10月に開催された第19回中国共産党全国代表大会を経て、2期目をスタートさせた習近平(シー・ジンピン)国家主席。トランプ大統領の訪中においてはその外交術によって大きな不利なく交渉を終わらせ、またその後のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議では、多国間の自由貿易を支持すると述べ大きな賛同を得た。習主席の手腕により、盤石な体制が築かれつつあると感じている向きも多いのではないだろうか。
その一方で、経済成長も緩やかになる中、中国は問題も抱えている。その中でも最も大きいと考えられるのが、この連載でも幾度となく取り上げてきた国民の中で大きくなる“格差”であろう。先日の「独身の日」にはアリババ集団だけの取引額が1600億元(2兆7000億円)を突破するなど、消費が盛り上がっているのも事実。ただ一方で、そのような繁栄には取り残され貧困にあえぐ人たちが大勢いる。主に消費を盛り上げているのは、都市に戸籍を持つ都会人。農村に戸籍を持つ農民は中国の発展を支えた功労者でありながら、豊かにはなれない。
都市戸籍を持つ4億人を農村戸籍を持つ9億人が支えるいびつな国家である中国。その実態を紹介した書籍『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』(川島博之著、2017年、講談社)は近著『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』と通ずるところが多くある。今回から3回にわたって、川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授をお招きして中国の近未来について語ってもらった様子を紹介する。
山田:本日はよろしくお願いいたします。
先生ちょっとご覧になっていただきたいものがあるんです。これは先生が執筆された書籍『農民国家・中国の限界』(2010年、東洋経済新報社)です。その当時買って、このように付せんをいっぱい付けて読んでいたんです。まさか先生と対談するようなことになると思っていませんでした。非常に光栄です。
川島:そうですか。ありがとうございます。
山田:私、仕事柄、中国関連の書籍をいろいろ読むのですが、この10年間で読んだ書籍の中で、こちらの本には大変感銘を受けました。
中国にいると、中国にいなくてもそうかもしれないですが、疑問に感じることがあります。多くの中国人はそんなに収入がない。例えば給料の明細上は3000元(約5万1000円)しか収入がない。そういう人たちがどうして銀座とかで買い物がばんばんできるんだと。説明のつかないことがたくさんあります。
川島:そうですね。
山田:ただし、それについて中国専門家の人が書いたものでちゃんと答を書いてくれているものが本当にないですね。
川島:ないですね。
山田:一番不思議なのはお金の出所なんですよ。なおかつ私は個人的に地方から出稼ぎに来ている農民工の人たちに興味を持っていろいろ話をしている中で、そういう疑問みたいなものがだんだん膨らんできた。そうした中で先生の本を読んだら、土地の開発公社、それとその周辺の人間が土地を転がして大変な富を生み出していると書いてありました。そういったことを統計を読み解いていろいろ教えていただき、本当に目からうろこでした。先生は農業のご専門ですよね。
川島:そうです。
山田:誤解を恐れずに言うと、中国がご専門ではないですよね。
川島:違いますね。アジアの農業と開発が専門です。
山田:だから、かえってそういう大きい視点でご覧になっているから、中国をお分かりになるんじゃないのかなと思ったのです。とにかく日本人は、特にバブルが崩壊してからこの20年、中国のことを冷静に見られなくなっているように思います。1つはやっかみから見られなくなっているという気もします。
川島:私もそう思います。
山田:そうですよね。そのころから例えば反中、嫌中の本がものすごく売れるようになった。だから本当に中国を冷静に見て書かれた、しかも平易に書いている本というのがなかなかなくて。そういう中でこの本に出合って非常に印象に残っていました。
川島:私も中国の農村を度々訪ねていて、実際に見ているんですよ。山田さんも見ているんですよ。ただ、中国関連の書籍を書いている人って、ホテルに泊まって向こうの学者と話しているだけの人が多いんだよね。
日本の学者の中でそれなりの地位を築くと、日本の科学研究費などで中国と共同研究をやろうと。今は中国もお金を持っているので。中国と10年、20年一緒に仲良くやっていくと、ちょっと悪い言い方だけど向こうのペースに乗せられちゃう。向こうのことをおもんぱかると、実態とか書けないんですよね。
