官需依存からベンチャーの興隆など変革期を迎えつつある日本の宇宙産業。だが国際展開を考えた際、依然足りない部分も少なくない。

 宇宙産業に詳しいTMI総合法律事務所の新谷美保子弁護士はその一例として、法律家など実務家層の不足を日本の課題に挙げる。1月15日に発生した宇宙航空研究開発機構(JAXA)のミニロケット打ち上げ失敗のようなトラブルに備える意味でも、法的なリスクマネジメントは重要だ。

(聞き手は寺井伸太郎)

<b>企業活動を支える制度や実務家の重要性を強調する新谷美保子弁護士</b><br />[しんたに・みほこ]慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、2006年弁護士登録。2013年米コロンビア大学ロースクール卒業、2016年宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員。専門分野は航空宇宙産業、知的財産権、IT・通信。
企業活動を支える制度や実務家の重要性を強調する新谷美保子弁護士
[しんたに・みほこ]慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、2006年弁護士登録。2013年米コロンビア大学ロースクール卒業、2016年宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員。専門分野は航空宇宙産業、知的財産権、IT・通信。

日本の宇宙産業を支える法律家の現状を教えてください。

新谷:近年、日本でも民間主導の宇宙産業に対する注目が急速に高まっています。新しい産業が拡大する時には、当然それを支援するサービスが必要となります。日本企業が「国境のない宇宙」でのビジネスを戦っていくうえで、法務面のサポートが欠かせません。欧米では、宇宙を専門にする法律家が既に一定数います。

 宇宙関連の国際的なビジネスでは、日本企業であっても欧米系の法律事務所を使うことが多いのが現状です。宇宙関連のビジネスで先行する有力企業を多く顧客に持つため、結果的に欧米系の事務所にそうした分野に強い弁護士が多いからです。

 日本でもようやく宇宙産業が脚光を浴び、関連ベンチャーにマネーも流入しつつあるものの、法務面で支える人材の層が薄いと言われています。様々なサービスの国際展開をにらみ、法律や契約などの業務に対する企業側のニーズが強まる中、本当に日本の宇宙産業の発展を考えられる法律実務家が求められていると感じています。

リスク負担が曖昧な契約だと会社が倒れる

宇宙産業は一般のビジネスとどのような違いがあるのでしょうか。

新谷:宇宙の憲法と言われる宇宙条約6条は、「条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際的な責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従って行われることを確保する国際的責任を有する」と謳っています。

 そのように、宇宙産業はたとえ民間主導で行われるとしても、国策、国益に直結するビジネスです。だからこそ、日本の宇宙産業の発展を真剣に考える立場から、国益や知財戦略をにらんで産業を支援する日本の法律実務家が必要となります。

宇宙関連2法成立はスタート地点

──具体的にはどのようなシーンで法律などの実務家の知見が必要になってくるのでしょう。

新谷:ロケット打ち上げ契約や衛星の売買契約など、宇宙関連のビジネスを進めるにあたっては、宇宙産業特有の業界標準や交渉のポイントが極めて重要です。こうした面を知らないと、結果的に何らかのトラブルが生じてしまった時に、予期しなかった損失を被るおそれがあります。

 具体的には打ち上げの失敗、衛星機器の不具合などが発生した場合のリスク負担です。一体どの段階で「打ち上げ」という債務を履行したことになるのか、衛星に関わるリスクはいつ買主に移転するのか、宇宙空間に出てしまった衛星に瑕疵担保責任はあるのか、簡単に言えばいつまで修理しなければならないのかなど、宇宙産業特有の議論が多数存在します。

 このような契約実務と宇宙保険を上手に組み合わせて、ぬかり無いようにしておかないと、下手をすると宇宙ベンチャーなどの経営規模だと、一発で会社が追い込まれかねないとの危機感を持つ必要があるでしょう。

 知財戦略でも、特許を取得するなどして公開して守るべき技術もあれば、出願による技術公開のリスクの方が高い場合には、手の内を明かさないでノウハウとして秘匿しておくべき技術もあります。宇宙技術の開発競争が激化している現状で、日本の宇宙産業にとって知財戦略は大変重要と言えます。

日本でも2016年11月に宇宙関連2法が成立しました。

新谷:民間の宇宙開発・利用を促進するには関連の法制度整備も欠かせません。日本でもようやく宇宙関連2法が成立しましたが、例えば米国では1984年に商業宇宙打ち上げ法が、フランスでは2008年にフランス宇宙活動法が制定されています。諸外国では民間の宇宙活動を規律する法律がすでにあって、産業振興のルール作りが進んでいます。これで日本もスタート地点に立つことができた状況です。

 宇宙関連2法のうち、宇宙活動法ではロケットの打ち上げや人工衛星の管理に許可制を導入することで安全確保に万全を期す一方、万が一の事故発生時に備えて損害賠償ルールを明確化したのが特徴です。

 企業の事業参入に対する予見性を高めるとともに、ロケット落下などの損害による第三者損害の賠償責任については、ロケット打ち上げ実施者に責任を集中することを規定しました。部品メーカーなどの関係者が第三者賠償責任のリスクから解放され、産業振興に役立つと期待されます。一方で、打ち上げ実施者には第三者賠償責任保険の手配を義務付け、保険で補填される限度額を超える事故が発生した場合には、一定限度額まで政府が補償することが定められています。

 もう一つのリモートセンシング法では、画像の悪用を防ぐルールが明確化されました。民間事業者がリモートセンシング画像を利用して様々な商品を考案したり、ビジネスのソリューションを見つけたりする可能性が開かれました。

法整備が後手に回れば企業の海外流出招く

今後の日本の宇宙産業の課題や見通しは?

新谷:日本では宇宙における資源探査や、有人宇宙飛行など人工衛星打ち上げ以外の法的枠組みがまだ整っていません。米国などでは民間企業から政府への働きかけも活発で、法的枠組みの整備にも余念なく取り組んでいます。

 法整備が遅れれば遅れるほど、こうした分野の宇宙ベンチャーは制度が整った海外に流出する恐れがあります。新規ビジネスを行う上で、現状の国際条約の枠組み、そして国内法の枠組みの中で実現可能なビジネスなのかどうか検討する際にも専門家の支援が役立ちます。

 宇宙関連産業の潜在的な成長性は極めて高いと言えます。日本は中小も含めて技術力の高いモノづくり企業が多くあります。資金調達の方法やビジネスモデルなどをしっかりと確立できれば、世界でも戦っていける宇宙技術が沢山あるとみています。日本も巻き返していく余地は十分にあると期待しています。

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