日本とインドの間で今月、外務・防衛当局の審議官が話し合う「2プラス2」が開かれた。そこで話し合われたかもしれない議題が、P-3C哨戒機の中古6機をスリランカへ輸出する件だ。実はこの話は、日本の安全保障に大きな影響を与えるかもしれない潜在性を持っている。3つ理由がある。中国対策に有効で、日米印連携を深めるのにも好都合。そして日本の防衛装備品輸出にとってカギになる可能性が高いからだ。
中国対策に有効
まず、スリランカへの防衛装備品輸出を今、実現することは、中国の海洋進出に対抗する上で大きな意義がある。中国は昨今、インド洋へ潜水艦を活発に派遣している。昨年は3か月平均で4回程度確認された。
中国は2016年11月、バングラデシュに潜水艦を2隻輸出した。パキスタンへは8隻の輸出を決めている。さらにパキスタンが原子力潜水艦を保有する計画も支援する可能性が出ている。潜水艦の輸出は、中国の軍人がインストラクターとして輸出先に常駐する状態を生むから、中国軍の存在感と情報収集能力が高まっていくだろう。
さらに、中国はインド洋で大規模な港湾建設計画を進めている。いわゆる「真珠の首飾り戦略」と呼ばれる中国の商業港開発計画だ。インドの国土の周りに真珠の首飾りをかけたかのような位置に港湾を建設している。表向きは商業港だが、中国の軍艦が補給や整備するのに使えば、海軍拠点として機能する(図1)。
中国のインド洋進出は日本にとって問題だ。インド洋には、日本のシーレーンが通っている。中東から石油を運ぶ海のルートだ。今、日本の電力は火力に大きく依存している。石油が必要なのだ。輸入する石油の9割近くを中東から輸入する日本にとって、インド洋の安全保障はますます重要性を増している。そこに中国の潜水艦がいて、「日本のシーレーンを守ってやっているのだ。だから日本は中国に感謝して、中国の政策にもっと配慮しろ」と迫ってくるかもしれない状況が近づきつつある。
だから、理想を言えば、日本も海上自衛隊をインド洋に常駐させて存在感を示さなくてはならない。実際2001年以来、海上自衛隊はインド洋に展開し続けている。しかし、海上自衛隊の努力にも限界がある。海上自衛隊は日本海、東シナ海、南シナ海でも仕事があるからだ。
ではどうしたらいいか。やはり現地の国の協力が必要だ。そこで、インド洋における安全保障上の要衝、インド洋の真ん中にある島国、スリランカに注目するのである(図2)。実は過去から、日本はスリランカに注目してきた。
第1次世界大戦では、日本海軍は総力を挙げてシーレーン防衛に当たった。その一環としてインド洋にも大規模展開した。第二次世界大戦では、日本は空母機動部隊を派遣してスリランカ沖で英空母を撃沈した。戦後も、スリランカ内戦の和平に尽力してきた。スリランカに寄港した海上自衛隊の艦艇数は2011年4月から2016年6月までに22隻に及ぶ。報道によれば2017年夏に、ヘリ空母「いずも」もスリランカに寄港する予定だ(注1)
現在は、2隻の巡視艇を輸出する計画が進んでいる。日本はスリランカの重要性に気付いてきたのだ。だから、スリランカに哨戒機6機を輸出して、その訓練などに当たるための自衛官も常駐させて、インド洋における海洋の状況把握に当たることを検討している。すぐれた計画である。
(注1) Tim Kelly and Nobuhiro Kubo, “Exclusive: Japan plans to send largest warship to South China Sea, sources say” (Reuters, March 13, 2017)
しかも今、チャンスが訪れている。スリランカの雰囲気が、日本にとって追い風なのだ。スリランカでは内戦が終わり、外を見る傾向が出始めている。インド洋の海洋安全保障に対する関心が高まっているのだ。また、中国に依存してきた政権が倒れ、新しい政権が誕生した。新しい政権は日本や米国、インドとの関係をより重視している(関連記事「佐川急便がスリランカの会社を買収した理由」)。しかも、あるショッキングな事件が起きた。
中国が今年1月、スリランカ南部で建設を進めるハンバントタ港の運営権99年分を手に入れたというのである。この話を聞いた現地のスリランカ人は、怒り始めた。これでは植民地と同じではないか、と。結果として、中国のイメージが地に落ちている。スリランカが中国へ依存することは警戒すべきであると、スリランカ人を説得し、中国海軍の海洋進出対策を進めるチャンスが巡ってきたわけだ(注)。
