シリコンバレーで「デザイン思考」を実践するのは、テクノロジー企業の従業員だけでない。実はシリコンバレーの高校生もデザイン思考を実践している。「Design Tech (d.Tech) High School」のことだ。

 デザイン思考とは、シリコンバレーのテクノロジー企業の多くが実践するサービスや製品開発の方法論だ。デザイン会社の米IDEOや、IDEOと深い関係のあるスタンフォード大学「d.school」が定式化したもので、ユーザーの観察を通してニーズを認識し、サービスや製品のアイデアを発案し、プロトタイプを作ってはユーザーからフィードバックを元にそれを作り直すというサイクルを何度も素早く繰り返すことで、製品やサービスをより良いものにしていく。

 スタンフォード大学のd.schoolでは、学生が発展途上国向けのIT製品などを考案するのにデザイン思考を使っている。そしてデザイン思考は、アイデアを生むための科学的な方法として、今ではシリコンバレー企業にとどまらず、米IBMや欧州SAPなど伝統的なエンタープライズIT企業にも広がっている。

 高校生がデザイン思考を実践するd.Tech High Schoolがどのような学校なのかを説明しよう。

プロジェクトベース学習を突き詰めた学校

 もともとアメリカの学校では「プロジェクトベース学習(project-based learning)」といって、現実世界にある問題を取り上げながら学習する取り組みがよく行われている。例えば近隣の公園が荒廃しているという問題を取り上げ、その問題を解決するために地元の自治体の財務状況を調べたり、公園にやってくる人々の傾向を調査したり、公園で育てられそうな植物を見つけてきたり、清掃のボランティアを募るための計画を立てたりといったことを学校教育の一環として行う。生徒は実社会の問題を調べたり検討したりする中で、経済、社会、生物などの学習をしていくのだ。

 d.Tech High Schoolは、プロジェクトベース学習を究極にまで進めたような学校だ。現実社会の問題解決を基本に、生徒個々人に合わせて教育を最大限パーソナライズし、知識を行動に移せる卒業生を育成するのを目的としているという。

写真1●d.Tech High Schoolの新校舎完成予想図
写真1●d.Tech High Schoolの新校舎完成予想図
出典:d.Tech High School
[画像のクリックで拡大表示]

 実は、同校は2017年、シリコンバレーにある米Oracleの本社キャンパス内に移転する予定で、現在建設が進んでいる(写真1)。企業の中に高校ができるとは日本では考えられないことだが、オラクル教育財団(OEF)が優秀な若い人材を育てたいという目標と、d.Tech High Schoolのアプローチが一致し、Oracleが土地を提供。既に社員も同校の高校生のワークショップにボランティアとして参加している。

 筆者もそのワークショップを見学する機会があった。

 実社会を対象に学習するd.Tech High Schoolでは、地元のさまざまな会社や組織が共同でワークショップに参画している。Oracleはその一社で、ほかにはレストランチェーン、不動産業、カメラショップなどが関わっている。生徒は年に4回、10日間のワークショップを選択することになっている。その期間中は、提携先の企業などに出かけて午後いっぱいをかけてワークショップに参加する(写真2)。

写真2●d.Tech High Schoolでのワークショップの様子
写真2●d.Tech High Schoolでのワークショップの様子
撮影:瀧口 範子
[画像のクリックで拡大表示]

 Oracleでのワークショップは、自然とテクノロジーやプログラミングに関連したものになる。見学したワークショップでは、新しくできる学校のキャンパス環境でユーザーに必要となるツールを考えたり、そのツールを3Dプリンティングなどで作ってみたりするワークショップが行われていた。例えばあるグループは、キャンパス脇の小道を利用する近隣住民が、ここで生息する昆虫や植物をスマートフォンで調べられるというツールのプロトタイプを「Raspberry Pi」を使って作った。

学生のサポート体制も充実

 ここで進められていたワークショプは3グループ。参加生徒数は合計75人で、14人のOracle社員がボランティアとして指導にあたり、OEFからは6人が関わってプロジェクトをリード。そのほかにd.Tech High Schoolの教師が4人、インターンが3人という、しっかりしたチーム編成で学生をサポートしていた。

 ワークショップ会場では、デザイン思考の現場でよく見るポストイットが貼られたホワイトボードがあり、チームで話し合いやデモをする様子があり、まさに大人顔負けといった感じの実践が行われている。こういうところから、座学で学習するのとは全く異なった、具体的に行動できる人材が生まれていくのだろうと、アメリカ教育の実践主義の最先端を見たという思いがした。

写真3●オラクル教育財団のColleen Cassity氏
写真3●オラクル教育財団のColleen Cassity氏
撮影:瀧口 範子
[画像のクリックで拡大表示]

 OEFのエグゼクティブ・ディレクターのColleen Cassity氏(写真3)によると、Oracle社員は勤務時間中の時間をボランティア活動にあてられるとのことで、d.Tech High Schoolのワークショップに参加した社員は、自らもデザイン思考の指導方法を学び、生徒と一緒に頭を動かすので、最終的には自分自身にとっても学びが多いのだという。d.Tech High SchoolはOEFにとってテストケースであり、成功すればほかの地域でも同様の取り組みをしたいとのことだ。

 驚いたことに、OEF自体も活動内容をデザイン思考に基づいて決定しているという。組織内には、スタンフォード大学のd.schoolでその方法論を取得したメンバーが何人もいる。デザイン思考は、今やアメリカ企業のにとって欠かせない戦略であり行動の武器なのだ。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

初割実施中