(前回から読む)
金鉱山の夜明け
ガリンペイロの朝は早い。夜が明けないうちから起き、顔を洗い、歯を磨き、甘いだけのコーヒーを飲み干すと、金鉱山のある森に消えていく。
ある日、だいぶ遅れて起きてきた年嵩の男がいた。動作が緩慢で顔色も悪く、寒そうに両手で身体を覆っている。マラリアらしい、とぼそぼそと答える。86回目のマラリアだという。
休んだ方がいいのではないか。そう話しかけると、年嵩の男は苦笑いを浮かべながら、こう言った。
「昔、すぐ隣を掘っていた男が50キロ(およそ2億円)を超える金塊を掘り当てたんだ。すぐ隣だった。3メートルも離れちゃいなかった。自分の運の悪さを恨んださ。たった3メートルの違いであちらさんは大金持ち、俺は貧乏のままなんだから。本当は休みたい。身体もきつい。でも、自分にとって、今日がバカヅキの〈その日〉なのかもしれない。だから、休まない、休めないのさ」
穴、水路、地中の金
金鉱山とは巨大な「穴」だった。
小屋から数分も歩くと、森の中に穿たれたいくつもの穴が目に飛び込んでくる。直径2~30メートル、深さ3~7メートルほどの穴だ。驚いたのは、これらの穴が重機で掘られたものではないということだった。全て、ツルハシとスコップの「人力」で掘られたのだ。
ガリンペイロたちは、日中の気温が35℃を越える乾季には穴の中で汗と埃に塗れ、雨がひっきりなしに降る雨季にはびしょ濡れの泥塗れになって、地中の金を探していた。
ゴールドラッシュの呼び水となった法螺話では、金は地表近くで偶然発見された、という話になっている。しかし、そんな僥倖はまずないと言っていい。通常、金は地中深くに埋もれているものなのだ。
アマゾンの大地を掘り進むと、最初にあるのは岩や粘土層だ。粘土層は重く、岩も時に数メートルを超える巨大なものも少なくない。ツルハシで岩を砕き、スコップで粘土層を掘り進んでいくと、やがて石と砂礫の地層にぶつかる。「カスカーリョ」と呼ばれる層だ。金はこのカスカーリョの中にある。だから、ガリンペイロはカスカーリョのことを「金の道」と呼ぶ。
もっとも、カスカーリョの全てに金があるわけではない。大量の金を含むカスカーリョが見つかったとしても、ほんの1メートル離れただけ全く金が出ないということもザラだ。地表を何メートル掘ればカスカーリョにぶつかるのか、カスカーリョの層がどれくらいあるのかも、掘ってみなければ分からない。つまり、金の採掘とは博打のようなものなのだ。
地面をカスカーリョの層まで掘り進めると、ガリンペイロたちは高圧放水器(消防のホース以上の水圧を誇る)でその層をまるごと、穴の中に作った水路に流し込む。水路の先にはこれまた高圧のポンプがあり、濾過機までパイプでつながっている。濾過機には何重にもフィルターがあって、金を含む土砂だけが下に溜まる仕組みになっている。
1~2週間に一度、溜まった土砂は60リットルのポリバケツに移され、そこにひとさじの水銀が入れられる。水銀には金を吸着させる性質があり、かき混ぜるに従って土砂の中の微量の金が水銀色の塊となっていく。最後に水銀をバーナーで飛ばせば、黄金に輝くザラメ状の金が現れる。
僅か金1グラムを得るためには、1トンもの土砂を掘り起こさねばならない。かくして、アマゾンの密林の奥深くには、男たちの野望が作った穴が無数に作られていくことになる。
銃と天秤
ガリンペイロにとって最も大切な日。それはおそらく、「計量の日」だ。私たちが潜入取材した金鉱山では、計量にはオーナーの〈黄金の悪魔〉も必ず立ち会った。
その日、〈黄金の悪魔〉の右のポケットは不自然に膨らんでいた。気になるのか、時おりポケットの中に手を入れ、何かを確認していた。ピストルが隠されているのかもしれなかった。
全員が揃うと、〈黄金の悪魔〉は、左の天秤に採れた金を乗せ、右の天秤に少しずつ分堂を乗せていく。100グラム、150グラム、200グラム……目方が増えていくにつれ、緊張感と殺気が周囲を覆う。ガリンペイロの目は天秤に集中しているが、〈黄金の悪魔〉は、決闘で銃を抜く直前のガンマンのように、威圧的な視線をガリンペイロに送っている。不審な動きがあれば直ぐに右ポケットの拳銃を抜くぞ、とでも訴えるかのように。
ようやく、〈黄金の悪魔〉の視線が天秤に戻る。金と分堂が平衡になったのだ。そして一言、低く音圧のある声で、重さだけを輩下の者たちに伝える。
