「この男は、なぜ笑顔など浮かべていられるのか」。それが、率直な感想だった。5月12日、燃費不正問題に揺れる三菱自動車が日産自動車と開いた記者会見。資本提携の発表後、日産のカルロス・ゴーン社長兼CEO(最高経営責任者)が握手を求めると、三菱自の益子修会長兼CEOはにこやかに笑顔で応じた。フラッシュを浴びる十数秒間、白い歯を見せ続けた。資本提携したからといって、燃費不正が帳消しになるワケではないのだが――。

日産自動車との資本提携をまとめた三菱自動車の益子修会長兼CEO。悲願を達成したためなのか、自然と笑顔となった(写真:角倉武/アフロ)
日産自動車との資本提携をまとめた三菱自動車の益子修会長兼CEO。悲願を達成したためなのか、自然と笑顔となった(写真:角倉武/アフロ)

 「この場に立っていることを光栄に感じる」。三菱自動車の益子修会長兼CEO(最高経営責任者)は5月12日、日産自動車との資本提携についてこう切り出した。

 燃費不正を巡るお詫びの言葉も盛り込みはしたが、目立っていたのは「商品ラインアップを拡充できる」「海外工場でも協業できる」などの前向きな言葉。日産のカルロス・ゴーン社長兼CEOが「三菱自は東南アジアで競争力がある」などと持ち上げた際も、益子氏は満足げに頷いていた。

 無理もない。未曾有の危機にある三菱自にとって、日産との提携にはそれだけの価値がある。

助け舟を出したのは「三菱」ではなく「日産」

 三菱自は2000年代前半、リコール(回収・無償修理)隠しで経営危機に陥った。このときは御三家(三菱重工業、三菱商事、当時の東京三菱銀行)を中心とする三菱グループに、カネ・ヒトの両面で助けてもらっている。益子氏自身、三菱商事の出身だ。

 今回は事情が違う。三菱重は客船事業の特別損失が膨らみ、2016年3月期の最終利益が前期比4割減となった。三菱商事も資源安などにより、前期は創立以来初の最終赤字に沈んだ。

 そうでなくても、日本の産業界では近年、コーポレート・ガバナンスの重要性が叫ばれるようになった。三菱自を救済するなら、三菱グループには自社の企業価値が向上するかどうか、明確な説明が求められる。「グループだから助ける」との理屈は通用しない。

 そこに助け舟を出したのが日産だった。

 自動車メーカーとの提携なら、資金や人材だけでなく、事業面の相乗効果が見込める。益子氏が記者会見で挙げたのは電気自動車(EV)と自動運転技術。日産はEV「リーフ」で世界ナンバーワンの販売実績を持つ。今夏発売のミニバン「セレナ」には、量産車として世界で初めて自動運転機能を実装する見込みだ。今回の提携は、三菱自にとっては願ってもない内容だった。

 だからといって、益子会長の笑顔は許されるのだろうか。

経営責任から逃れることはできない

 記者が思い出していたのは、前日の益子氏の様子だ。「経営責任から逃れることはできない」。国土交通省の会見室に姿を現した益子氏に笑顔はなく、終始うつむきがち。記者は少しでも表情が動く瞬間を撮ろうとカメラを構えていたが、時折唇を噛む仕草を見せるくらいだった。

5月11日、国土交通省で記者会見する益子氏の表情は暗く沈んでいた。
5月11日、国土交通省で記者会見する益子氏の表情は暗く沈んでいた。

 5月11日には、これまで判明していた軽自動車4車種での不正に加え、多目的スポーツ車(SUV)「RVR」でもデータをごまかしていた。同日の記者会見では原因や経緯を問う質問が相次いだが、益子氏らは「調査中」と言葉を濁すばかり。ヒートアップする記者会見の終盤。「こんな説明で消費者は納得すると思うのか」と聞かれると、益子氏も「歯切れが悪いのは確か。納得してもらえるとは思っていない」と認めていた。

 益子氏ほどの経営者なら、これだけ神妙な顔つきを見せた翌日、うってかわって笑顔を見せるリスクは理解しているのではないか。前日の様子は芝居だったのかと疑われかねないからだ。それでも我慢できなかったのは、それだけ今回の資本提携が益子氏の悲願だったということなのだろう。

 益子氏は11日の記者会見で、当面の経営状況について「自分たちの力だけでやっていける」と強調した。他社からの支援がなくても、危機は乗り越えられるとの認識を示していた。まだ不正の全容は明らかになっていないが、益子氏としては、燃費不正問題は解決のメドがついている、ということなのではないか。

国交省:これで一件落着と思われては困る

歯切れの悪い回答に、記者会見室はヒートアップした(11日、国土交通省)
歯切れの悪い回答に、記者会見室はヒートアップした(11日、国土交通省)

 代わりに益子氏が考えていたのは、三菱自が数十年後の将来にわたって生き残るための成長戦略だ。同社の世界生産台数は120万台前後。部品調達などにおける規模のメリットは小さく、開発に割けるリソースも他社と比べて圧倒的に少ない。

 狙いを定めたのが既に業務提携関係にあった日産。ある意味、絶妙なタイミングで燃費不正問題が発覚し、悲願に向けての交渉が加速した。そう考えれば、益子氏が思わず浮かべた笑顔にも合点がいく。

 もちろん、益子氏を擁護するわけではない。12日の記者会見をテレビで見た国交省のある職員は「これで一件落着と思われては困る」とクギを刺す。その言葉通り、国交省は13日、三菱自の本社(東京・港)に立ち入り検査に入った。社内の資料を集めるほか、関係者からの聴取を進める。

 消費者の不安や三菱ブランドへの不信は、資本提携で拭えるものではない。強力なパートナーを得たことは確かだが、それで危機感が薄れては本末転倒だ。笑顔を浮かべるのは記者会見だけにして、益子氏には全力を社内改革に注いでほしい。心から、そう願う。

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