(肥田美佐子=NY在住ジャーナリスト)
グリットは才能やIQなどと違って、生まれながら持っていなくても、誰もが後天的に身に付けるチャンスを平等に持っている。人類の偉大な「イコライザー」、つまり、人間を平等にするものだ。
誰よりも努力を重ね、誰よりも失敗を恐れなければ、成功する確率は飛躍的に高まる。何かを成し遂げた人に話を聞くと、誰もが、長年にわたって成長を遂げてきた結果だと答えるだろう。彼らと普通の人たちとの違いは、10~20年をかけてやり抜いたかどうかにある。
「才能」と「成功」の関係についての誤解
『スター・ウォーズ』シリーズのジョージ・ルーカス監督は何年か前、「僕は、大半の人たちがやらないことをやっただけだ。何十年かかろうが、プロジェクトをやり通すグリットがある」と、インタビューに答えている。それができる人はごくわずかだが、グリット、つまり情熱や粘り強さがあれば『スター・ウォーズ』のような作品を創り上げることができる。
成功するには飛び抜けて高いIQや持って生まれた才能が必要、といった誤解が蔓延している。そうした誤解が原因で、「彼は天才だが、私は違う」とトライすらしない人も少なくない。つまり「現実逃避」だ。しかし、事実は違う。
地球上には、ノーベル賞受賞も夢ではない子どもたちがごまんといるはずだ。問題は、実際にノーベル賞を取れるだけの情熱とスタミナがあるかどうか。過去のノーベル賞受賞者を見てみると、IQやSATが極めて高い人ばかりではないことに驚かされる。
グリットを身につけるためには、まず、誰もが可能性を秘めていると認識することが、とても大切だ。

1997年に広告代理店キャプラン・セイラー・グループをロビン・コヴァルと共同で創業し、CEOに就任。パブリシス・キャプラン・セイラー(現・パブリシス・ニューヨーク)の会長も務めた。コダック・モーメント、アフラックのアヒルのCMなど、有名な広告キャンペーンを数多く手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たす。リンダたちが手掛けたアフラックのアヒルのCMによって、アフラックの知名度は3%から96%に跳ね上がった。現在は、長年続けた広告代理店の仕事から離れ、大学などで主にグリッドに関する講演活動を行っている。最新刊は『GRIT 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』(ロビン・コヴァルとの共著、日経BP社)。
本番の10倍厳しい状況で練習を積む
グリットを身につけるためのポイントをいくつか紹介しよう。
まずは「入念すぎるほどの準備を行う」ことだ。
私自身、講演の準備には十分すぎるほど念を入れる。ほかの人もそうだろう。TEDトークの登壇者もそうだ。わずか14分のスピーチの準備に何カ月もかけている。登壇者たちは、まるで普段の会話のように自然な調子で話し、額をぬぐったり、途中でメガネを外したりするが、実はそれらを計算づくで行っている人も少なくない。
入念すぎるほどの準備を行うことは、何かを成し遂げるためのグリットを養う助けになる。私の著書『GRIT』の第4章「安全ネットなしで」に、ニック・ワレンダという男性が登場する。彼は、安全ベルトも安全ネットも使わず、グランドキャニオンに張った綱の上を歩いて渡るというギネス世界記録を打ち立てた。これは、まさにグリットのなせる業だ。
ワレンダによれば、安全ネットなしでも、彼にとってグランドキャニオンに張った綱の上は、完全にコントロールされた状況だという。なぜなら、ワレンダは5年間、毎日、裏庭に綱を張り、突風の日も横なぐりの雨の日も地道に練習を続け、準備してきたからだ。
「本番の10倍厳しい状況で練習を積んだ。これなら、当日、サイクロン(低気圧)が来ても、綱から落ちることはないだろうと思った」と、ワレンダは述懐する。
さらにワレンダは、「人々が最悪の事態に備えて準備しないのを見ると逆にゾッとしてしまう」と言う。
