繰り返し発生するミスを特定する
行動科学マネジメントによるミスや事故の防止策は、「安全行動を増やすことによって危険行動(ミスや事故)を無くすこと」です。
そのためにはまず、ミスや事故の実態を特定する必要があります。
このことを経営陣や管理職に伝えると、こんな反応が返ってきます。
「そんなことは、もうわかっています」
確かにどんなミスが発生したか、どんな事故が起こったかは、把握できているかもしれません。しかし、その実態については、実はあまり目を向けていないのが現実です。
この連載で「 ハインリッヒの法則」を紹介しましたが、ハインリッヒはまた、すべてのミスや事故の88%は不安全な行動に起因するとしています。
つまり日常業務において無意識下で当たり前のように繰り返されている作業=行動が、多くの事故の要因になるのです。
「ミスや事故の実態はわかっている」とのひと言で終わらせずに、まずは「ミスや事故が繰り返し発生している現場の環境」を俯瞰(ふかん)してみることが大事です。
現場の姿を知るサーベイ
ミスや事故の根本原因を知るために現場を見る。その具体的な方法が「サーベイ(調査)」です。
サーベイは「アンケート」「インタビュー」「観察」という3段階で成り立ち、専門的な知識や技術を必要とするものではありません。
ただし、会社の規模にもよりますが大がかりな作業にはなるでしょう。企業活動のどこにミスの原因が潜んでいるかはわかりません。そのため、全従業員を対象として行う必要があるのです。
会社の事情により、全従業員を対象に行うことが難しい場合は製造部門などミスや事故が大きな問題につながりかねない部署だけで始めるケースも考えられます。
しかし、それだとミスや事故の根本原因の特定が難しくなることもあります。できるだけ早期に全社で行うことをおすすめします。
現状をざっくり把握
従業員への「アンケート」は、必ず匿名で行います。
ミスや事故が発生した場合はすみやかに「アンケート」を行い、また普段でも半年に一度くらいのペースで実施するのが望ましいでしょう。
普段から不安に思っていること、「危険行動」だと感じていることなどを記入してもらいます。
こうして現場の状況を把握することは、「危険予知」のためではなく、あくまでも「どのような行動が安全行動なのか」を導き出すためのものです。
危険予知には限界がありますし、ここで「これはダメ」「あれはするな」という禁止事項をつくることが目的ではありません。
「職場の現状を知ること」を、第一義と考えてください。
具体的に掘り下げる
アンケートを集計して現場の状況がざっくりと見えてきたら、次はさらに詳しい状況を知るために「インタビュー」を行います。
会社の規模にもよりますが、現場で働く従業員の1割以上を対象とするといいでしょう。
・ありのままを聞き出すため、インタビュアーは第三者が望ましい(外部あるいは他部署のマネジャーなど)
・一対一でもグループインタビューでもOK
・制限時間を設定(およそ1時間)
ここでの目的は、アンケートで知ることのできた危険行動が、実際にはどういうかたちで、どの程度の頻度で起きているかを正確につかむことです。
「工場での転倒事故がよくある」ではなく、「どんな時間に、どんな人が事故を起こしているのか?」、「発注ミスが多い」ではなく、「何の発注の際にミスがあるのか? どのくらいの頻度で起こるのか?」を直接聞き出します。
行動を数値に落とす
インタビューでその従業員が実際にどのような傾向の行動を取っているのかがつかめても、それだけではほかの部署や従業員個々のレベルでの比較をすることは難しいでしょう。
そのため、インタビューでわかったことが現場でどのように現れているかを確認するため、従業員の行動を「観察」することが必要です。
実はこの観察こそが、現場マネジャーにとって特に重要な仕事なのです。
たとえば、「工場の製造現場につながる階段を飛び降りる」ことで発生する事故。これもアンケート、インタビューでは「階段でケガをする人が多い」という事実のみで終わってしまうかもしれません。
普通に考えれば「傾斜や老朽化、滑りやすさなど、階段そのものに問題があるのでは?」となるでしょう。
しかし実際に行動を観察することで、「始業時間に遅刻しないように急いでいる人が多い」「一段一段の幅が狭く、階段を下りる際に時間がかかる」などの傾向が見られ、そのため「飛び降りる」なんていう無茶な行動をする従業員がいる、ということが見えてくるのです。