「ドイスシエント、トレンティオイト、グラーマ(238グラム)」
238グラム、およそ95万円の金だった。この金鉱山では両者の取り分は7:3と決められている。この穴では5人が一緒に働いていたので、ガリンペイロ1人あたりの取り分は5%の4万7000円となった。
計量が終わると、〈黄金の悪魔〉は238グラムの金を新聞紙で何重にも包み、上からビニールテープをいく重にも巻きつけた。たった238グラムではあるが、手のひらに隠れるか隠れないかの大きさになった。その包みを、あの右ポケットに入れた。
右ポケットは、「銃」と「金」でさらに膨らんで見えた。
穴を変える
私たちは都合6回の計量を見たのだが、最も多いときで350グラム(総額140万円・ガリンペイロ1人あたり7万円)、少ないときで85グラム(総額34万円・1人当たり1万7000円)の金が採れた。
85グラムしか出なかったとき、ガリンペイロ全員が頭を抱えてしまった。
すぐに侃侃諤諤の議論が始まった。あの穴は出ない。別の穴を掘ろう。いや、もう1回だけ掘ってみよう。次に出なかったら〈黄金の悪魔〉を見限って他の鉱山に移ろう……。
議論が一段落して一瞬の沈黙がやって来たとき、ガリンペイロの1人が言った。
「もう10年ぐらい昔の話だが、2週間で7キロ(総額2800万円・1人当たり140万円)もの金が採れたことがあった。しかも、半年以上も取れ続けた。普通の仕事じゃ、絶対に稼げない金額だった。……だから、ガリンペイロは辞められないんだよな……」
85グラムしか出なかったチームは、その日、穴を変える決断をした。
別の場所で一から森を切り開き、穴を掘るのである。金鉱山の場合、どこを掘るかについては、オーナーよりガリンペイロに決定権があるのだ。
それは、賭けに違いなかった。森を切り開く日、ガリンペイロたちはいつもより早く、まだ真っ暗闇の中を森に向かった。
聞き取れないラジオ
ガリンペイロの仕事は、文字通り、夜明けから陽が落ちるまで、時間にすると朝5時から夕方6時までの重労働だった。食事の時間は休憩になるが、メシをかっ喰らうとすぐに現場に戻るのが常だから、労働時間は1日12時間を越えている。だから、翌日が休みでもない限り、夜更かしのガリンペイロなど1人もいない。夜飯を食べ終わると、誰もが気だるそうに小屋に戻り、ただひたすら眠るのだ。
ガリンペイロの小屋はどれも粗末だった。まず、壁がない。天井にはビニールシートがかかっているだけで、床は地面だ。所々に切り株さえ残っている。もちろん、電気もない。日が落ちると懐中電灯だけが頼りとなる。雨が降ればハンモックはびしょ濡れになり、降らなくても熱帯の夜露で不快に湿る。蚊やブヨの襲撃は勿論のこと、巨大なゴキブリからサソリ、タランチュラ、毒蛇がうろつくこともある。
ある夜、彼らの小屋からラジオの音が聞こえてきた。遠くリオ・デ・ジャネイロで行われているサッカーの試合のようだった。ラジオは数少ない娯楽の一つなのだろう。音に誘われて何人かのガリンペイロが集まってきて、ラジオの前にしゃがみ込んだ。粗末な小屋の前に「街頭ラジオ」のような空間ができた。
電波事情は劣悪だった。アナウンサーの実況は途切れ、ざぁーという雑音しか聞こえない。しかし、それでも、男たちは席を立たない。ラジオに向かって、贔屓のチームの贔屓の選手の名前を叫び続けていた。
ガリンペイロの仕事は単調できつい。住まいは貧弱。暮らしは、街のそれとはかけ離れている。しかし、ガリンペイロは愚痴らない。ひたすら重労働に耐える。なぜなら、一攫千金のチャンスが森のどこかに埋もれているかもしれないからだ。密林にやって来た男たちは、誰でも一度は「ヘイ・ド・オーロ(金の帝王)」の夢を見る。いつかは俺も、と。
大河からいくつもの支流に分け入った森のずっと奥、私たちが潜入した世界には、そんな男たちがいた。
(次回に続く)
シリーズのラインアップは以下の通り。
第2集「ガリンペイロ 密林に黄金を追う男たち(仮)」5月8日(日)
第3集「伝説の巨大ザル(仮)」6月12日(日)
第4集「イゾラド 未知の人々(仮)」7月10日(日)
※全てNHK総合テレビで午後9時から放送予定
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