富士山のふもとに「清水国明の森と湖の楽園」を2005年に立ち上げ、アウトドアのテクニックを共に学びながら生きる力を伝え続けているタレントの清水国明氏。4月に発生した熊本地震では、独自のネットワークを駆使して被災地にトレーラーハウスを運び込む活動を開始した。後編では受け入れ側の矛盾やそれを乗り越えて活動を続ける清水氏の「戦略の妙」を“防災の鬼”渡辺実氏が聞く。(前編はこちらから)。
“防災の鬼”渡辺実氏は、避難所に渦巻く矛盾をアメリカとの比較でわかりやすく説明する。
「例えばアメリカではひとたび大きな災害が起こると、とにかくこれでもかってくらいの大量の支援物資を投入します。トレーラーハウスだって現地にどのくらい必要かというのを子細に分析するより前に、まずはドーンと運びこむ。無駄になったらその分引き上げればいいだけのこと。しかし日本ではこれがやれないんです。お金の問題じゃない。仕組みの問題です。そうした矛盾をいつも感じますね」(渡辺氏)
全く同じことを清水国明氏も感じてきたという。
「阪神・淡路大震災でも東日本大震災でも、僕や僕の仲間たちもたくさん支援物資を届けました。ところが『受け取れません』って突っ返されたことも多い。例えば『これを現地まで届けて下さい』ということで支援物資が全国からここ(森と湖の楽園)に届きました。そうした物資を持って東北の各地などに行くわけです。
そしてカップ麺なんかを被災地へ大量に持ち込むわけですが、ある現場で『受け取れません』ということになった。子どもたちに『今何が食べたい』って聞くと『あったかいカップ麺』って答えが返ってくるのにです」(清水氏)
「ありがちですね。つまり、すべての人に行き渡らないからここでは受け取れない。例えばここには300人の避難者がいる。これらすべての人に行き渡る十分な量がない場合は受け取ることはできない、という論理。まったく妙な話です」(渡辺氏)
とりあえず持って行け!
「そこで行政のオーダーを待って、それにしたがって届けるってやりかたはダメだと悟ったわけです。“公助”っていうけど、公助っていうのがいちばんちっこいんです。ぼくらはもっと広く効率的に援助したいわけです。ところが公助という行政の金科玉条が邪魔になって事が前に進まない。
にもかかわらず役人って自信満々なんですよ。あのようなときってね。“俺らはできる”“俺らを通さないと何もできない”って思っているから食べたい人がいるのにカップ麺が突っ返されるようなことが起こるんだなって、つくづく感じました」(清水氏)
「だからこそ、実力行使に出たわけですね(笑)」(渡辺氏)
「そう(笑)。公助は公助でやっててもらって結構。でも我々個人はダイレクトに食べたいって人の口に入れるまでやってしまいます。だから邪魔をしないでね。必要なところに必要なものを届けることが人道的な支援だと思って信じてやってますからといいたい」(清水氏)
「今回のトレーラーハウスを被災地に届けるってことも、被災地が受け入れをやっているから、はいどうぞってというのでは遅いと感じたわけですね」(渡辺氏)
「その通りです。とりあえず持って行けって(笑)。持って行ってそれで奪い合いになるかもしれない。もめごとになるかもしれない。でもそういうことにビビっていたのではダメだ。カップ麺と同じことになると、思ったわけです。
とりあえずトレーラーハウスというものがある、ということだけでも見せんことには始まらない。だからゲリラ的にまずはバンとやってみせる。トレーラーハウスを持って行ってこれを現地の人に見てもらう。万が一それが誰にも使われずに放置されるような状況になったとしても構わない。絶対に『なんであれを使わんのじゃ』って話になるじゃないですか。『あれ使わせてよ』って、そうなったらこっちのものですよ。そんな思いで活動しています」(清水氏)
4月20日に1台、5月16日に2台のトレーラーハウスを熊本の被災地に届けた清水氏。さらに6月末までには合計10台を届ける予定になっているという。
「現状では何台くらい用意できそうですか?」(渡辺氏)
「僕の施設では10台ほど。プロジェクト全体では400台を目指しています」(清水氏)
「つまり日本に稼働できるトレーラーハウスが400台あるってことですか?」(渡辺氏)
「そういうことです。実際にはもっとあるんですけど、人が住んでいるものも多い。そうしたものを除外した400台ほどがリストアップされてきています。なるべくこの数字に近づけるように頑張っていこうと思っています」(清水氏)
“すべて持ち出し”ではない仕組みを
「100%のボランティアではないというところがいい。トレーラーハウスの被災地利用にしても完全なる奉仕ではなく、将来的に採算がとれるようなソーシャルビジネスとして考えているところがいいですよね。『災害出動型レスキューRVパーク』だってそういう考えの上にあるわけですよね」(渡辺氏)
「うち(森と湖の楽園)は自転車操業ですけど、なんとか収支を合わせています。災害のボランティアについても同じように考えてやっていきたい。災害支援で儲けようと言ってるわけじゃありませんよ(笑)。例えばトレーラーハウスを提供してくれる人、現地で受け入れる施設を用意してくれる人、そういう人たちが長く活動を続けるためには“すべて持ち出し”ではだめなんです。
被災地へ提供したものについては補填ができるように考えていきたい。そこからは国や行政の役割だと思っています。
また、今回は被災地の受け入れサイドに協働プラットフォームさんがアドバイザーとして支援していて、トレーラーハウスの福祉避難所活用を益城町など行政へ提案していてくれたことも大きかったですね」(清水氏)
「そうですね、協働プラットフォームは僕の古い付き合いのある仲間で災害支援を知り尽くしていて、今回ストレートに仮設住宅としてではなく、福祉避難所支援にトレーラーハウスを活用するという戦略はなかなかのもんですね。現状で仮設住宅の代替へとすると、さまざま越えなければならない壁が多くあるので、まずはトレーラーハウス活用を福祉避難所で実施するというのはとても大きな一歩だと思います。
