「発達障害のリアル」を、自身も発達障害(学習障害)の息子を育てるフリーランス編集者・ライターの私(黒坂真由子)が模索する本連載。

 発達障害の子どもを持つ親にとって、最大の懸念の一つが「うちの子は将来、自分でお金を稼いで自活できるのか?」。そこで今回、取材したのは、発達障害がある人に特化した就労支援事業を手掛けるKaien(かいえん/東京・新宿)代表の鈴木慶太さん。自身も発達障害の子どもを持つことが、起業するきっかけとなった。

 発達障害がある人が就職するとき、大きな分かれ目になるのが、障害者手帳を取得するかどうか。障害者手帳を取って、障害者として企業に雇われるのは、いいことなのか? 「障害者手帳を取ることにマイナスはない」と、鈴木さんは言い切る。それはなぜ?

Kaienは発達障害に特化した就労支援をされていますが、立ち上げたきっかけを教えてください。

鈴木慶太氏(以下、鈴木):2007年、息子が3歳のときに発達障害だと診断されたことがきっかけです。当時、私はNHKのアナウンサーとして働いていて、その2日後に米国へのMBA留学を控えていました。留学中、息子の将来について思いを巡らせることが多く、そんなとき、従業員の75%が発達障害で、起業1年目から黒字経営だというデンマークのIT企業の情報を見つけたのです。数カ月後には、その会社を訪問し、お話をお聞きしました。創業者の息子さんがやはり発達障害で、同じ気持ちを共有している人がいるのがうれしく、自分自身が起業する力にもなりました。09年、今のKaienをスタートさせました。

障害のある人が就職するときには、どんな選択肢があるのでしょうか? 「一般枠」「障害者枠」という言葉をよく聞きます。

鈴木:そもそも「一般枠」「障害者枠」という「枠」は存在しません。

鈴木慶太(すずき けいた)
鈴木慶太(すずき けいた)
長男が発達障害の診断を受けたことをきっかけに、発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。元NHKアナウンサー。東京大学経済学部卒業(00年)、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了(09年・MBA取得)。日本精神神経学会・日本LD学会での登壇や、文科省の「障害のある学生の修学支援に関する検討会」委員を務める。Kaienでは、企業向けの人材紹介、大人向けの就労移行支援事業、学生向け・子ども向けのプログラムに加え、啓発事業も行う。『親子で理解する発達障害 進学・就労準備の進め方』(河出書房新社)など著書多数。

なぜ「障害者手帳を持つことにマイナスはない」のか?

鈴木:障害がある人の働き方は、突き詰めると、大きく分けて2つです。労働契約を結んで働くか、労働契約を結ばすに働くかのどちらかとなります。

 労働契約を結んで働けば、正社員であれ、パート・アルバイトであれ、最低賃金が保証されます。

 一方、労働契約を結ばないものにはフリーランスもありますし、昔でいう「作業所」と利用契約を結んで働くこともあります。作業所で働く場合、最低賃金は保証されず、「工賃」という作業料が支払われます。福祉的就労とも呼ばれ、法律では「就労継続支援B型」として定められています。工賃は平均して月に1万~2万円程度です。

 労働契約を結んで働く場合には、企業側に障害があることを伝えて働くか、あるいは障害の存在を伝えないかで違いが出ます。そこから「一般枠」「障害者枠」という言葉が生まれたのでしょう。

障害があることを伝える、とは?

鈴木:分かりやすいのは、障害者手帳を取ることですね。

企業にとっては、障害者手帳を持つ人を雇用すると「実績」になるんですよね?