(注)筆者自身も努力中である。スリランカ国防省で2月、日本と組むよう講演した。以下は、その講演について報じたインド紙とスリランカ国防省のページ。スリランカ紙にも報道があった。
(新聞記事)
P.K.Balachandran, “Japanese expert says Sri Lanka should befriend India and Japan to counter China”, The New Indian Express, 16 February 2017
(スリランカ国防省の掲載ページ)
日米印連携のチャンスになる
スリランカへの中古P-3C輸出が、日本の安全保障に大きな影響を与える可能性がある理由の第2は、この計画が日本だけでなく、米国とインドを巻き込んだ計画になるからだ。
もともとP-3Cは、米国が開発した防衛装備品である。だから、日本がスリランカに中古機を輸出する場合は、米国の国務省と国防省の許可がいるはずだ。
また、南アジアで何かする場合、南アジアに縄張り意識を持つ国の存在を忘れてはならない。インドだ。かつて日本がスリランカ内戦を和平に導く仲介役となったとき、インドは日本の意図を警戒した。スリランカへ防衛装備品を輸出する場合、当然、インドへの配慮が欠かせない(関連記事「動き出した「日本のインド洋戦略」)。
だから、スリランカへの中古P-3C輸出は必然的に日米印3か国が協力する事例になる。良い意味でこの状況を利用すればいい。
例えば、インド軍は対潜水艦用の哨戒機として米国製の哨戒機を使っている。米国はもちろん米国製の哨戒機である。日本は国産と米国製の哨戒機の2機種だ。だから、3か国と、同じ米国の系統の装備を利用している。情報の共有などが、やりやすいはずだ。だとすれば、スリランカに輸出した中古P-3Cが収集した情報を、日米印で共有するシステムを開発し、日米印・スリランカで海洋安全保障連携を積極的に進めることができるはずである。こうした連携で日米印の連携が深まれば、3か国のパワーは中国を圧倒する力をもつ可能性がある。
日本の防衛装備品輸出のカギになる
さらに、スリランカへ中古P-3Cを輸出した後、他の国々への輸出が続く可能性がある。中古P-3Cの輸出は、日本にとって数少ない有利な取引だからだ。その理由は3つある。
まず、中古であれば価格を抑えられる点だ。日本が開発する防衛装備品は価格が高い。例えば、インドと現在、輸出の交渉を進めているUS-2救難飛行艇は1機100億円といわれる。このような高額の防衛装備品を途上国に輸出しようとしても、当然、取引が成立しない。しかし、中古の装備品であれば、価格を抑えることができる。
次に、十分な数がそろう点である。日本は過去、P-3C哨戒機を100機ほど保有し、現在でも66機保有している。しかもこれらの装備は更新期に入り始めており、日本は新しい国産のP-1哨戒機への切り替えを図っているところだ。だから、最終的には66機すべてが中古P-3Cとして輸出できる可能性がある。
日本はかつて、P-3Cをフィリピンに輸出することを検討したことがある。スリランカに6機輸出する案が実現すれば、他の国に輸出する前例となり、より多くの国との協力関係につながる可能性がある。
最後に、中古P-3Cの輸出は、日本国内で政治的に問題になり難いことだ。防衛装備品の輸出は、日本にとって新しい分野。政府だけでなく国民も慣れていない。そのため、輸出した装備品が相手国の紛争で使用され人を殺傷する事件などが起きると、日本で問題視されるかもしれない。しかし、哨戒機は海洋監視に使用するもの。紛争に使われる可能性は他の装備品より低い。
カギを握る哨戒機輸出
つまりスリランカに哨戒機を輸出する案は、中国の海洋進出に対する対策として有効。日米印との連携を促進するため太平洋・インド洋全域に及ぶ協力につながる可能性がある。さらに、日本の国内事情にも合致した、かなり可能性のある輸出案件である。積極的に進め、今後増えるであろう同種の取引の典型的事例にすることが期待される。
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