとう」といったフィードバックを手書きで返した。

 「実際に読んで感激した。新しい発見の連続だった」

 社長直筆のコメントで、スタッフのモチベーションが向上。業務改善の提案が加速度的に増え、1カ月で40~50個ほど集まった。

 業務効率が上がり、以前は頻繁にあった、事務方からの増員の要請がなくなった。それどころか、20人いた事務スタッフを2人削減。そのうちの1人は、その後、営業部門で活躍している。時間を有効に使う意識が全社に広がり、経常利益はV字回復していった。

「時間の記録」を実践したシート。手書きの文字は、柴田社長のコメント
「時間の記録」を実践したシート。手書きの文字は、柴田社長のコメント
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 利益が落ちるとコスト管理を徹底してやりたくなります。ここに落とし穴があります。

 私たちが管理しなければならないのはコストではなく活動です。

 何であれ企業が活動すれば、必ず経営資源を消費し、コストがかかります。しかし、コストがかかり、お金を使うこと自体は、一概に悪いとはいえません。問題は使い方です。そして、お金の使い方の良否とは、活動の良否の問題です。だから、管理すべきはコストでなく、活動です。

 すべての活動について、「本当に成果に結びついているのか」を、厳しく問わねばなりません。

 その基礎になるのが時間管理です。

コスト削減より、活動削減

 時間とは、活動に不可欠で有限の貴重な燃料です。

 しかし時間という資源の無駄遣いに、私たちはなかなか気づきません。形がなく目に見えないからです。ドラッカー教授は「われわれはどのように時間を過ごしたかを記憶に頼って知ることはできない」(『経営者の条件』)と指摘します。記憶はあてにならない、ゆえに記録せよ、と訴えました。

 時間を記録すると、活動を管理する準備が整います。活動の中身が明らかになるからです。

 次にすべきは、活動を仕分けることです。すべての活動に、次の3つの問いを投げかけます。

 第1に、その活動を減らせないか。
 第2に、その活動をやめられないか。
 第3に、その活動を増やすべきか。

 すべての活動を仕分けたら、最後の問いです。
 第4に、新たに始めるべき活動はあるか。

 不要な活動を廃棄し、減らせば、時間に余裕が生まれ、重要な活動に時間を使うことができます。

 このような時間管理は本来、セルフマネジメントの領域に属するものです。組織が時間を所有することはできません。時間はあくまで個人が所有するものだからです。

 しかし、組織のメンバーである個人の時間の使い方に、組織が無自覚ではいけません。個人の活動の集積が組織の活動である以上、個人の時間管理の巧拙は、組織の成果に大きく影響します。ここに、企業が社員のセルフマネジメントを取り上げ、促進すべき理由があります。

 企業が時間管理に取り組むことは、社員との関わり方を根本から見直す機会になります。時間管理の本質は、活動管理です。柴田社長は覚悟を決めて、抜本的な改革に乗り出しました。社員の意識が変わり、行動が変わりました。業績アップはその結果に過ぎないのです。

 (この記事は「日経トップリーダー」2016年3月号の記事を再編集しました)

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