そして今回の熊本では、国の予算の一部を、トレーラーハウスを活用する福祉避難所の費用に回してもらうことができたということも、最初の一歩ということですね」(渡辺氏)
「例えばそういうことです。僕が10台用意するから、ほら便利でしょ。わかったら1000台作ってくださいよ、ってことを国や自治体にお願いする。そして避難生活が終わって差し当たり必要なくなったら我々が引き取って全国のRVパークで使いますから。そして次にどこかで大規模災害が起こったら即座に持って行きます。
この我々の動きをみて、大手プレハブメーカーがトレーラーハウスを造る動きも出てきています。これまでは輸入品が多かったのですが、今後はメイドインジャパンができますよ」(清水氏)
トレーラーハウスは高速近くに置けばいい
「素晴らしいアイデアですね。僕も実は同じようなことを考えていました。大量のトレーラーハウスを用意しておいて、使わないときは邪魔にならない場所に置いておく。高速道路のインターチェンジやジャンクションなどにある一般道と高速道をつなぐ道路がありますね。高速の出入口からグルーッと大きく輪を描いて一般道に合流する。
この輪の中は空き地になって未利用な空間になっていることが多い。平時はここにトレーラーハウスを置いておけばいい。そして一度災害が起こったらここから全国に向けて搬送する。高速道路に直結しているわけですから全国に向け、即座に届けることができます」(渡辺氏)
「ん~。そのアイデアは初めて聞いたな、使えますね!」(清水氏)
「災害対策においては、『平時の利用』をどうするのかというキーワードが出てきます。例えば国家が備蓄するトレーラーハウスであれば、平時はICなどの空いている空間に置いて国家が機能維持すればこのアイデアでOKです。一方で、民間が備蓄するトレーラーハウスに関しては、清水アイデアは最高です(笑)」(渡辺氏)
アウトドアの専門家でもある清水国明氏。そして若いころから登山をやってきた渡辺実氏は「サバイバル」についても意見が一致するところが多い。
「災害が起こった場合、被災した個人が考えなければならない大きな要素は『脱出、救助、延命』の3つだと僕は考えています。その中でもいちばん重きを置いているのが、こういうキャンプ場でも学べる「延命」ですね。つまりサバイバルの技術です。とりあえず難を逃れたけどその後に何をしていいのかわからない、ではダメです。助かった命をいかに永らえるかってことです。火起こしやロープワークつまり、アウトドアの知識などですよね」(清水氏)
「ロープの結び方などは義務教育でも教えていいくらいですよね。小中学校で教えに来てくれって頼まれたら喜んでいきますよ」(渡辺氏)
災害に備えて学校教育は変えるべき
「そうそう(笑)、だってロープ1つ結べないと、けが人をどうやって高いところから下ろすの?ってことになる。下から登ってくるのもロープの結び方がわからんと無理だしね、固結びなんかしたらずるーって落ちちゃう」(清水氏)
「日本列島がこれだけ騒がしくなってきたのだから、学校教育も少し考えたほうがいい。それを生かすも生かさないも、本人しだいですけどね」(渡辺氏)
「学校では消火器を使って火を消すのはやるけど、火をつけるのはやらない。とにかく火をつけたことがない子どもたちばかり。火を起こすことができてはじめて人間ですよ。燃えるのをながびかせたり、大きくしたり小さくしたり、消したり、そういうのができて人間。僕はここでアウトドアの技術を教えるときに、基本としてマッチ3本で焚き火に点火するというのをやらせます。今の子どもたちってマッチさえすったことがない。本当に危険な状態です。
さらに刃物も使えない、使わない、使わせない。それじゃ生き延びることはできないでしょ。だからここではそうしたことを体で学んでもらう。大上段に構えて『防災施設ですよ』ってうたってはいませんが、僕としては『森と湖の楽園は防災訓練所』だと思って運営しています。この運営をNPO法人河口湖自然楽校(代表:阿部修治)が担ってくれてます。阿部くんは東日本大震災の被災者で、いまは家族でここに住み着いてます」(清水氏)
インタビューの終わりに、“防災の鬼”渡辺実氏は清水国明氏に対して次の提案をした。
「清水さんは被災地にトレーラーハウスを運び込み、そして自治体に公式に受け入れさせることに成功した。繰り返しますがこれは本当に大きな一歩です。でもプロジェクト全体から見るとまだまだ小さな1歩です。この1歩をさらに大きなモノとするため、3つほど提案させて下さい」
- このトレーラーハウス災害時活用術を、国が『なるほど素晴らしいね』と思えるような仕組みにして、国の災害時支援メニューにできるまで育て上げて表明してほしい。
- つまり、災害発生時に現有のトレーラーハウスがどういうオペレーションで具体的に動き始めるのかというのを社会に示してほしい。
- そして平時にトレーラーハウスが運用されているRVパークなどの施設がどのようなビジネスとして運営されているのかをガラス張りにし、より多くの出資者が参加できるようにすること。
「この3つが有機的に動き出せば、流れはさらに加速するはず。つまり清水さんにはトレーラーハウスの被災地支援について、動くショールームになってほしいわけです。その力がきっとあるはずなんです」(渡辺氏)
河口湖自然楽園のゲートを出た“防災の鬼”渡辺実氏は、大きく深呼吸しながら感慨深く一言。
「最初の一歩、小さな一歩がこの河口湖から動き出した。まさに日本の災害対策を大きく変える『ソーシャルイノベーション』が熊本で起きているね!」と。
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