山田:そうですね。
川島:それは私は、不幸だと思うし。私は中国や文科省からはお金はもらっていないし、一番ある意味で冷静なことを書ける。中国に遠慮することないし。そんなことで、最近では『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』を出版しました。
習主席と安倍首相は1歳違い
山田:世代的にいうと、先生は安倍晋三首相と同じ世代ですよね。
川島:同じです。安倍首相は私の1つ下。
山田:そうですよね。安倍首相と習近平国家主席も1歳違いですよね。
川島:だから、私は習主席と同じ歳です。習主席が文化大革命(1966~1976年)の時期に反動学生として下放されていた時代、私も高校から大学の時期に当たるんです。だから、習主席にはものすごく親近感があるというわけではないけど、長い目で習主席がどうなるかを見てみたいと思います。悲観的に見ているんですけど。
山田:私は、安倍首相と習主席が1歳違いでほぼ同世代ということに非常に関心があります。ほぼ同時期に、同じ時代にあの2人が中国と日本で台頭してきたということに、共通する背景がないのかなと。ただ、それを政治家に直接取材するわけにいかないので、同じ年代の市井の人たちをインタビューすることで何か浮かび上がってくるのではないかと考えていて、次の仕事にしようとも思っているんです。
川島:今の64歳ね。
山田:先生は同じ世代としてどのようにお考えですか。
川島:中国の64歳にインタビューしてもほとんど何も出てこないと思う。要するにみんな教育を受けてないから。習主席みたいに、父親が副総理をやっていたとかいう人じゃない限り、教育を受けるチャンスがなかったから。だから私と同年代の大学の先生っていないんですよ。
山田:なるほど、すぽっといないんですね。
川島:今、だいたい大学のトップになってくるのが50歳くらいで、40歳くらいにもいますよね。だから変な話、みんな若くして大学教授になっている。
山田:一方で、その世代で大学に行っている人はとびっきり優秀な人がいますよね。
川島:そこがよく分からなくて。文化大革命が起きているから、みんな下放されているんですよ。胡錦濤前国家主席の世代であれば、とびきり優秀なら大学に行けたんですよ。ところが習主席の世代って、とびきり優秀でも田舎に飛ばされたんですよね。とびきり優秀でもとから北京大学に入っていたりすると、殴り殺されている可能性がある。造反とかで。
仏頂面で権力闘争を勝ち抜いた習主席
山田:私には川島先生と同じ歳の知り合いがいるのですが、文化大革命当時、新聞社の北京の社宅に住んでいると今日は隣の棟から人が飛び降りた、昨日はこっちから飛び降りた、もうそんなのが日常だったと言っていました。
川島:習主席は、その世代の中ではかなり感情のコントロールがうまい人ですよね。だから化けちゃったんだよね。本当、顔に出しただけでも当時はやばいから。彼らに気に入られるような顔をつくる。習主席って表情が動かないよね。
山田:そうですね。ちょっと前の話になりますが、2014年に3年振りの日中首脳会談があり、その際に安倍首相と握手する際の習主席の仏頂面が話題になりました。日本人はああいうのを見るとびっくりしちゃうと思うんですけど、僕なんかはあまり感じませんでした。
というのも、かなり前の話になるのですが、春節(旧正月)近くにある地方都市のホテルに泊まったんです。そのときに、もう何のいわれもないのに公安が20人ぐらい突然部屋に突っ込んできたんです。賭博、売春など違法行為を取り締まるためです。もう本当にみんなヘビみたいな目をしていました。
ああ、もうこれはだめだ、何も悪いことしていないのに罰金取られるんだろうなと思ってふっと振り向いたら、ちょっと目に表情がある人がいたんです。彼らの上司で女の人だった。この人なら話が通じるかもしれないと思って説明したら、ああ、そうなのか、分かった。じゃあ、次の部屋へ行くぞと言って出ていったんですよ。本当にね、その場に崩れ落ちました。
そういう経験から、僕の個人的な皮膚感覚なんですけど、習主席は話が分からない人じゃないと思うんです。ただ、本当に中国を知らない人があの顔を見ると、何だ、無礼な、みたいな感じになってしまう。
川島:あれは彼の普通の顔ですよね。やっぱり表情を動かさないです。
