先日、アマゾンは「Amazon Go」のサービスを公開した。いろいろなところで報じられている通り、レジなしのコンビニだ。アマゾンIDを持っているお客なら、レジに商品を通過させることなく、そのまま店を出れば、決済が完了する。AIを駆使し、お客が何を手に取ったのかが分かるからだ。
同社が公開している動画がわかりやすい。YouTubeで確認できる。男性がスマホを片手に、店にチェックインする。そして商品を手にとって、店の外に出る。ある女性はカップケーキ(チーズケーキ)を手に取る。アマゾンの買い物かごは、カップケーキを1カウントするが、彼女が棚に戻した瞬間に、ふたたび0カウントに戻す。
このいわゆる、決済の工程を排除するのは、消費者側としては嬉しい。なぜなら、私たちはみんな、あのレジの行列待ちにウンザリした経験があるからだ。せっかちな人は、レジ待ちの間に、買い物を諦めた経験があるかもしれない。
と、同時に、労働組合などは、この技術が大量の職を消滅させるとして恐懼した。確かに、レジ打ちなどの人員は不要になる。同じく想定しうるように、入荷業務がロボット化すれば、無人コンビニもありうるだろう。
パロディ「Anything Goes」
これを、パロディ動画にして表現する人たちが現れた。まずは、「Anything Goes」だ。説明するのも野暮だが、「Amazon Go」の動画を真似ている。男性が入店し、そのまま商品を盗もうとすると、ガードマンが取り押さえる。「とてもシンプルです。モノを取って、そのまま逃げるだけ」。ジャケットに隠す方法まで指南する(もちろん冗談レベルで)。
しかし、それなりに深い(?)文化批評の意味も含んでいる。「私なんて人生でずっと映画と音楽は、オンラインから盗んできた。食品は盗まないのかい?(“My whole life I've been stealing movies and music online, so, why not food?”)」。
もちろん、単なるギャグのレベルを超えないかもしれない。しかし、Amazon Goの見た目が、どうしても「万引き」にしか見えない、という人間の深層をえぐるものになっている。
フランスでは10年前からレジ精算なし
Monoprixはフランスの小売業者で、さらにクリエイティブな方法で、アマゾンに対抗しようとした。同社のサービスは、こうだ。店でお客が好きに商品を選べる。そして、そのまま支払わずに店を出られる。
ただAmazon Goと違うのは、その商品を店に置いていく必要があり、店員が自宅まで届けてくれることだ。そして、配送の際に、商品の代金を支払えばいい。
同社は、10年を超える実績を持つこのサービスを、Amazon Goの発表に乗じて再び宣伝を行った。しかも、笑ってしまうほど、Amazon Goの動画にそっくりだ。完全コピーといってもいい。
はじめに登場する男性の格好から、すべての登場人物を似せている。登場人物は、普通のスーパーやコンビニエンスストアとおなじく、カゴに商品を入れて買い物をする。もちろん、カゴではなく、自前の買い物袋でもいい。
Amazon Goではアプリが必要だがMonoprixはアプリは必要ない、だから、パロディ動画では、登場人物の女性はスマホを取り出すものの、単にメッセージソフトを開きおしゃべりをするのみだ。女性はレジに大量の買い物商品を渡すが、そのまま帰宅する。
つまり、レジでの決済がないアイデアは、古くからあるのだといいたいようだ。最後には、「Monoprixをよろしくね。シアトルは遠いからね(Amazon Goの実店舗のこと)」と笑わせる。フランスの同社は、アマゾン的な機械処理に対して、人間が対応することの優位性を語る。単に競合他社の動きを脅威に感じるだけではなく、これを自社宣伝に変えてしまうのだから、フランス人もなかなか面白い。
Amazon Goのその先
一方でAmazon Goも完璧ではない。お客が多人数となり、そして、あまりに素早い動きの場合は、なかなか正確に商品をカウントできないため、必ずしも順調ではないようだ。コンピューターによる擬似視覚技術、センサー、ディープラーニングなど、まだ改善の余地が残っているに違いない。
ただし、これも過渡期だといえる。アマゾンはホールフーズの買収からも明らかのように、リアル店舗に対抗するというよりも、すべての小売と物流を支配しようとしている。ホールフーズを買収することで、生鮮食品の仕入れルートも強化できるだろう。リアル店舗でのビッグデータも収集できるだろう。
上述した「Anything Goes」「Monoprix」といった動画のほかにも、パロディや揶揄するもの、批判的なものがあるが、それは逆にいえばアマゾンへの恐怖心を裏返したにすぎない。本当に笑えないからこそ、パロディが存在しうる。
アマゾンの野望、またしても広がる
アマゾンは、ある予想によると、次は(日本でいうところの)ドラッグストア事業に乗り出すのではないかという。薬局やドラッグストア事業は、規制も多く、参入が難しいとされている。が、アマゾンが不可能というわけではない。ただ、アマゾンがビッグデータを元に、ヘルスケア事業を開始したら、相当な数のドラッグストアが影響を受けるに違いない。もしかすると、アマゾンは、消費者が日ごろ購入している商品データから、健康的な商品やサプリを提案できるようになるかもしれない。
さらに薬局事業で、個々人に処方される薬は、想像もしないような情報となって、多くの商品販売機会を生むだろう。Amazon Goではないが、アマゾンIDを中心として、さまざまな医療サービスが展開されるかもしれない。それは、先進国で多く見られる、高齢化社会への対応としては、優れたものだろう。
まさか、ビッグデータを活用し、アマゾンが製薬会社にはならないと思うが……。いや、そうだ。同社は、これまで「そこまではやらないだろう」という大衆の思い込みをつねに覆してきた。パロディとしてAmazon Goを笑える頃は、まだマシということか。
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