鈴木:そうです。企業が労働局に届け出ると、障害者雇用促進法(*)が定める法定雇用率の達成につながり、納付金の支払いを免除されたり、調整金や報奨金、助成金が得られたりします。自治体によっては、入札で法定雇用率を達成している企業を優遇しているところもあります。

 ですから、労働契約を結んで働くという意味では同じでも、障害者手帳を持つ障害者として雇用されることを「障害者枠」と呼んだりします。ただし、法律には障害者枠という言葉はなく、「障害者雇用」です。「一般枠」や「一般雇用」というのは、障害者雇用との対比で使われている言葉で、そういう名前の制度があるわけではありません。

障害があっても、障害がない人と同じように企業と労働契約を結んで働くことを、一般雇用と呼んでいるわけですね。これを企業の側から見れば、同じ人を採用するとしても、その人が障害者手帳を持っているかどうかで、行政からお金がもらえたり、逆にお金を払わなければならなかったりする。となると、就職を希望する側にとっても、障害者手帳を取るか取らないかというのは、大きな選択になりそうですね。

鈴木:実態としてはそうです。企業が障害のある従業員に、こんな言葉をかけることがあります。

 「障害者手帳を持っているだけで、あなたはこの会社の戦力になっているのですよ」と。

 私はこれを、かなり複雑な思いを持って聞いています。なぜなら通常、労働契約というのは「給与とパフォーマンスの関係」に基づいて結ばれるわけです。そこは一般雇用も障害者雇用も、本来は変わらない部分です。

 ただ、障害者手帳を持った人を雇うかどうかで、結果として企業が得をしたり、損をしたりする。だから、障害者手帳を持つことを広い意味での「戦力」と企業側は考える。ですから発達障害がある人が就労を考えたとき、現実問題として、障害者手帳を取るか取らないかというのは、大きな分かれ目になることが多いのです。

 とはいえ、最近では、成功されている起業家などにも、自分は実は発達障害だと公言される方がいます。そういう方々であれば、今から障害者手帳を取るべきかどうか悩む必要はありません。

 ですから、障害者手帳を取ることを誰にでも勧めるわけではないですが、持っていてマイナスになることはありません。所得税の障害者控除など、税の優遇も受けられます。

* 障害者雇用促進法:身体障害者、知的障害者、精神障害者を一定割合以上雇用することを義務づけた法律。障害者の雇用目標割合が「法定雇用率」として定められ、民間企業(従業員43.5人以上)の法定雇用率は2021年3月より2.3%以上。

障害者手帳にまつわる「都市伝説」

障害者手帳は、知能指数(IQ)が普通以上でも受け取れるのでしょうか?

鈴木:障害者手帳には3種類あります。次の3つです。

・ 「身体障害者手帳」
・ 「療育手帳」
・ 「精神障害者保健福祉手帳(以下、精神の手帳)」

 発達障害の方が該当するのは、基本的には3番目の「精神の手帳」です。この手帳を取得できるかどうかは「精神障害があるかないか」で決められ、その精神障害には発達障害も含まれています。

だから、発達障害の人が取得できると。IQは関係ないんですか? IQが高くても障害者手帳を受け取れるんですね。

鈴木:もちろんです。療育手帳にはIQの条件がありますが、精神の手帳にはありません。この3種類ある障害者手帳ですが、雇用の現場で受けられるメリットは基本的に変わりません。

そうなると知的障害と発達障害の両方がある人は、どちらで取るかの判断になるのでしょうか? 

鈴木:そうですね。どちらかで取る方もいますし、どちらも取る方もいます。

手帳を取得する条件は、住んでいる都道府県などで変わるものですか?

鈴木:微妙なところで、もちろん同じ法律の下で国が発行しているので基本的には同じなのですが、自治体レベルで運用が分かれるところもあります。例えば「あの県では発達障害で療育手帳が取りやすい」だとか、若干の違いはあります。

発達障害では手帳は取れない、といった話を聞いたりするのですが。

鈴木:そんなことはありません。精神の手帳が対象とするのは「精神障害」のため「長期にわたり日常生活や社会生活への制約がある」人です。発達障害に起因する社会的制約があることを、医師にきちんと伝えて診断書をもらえば、確実に手帳は取得できます。

 このあたりは誤解が残っている部分で、昔は発達障害で手帳が取れない人が実際にいたのです。しかし今は、行政も取得できると明確に言っていますので、安心していただいていいと思います。

