トヨタが1位を奪還し、サントリーが僅差で2位に。日経BP環境経営フォーラムの「環境ブランド調査2016」が発表になり、トヨタが7年ぶりに首位に返り咲いた。ハイブリッド車の4代目「プリウス」や量産車で世界初の燃料電池車「ミライ」の発売に加え、「トヨタ環境チャレンジ2050」を打ち出して会社の未来像を明確に示したことが支持を集めた。その強さを裏打ちするのが社員やサプライヤーの環境意識の高さだ。そのウラに、新たに導入した新入社員用のユニークな環境教育システムがあった。

 トヨタ自動車が7年ぶりに首位を奪還した――。日経BP環境経営フォーラムが実施している「環境ブランド調査2016」の結果が出た。過去5年間首位を守ってきたサントリーを抜いて、トヨタがついに1位に躍り出た。

2016年の「環境ブランド調査」の総合ランキング上位20位
2016年の「環境ブランド調査」の総合ランキング上位20位

 環境ブランド調査とは、日経BP環境経営フォーラムが主要560企業ブランドを対象に、一般の消費者に対して企業の環境イメージなどをインターネットで調査して、結果を集計・分析している調査である。2000年から実施しており、今年は17回目。3月19日~4月24日に実施し、全国の2万300人から有効回答を得た。偏差値(平均50)にあたる「環境ブランド指数」という指標でランキングを付ける。同指数は、「環境情報接触度」「環境コミュニケーション指標」「環境イメージ指標」「環境評価指標」の4つの指標を総合して算出する。一般の消費者が企業の環境の取り組みをどの程度認知し、どのように評価しているかを知るモノサシになる指数だといえよう。

 トヨタは、環境ブランド指数を昨年の97から今年は102.6に5.6ポイントも伸ばして首位に立った。対するサントリーは昨年の99から99.3へと伸ばしたものの、トヨタの飛躍がそれを上回った。トヨタは4つの指標のいずれでも1位を独占し、圧倒的な強さをみせた。

トヨタとサントリーの熾烈な争い

 第1回目の調査が始まった2000年から10年間、トヨタは首位を独走していた。1997年発売のハイブリッド車「プリウス」の商品イメージなどが消費者に受け入れられてきたためだ。しかし、2010年には家電自らが節電する機能を備える「エコナビ」を打ち出したパナソニックに首位の座を奪われた。2011年からの5年間は、「水と生きる」という企業メッセージで強力なブランドを築いたサントリーが1位の座についた。そして今年ついに、トヨタが7年ぶりに1位に返り咲いたのである。

17年間にわたる環境ブランド調査の「3強」の順位の推移。<br/>なお、2003年までは、環境評価スコア総合ランキング(消費者)の順位を示した。パナソニックは2008年までは松下電器としての順位<br/>
17年間にわたる環境ブランド調査の「3強」の順位の推移。
なお、2003年までは、環境評価スコア総合ランキング(消費者)の順位を示した。パナソニックは2008年までは松下電器としての順位
[画像のクリックで拡大表示]

 今年トヨタが強かった背景には、2014年12月に量産車としては世界初の燃料電池車「MIRAI(ミライ)」を、2015年12月にハイブリッド車4代目「プリウス」を発売したことがある。これらのエコカーが消費者から支持を得た。調査結果を見ると、トヨタは「地球温暖化防止」「省資源」「有害物質の使用削減」のイメージで高得点を得ており、エコカー開発で業界をリードしてきたことを評価する声が並んでいる。

 評価は販売実績にも表れている。燃費1ℓ当たり40.8kmと3代目より2割以上向上させた4代目プリウスの今年1~3月の国内販売台数は6万3000台と、昨年1年間のプリウス販売台数(7万4000台)に迫る勢いだ。同じハイブリッド車の「AQUA(アクア)」は水辺の自然を守る参加型プログラムをマーケティングに取り入れて若い世代に人気であり、今年2月にはトヨタ史上最速の4年3カ月で1ブランド累計100万台を突破した。トヨタのハイブリッド車の世界販売台数は今年4月に累計900万台を超えている。

トヨタは、パリ協定を採択したCOP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議)の期間中の昨年12月9日に4代目プリウスの発売日をぶつけた。翌日から始まったエコプロ展では例年の約3倍のスペースを確保して、4代目プリウスやトヨタの環境の取り組みを紹介した
トヨタは、パリ協定を採択したCOP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議)の期間中の昨年12月9日に4代目プリウスの発売日をぶつけた。翌日から始まったエコプロ展では例年の約3倍のスペースを確保して、4代目プリウスやトヨタの環境の取り組みを紹介した

2050年の未来を示し、異なる次元へ

 トヨタが躍進したもう1つの理由は、昨年10月に同社が打ち出した長期目標「トヨタ環境チャレンジ2050」にある。2050年に向けて社会はどのようになり、会社はどうあるべきかという姿勢を明確に示し、取り組みを表明したことである。「新車CO2ゼロ」「ライフサイクルCO2ゼロ」「工場CO2ゼロ」「水環境インパクト最小化」「循環型社会・システム構築」「人と自然の共生」という野心的な6つのチャレンジを発表した。それを経営幹部が分かりやすく明確にプレゼンしたことも共感を呼んだ。SMBC日興証券の自動車担当シニアアナリストの野口正太郎氏は、「持続可能な社会を維持するために、トヨタとして何をするかを真正面から語った。燃料電池車やハイブリッド車はもちろんだが、電気自動車もプラグインハイブリッド車も開発している。一企業でそこまでやるのかという次元の違いを見せ付けている」と評価する。