準備が不十分で本番に臨む人は、意外に多い。準備はもう十分と感じるまで行うだけでなく、そこからさらに時間と労力をかけて準備し、ワレンダのように「サイクロン(低気圧)が来ても、綱から落ちることはない」と思えるレベルに達するまで頑張ってみる。本番の1週間前、フロリダを猛烈なサイクロンが襲ったとき、ワレンダはその中で練習した。その実体験があったからこそ、本番でサイクロンが来ても大丈夫だと思った。つまり、やりすぎと思えるほど、悲観的に準備することが重要だ。
竹のようなしなやかさと復元力を身につける
次のポイントは、「順応性と復元力を養う」ことだ。著書『GRIT』の第6章「竹のようにしなやかに」では、日本文化から発想を得た。テクノロジーが、すさまじい速さで変わりつつあるなか、環境変化にフレキシブルに対応する力が必要だ。
竹のようなしなやかさと復元力があれば、ポキッと折れない。目まぐるしく変わる世の中にあって、今ほどしなやかさが求められる時代はない。それを身につけるために、3つの方法を提案したい。
1つ目は「プランBの採用」。S・スピルバーグ監督は、ヒット映画『ジョーズ』の撮影で、機械仕掛けのサメがうまく動かなかったときに、音楽を“代役”に使い、サメが見えている場合よりも真に迫る恐怖を演出することに成功した。本来の計画(プランA)よりも、代案(プランB)のほうが勝ることはよくある。ピンチが訪れたときに、プランAが実行できないことを嘆くのではなく、臨機応変にプランを変える柔軟性を持てるように、日頃から鍛錬する。
2つ目は「充電する」。「今日はひどい一日だった」と思ったときは、まずは休息しよう。一息入れ、少し元気を取り戻してから、別の角度から問題を眺めてみると、いい解決策が浮かんでくる。アリアナ・ハフィントン著『スリープ・レボリューション』によると、「睡眠は脳から毒素を洗い流し、推論や問題解決、細部への目配りを改善する復元力パワーがある」という。これを活用しない手はない。
3つ目は「挫折を糧にする」。完全に禁煙するまでには、平均で11回はチャレンジしなければならない。でも失敗するたびに、次に向けて何か学ぶことがある。毎回の挫折を次にどう活かせばよいかを考えよう。そして再び立ち上がり、何度も何度もトライするようにする。
拒絶されても動じなくなる訓練
著書『GRIT』のなかで、グリットの養成法を数多く紹介している。なかでも第4章で挙げた「リジェクションセラピー」は、ユニークなものだ。リジェクションセラピーとは、「拒絶」されることに慣れることを目指した心理療法のこと。断られるのが好きな人はいないが、拒まれる習慣をつけることがグリットを養う。
催眠術師のジェイソン・カムリーは何年か前に「リジェクションセラピー」というオンラインゲームを考案した。カムリーのゲームに感銘を受けた中国系移民のジア・ジアンは、100日間の拒絶に耐えることで、拒絶される痛みに鈍感になることを決意し、その様子を隠しカメラで撮影してユーチューブに投稿し、すぐにポイントを稼げるようになった。コストコには、店内放送でしゃべらせてほしいと頼んで断られた。見知らぬ人に100ドル貸してほしいと言うと拒否された。フェデックスは北極のサンタクロースに荷物を送ってくれなかった。
「ところがあるとき、おもしろいことが起こりました」とジアンは報告する。「イエスという反応が出てきたのです」。見知らぬ家の裏庭でサッカーをすることを許されたり、ビルの警備員に頼んで防犯カメラに向かって「江南スタイル」を踊らせてもらったり。行き当たりばったりで会社の建物に入り、CEOに会わせてほしいと頼んだこともあった。「なぜ?」と受付係は知りたがった。
「彼とにらめっこをしたいんです」と答えると、CEOの部屋へ通された(このCEOは女性で、にらめっこは彼女の勝ちだった)。