もちろん、階段事故の原因はこれがすべてというわけではありませんが、実際の現場を把握することで、従業員の行動の傾向は、より具体的に、より明確になるわけです。
観察の際には、具体性を重視すること。「何人が」「何回」など、数値化することで行動の具体性は高まります。
また、具体的なものとは「誰が見ても同じように感じるもの」です。
同じ現場を同時に、マネジャーを含む3人程度で観察することをおすすめします。
安全な状態にも目を向ける
観察の際には「危険行動」だけでなく、「安全行動」にも目を向けなければなりません。
ミスや事故の無い、ロールモデルとなるようなハイパフォーマーが現場でどのような行動をしているかを観察するのです。
ハイパフォーマーの行動は無自覚なことが多いもの。
「フツウにやっているだけです」「特に考えて行動していません」などということがほとんどです。
「安全行動の特定」には、こうした無自覚な、暗黙知の行動を言語化=具体化することが必要になります。
とはいっても、安全行動を取る人が、何か特別な行動をしているかといえば、そのようなことはあまりないはずです。
たとえば「階段を飛び降りる」ことが危険行動であれば、安全行動は「階段をゆっくり下りる」こと。
なぜハイパフォーマーが階段をゆっくり下りるという安全行動を取るかといえば、「急いで飛び降りるとケガをするから」と感覚的にわかっているからです。
このように、安全行動とは決して特別なものではありません。
発注ミスの無い人であれば、発注書記入の際には会話をしない、送信前に第三者にチェックを依頼している、などでしょうか。
「なぜなぜ分析」で理由は見つからない
サーベイで危険行動が浮き彫りになったことで、どうしてもそこにフォーカスをしたがる上司も多くいます。
しかし、ここで危険行動ばかりに注目し、「なぜそんな行動をするのか?」と執拗(しつよう)に「なぜなぜ分析」をするのはNGです。
「なぜそんなミスをするんだ」
「なぜ走ってはいけないところで走るんだ」
「なぜSNSに不謹慎な動画をアップするんだ」
そう聞いたところで、理由を特定できるわけではありません。
にもかかわらず、多くの企業がこの「なぜ」の追及に躍起になっているのが現状です。
ミスを無くすには、「なぜそんなことをしたか」よりも「どんな行動を取ればよいのか」を考えることが必要なのです。
安全行動を言語化
安全行動とは、いってみれば「何も起こらない状態」です。
それゆえに目立たず、またそれゆえに言語化も難しいといえます。
ビジネスの現場において、ミスや事故を起こさない、すなわち安全行動を習慣化しているハイパフォーマーといえば、代表的なのはベテラン社員でしょう。
ところが、ベテラン社員の行動こそ、言語化できないもの、すなわち「暗黙知」になりがちなのです。
「目分量」「さじ加減」「勘」「感覚」「経験上」。ベテラン社員はこうした暗黙知によって仕事を行い、その結果、ミスや事故は起こさない=安全行動を取っている、ということになります。
そこで、ベテランの暗黙知の安全行動を、誰がやっても同じ結果が出る「形式知」に置き換えなければなりません。
具体的にいえば、「勘」や「なんとなく」で行っていたことをすべて数値化するのが近道でしょう。
たとえば、工場で機械を止めるタイミング。
ベテランであれば「ちょうどいい頃合いで」などという言い方をするかもしれませんし、実際に作業のマニュアルにこうした曖昧な言葉を入れている企業もあります。
それを「○分○秒で」と数値化する。タイマーをセットしてもいいでしょう。
細かい数値化ではなくても、たとえば鉄道会社の例では、「手動ブレーキを力いっぱい締める」というベテランの行動を「全体重を乗せて2回締める」と言い直したこともあります。
「ミスの無い安全行動とは、本来は特別なものではない」ということをぜひ覚えておいてください。
シリーズ累計40万部超のロングセラー『教える技術』の著者で、行動科学マネジメントの第一人者が、職場からミスを無くす科学的方法論を豊富な事例と共に解説。
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石田淳(著) 日本経済新聞出版 1650円(税込み)
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