昨年11月、サッカーのJリーグ関係者らの間で「奇跡」と呼ばれる快挙が注目を集めた。長崎県を本拠地とする2部リーグ(J2)のクラブ、「V・ファーレン長崎」が1部リーグ(J1)昇格を果たしたのだ。最終成績は24勝10敗8分け。J2で2位という堂々たる成績で、2005年のクラブ創設以来、初めてJ1の舞台に上ることになった。

 この成果が賞賛されるのには理由がある。V・ファーレンは長年にわたって経営危機がささやかれ、前年の16年シーズンは15位に低迷。1試合当たりの観客動員数は数千人規模に落ち込み、累積損失は3億円以上に膨れ上がっていた。17年に入ってからはこれらの問題が表面化し、J1昇格どころかクラブの存続すら危ぶまれる状況だった。

 このクラブを変えたのが、お茶の間ではお馴染みの通信販売大手、ジャパネットホールディングス(HD)だ。同社は昨年5月にV・ファーレンを完全子会社化。すでに経営の一線を退いていた創業者の高田明氏が、それに先立つ同4月に社長に就任した。「日本一顔の知られた経営者」は、ジャパネットHDの現社長である長男の高田旭人氏と共に立て直しを進めた。

 長崎県佐世保市に本社を置いてきたジャパネットHDは、09年以来V・ファーレンをスポンサーとして支援してきたが、クラブ経営自体は初めての試み。チームも経営状態も極めて厳しい中での着手とあって、不安の声は少なくなかった。だが、そうした声を結果で跳ね返し、観客動員数もJ1昇格を決めた昨年11月には、2万数千人規模へと劇的に改善した。

 なぜ高田明氏と旭人氏は、この快挙を達成できたのか。今回、日経ビジネスはJリーグの村井満チェアマンを交えた3人による鼎談を企画。明氏と旭人氏には快挙の裏側と今後のクラブの行く末を、村井氏にはJリーグの最高責任者からみたクラブ経営の課題と「ジャパネット流改革」の意義を語ってもらった。

火中の栗ではなく、燃えさかる炭を直接つかんだ

V・ファーレン長崎の見事な結果とJ1昇格については、それまでの経営危機もあり驚いた関係者も多かったと思います。まず、村井さんから今回の成果についての意見を伺えますか。

Jリーグ・村井満チェアマン(以下、村井):昨春にジャパネットホールディングス(HD)が経営権を取得したタイミングというのは、火中の栗を拾うというより、むしろ燃えさかる炭そのものを直接つかむぐらいの、大きなリスクを伴う判断だったと思います。実際、J3への降格もうわさされるぐらいの状況でしたから。経営権が変わった後に、監督も選手も同じチームでありながら、J1昇格に向けて急激に変わっていった。ある意味、V字どころではない、激変ですよね。

 経営者が代わると、こうまでも競技の現場に大きな影響を与えるのか。私はそうした感覚を持ちました。決して、高田明さんが自分でサッカーをするわけではないのですが、サッカーをやっている選手や、コーチングスタッフが全幅の信頼感を持って、迷うことなく、相手チームに向かって行ける体制ができたことが、これほどの結果につながった。このことは、多くのクラブ経営者に大きな刺激を与えたのではないかと思います。

鼎談では冒頭から様々なテーマについて熱い議論が交わされた(以下、写真は浦川祐史)
鼎談では冒頭から様々なテーマについて熱い議論が交わされた(以下、写真は浦川祐史)

昨春の子会社化については、高田明さんが社長に就任することも含め、ジャパネットHDの高田旭人社長の決断が大きかったと聞いています。どのような背景や思いがあったのでしょうか。

ジャパネットHD高田旭人社長(以下、旭人):もともと我々は長崎の会社ですし、父の代からスポンサーとしてV・ファーレンのサポートを続けてきました。経営に関する様々な噂があり、その事実がどんどん明らかになる中で、純粋に厳しい状況だという感覚、なんとか変えたいという思いは持っていました。

 ただ、私はクラブを変えるには100%株式を取得しなければ難しいとも考えていましたから、それがJリーグの理念に沿っているかも注意していました。村井チェアマンにも「100%にこだわりたいんです」という話をして、「地域に貢献するという方向性が合致していれば、それは大丈夫だ」という理解もいただきました。選手やスタッフも、株主の顔色を見ながら動いたりすることがないように、我々がきちんと支えながら環境を整える。まずはそうした原点から始まりました。

正直言えば、大変な会社だった

高田明さんにとっては、Jリーグのクラブを立て直すという役割で、社長職への復帰となりました。ご自身ではどのように捉えていたのでしょうか。

V・ファーレン長崎・高田明社長(以下、明):それまでもV・ファーレンの株主ではあったけど、経営の部分にはタッチしていなかったので状況が全く分からなかったんですよね。何も分からない中で現実的に危機が叫ばれて、(完全子会社化前の)4月25日に僕は社長になったわけですけれども、自分の経験の中で、僕流にやればどうかできるだろうとは思っていました。

