部活動などを通じて協調性や統率力を身に付けた人材の方が、将来の賃金が高いとの研究がある。学力重視を見直し、社会生活を生き抜く真のスキルを育む教育体制が求められている。
大阪大学大学院
経済学研究科教授
米ジョージタウン大学でPh.D.(経済学)取得。世界銀行、アジア開発銀行、関西大学、大阪大学社会経済研究所を経て2012年4月から現職。専門は労働経済学。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催まで1000日を切った。大会の機運を高めるため、スポーツを奨励する様々なイベントが全国各地で開催されている。
スポーツの目的の一つは、市民の健康寿命を延ばし、医療費の削減を目指すことにある。その一方で、青少年に対するスポーツ活動の経済的意義やその効果について、これまで数量的に評価される機会は十分になかった。
中学生や高校生の大半は、部活動に参加している。また、多くの小学生が野球やサッカーなど地域のスポーツクラブで練習に励んでいる。本稿では、スポーツ活動による教育効果、特に将来の所得への影響について、最新の研究内容を紹介したい。
教育は人的資本を高める投資
教育経済学の分野では、教育は自分自身もしくは子どもへの「投資」と考えられている。教育を通じ、その人の経済的価値である「人的資本」を高めると、労働生産性が高くなり、高賃金の人材になることができるという発想だ。
一般的に人的資本を構成する能力は情報処理や記憶能力などに関する「認知スキル」と、協調性や統率力など社会生活に求められる「非認知スキル」に分けることができる。
教室での授業などによって認知スキルは高められる。一方で、非認知スキルの向上には結びつきにくい。そこで存在感を増すのが、学校の部活動や地域のスポーツクラブでの活動だ。
スポーツ活動、特に集団競技では、規律正しい行動が求められ、協調性が養われる。練習を通じて我慢強さや、やり抜く力が鍛えられることも分かっている。チームのキャプテンになれば、メンバーをまとめる統率力も身に付く。
部活動や地域のスポーツクラブは、従来の学校教育の課内教育では取得しにくい非認知スキルを獲得できるいい機会と捉えることができる。
これは社会に出た後のキャリア形成に役に立つ能力だ。例えば課長など管理職になれば、学生時代にリーダーをやった経験があれば、部下に対して的確に指示を出しやすいだろう。管理職としての能力が評価されれば、さらなる昇進や収入増に結びつく。
●運動系課外活動に従事した人とそうでない人との比較
- 賃金が4~15%上昇(男性)
- 大学進学率が1ポイント上昇(女性)*
- 労働市場への参加率1~2ポイント上昇(女性)*
- 将来、寄付活動やボランティアに参加する傾向
スポーツで培った非認知スキルが、将来の所得を引き上げることが複数の研究結果で明らかになっている。
例えば米パデュー大学バロン教授などが00年に発表した研究によると、運動系の課外活動に従事していた米国の男子高校生は、していなかった男子高校生と比べて高校を卒業してから11~13年後の賃金が4.2~14.8%も高いことが分かった。
スポーツと女性の関係に着目した研究もある。米ミシガン大学が、女性のスポーツ参加と将来の労働力参加率との関係性を検証している。
米国では1972年に可決された「Title IX(連邦教育法第9編、男女教育機会均等法)」により、連邦政府からの補助金を受け取る学校では、男女平等にスポーツに参加する機会を与えることが定められている。
法案可決によって、女子高校生のスポーツ参加率は3.7%(72年)から25%(78年)に上昇した。そして女子高校生のスポーツ参加率が10ポイント高まるにつれて、 平均的に大学進学率が1ポイント、労働市場参加率も1~2ポイント上昇した。学校でのスポーツ活動が、女性の社会参加や所得増加につながったことを示唆する内容だ。
文化系の部活にも経済効果
一方、運動系以外の部活動が将来のキャリア形成に効果がないわけではない。ブラスバンドや生徒会など文化系の活動を通じても非認知スキルを高められることが分かっている。
例えばブラスバンド部では、演奏会という目標に向かって集団で練習する。個々のパートで演奏能力を高めるだけでなく、全体の調和を図ることも欠かせない。そうした活動を通じて忍耐強さや協調性を身に付けることは非認知スキルの向上につながる。
●認知・非認知スキルの概要
認知スキル | 学校の授業などで向上 情報処理や記憶能力など |
非認知スキル | スポーツ・芸術活動などで向上 協調性、統率力、やり抜く力 |
高学年となり部員を統率したりするようになれば、社会生活で必要な非認知スキルのさらなる向上に結びつく。課内活動である生徒会活動やクラスの委員会にも同じことが当てはまる。
部活動以外での芸術活動も、教育経済学の視点から効果は高い。スイスの研究によると、ピアノを習うことによる効果は、スポーツ活動による効果よりも高いと報告されている。
ピアノを習える子どもの親は比較的所得が高く、教育意識も高いからではないかとの指摘もあるが、親の所得に関係なくピアノを習うことによる教育効果が推定されている。
受験勉強のために、子どもに部活を辞めさせようとする親は多いだろう。確かにハイレベルの高校や大学に進学することで、認知スキルをさらに高めることはできる。しかし、認知スキルと同様、非認知スキルも高めなければ、社会人として活躍することは難しい。
親として子どもの将来を思うなら、「部活を辞めなさい」というのではなく、勉強しながら部活を続けられる方法をできる限り探る方がいいはずだ。
また、部活動を巡る環境改善も重要なテーマとなる。特に昨今、部活の顧問教師の長時間労働、それに伴う労働災害が問題視されている。休日に部活の指導をしたのなら手当を増額したり労災補償を充実したりする対応が不可欠である。
そして何より、顧問教師の労働時間を短くすることが喫緊の課題である。部活動を通じた青少年の育成を、学校教師だけに頼るのではなく、元プロスポーツ選手、体育大学で学ぶ大学生など、社会の幅広いメンバーで支える仕組みが必要となる。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。