米国ではここ数年、成功を収めるための最も重要な要素として「グリット」が注目を集めている。その意味は、努力・根性・忍耐・情熱。人生で成功するには、IQの高さや天賦の才よりも、グリットのほうが重要であることが、科学的にも裏付けられている。米国でも(日本でも)、かつては、グリットが尊重されていたが、つい最近まで、天賦の才や優れた容姿、富を持った人が称賛され、努力や忍耐は軽んじられる傾向にあった。しかし、その流れが変わりつつあるという。『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』の共著者のリンダ・キャプラン・セイラー氏に、グリットを職場に定着させる方法を聞いた。

(肥田美佐子=NY在住ジャーナリスト)

 企業の経営者やリーダーにとって、部下にグリットを持って仕事をしてもらいたいと思うのは当然のことだろう。そのためには、まず、成功を自分だけの手柄にしないことが非常に重要だ。私も実践していたことだが、アイデアのヒントのみを投げ、誰かが(私と)同じアイデアを提案してくるまで、数分待つ。チームの誰かが、そのアイデアを提案してきたら、「素晴らしい」と、言葉をかける。

 なぜか。これは自分が出したアイデアだと、その人に思ってもらいたからだ。クライアントと仕事を進めていく際、一緒にプロジェクトを進めているという姿勢で常に臨んでいた。自分がどれだけクリエイティブなアイデアを持っていても、スタッフたちの意見を取り入れ、「あなたのおかげで、数段よくなった。私たちみんなで成し遂げたのだ」と労をねぎらうことが欠かせない。

<b>リンダ・キャプラン・セイラー</b><br /> 1997年に広告代理店キャプラン・セイラー・グループをロビン・コヴァルと共同で創業し、CEOに就任。パブリシス・キャプラン・セイラー(現・パブリシス・ニューヨーク)の会長も務めた。コダック・モーメント、アフラックのアヒルのCMなど、有名な広告キャンペーンを数多く手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たす。リンダたちが手掛けたアフラックのアヒルのCMによって、アフラックの知名度は3%から96%に跳ね上がった。現在は、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで主にグリッドに関する講演活動を行っている。最新刊は『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』(ロビン・コヴァルとの共著、日経BP社)。
リンダ・キャプラン・セイラー
1997年に広告代理店キャプラン・セイラー・グループをロビン・コヴァルと共同で創業し、CEOに就任。パブリシス・キャプラン・セイラー(現・パブリシス・ニューヨーク)の会長も務めた。コダック・モーメント、アフラックのアヒルのCMなど、有名な広告キャンペーンを数多く手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たす。リンダたちが手掛けたアフラックのアヒルのCMによって、アフラックの知名度は3%から96%に跳ね上がった。現在は、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで主にグリッドに関する講演活動を行っている。最新刊は『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』(ロビン・コヴァルとの共著、日経BP社)。

アフラックのアヒルCM誕生秘話

 アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)は、アヒルのキャラクターですっかりおなじみだ。15年前、テレビコマーシャル制作のコンペに加わらないかと同社から電話をもらったとき、その社名を知る米国人は、ほとんどいなかった。広告に巨費を投じていたにもかかわらず、国内での知名度は、わずか3%だった。

 テレビコマーシャルの長さは30秒。会社側からは、保険契約のことはもちろん、同社と加入家族との関係、保険の重要性など、いろいろな要素を盛り込みたいという要望があった。

 私は、アピールしようとすることが多すぎるから広告の成果が上がらないのだと考えた。広告で訴えることは、1つにとどめるのがいい。

 同社とのミーティングを終え、私は、ダン・アモスCEO(現在はCEO兼会長)にこう尋ねた。

 「会社のことで、夜も眠れないくらい心配なことは何ですか」

 すると、アモスCEOはこう答えた。

 「友達も親せきも社名を覚えてくれないことだ」

 これで訴求ポイントが一つに絞りこまれた。

 「米国中の人たちが『アフラック』の名前を覚えてくれるようなキャンペーンを考えてみせます」と言うと、アモスCEOは、「屋根の上でイカれた男が踊りを踊る広告でもかまわない。みんなが名前を覚えてくれそうなアイデアなら、君の会社に任せるよ」と言ってくれた。

 私たちはコンペに備え、スタッフたちと案を練った。だが、打ち合わせ時にも、誰もが社名をなかなか覚えられず、「何という名前だっけ?」と、ひっきりなしに聞いてきた。「アフラック、アフラック……何度言えばわかるの?」と、私は答え続けた。

 ある日、エリック・デービッドというアートディレクターが、「もう一度言ってくれる?」と言ってきた。私が答え始めると、彼は私の鼻をつまみ、「まるで、アヒルが泣いているみたいだ」と笑い出した。そこで、ハタとひらめいたのだ。「これなら、みんなに覚えてもらえる!」と。

 そして、公園のベンチで保険の話をしている2人の男性と、保険会社のセールスマンに見立てたアヒルを登場させるというアイデアにまとまった。男性の一方が保険会社の名前を覚えられないのだが、近寄ってきたアヒルが「アフラック」と連呼し続けるという設定だ。