 ただ、正直言えば、大変な会社だったとは思います。これほどマイナスからスタートする会社はないというぐらいに、内部の状態が見えにくく、把握するのに半年以上かかりました。従来はスポンサーに無料のチケットをばらまいていたから、チケット単価が600円に届かず、経済的な観点からは大赤字。観客動員数も4000人とか5000人にとどまっていました。

 でも、問題点ばかり言っていても県民の支持は得られないから、やっぱり結果を出さなきゃいけない。収支の問題は僕自身の経験からなんとかなると考えていましたが、試合も含めて結果を出す上では、投資を行うジャパネットHDの存在は重要だった。私の役割はむしろ関係者やファンの人たちと向き合い、色々な話をして雰囲気を変えてきたということでしょう。

<span class="fontBold">高田明(たかた・あきら)氏</span> 1948年、長崎県生まれ。父が経営する「カメラのたかた」に入社後、86年に独立。通販事業に乗り出し、ジャパネットたかた(現ジャパネットホールディングス)を一代で業界大手に成長させる。2015年に社長職を長男の旭人氏に譲り経営の一線を退く。17年4月にV・ファーレン長崎の社長に就任。
高田明(たかた・あきら)氏 1948年、長崎県生まれ。父が経営する「カメラのたかた」に入社後、86年に独立。通販事業に乗り出し、ジャパネットたかた(現ジャパネットホールディングス)を一代で業界大手に成長させる。2015年に社長職を長男の旭人氏に譲り経営の一線を退く。17年4月にV・ファーレン長崎の社長に就任。

クラブ経営としては累積損失で3億円以上という情報もあり、多難の船出だったと思います。どのようにしてクラブを変えていこうとされたのでしょうか。

:一番難しいのはクラブ経営に関わる人の関係ですね。僕は商売をずっとやってきた人間だから、苦労する部分が今でもありますよ。あとは、チーム力の強化という面では、旭人社長が全部やってくれています。僕自身は強化にはあまりタッチせず、経営の足場を固めていくのが仕事というように分担していますね。

<span class="fontBold">高田旭人(たかた・あきと)氏</span> 1979年、長崎県生まれ。東京大学卒業後、野村証券を経て2003年に父の明氏が経営するジャパネットたかた(現ジャパネットホールディングス)に入社。商品開発推進本部などで要職を歴任し、12年副社長。15年社長に就任。構造改革や新規事業の立ち上げなどで積極的に業容を拡大している。
高田旭人(たかた・あきと)氏 1979年、長崎県生まれ。東京大学卒業後、野村証券を経て2003年に父の明氏が経営するジャパネットたかた(現ジャパネットホールディングス)に入社。商品開発推進本部などで要職を歴任し、12年副社長。15年社長に就任。構造改革や新規事業の立ち上げなどで積極的に業容を拡大している。

旭人:本業のジャパネットHDとしては、3年前にバトンをもらって経営の全権を任せてもらっています。ただ、V・ファーレンという長崎のクラブを経営する上では、人を集める求心力が絶対に必要になる。それは父ではないとできないと考えて、クラブの社長就任をお願いした経緯があります。

 その上で、ジャパネットHDとしてもチームを支えるために、役割を父と2人で分けた方がいいねという話は最初からしていました。そのため、私の方は強化、人材育成、グッズのところをV・ファーレンの役員としても担当し、経営全般のことは父が社長として取り仕切るようにした。役割をはっきり分けているから、実際のところは混乱することもないですね。

:ほとんどお互い細かい話はしないよね。

旭人:そうだね(笑)。

:でも僕のスタンスとしては、来年もう70歳だから、何年もやろうとは思ってない。とにかく再建することを僕はミッションとして持っているんです。それができたら、やっぱり若い人がこのクラブを100年と続くクラブにしなきゃいけないと思う。これは基本的にジャパネットでも同じ気持ちでした。

Jリーグのクラブ経営は通常の企業経営より難しい

村井さんはチェアマンとして、Jリーグのクラブ経営については様々なケースをご覧になってきたと思います。クラブの経営のあり方について重要な部分や課題はどのように考えておられますか。

<span class="fontBold">村井満(むらい・みつる)氏</span> 1959年、埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、83年に日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)に入社。主要事業会社の社長などを歴任し、14年にJリーグの第5代チェアマンに就任。ビジネスの第一線で活躍した経験も生かし、経営人材の育成やデジタル技術の活用など改革を推進している。
村井満(むらい・みつる)氏 1959年、埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、83年に日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)に入社。主要事業会社の社長などを歴任し、14年にJリーグの第5代チェアマンに就任。ビジネスの第一線で活躍した経験も生かし、経営人材の育成やデジタル技術の活用など改革を推進している。

村井:まず一般論として、通常の企業経営とJリーグのクラブ経営でいうと、私はクラブ経営の難易度の方が高いのではないかと感じています。私自身も民間企業の出身ですが、サッカーにおいては投資に対するリターンの蓋然性が意外と低い。普通であれば1億円投資をしたら、どのぐらいの内部収益率があるかなど、投資がリターンする確からしさがほぼ把握できます。

