監督就任以来6年間、日本ハムの栗山英樹監督は中田翔選手の起用に当たって、「4番」を一度も代えることがなかった。それが6月10日の巨人戦(札幌ドーム)で、ついに4番から外した。
この日の4番は外国人選手のレアード、中田は3番に入った。前日までの中田の打率は、2割2分8厘、5本塁打。確かに4番を打つには寂しい成績と言えるだろう。
3番・中田で栗山監督に400勝目をプレゼント
ここまでの日本ハムは、二桁の借金を抱え5位に低迷している。しかも巨人の13連敗に注目が集まる中、こちらも6連敗中と悪い流れが続いていた。栗山監督は中田に対してもチームに対しても、現状を変える刺激を作りたかったのだろう。
「3番・中田翔」で迎えたこの試合。監督の狙い通り、この打順が見事に当たる。1対2と巨人の1点リードで迎えた8回裏。この回先頭の9番・杉谷が四球を選ぶと、1番・太田がセンター前ヒットでつなぐ。2番の西川は1塁ゴロで1アウト1塁3塁にランナーが残る。
打席は3番・中田。初球、西川がすかさず盗塁を決めて1アウト2塁3塁になった。ワンヒットで逆転の場面である。巨人のマウンドには抑えの切り札マシソンが上がっていた。
マシソンが投じた5球目。151キロのストレートをはじき返した中田の打球は、左中間を深々と破るタイムリー2ベースヒット。走者2人が還り、3対2と日本ハムが逆転し、そのまま勝利した。
この1勝は栗山監督にとって監督通算400勝目の勝ち星であり、4番を外れた中田が監督に記念の勝利をプレゼントした。その中田は「みんながこんなに頼りないバッターに回してくれた。意地でも打ちたいと思っていた」と打席での心境を語った。
4番降格に納得していた中田
長い間守ってきた「4番・中田」を変更して「3番・中田」で勝利する。これも栗山監督の采配の妙と言えるだろうが、調子の上がらない4番バッターを代えることは、プロ野球に限らずどこの監督でもすることだ。だからこの一件で栗山監督の采配をほめるつもりはない。指揮官として打つべき手を打ったとも言えるだろう。
ここで注目したいのは、「4番・中田」を代えるにあたって、栗山監督が本人と2日連続で話し合ったということだ。そこでどんな話があったのか?
詳細は分からないが、話し合いが有意義だったことは前述の中田のコメントからも伝わってくる。
「こんなに頼りないバッターに回してくれた。意地でも打ちたい…」
中田は4番を外れたことをしっかりと受け入れているのだ。決して斜に構えたり、憤慨したりしていない。
「4番・中田」をめぐってはこんなエピソードがある。栗山監督は就任1年目から一貫して若い中田を4番に起用してきた。当時は実力者の稲葉篤紀もまだプレーしている頃だった。稲葉はサムライ・ジャパン(日本代表)でも4番を務めるほどの選手だ。中田は4番を任されたものの、まだまだコンスタントに力を発揮することができなかった。
不振に悩む4番。そんな中田をつかまえて稲葉が練習中に声を掛ける。
「4番代わろうか?」
すると中田が先輩に向かって言う。
「稲葉さんじゃ無理ですよ」
これだけのやり取りだが、ここに4番を打つ者のプライドと資質が見事に表れている。そして稲葉もそれが分かっていて中田をいじっている。後輩思いの稲葉は、中田のプライドを刺激して発奮させようとした。いや、力の入っている中田をこんな会話でリラックスさせようとしたのだ。
栗山監督の細かい気遣いで選手のプライドを維持
4番を打つ者は、4番としてのプライドを持たなければいけない。そしてそのプライドがあるからこそチーム(監督)はその選手に4番を託す。栗山監督が「4番・中田」にこだわってきたのは、技術的にも精神的にも中田翔に「4番」に求められる資質を感じてきたからだ。
だから、そうした選手を代えるのは実は繊細な作業なのだ。単なる打順の話ではない。選手としてのプライドに関わる大事な問題なのだ。
これは野球だけの話ではないだろう。どんな仕事でも、いかなる立場の人でも、何かを任されてやっている以上、多くの人がそこにプライドを持って取り組んでいるはずだ。それを何の説明もなく仕事の内容やポジションが変更されれば、そこには必ず精神的な変化が起こる。落胆や憤り、誤解や猜疑心(さいぎしん)のようなものも生まれるかもしれない。
変更の理由が業績不振や何かの失敗に起因しているとしても、その人のプライドを気遣うことは大事なことだ。一度傷ついたプライドはなかなか修復されない。失った自信は、仕事の質を低下させる。
プロスポーツは、結果がすべての世界だ。成績が悪ければ、交代も当然のことである。この世界では、その扱いに何の説明もないこともしばしば…である。その悔しさが発奮材料になって大活躍というケースもあるが、栗山監督はどんな選手とも必ずそうした話し合いを持つスタイルでチームをマネジメントしている。
ちょっとした話し合いや説明で相手の気持ちを和らげたり、誤解を招く状況を回避することができたりする。その気遣いができるかどうか。
日本ハムは翌日も巨人に勝って「3番・中田翔」で連勝した。
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