 それから2年もたたないうちに、同社の知名度は3%から96%に跳ね上がった。アフラックにとっても私たちの会社にとっても、奇跡的な成果だった。

 私は仕事を受注すると、アシスタントからグラフィックデザイナーまで、全員に祝意を表すよう心がけていた。「私が、僕が、いなかったら、仕事は受注できなかった」と、一人ひとりの社員に、心のなかでひそかに思ってもらうためだ。上司が部下に一生懸命働いてもらいたいなら、「自分たちが原動力となり会社を動かしている」と部下が思えるようにすべきだ。

部下の声をしっかり聴く

 偉大な企業経営者のなかには、講演の際、決して“I”(アイ=私)という一人称を使わない人もいる。そうした経営者は、ミーティングでも、いちばん静かで控えめだ。つまり、「私はあなた方に勝っているわけではない。皆さんの言葉に耳を傾けていますよ」という姿勢を示しているわけだ。

 優れたリーダーは、人一倍、社員の声を聴こうとする。素晴らしいアイデアは往々にして、肩書にかかわらず、どのレベルの社員からも出てくるものだからだ。社員の地位にとらわれてはいけない。

 私たちの広告代理店のクライアントだったあるレストランで、食器が割れやすく、買い換えによるコスト負担が大きいことが問題になったことがある。

 ある日、最高経営責任者(CEO)や役員、マネジャーが集まり、レストランでミーティングを開いていたときのことだ。一人のウエイターが入ってきて、一つ提案していいかとCEOに尋ね、発言の機会を与えられた。すると、ウエイターは「自動食器洗浄機の震動が激しすぎるのが原因だと思う。だから、食器がすぐに割れてしまう」と言ったのだ。おかげで、レストランは自動食器洗浄機を買い替え、コストを大幅に削ることができた。

 それを機に、このレストランではアイデアの報奨金制度を設け、そのアイデアがコスト削減につながった場合、コスト削減金額の10%を社員に還元することにした。それにより、前出のウエイターは、多額の報奨金を手にした。自分の意見が取り入れられ、自分も会社に貢献できると思えば、社員は一生懸命働く。社員を肩書でなく、貢献度で見るべきだ。

 社員のグリットを高めるには、まず、人が会社を辞める最大の理由はお金ではない、ということを理解することだ。自分が尊重されていると思えなかったり、直属の上司(CEOではない)が感謝の言葉をかけてくれなかったり、功績が認められなかったりすると、社員はやる気を失い、それが重なると辞めていく。

部下のグリットを伸ばす2つの言葉

 社員のグリットを伸ばしながら仕事に取り組んでもらうには、次の2つのフレーズを率先して使うことから始めよう。“Please”(プリーズ=あなたにぜひ○○をしてもらいたい)と“Thank you”(サンキュー=ありがとう)だ。

 こんな話がある。ある法律事務所では離職率が高く、外部のコンサルタントに相談したところ、「部下に『プリーズ』と『サンキュー』を言うようにするべきだ」というシンプルなアドバイスを受けた。そこで、管理職全員に対し、部下にこの2つの言葉を使わなかったら罰金を科すというルールを設けた。「~を書いてもらえますか」「~をやってくれて、ありがとう」という具合だ。

 その結果、何が起こったか。かつて「マンハッタンで最も働きたくない法律事務所」と言われたこの事務所が、たった2つの言葉のおかげで、今では、最も勤勉な社員を抱える最も働きたい法律事務所の一つに変身したのだ。部下は自分の考えが尊重されていると感じ、上司の期待にこたえようとするようになったからだ。

 部下が、自分にはグリットや気力がないと感じていたら、こう言ってあげよう。

 「いや、君ならできる。自分では気づいていないだけだ」

 部下のグリットを培うためには、まず「君なら必ずやり遂げられる」と信じてあげることが重要だ。自分の頭脳や才能は不変のものだという考え方を「フィックスト・マインドセット(固定思考)」と言い、能力や才能は向上しうるという考え方を「グロース・マインドセット(成長思考)」と言う。

 部下のグリットを育てるには、組織のなかに「成長思考」な土壌を築き、真面目に努力すれば誰でも大きく成長する可能性を秘めている、と部下たちに信じさせることが欠かせない。

準備は悲観的に、結果は楽観的に受け止める

 人が立ち直るうえで楽観主義は必要不可欠だ。それがあれば、つらいときにもやる気を持続できる。だが失敗も同じように、私たちの意欲をかき立ててくれる。

 近年、ビジネススクールでは失敗の研究が盛んである。シリコンバレーの鼻息荒い起業家のあいだでは、失敗がひとつの勲章になっている。『フェイリャー(失敗)』という雑誌もあり、成功をめざす人たちの参考書として使われている。

