先日公開されたある調査結果が、ちょっとした話題だ。
なんと、ニッポンのビジネスパーソンは、「世界一、会社を信頼していない」ことがわかったのである。
「2016 エデルマン・トラストバロメーター」(2016 Edelman Trust Barometer) と題されたこの調査は、米国のPR会社Edelman(エデルマン)が世界28カ国の約3万3000人以上を対象に、2015年10月13日から11月16日にかけて実施したもの。
調査は毎年行われていて、16回目にあたる今回初めて、以下の質問が加えられた。
「あなたはあなたが働いている会社を、信頼していますか?」(回答は「大いに信頼している」から「全く信頼していない」の9件法で、信頼度を算出)。
なぜ、今年「会社への信頼」が問われたのか? 理由は明記されていないのであくまでも想像だが、会社へのエンゲージメント(=信頼、あるいはコミットメント)が米国を中心に注目されていることが考えられる。
で、その新たな質問に対し、日本の“残念な現実”が明らかになってしまったのだ。
「信頼している」とした日本人は40%で、世界28カ国中、最下位。米国(64%)、イギリス(57%)、中国(79%)、インド(83%)よりはるかに低く、ロシア(48%)よりも低い。そして、栄光のトップは、「メキシコ」の89%だ。
“バラ色の国”メキシコ
メキシコがトップという結果に、「?」となった方もいるかもしれないが、実はメキシコは知る人ぞ知る、“バラ色の雇用環境国”。その歴史は古く、メキシコ革命から引き継がれる保護的な労働法制が今も続いているのだ。
もっとも背景にあるのは中南米諸国の堅調な経済成長。メキシコは、他の国に比べると賃金増加は緩やかだが、“労働者を守る”目的で定められたきめ細かい法律が「会社への信頼」を高くしているのだろう。
法律では原則として、賃金や福利厚生内容を引き下げることはできないと定められている。また、税引き前利益の10%を、労働者の貢献度に関係なく、労働者に報酬として配分する「労働者利益分配金制度」(PTU)がある。
時間外労働は、1日3時間、週9時間を超えてはダメ。1時間当たりの残業代は通常の2倍(割増賃金率100%)。仮に9時間を超えて残業させた場合には、3倍(割増賃金率200%)となり、日曜日の勤務には、 25%の割増賃金の支払いが求められる。
しかも「もう9時間超えちゃってるから、僕、働かな~い」といった拒否権が労働者に与えられているのだ。
また、福利厚生の充実度は高く、食費補助、交通費補助以外にも、貯蓄基金の運営、民間医療保険への加入などなど至れり尽くせり。バーケーション(休暇)は勤続1年で6日間、その後勤続4年目まで毎年2日ずつ増え、勤続5年目以降は5年ごとに2日ずつ増える。 休暇期間中は通常の給与に加え、1日最低 25%以上のバケーションボーナス(休暇手当)が支払われる。
なんとも…。問題山積みの日本からしたら、夢のような制度。羨ましすぎるぞ。
もちろん問題もある。非正規の増加だ。メキシコで創出される正規雇用者数は、毎年、50万~60万人程度。一方、生産年齢人口(15~64歳)は毎年 100 万人以上増加し続けており、若年世代の多くが非正規(有期雇用)に流れているのだ。
とはいえ、メキシコでは無期雇用が原則で、有期契約でも労働者が不利にならないような取り決めがされているため、私たちが想像する“非正規”とは若干異なり、“光ある非正規”なのだ。
「想像できない結果だ。これは経営者への警鐘である」
「でもさ、日本だって高度成長期は、そんな感じだったよね?」
「そうそう。親戚の就職先までめんどうみてくれた会社もあった」
「私なんて自宅なのに、住宅手当、月2万円ももらえていたし……」
はい。そのとおりです。
「ってことは、同じ調査を1970年代とかにやったら、日本はトップ?」……その可能性は高い。
かつての日本人は“会社人間”と揶揄されたが、これはその時代のお父さんたちが望んだ働き方でもあった。日本全体が「アメリカに追いつけ、追い越せ」という価値観を共有していたことに加え、終身雇用制と年功序列という、いわば労働者と企業の間で成立していたギブアンドテイクの関係が存在した。つまり、企業はお父さんたちを「大切な人」として扱ってくれたし、お父さんたちも「会社は僕をちゃんと守ってくれるから」と、「会社のため」に働いたのだ。
だが、今は……。“早期退職”という名のリストラで、経営者の尻拭いをさせられるご時世だ。非正規という“身分”の賃金は低い。労働者を守るための労働基準法も、抜け穴だらけだ。
「今回の“日本の結果”は、愛社精神や長時間残業を厭わず献身的に働くライフスタイルからは、想像できない内容だ。これは経営者への警鐘である」
これは、調査を行ったエデルマン・ジャパンのロス・ローブリー社長の言葉である。
経営者への警鐘――。ニッポンのトップの方たちは、このお言葉をどう受け止めるだろうか?