拒絶のおかげでコミュニケーションや交渉が上手になったことをジアンは発見した。そして、拒絶されたときにいつも感じていた痛みは爽快な解放感に取って代わり、彼はさらに大きなリスクをとるようになった。
あるとき、クリスピー・クリーム・ドーナツの店にふらっと入り、オリンピックの5つの輪に似せたドーナツを特別に注文すると、愛想のいい従業員が「お待ちください」と言って奥へ引っ込み、まもなく自分の「作品」を誇らしげに持って現れた。オリンピックカラーの5つのドーナツが互いにつながり、箱に収まっている。「いくらですか」とジアンが訊くと、彼女はにやりと笑って「私のおごり。けっこうです」と言った。
この出会いを隠し撮りした動画はユーチューブで大人気になり、マスコミにも取り上げられ、ジアンは人気者になった。
ずっと拒絶されつづけるのは大変な経験だろう。しかしそれは、自分でもできるとは思わなかったハードワークに挑むために必要な刺激でもあるのかもしれない。
あえて居心地の悪い状況をつくる
あえて居心地の悪い状況をつくり、安全地帯から抜け出そう。目をつぶって(あるいは片手で)服を着る。レストランで食べたことがないメニューを注文する。エレベーターで見知らぬ人に挨拶する。そんなふうに筋肉をほぐしておけば、居心地の悪い状況にも耐えられる。研究によれば、脳は新しもの好きであり、慣れ親しんでいないことをすると神経活動に好影響がある。神経が研ぎ澄まされ、創造性が高まる。そして、グリットも培われる。
逆にグリットにとって良くないことは何か。たとえば、夢を見て、夢の中に生きることだ。夢の中のあなたは常に成功を収め、賞や金メダルを取っていることだろう。だが、グリットを高めたいなら夢は禁物だ。第3章「夢を捨て去れ」でも書いたが、米化粧品メーカー大手エスティローダーの共同経営者だったエスティ・ローダーは、こんな明言を残している。「成功を夢見たことなどない。成功のために努力はしたが」。この言葉を思い出すたびに、私は感動でゾクゾクする。
私が広告代理店で新人として働いていたとき、ジムという上司がおり、15年以上にわたって彼の下で働いた。当時、ジムは作家を目指していた。だが、彼は、単に夢を見るのでなく、幹部としての仕事のかたわら毎朝4時に起き、4時間、原稿を書いてから出社するという驚くべき毎日を送った。
ある日、出張で彼と飛行機に乗ったときのことだ。彼は40代前半だったが、突然、こう言ったのだ。「ついにわかったぞ! ベストセラーの書き方が。21年もかかってしまったがね」。それが、サスペンス小説『刑事アレックス・クロス』シリーズの1作目、『多重人格殺人者』(Along Came a Spider)の誕生だった。
ジムのフルネームは、ジェイムズ・パタースン。今やナンバーワンの売れっ子フィクション作家だ。彼は「俺は偉大な小説家になる」などと夢を語ることはなかった。毎朝4時に起きているのを知ったのも、彼と知り合ってから何年もたってからだ。
はたから見れば、一夜にして成功したように見えるかもしれないが、実際のところ、『多重人格殺人者』は13作目くらいだった。成功の陰には数多くの失敗が隠れているものだ。
(一部敬称略、次回に続く)
※本原稿は著者の了解を得て、一部、書籍『GRIT』から引用しています

GRIT(グリット)は、いま米国で最も注目されている「成功のためのキーワード」で、「やり抜く力」を意味します。「真の成功」をつかむための最重要ファクターは、生まれながらの才能やIQではなく、GRIT(グリット)であることが科学的にもわかってきています(むしろ「IQの高い人は、自分を過信し、努力を怠る」)。しかも、GRITの素晴らしいところは、生まれつきのものではなく、学習によって獲得できることです。しかも、年齢は関係ありません。いつでも誰でも、GRITを身につけることができます。本書は、豊富な実例をもとに、GRIT(グリット)の身に付け方を手ほどきします。
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