トヨタは昨年10月に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表し、2050年に向けた6つのチャレンジを打ち出した。内山田竹志会長を筆頭に経営幹部が1人ずつ1つのチャレンジを数分でプレゼンした。その動画をホームページの特設サイトにもアップし、分かりやすいアイコンを作って説明している。
トヨタは昨年10月に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表し、2050年に向けた6つのチャレンジを打ち出した。内山田竹志会長を筆頭に経営幹部が1人ずつ1つのチャレンジを数分でプレゼンした。その動画をホームページの特設サイトにもアップし、分かりやすいアイコンを作って説明している。
[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、環境チャレンジ2050も、社員一人ひとりの意識に刷り込み、実務に落とし込まなければ達成は容易ではない。高い環境意識を醸成し、社内外に浸透させるために威力を発揮するのが、教育システムである。

 実はトヨタは昨年から新しい環境教育システムを導入していた。これがなかなかユニークだ。新たに課長に昇進した社員が、先生役となって新入社員に環境をみっちり教えるというシステムである。新入社員と言っても、トヨタの場合約700人もいる。みんなが「自分ごと」として環境を考えてもらうためにどうしたらよいのか。会社全体が環境を意識するためにどうしたらよいのか。

 トヨタはこれまで工場ごとに廃棄物処理を学ぶといった実務的な環境教育を施してきたが、事務系や設計部隊などの全部署に対しては体系的な環境教育システムにはなっていなかったという。どうしても安全や品質、原価を中心に考え、環境への意識がその次になることがあった。「世界中でサプライチェーン全体の環境リスクが高まっており、技術を通じて環境と社会課題解決を両立させることを社員に伝える必要性がある」と、環境部担当部長の石本義明氏は感じていた。

新任課長に修羅場をくぐらせる

 そこで目を付けたのが、新任の課長たちである。「課長はグループの長であるとともに、対外的な顔。伸び盛りの年代でもある。彼らに修羅場をくぐらせ、当事者意識を持ってもらおう」と石本氏らは思い立ち、人事部に新しい環境教育システムの導入を掛け合った。

 まず新任課長を社内から募集する。今年は24人が選ばれた。まず3月に環境部のスタッフが彼らに1日がかりでみっちり、気候変動や生物多様性、化学物質、資源循環の現状、ステークホルダーのリスク、トヨタの環境の歴史、環境チャレンジ2050などを教える。その上で、課長たちは6人グループに分かれ、トヨタの環境リスクを議論する。最後は発表もしてもらう。

 1カ月後の4月、今度は彼らが先生役となって同じ環境教育を新入社員約700人に施す。30人ずつ24クラスに分かれ、1人の課長が1クラス30人を受け持つ。なにしろ課長たちは環境の専門家ではない。しかし、目を輝かせる新人を前に、地球環境の現状とトヨタの環境の取り組みを1日がかりで教えなければならない。準備の1カ月間はみな必死である。授業の後には、自分がファシリテーターとなって新人たちを議論させる。そして最後は新人に「環境に対する将来の夢」を書いてもらい、発表させる。「夢の電池を作りたい」「走るほどCO2を吸収する車を作りたい」など様々なアイデアが新入社員から飛び出したという。

新任の課長が新入社員に環境教育を行う新しいシステムを導入し、当事者意識を持たせた
新任の課長が新入社員に環境教育を行う新しいシステムを導入し、当事者意識を持たせた

 この環境教育を導入して、課長たちは変わったという。「研修を受けた課長たちが環境部に次々質問に来るようになり、当事者意識を持つようになった。『開発中の技術はバイオ素材を使う。温暖化対策には効果があるが、生物多様性の負荷は大きくなる。どうしたらよいか』というような質問をしにくる」と石本氏は打ち明ける。

 新しい環境教育システムを導入して今年は2年目だ。人事部も新しい環境教育システムの効果を認識し、安全教育と品質教育にも同様の議論のシステムを取り入れることになった。昨秋、「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表したことで会社の雰囲気はさらに変わったという。「目指すべき姿が示されたことで、社内やグループ会社を1つの方向に牽引できるようになった」と石本氏は変化を語る。

 チャレンジ2050の実現には、社員はもちろんのこと、サプライヤーの協力も欠かせない。ガソリン車からハイブリッド車や燃料電池車に移行すると、走行時の環境負荷は減るが、部品・部材の製造時の環境負荷は増える傾向にある。サプライヤーの努力がなければ、例えば「ライフサイクルCO2ゼロ」は達成できない。そこでサプライヤー向けの「グリーン調達ガイドライン」を今年1月に5年ぶりに改訂した。チャレンジ2050とひも付けて、サプライヤーが取り組むべきことを明記した。

 そして、今年4月から始まった「第6次5カ年プラン」では、チャレンジの1つ1つを5カ年プランに落とし込み、国内外のグループ会社や関連会社556社と共有した。それを基に各社は計画を立案しており、既に自社の2050年ビジョンを作ったサプライヤー企業もいるという。「調達部が仕入先への依頼文に、安全と品質とともに環境を明記するようになった。原価中心だった調達部も変わった。みなが一丸となって、やるべきことが分かった」と、石本氏は手ごたえを感じている。

 環境チャンレンジ2050という1本の串を通して社会と会社の未来像を示し、それを経営幹部だけでなく社員やサプライヤーの実務に落とし理解したうえでエコカーを開発していること。新しい教育システムを導入して意識改革を進めていること。これらがトヨタの強さを支えており、今年の環境ブランド調査の結果に表れているといえる。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

初割実施中