「信頼」は、企業経営に多大な影響を及ぼす。競争が厳しくなればなるほど、従業員同士、上司部下、経営者と従業員、会社と働く人、各々の間に存在する目に見えない変数=「信頼」が、経営に与える影響は高まっていく。
信頼の背景には、常に期待(expectation)が存在するが、働く人たちはそもそも何を期待しているのか?
そこで今回は、この調査の“もう一つの興味深い結果”を基に、「信頼」について、考えてみます。
経営者に対する日本人従業員の視線
まずは、下の表をご覧下さい。
これは
「(従業員から)CEOへの信頼を築く上での、重要な要因」(=重要度)と、
「CEOの実施度」(=パフォーマンス)を尋ね、
「その差」(=差)を算出したモノ。
さて、この結果を見て、どう思いますか?
信頼を得るのにもっとも重要な要因のトップは、「従業員を大切にする」(43%)。次いで「問題や危機に対処するために責任ある行動をとる」(42%)、「倫理的な行動をとる」(39%)。
一方、差は「誠実さ」「エンゲージメント」のカテゴリーで高く、具体的には「従業員を大切にする」(37ポイント差)、「オープンで透明性のある行動をとる」(36ポイント差)、「倫理的な行動をとる」(34ポイント差)の順となった。
つまり、これらの結果を、すご~くわかりやすくすると……、
「うちのトップって、ちっとも“従業員のこと大切にしない”よなぁ?。結局は、コストなんだよね?」
「だいたい会社で何が起きてるのか分からないじゃん。リストラやるって、朝刊広げたら書いてあって、ビックリだよ」
「なんで、もっとこう“オープンで、透明性のある行動”がとれないのかね?」
「そうだよ。どこ向いて経営してるんだって、感じることあるよ。最近、不正とかあるけど、“倫理的に行動”してるのか。心配になるよ」
っといった具合だ。
「社員にわざわざ話したところで、どうにもならない」
さらに、表を見てわかるように、パフォーマンスで最低になっているのが、「自社の状況について、頻繁かつ誠実にコミュニケーションをとる」。
つまり、働く人たちはトップに「情報の共有」を期待しているのに、トップはそれをないがしろにする。その結果、「自分たちはちっとも大切にされていない」と感じている。「もっと大切にして欲しい」のに、誠実なコミュニケーションもとってくれないから、「やっぱり大切にしてないのね」との確信につながる。
そんな悪循環が、「会社への信頼感」を低下させていると読み取れる結果が、示されているのである。
もともと年功序列に代表されるヒエラルキー型の日本の企業は、「情報の共有」が苦手。いや、違う。「社員にわざわざ話したところで、どうにもならない」とか、「余計な不安を煽るだけ」と考えるトップが、いまだに多いのである。
日本がまだ元気で、社会全体が同じ方向を向き、日本型雇用形態である、終身雇用制や年功序列が当たり前だった時代は、情報の共有など必要なかった。
会社は「会社のために仕事をちゃんとやってくれるだろう」と労働者に期待し、労働者は「自分のためにちゃんと賃金をくれるだろう」と会社を期待し、どちらも期待どおりにできたし、期待どおりにするのが“フツー”だったので、「会社にすべて任せておけば大丈夫」と誰もが信じ、揺るぎない信頼関係が成立していたのだ。
だが、会社は「期待」を裏切った。リストラを断行したのだ。
しかも、それは唐突に、そう、実に唐突に行ったのである。
ある日、突然“白い封筒”が送られてきたり、朝、新聞を広げたらそこに「自分の会社が大規模なリストラを行うこと」が書かれていたり、「パパ、大変! パパの会社3000人リストラするって言ってたよ!」とテレビを見ていた子どもに教えられたり。
アノ山一のとき、私はたまたま足裏マッサージ店の待ち合い室にいたのだが、目の前の男性の携帯が鳴り、青ざめていく様子に偶然にも遭遇した。彼は、「えっ?ウソ!テレビでやってるの?……(無言)……。わかった。ちょっと部長に連絡してみる」と電話を切り、慌てた様子でその場を去った。家に帰るとテレビは「山一」のニュースだらけで。おそらく、そうおそらく彼も、山一の関係者だったのだろう。
その後も突然のリストラはあちらこちらで敢行され、完全に労働者と会社の信頼関係は崩壊してしまったのだ。
そこで働く人たちが求めたのが、「きちんとした情報」だったのである。
信頼関係が崩れた後には、疑念しか残らない
なぜ、信頼関係が崩壊すると、人は「情報」を求めるのか? これは夫婦に置き換えてみると実によくわかる。
ある日、夫の浮気がバレたとしよう。浮気を決定づける、“真っ黒”の物的証拠が見つかったのだ。
「もう、信じられない!アンタ、ナニやってるの!」
ぶち切れた妻は、激怒。夫は「もうしない。キミとやり直したい(ん?どこぞの会見で聞いた言葉だ)。キミと子どものために、これからはちゃんとするから信じて欲しい」と土下座。
「アンタがアホなことやってるとき、私がどれだけ大変だったかわかってるの!」。 妻は怒りが一向に収まらない。
ならば「離婚!」と割り切れればいいが、人間の感情は実に複雑で、そう簡単に行くもんじゃない。三行半を突きつけるにも、それ相当の勇気と覚悟がいるのだ。