 「手帳が取れないんです」という相談を受けることはよくあるのですが、ほとんどの場合、取れるはずなのに「取れない」という話をうのみにしているだけです。話を聞いてみると申請してもいない。

いろんな相談を受けていらっしゃるのですね。

鈴木:ほかにも「うちの子はグレー(発達障害の傾向があるが、はっきりと診断されないケース)ですから、手帳は取れないんですよね。どうしたらいいですか?」と質問されて、「お子さんに知的障害がないから療育手帳は取れませんが、精神の手帳は取れますよ」と答えるといったやりとりは多いです。

 発達障害には知的障害がないケースが多くて、その場合、精神の手帳が取れるか取れないかという話になります。そして精神の手帳を取るには、社会的な制約があるかどうかが判断の分かれ目になります。例えば、親と一緒に暮らしている学生のうちは、発達障害があっても、社会的制約があるかといえば、あまりないかもしれません。しかし、社会に出て働き出すと、制約を感じるようになる。そんなふうに環境が変わると文脈が変わり、手帳が取れるようになることもあるのです。

一般雇用と障害者雇用、どちらのほうが給料は高い?

一般雇用と障害者雇用では、待遇や給与はどう変わりますか。

鈴木:そうですね。これも「都市伝説」に近いのですが。

ではまず、「都市伝説」を教えてください。

鈴木:「一般雇用のほうが、障害者雇用より給料が高い」というものです。

それが都市伝説。ということは、実は障害者雇用のほうが給料は高いと?

一般雇用と障害者雇用では、どちらのほうが給料は高いのだろうか(写真:PIXTA)
一般雇用と障害者雇用では、どちらのほうが給料は高いのだろうか(写真:PIXTA)

障害者の給与水準は「需給バランス」で変わる

鈴木:確かに平均をとれば一般雇用のほうが高いですよ。一般雇用にはあらゆるケースが含まれていて職種が多く、そのなかにはお給料をたくさん稼いでいる人たちがいます。

課長も、部長も含まれている。

鈴木:だから、一般雇用の集団と障害者雇用の集団をずっと遠くから見比べたとき、どちらの給料が高いかといえば、一般雇用となります。

 ただ、障害のある特定のAさんが一般雇用で働いた場合と障害者雇用で働いた場合を比べたらどうか? どちらが高いかは分かりません。もしかしたら障害者雇用のほうが高いかもしれません。実際、身体障害者はその傾向が顕著です。

それはなぜですか? 同じAさんであれば、一般雇用でも障害者雇用でも、パフォーマンスは変わらないはずですよね?

鈴木:簡単にいうと需要と供給の関係です。企業が身体障害者を求めているからです。

「身体障害者のほうが対応しやすい」という誤解

それは耳にしたことがあります。ある社長さんが、社内を車椅子で通れるよう環境を整備してしまえば、誰でも普通に働けるから楽なんだっておっしゃっていて。

鈴木:現実には、そんなことは嘘に近いんですけどね。そもそも車椅子の身体障害者自体が少ないですから。人工透析の人やHIVポジティブの人など、身体障害にもさまざまな人がいます。だから通路の整備だけでなく、さまざまな対応が必要になります。

 発達障害がある人たちが抱える課題は多様なので、採用した側には個別具体的な対応が求められます。それが面倒で「身体障害者を採用したい」と考える企業は多いのですが、実際には、身体障害者だから一律の対応でいいということもありません。

そのあたりもイメージが先行しているんですね。

鈴木:そうなんです。イメージ先行なんですが、現実問題として身体障害者は供給に対して需要が大きいんです。そうすると何が起こるか。当然「価格」が上がります。給料が上がるんです。

ああ、そういうことですか。

鈴木:これは私にとっては頭の痛いことです。「発達障害で手帳を持っていて、すごく仕事ができる人がいるんです」と採用を働きかけても「いや、うちの会社は身体障害の人を採る方針だから」となりやすい。身体障害者手帳を持つ人材は引き抜き合戦になっています。そんな理由から、同じパフォーマンスでも、一般雇用されるより、障害者雇用のほうが高い給料をもらえる逆転現象も起きています。

発達障害の場合は、どうでしょうか。一般雇用と障害者雇用、どちらのほうがお給料は高いのでしょうか?

