「辞めさせてくれません」
昨年の秋、ある私立大学のキャリアセンターに悲痛な電話がかかってきた。声の主は半年ほど前に、東証1部上場のオフィス機器販売会社に就職したばかりの女性の卒業生だった。
入社するとすぐに1日100件以上のアポ入れを強要された。「アポがなくても直接出向け! 土下座してでも買ってもらえ!」と上司に怒鳴られる毎日。ほどなく彼女は精神的に追い込まれ、出勤途中で泣いてしまうようになった。
耐えきれず退職を願い出たが、受け付けてもらえない。出勤せずに家にいたら上司が家まで迎えにきた。両親に相談しても解決せず、最終的に卒業大学に頼った。キャリアセンターが間に入り、なんとか退職できたが、女性の心の傷はまだ癒えていない。
こうした企業は一般に「ブラック企業」と呼ばれることが多い。労働問題に詳しい法律事務所アルシエンの竹花元弁護士は、「明確な定義はないが、長時間労働や賃金不払いといった違法なブラック企業と、法は犯していなくても人を使いつぶすブラック企業がある」と指摘する。
ブラック企業に詳しい専門家の多くは「内定を取れていない就活生を高収入などのうたい文句で引き入れ、重いノルマを課すのが常套手段だ」と警鐘を鳴らす。社会人としてのスタートを悲惨なものにしないよう、就活生はブラック企業を“正しく”恐れるためのすべを知っておくべきだろう。
では、どうしたらいいのか。就職活動の中の「説明会などの情報収集時」「面接などの選考時」、内定から入社までの「内定後」に分けて、ブラック企業の見分け方をチェックリストとしてまとめた。
給与の高すぎと安すぎに注意
採用ホームページや説明会などの情報収集時にチェックすべきポイントの1番目は「お金」だ。
お金は金額と内訳が重要になる。初任給はどんな大企業でも20万円強が多い。その中で30万円を超えるなど、高すぎる場合は注意が必要だ。竹花弁護士は「長時間の残業代が込みになっていたり、ハードルの高いノルマ達成が報酬の条件になっていたりする」と説明する。
さらに「最近では巧妙化している」と指摘するのは明治大学の就職キャリア支援事務室の滝晋敏氏だ。滝氏によると初任給の金額は業界並みで、手当も普通にもらえる企業だが、ブラック企業と疑われるケースがあるという。それは基本給が10万円などと低額な場合だ。基本給は残業時の割増賃金やボーナス計算のベースになる。「残業代を渋るため基本給を引き下げている。そこに社員を大事にしない経営者の姿勢が如実に表れている」(滝氏)。
みん就(みんなの就職活動日記)や2ちゃんねるといった掲示板に書き込まれているブラック企業の情報はどう判断すればいいだろうか。匿名で信用度が低いなどと言われるが、就活に詳しい千葉商科大学・専任講師の常見陽平氏は「火のないところに煙は立たない。一つの有力な情報になる」と話したうえで「書いてあるからブラックとうのみにするのではなく、事実かもしれないと冷静にとらえ、その事実が本当か、理由があるかを調べるべきだ」とアドバイスする。何がブラックと感じるかは個人差もある。
面接会場が豪華過ぎるのは「×」
「ブラック企業を見極めるためには面接会場の場所と豪華さをしっかりチェックしよう」。採用コンサルタントの谷出正直氏は、就活生にこうアドバイスしている。まず面接会場が自社の場合はオフィスが散らかってないか、社員が沈んだ雰囲気でないかを見る。「大人数を面接する企業は別だが、面接後にオフィスを見せてとお願いしても、見せてくれない場合は要注意」と谷出氏は指摘する。
面接会場が自社以外の場所である場合も同様で、社員に会わせたくない理由がある可能性がある。さらにホテルや宴会場など無駄に豪華な場所の場合も、必要以上に自社をよく見せようとしているのかもしれない。
面接中にもチェックできるポイントはある。「夢・成長・やりがいばかりを強調したり、自社のアピールばかりをしたり、就活生の話を聞こうとしないケースが多い」(谷出氏)。また「人物重視」と言いながらすぐに内定を出すケースも注意が必要だ。とにかく採用数を増やせればいいという、使い捨ての考えが読み取れるからだ。
内定後は入社までの最後のチェック期間と捉えたい。内定承諾までの期間を短時間にして急がせる、他社の内定辞退を強要するなどの企業は要注意と言えるだろう。
さらに人を使いつぶすタイプのブラック企業で増えてきているのが、インターンシップやアルバイトで内定者を働かせるというものだ。こうした就労機会を通じて、入社までに仕事の内容を知ったり、社員との交流ができるというメリットはある。ただし、ブラック企業の場合、仕事をやらせながらインターンシップだからと無給だったり、アルバイトといいながら最低賃金を下回るケースも多い。また、大学の授業や卒業旅行などのイベントでも休ませてくれないケースもある。
インターンシップやアルバイトを断ろうとすると、「内定を承諾しただろう」と詰め寄るケースもある。竹花弁護士は「雇用契約を結ぶ前の学生が労働を断っても何の問題もない。企業の実態を知って内定辞退しても違法性は全くない」とアドバイスする。
中途採用をチェックする
ブラック企業の疑いが強い場合はどう確信を持てばいいのか。一番シンプルな方法が現役社員に話を聞くことだ。ただし、人事担当社員や採用に関わっている社員ではなく、一般社員に会って話を聞くことが重要だ。
NPO法人POSSE(ポッセ)の今野晴貴代表は「会社の状況を隠すケースもあるが、その社員の健康状態や生活状況を探ってみればいい。ここは隠しきれず実態が見えやすい」と助言する。
なかなか社員に会わせてくれない場合はそれだけで疑惑は深まるが、会えない場合でも、社長や社員のSNS(交流サイト)を見つけて書き込み内容をチェックする方法も有効だろう。共通の知人が見つかれば、会社の評判を聞くこともできる。
ほかには中途採用の募集を見るのも有効だという。「中途採用向けのリクナビネクストなどをチェックして、ずっと求人が出ていないかをチェックする。特に「営業大募集」などの採用広告がずっと出続けている場合、「社員の定着率が低い可能性が高まる」と人材研究所の曽和利光社長は指摘する。このほかにも、離職率の推移を調べて最近急激に上がっていないかをチェックするのも有効だという。
長時間残業が気になる人は、夜間に会社をこっそり訪問してみるのも手だ。深夜までたくさんの社員が働いていれば、長時間残業が常態化している可能性が高い。
ここまでブラック企業を見分けるポイントを解説してきたが、賃金という対価を得る以上、楽に稼げる仕事などないということも肝に銘じたい。
《本記事は、日経ビジネス2016年2月22日号スペシャルリポートを再構成しました》
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