昨年9月から今年3月まで放送された、NHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」。「日本のウイスキーの父」と称され、ウイスキー大手のニッカウヰスキー(アサヒビール子会社)を創業した竹鶴政孝氏と、その妻リタさんの絆やウイスキーへの情熱を描き大きな反響を呼んだ。

 見どころの一つが政孝氏をモデルにした主人公、亀山政春と、彼が留学後に就職した鴨居商店の社長、鴨居欣次郎との「友情」と「対決」だ。初の国産ウイスキーづくりに向けて手を携え、その後方針の違いから袂を別つも、最後までお互いを認め合った2人。欣次郎はサントリー(現サントリーホールディングス)創業者の鳥井信治郎氏がモデルだ。政春は玉山鉄二さん、欣次郎は堤真一さんという2人の人気俳優が演じたのを覚えている読者も多いだろう。

 この熱い男同士の勝負、実はドラマが終わった後も続いているのをご存知だろうか。もちろん続編というわけではない。舞台を現実に移し、サントリーとアサヒがドラマに負けず劣らず火花を散らしているのだ。

堤真一さんは世界各地の蒸留所を巡り、製造工程の見学やブレンダーへの取材などを担当する
堤真一さんは世界各地の蒸留所を巡り、製造工程の見学やブレンダーへの取材などを担当する

 ドラマが終わって約1カ月が経った4月下旬、サントリーはウイスキーのブランド発信を担う「ウイスキーアンバサダー」に堤さんを起用すると発表した。堤さんは同社が世界各地で展開する蒸留所などを巡り、ウイスキーづくりへのこだわりや匠の技術などを取材。特集広告などを通じてその魅力を伝えていくという。4月のイベントに出席した堤さんは「それぞれのウイスキーの個性や楽しみ方を広く伝えていきたい」と意気込みを語った。

企業の“顔”としてふたたび勝負

 その1カ月後の5月下旬、今度はアサヒがニッカの新商品やキャンペーンの発表会で、玉山さんを広告に起用すると発表する。6月の父の日に合わせたポスターなどに玉山さんに登場してもらい、「竹鶴」など主力ブランドをPR。今後も状況を見ながら様々な形での起用を検討するという。まさに、政春と欣次郎がそれぞれの企業の「顔」として再び相まみえることになったわけだ。

 もちろん、2社が示し合わせてこのような起用に踏み切ったわけではないだろう。だが、ドラマの反響が反響だけに、ともに熱演で視聴者に強い印象を与えた人気俳優2人のアピール力や集客力への期待が大きいのは確かだ。同時に、ウイスキーの2強がどのように消費者の関心を惹きつけ需要を喚起し続けるかについて、心を砕いているということの表れでもある。

アサヒビールは亀山政春役の好演が評価された玉山鉄二さんを父の日向けのポスターなどに起用
アサヒビールは亀山政春役の好演が評価された玉山鉄二さんを父の日向けのポスターなどに起用

 日経ビジネスの6月22日号でも書いた通り、ウイスキー市場は好調の一方、課題にも直面している。国産ウイスキーの出荷量は2014年に前年比14%増と高い伸びを記録しながら、足元では原酒不足による出荷調整や商品の絞り込みを余儀なくされている。原料高の影響でサントリーは4月、アサヒは9月に値上げを実施(予定)。需要に不透明感もあるなか、2社は家庭用のハイボール缶を拡充したり、外食向け営業を積極化したりと販売の面だけでなく、ブランド訴求でも火花を散らしているのだ。

 広告キャラクターの重要性はウイスキーだけでなく、ビールやチューハイではさらに顕著だ。酒類大手は消費財メーカーの中でもひときわ広告宣伝や販促にかける投資が大きく、テレビCMや雑誌広告の露出度も高い。それだけに、各ブランドの顔となるタレントの出来不出来が売り上げに直結するといっても過言ではない。

ぐっさん、アサヒへ

 業界でこの春話題になったタレント起用がもう一つある。アサヒビールが3月中旬に発売した第3のビール「クリアアサヒ 糖質0」。主力ブランドの新商品で、糖質ゼロと本格的な飲みごたえが特徴だ。CMキャラクターになったのは「ぐっさん」の愛称で知られる人気タレントの山口智充さんだった。

「クリアアサヒ 糖質0」のCMでは糖質ゼロと飲みごたえを山口智充さんが明るくアピールする
「クリアアサヒ 糖質0」のCMでは糖質ゼロと飲みごたえを山口智充さんが明るくアピールする

 これもご存知の読者は多いだろうが、山口さんはキリンビールが2005年に売り出した第3のビール「のどごし〈生〉」のCMキャラクターを9年間に渡って務めていた。軽快な音楽に乗ったコミカルな演技でのどごし〈生〉の爽快感や飲みごたえを伝え、同商品をトップブランドに押し上げた立役者だ。

 そのぐっさんが、よりによって最大のライバルであるアサヒの、同じカテゴリーのCMに登場する。タレントの「CM移籍」が珍しくないこの業界でも、このサプライズには「なぜキリンからアサヒなのか」と驚きの声が上がった。

 山口さんは3月のCM発表会に登壇した際、以前アサヒ側から別の商品で起用の申し出があった時に、キリンへの思い入れから一旦断ったことを明かした。だが、その後しばらく経って今回のクリアアサヒの新商品で再びオファーがあり、さらにアサヒビールの小路明善社長から直接、手紙で起用への熱い思いを伝えられたという。「実際に商品を飲んでみて、その味にも満足した。自信を持って皆さんにお勧めできると思った」と語った。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り368文字 / 全文文字

【初割・2カ月無料】お申し込みで…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号12年分のバックナンバーが読み放題