給料の違いは、残業代だけ

鈴木:発達障害では、同じパフォーマンスであればどちらの雇用でも給料は変わりません。同じ職場で一般雇用と障害者雇用の人たちが同じ仕事をしていることは多々ありますが、皆さん、同じお給料をもらっています。ただし、障害者雇用では基本的に残業はしないので、差が出るとすれば、残業代の部分です。

障害者雇用には、どういう仕事があるのでしょうか?

鈴木:事務補助か軽作業が多いですね。この2つで8割くらいを占めます。お給料は月に18万~19万円。20万円に届かないことが多いです。

それは障害者雇用だからというのではなく、その職種の平均的な金額ということですね。

鈴木:そうです。ですから一般雇用で同じ仕事をしても、同じお給料です。障害者雇用の給与が低いと感じられるとすれば、障害者雇用だからではなく、仕事の内容によるものです。

待遇はいかがでしょうか? 障害者雇用では基本的に残業がないという話が先ほどありましたが、例えば、体調が悪いときに休みやすいとか、長期の休みが取りやすいといったことはあるのでしょうか。

鈴木:いろいろな配慮はあります。ただこれは、障害者雇用だけのものではなくなっています。2016年に施行された「障害者差別解消法(*)」の中に「合理的配慮(*)」という概念が組み込まれました。簡単にいえば、障害がある人から、「障害に対する配慮をしてください」という要求があった場合に、合理的理由がない限りはノーと言ってはいけない、というものです。

誰であっても、障害者手帳のあるなしにかかわらず、ということですか。

鈴木:そうです。ですから、いわゆる障害者雇用で働いていると、障害者雇用促進法で担保されている合理的配慮のさらに下に、すべての障害者に認められる障害者差別解消法の合理的配慮があるという、「二重の配慮」が受けられるようになっています。二重という言い方が正しいか分かりませんが、法律的にはそうなっているということです。

そういった意味では、一般雇用でも、手帳がなくても、合理的配慮を求めることはできるということですね。

鈴木:できます。そういう意味では、一般雇用も障害者雇用もあまり変わらないのですが、障害者雇用であれば「合理的配慮を求める」というアクションを起こさなくても、いろいろなメリットが自動的に付与される形になります。

なるほど。配慮というのは、その人の特性に合った配慮を求めることができるということですか?

鈴木:はい。合理的配慮というのは、それぞれの求めにオーダーメードで対応しましょうというものです。そこは、一般雇用でも障害者雇用でも基本的に変わりません。

 ただ現実には、会社によって「受けやすい配慮」に違いがあります。そこは外から見ていても、あまり分からない。このような「情報の非対称性」が、障害者雇用の配慮における問題となっています。その情報の仲立ちをする人が必要です。

鈴木さんが行っているのが、まさにそこ、というわけですよね。

鈴木:それに加えて、本人が「自分はこういうことが苦手で、こういう配慮をしてもらいたい」ということを知っておく必要がある。その部分の情報の整理が必要です。「セルフアドボカシー(自己権利擁護)」(*)といわれるものです。

 自分の障害を受け止め、自分の強みを生かすために、どんな配慮が必要か。そのためにどのように環境の調整が必要か。それを説明できるようになっておく。自分で交渉できるようになっておくということが、実は今の法律の下では、とても重要なのです。

よりよく働くために、自分を知り、説明できるようになっておく。それが就職のための大切な準備になるのですね。

*障害者差別解消法:障害を理由とする差別の解消を推進する法律。障害者への合理的配慮の提供を行政機関や企業に求めている。
*合理的配慮:障害者からの求めに応じて、可能な限り社会的障壁を取り除くこと。
*セルフアドボカシー:自己権利擁護。障害や困難のある本人が、利益や欲求、意思、権利を自ら主張すること。

(次回に続く)

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