そこで妻は「やり直す」ことは受け入れるが、「彼への信頼」が戻ったわけじゃない。それからというもの、妻は夫が休日出勤したり、ちょっとでも帰りが遅くなたりすると「もしかして…」「まさか…」と、不安になる。不安で、不安で、その不安をどうにかしたくて、夫の携帯やLINEをチェックしたり、領収書を盗み見たり……、夫の行動への徹底的な“身体検査”を始めるのだ。
ところが、夫は夫であらぬ疑念をもたれたくないので、「アレ言うのやめとこ」と、隠し事をする。そのウソを妻は敏感に感じとる。そうなのだ。「裏切られた」妻は、「裏切った」夫が想像する以上に、敏感に隠し事に反応するのである。
……っとまぁ、これと全く同じことが、会社と働く人たちの間で起きているのだ。
そう。働く人たちは常に心のどこかで、
「自分たちも突然、解雇されるのではないか?」
「うちの会社も、突然、倒産するのではないか?」
「うちの経営陣は、不正を行っていやしないか?」
といった不安のタネを抱えている。ひょっとすると当人に自覚はないかもしれないが……。
それでも会社のありとあらゆる情報を、ポジティブなものだけでなくネガティブなものまで、社員一人ひとりが知ることができる権利と、会社が労働者に知らせる義務を果たさない限り、壊れた信頼関係を取り戻せやしない。情報は自動的にすべて公開されて、初めて価値を持つ。
もちろんだからといって、リストラがなくなるわけではないかもしれない。しかし大切なのは、隠し事をしない、安心できる関係を作る努力を怠らないこと。それしかないのである
「シャープはいい会社です」
実際、リストラを行う場合でも、会社が時間をかけて情報を徹底的に開示し、労働者が知りたがっていること、不安に思っていることを把握するための努力をすると、従業員の不安は軽減され、信頼関係が保たれ、精神健康の悪化も防げることが、いくつもの実証研究で示されている。
例えば、シャープの高橋興三社長は、「社内の風通しを良くするくらいしか、成果を上げられなかった」と揶揄されるが、数カ月前に早期退職(リストラです)した方にインタビューしたときには、
「シャープはいい会社です。社長も現場によく来ていたし、経営失敗というより戦いに破れたって感じのほうが強い」
と話してくれた。
業界の中では低いとされる役員報酬を、社長自らが7割~5割カットしたシャープ。転職先探しの際にも、かなり丁寧なケアをしてくれたそうだ。
東日本大震災以降、組織への信頼が低下した理由
古い話になるが、リクルートの創業者、江副浩正氏が徹底してこだわったのは、情報の開示が日常化されている組織風土作りだった。経営情報はすべて社内に公開し、社員はもとよりアルバイトに至るまで自由に情報にアクセスでき、すべての情報が共有された。
情報の鮮度にもこだわった。役員会議の内容は翌朝には公開され、社員全員が会社の経営状況を把握できた。その結果、社員一人ひとりが考えながら仕事に取り組み、人材の育成に役立ったとされている。
信頼関係という言葉があるとおり、信頼は相手と自分の相互関係の中で生まれるモノ。各々に、「相手を信頼したい」とか「信頼してほしい」という気持ちがない限り、信頼関係は成立しない。
最後に、件の調査のもうひとつ結果を紹介しておこう。日本では、東日本大震災以降、政府、企業、メディア、NGO/NPOの全ての組織への信頼が低下していた。
あのときのことを思い出せば、経営者への警鐘を、しかと受け止めてもらえますかね。
5ページ小見出し「シャープと東芝の違い?」を「シャープはいい会社です」に変更いたします。本文は既に変更済みです。 [2016/02/16 22:00]
『考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた! 』
このたび、「○●●●」となりました!
これで◎◎◎が最高に引き出されること間違いなし!
さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?
はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!
何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、この本の執筆も、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)をし、考える(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。
「企画力を高めたい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」
といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。
ぜひ、手に取ってみてください!
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