 M&A(合併・買収)にしても、過去のパターンを分析することで利益貢献などある程度そろばんをはじける。しかし、サッカーの場合は海外クラブから獲得した選手の奥さんが日本をあんまり好きじゃなかったので帰ってしまったとか、怪我してしまったとか、計算通りにいかない面が大きいんですね。

 あとは、企業であれば例えば東証一部の企業が毎年3割、東証二部に落ちることはまずないですよね。ただ、Jリーグのクラブの場合は観客数も増やして売り上げを上げても、競技成績でJ1からJ2に落ちる可能性がある。落ちればすぐに観客数が半分になり、スポンサー収入も落ちる。相対的な厳しい競争の中で、収支がそれに連動する怖さを持つというような、なかなか計算通りにいかない難しさがあります。ですから、投資に対しては逡巡するケースが多いです。

しかし、ジャパネットHDは、あえて火中の栗を拾いました。

村井:そうなんです。例えば小売店などであれば、血を止めるためにしばらく店舗を閉鎖して、当面身の丈経営に落としてから再開を目指すステップが踏めますが、サッカーは毎週試合があるからそれができない。加えて、今回はデューデリジェンス(資産査定)などで、経営の相談や引き継ぎをしてくれる相手も見えなかった。

 だから、今回のジャパネットさんの決断は、投資をなんとか金銭的にリターンしようとするそろばんは、多分通常の感覚でははじけなかったですよね。本当のオーナーシップがなければできなかったことだと思います。

 一方で、サッカーのクラブという存在は、売り上げ規模でいえば中規模程度の企業体かもしれませんが、県民を勇気づけたり、子供達の教育に貢献できたり、実はものすごく重要な社会的価値を持っていると考えています。明さんと旭人さんは目先の収支ではなく、そうした価値を非常に重視されて決断されたのだと思います。だから私はすごく嬉しかったですね。

ビジネスだけなら掃除機を1台でも多く売った方がいい

:私たちも、記者会見の最初に言ったんですよね。「収益を考えるんだったらもう勝てない」と。

旭人:そうですね。実際のところ、ビジネスの面だけを考えれば、我々としては試合のチケットより、本業で掃除機を1台でも多く売った方がいいわけです。でも、本当に村井チェアマンがおっしゃるように、それを超えるスポーツの価値というものを我々は理解しているつもりですし、父も私もスポーツが大好きです。父が創業した会社を通じて上げた利益を長崎に還元して、たくさんの方々を笑顔にすることが大変意義のあることだと最初から考えていましたね。

Jリーグのクラブ経営の難易度や課題という面で、明さんと旭人さんはどのように感じておられますか。

:Jリーグの業界規模というのは、全クラブの営業収入で1000億円に届いたところでしょうか。でも、欧州のリーグなどの規模感にはまだまだ届かない。今からさらに日本のサッカーを育てて欧州に近づけるためには、少なくとも5000億円程度まで引き上げなければならないと思います。

 V・ファーレンの営業収入も今年は25億円ぐらいが見えたところですが、まだまだ規模は小さい。100億円ぐらいまでいきたい。地域のために我々が貢献する一方で、地域の方々の協力がなかったらできないと考えているんです。行政も含めてそこの部分の意識を高めてもらうことが重要ではないでしょうか。

旭人:会社の経営においてもクラブの経営においても、大切なのはお客さんが何を望んでいるかを把握することだと思いますね。その上で、例えば3万円を支払っていただいたことに対して、3万円以上の価値をお返ししていく。それをやり抜いていけば、最初に血がすごく流れても必ず戻ってくるだろうと考えています。

20年、30年とオーナーシップを持って関わっていく

 私は今38歳ですが、これからV・ファーレンについては20年、30年と自分がオーナーシップを持って関わっていく考えです。その中で上がってきた利益をジャパネットが全て持っていくのではなく、長崎に還元し続ける。それが我々にとっても最高のCSR(企業の社会的責任)につながるのだという思いがありますね。

村井:お話を聞いている中で私も感じるのは、地域にオーナーシップを持つ人々が増えていかねばならないということですね。サッカーというのは数万人が入るスタジアムを必要としますし、当然、公共交通の整備も必要になる。行政や地域の住民の方々との利害を調整しなければならない一大プロジェクトになります。

 従来であればそうした場合、首長だったり政治家に陳情して整えてもらうというメンタリティーが存在していましたが、今は国も自治体もお金がない。だとすれば、地域の方々が自分たちで立ち上がって、こういう町にしていきたいということまでも含めて、主体的に動くことが必要になってくるのではないかと思います。

 これは、実はサッカーがそういう部分から火を付けていくことで、本当の意味で地方が豊かになっていくことにもつながるのではないかと感じています。日本は長らく中央集権でやってきた国なので、個々人の意識にまで目を向けないと簡単には変わらない。オーナーシップを持つ市民たちによる豊かな地域社会を実現する知恵が、我々にももっとあればと感じますね。

(明日公開の後編に続きます)

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