 最近では、失敗は必ずしも恥ずかしいものではなく、学習、創造、向上のための、そして成功法を見つけるための大事なカギと見なされることが多い。

 競争が激しい広告の世界では、負けることはしょっちゅうだ。プレゼンテーションでの負けはおろか、プレゼンテーションの機会すらもらえない場合もある。大事なお客さんや有力なチームメンバーを失うこともざらにある。

 このような痛手を受けると精神的に相当きつい。とりわけ、新しいアイデアを生み出すために全身全霊を傾けるクリエイティブ担当者のショックは計り知れない。大きな競合プレゼンに負けたとき、私は短く感じのよい率直な言い方で(できるだけ面と向かって)その悪いニュースをスタッフに伝えるようにしている。

 「残念ながら、クライアントが選んだのは〇〇です」

 そしてすぐ、ポジティブな話に焦点を合わせる。うちの案はずいぶん質が高かった、おかげで、たくさんの新しいクライアントにアプローチできる――そんな話だ。悪いニュースを引きずり、愚痴をこぼしたり敗北の言い訳をしたりするのではなく、「次、がんばりましょう」のひとことで会話を終える。楽観主義を取り戻し、後ろ向きの気持ちを前向きな変革へのエネルギーに転換するのである。

5000回以上の失敗から生まれたダイソンの掃除機

 成功した数多くの人物が、失敗が人生で大きな役割を果たしたことを認めている。オプラ・ウィンフリーは上司に「テレビ向きではない」と言われて、最初のニュースキャスターの仕事から降ろされた。そこであきらめるのではなく、彼女はむしろ上司の間違いを証明してやるぞというグリットを発揮した。

 絵本のベストセラー作家、ドクター・スースは、最初の本を27の出版社に却下されている。レディー・ガガは最初のレコード会社からたった3カ月で愛想をつかされた。

 そしてアメリカの偉大な大統領、エイブラハム・リンカーンは事業に失敗し、大統領になる前は8回も選挙に落選している。何かに1000回以上も失敗するというのを想像してみよう。3000回でもいい。それでもあきらめない人がどれくらいいるだろう?

 ジェームズ・ダイソンは、初のデュアルサイクロン掃除機をつくろうとして5000回以上も失敗した。1993年にようやく発売にこぎ着けたときは、最初のチャレンジから15年たっていた。この英国人発明家はその後ナイト爵を授けられ、革新的・先進的なデザインで知られる大企業の経営者になった。彼は次のように言う。

 「失敗は進歩に欠かせない要素です。成功から学ぶものはなくても、失敗からは学ぶことがあります。デュアルサイクロン掃除機をつくったとき、最初はごく簡単なアイデアだったのが、最後には斬新で興味深いものになりました。こうして自分でも思いもよらない場所へたどり着けたのは、何が通用して何が通用しないかを学んだからです」

 失敗するたびに彼のアイデアは刷新され、生まれ変わり、ついには革新的な発明へと進化したのである。

「失敗という贈り物」を受け入れる

 世界的な経済学者、アルバート・ハーシュマンの信条のひとつは、「失敗は革新と見識を生む強い力である」。言い換えれば、「失敗は創造の母」。グリットを鍛えるには「失敗という贈り物」を受け入れる必要がある、と彼は述べた。ダイソンは失敗するたびに、それを最終的な成功へ向けた一歩だと考えることができた。

 失敗や挫折から立ち直るのはもちろん難しい。その痛みを和らげるには、自分の見解を修正する練習をくり返し、状況を別の観点から眺めることだ。

 グリットは一切の人を平等にする。なぜなら、天賦の才能、経歴や資産にかかわらず、すべての人がどんなときでもそれを培い、発揮できるからだ。

 逆境下にあっても不屈の精神を発揮できる人、七転び八起きで敗北を勝利に転換できる人、障害を逆手にとって前へ踏み出せる人、子を守る母親のような執念でがんばりつづける人。そんな人たちこそが人生の真の勝者だということは、もう何度も証明されている。

 グリットを使えば、誰も見当がつかないくらい、遠くまで行き、たくさんの成果をあげることができる。

 さあ、立ち上がろう!

 (一部敬称略)

※本原稿は著者の了解を得て、一部、書籍『GRIT』から引用しています

『GRIT(グリット) 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』
(リンダ・キャプラン・セイラー、ロビン・コヴァル著、三木俊哉訳、1620円)
(リンダ・キャプラン・セイラー、ロビン・コヴァル著、三木俊哉訳、1620円)

 GRIT(グリット)は、いま米国で最も注目されている「成功のためのキーワード」で、「やり抜く力」を意味します。「真の成功」をつかむための最重要ファクターは、生まれながらの才能やIQではなく、GRIT(グリット)であることが科学的にもわかってきています(むしろ「IQの高い人は、自分を過信し、努力を怠る」)。しかも、GRITの素晴らしいところは、生まれつきのものではなく、学習によって獲得できることです。しかも、年齢は関係ありません。いつでも誰でも、GRITを身につけることができます。本書は、豊富な実例をもとに、GRIT(グリット)の身に付け方を手ほどきします。


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