それから感情を相手に読み取られないような行動をしていますね。明らかにそう思いますね。私はある人から聞いたんだけど、アメリカでは習主席は非常に評判が悪いんですよ。アヘン戦争のときとかに西洋で書かれたアジア人の顔というのは、目が細くて表情がなくて何を考えているかよく分からない。習主席はその代表みたいだと。
ただ、習主席はそれで権力闘争に勝ってきたんだよね。
山田:この15年、20年の期間で日本人が中国を見る中で、あの習主席の表情とか、あるいは南シナ海の問題への対応とか、一帯一路の進め方とか、何か乱暴だと思ってしまうかもしれませんが、あれって多分に国内に向けてのものですよね。国内に向けてこわもてでいないと、内政が保てない。
川島:怖いのは内部であって、米国が怖いとか日本が怖いとかはない。
もし習主席が、鄧小平的な教養を持っていたら今のこの路線は取らなかったですね。一帯一路とかアメリカの感情を逆なでするようなことをやったり、誰も言ってないのに自分からG2とか言いだしたり。G2とかは人から言われるものだよ。そうじゃないのに、東西の横綱だと言いだして、それで握手しようとか言いだせば、向こうは感情的になるのは当然だし。
でも習主席もばかじゃないから分かるんだよ。ひょっとしたら俺は愚かなことをやっているのかなと、寝る前に思っちゃったりするんじゃない(笑)。人間だから。もしここに鄧小平が生きていたら何と言うだろう、毛沢東が生きていたら何と言うだろうと思ったら、やっぱり鄧小平からはボロクソに言われるはず。
お前は中華帝国の滅亡を招くおろかな3代目になるぞと。毛沢東は創立したんだから、いろいろなことがあったのは仕方がない。それを大きく路線を変更して、基本的に鄧小平は何だかんだ言いながら欧米と仲良くしていこうというスタイルを取って、米国のサポートなんかも受けて高度成長するわけですよね。改革開放が1978年ですから40年たって、習主席は愚かなことをしようとしている。
結局のところ中華人民共和国ができてから、70年近く経つけど文化は何も生み出していないんですよ。日本は70年経ったとき、徳川からの70年ってちょうど太平洋戦争に入っていくときになりますけど、それなりのものを生み出した。中国はあれだけの人がいて70年間何もやってないんですよね。ただひたすらもうけることを考えただけ。
山田:確かにそうなんですよね。
川島:農民という9億人を土台にして、その上にいる4億人が豊かになる方法だけを考えた。
山田:なるほど。
どこも報道しない「農民9億人」
川島:結局この前の中国共産党大会で、習主席は何も実のあることを言ってないんですよ。「新時代の特色ある中国の社会主義」って具体的に何なのかというのも言ってないし、「偉大なる中華文明の復興」とも言っているんだけど、これもよく分からなくてね。
山田:ただ、江沢民時代の「3つの代表」もそうだし、胡錦濤時代の「科学的発展観」もそうですけれども、まず中国ってスローガンだけ考えるじゃないですか。考えた後にむだなことをすると言ったら語弊があるけど、日がなその理論を後付けできるブレーンみたいなのがたくさんいる。そういうところが中国の底力の1つだと思うんです。
川島:まあ、そうかもしれない。
山田:やっぱり13億の人を引っ張っていくには、目指すべき北極星みたいなのが必ずいります。中国がスローガン好きなのはそういうところもあると思うんです。分かりやすいスローガンを出して。
発展のモデルでもそうですけれど、北京オリンピック終わっちゃった、万博終わっちゃった、もう次にないとなったら今度は、有人飛行船を打ち上げてみたりとか。ちょっと時間稼ぎは言い過ぎかもしれませんが、これも引っ張っていくためのスローガンの1つかと。
川島:まあ、そうですね。スローガンにもたいした意味はない。言ってみただけという感じはする。
ただ、マスコミに触れてほしいのは、農民が、農村にいる農民と都市に住んでいる農民戸籍で9億人いるわけですよ。一方で都市戸籍が4億人。この構造について日本においては、具体的に大マスコミが触れることがない。
山田:分かっていないんじゃないでしょうか。
川島:農民の人には会ってないからね。向こうでエリートにしか会ってないから。
山田:私は近著『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』で農民工を描きました。ボツになっちゃったんですけど、自分で考えた題名は、『いるのに見えない人々』だったんです。
川島:そういうことですよ。私も彼らのことをこう表現しました。影のような人々だと。
(以下、明日公開の2回目「習近平が恐れるのは中産階級の離反」に続く)
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