この記事は日経ビジネス電子版に『星野リゾート代表「100%教科書通り」の経営が会社を強くする 』(12月10日)として配信した記事など合計7本を再編集して雑誌『日経ビジネス』12月27日号に掲載するものです。
経営学の「教科書」を活用して、持続的な成長を実現する企業が注目を浴びている。星野リゾート、スノーピーク、YKK、エレコムなどはトップ自らが「教科書経営」を実践する。科学的に検証された手法を使い、企業の競争力を高める経営から学べることは多い。
星野リゾート 星野 佳路 代表
「教科書通り」の経営の正しさは証明されている
「自社の課題に合った教科書を選び、書いてある通り経営してきた」。星野リゾートの星野佳路代表はこう言い切る。社員とも教科書を共有し組織の競争力を高める経営の極意とは。
「教科書通りの経営」と聞くと現実に即していない理想論の経営のようなイメージを持つ人も少なくないだろう。実際、経営学の教科書は“机上の空論”になりがちであまり役に立たないといった意見も耳にする。
だが、本当にそうだろうか。経営学の教科書は緻密な研究に基づいて書かれており、その内容は信頼度が高い。それをマネジメントに生かせば成功確率を上げる可能性も高まるはずだ。実は強い会社には「教科書」があるケースも目立つ。経営の羅針盤となり、それぞれの現場に即した形で活用すれば、競争力を持続的に高められるからだ。
もちろん教科書を「どう使えばいいか分からない」という声もあることだろう。まずは「教科書通り」の経営を実践するという星野リゾートの星野佳路代表の声に耳を傾けてみよう。
そもそも、なぜ経営学の教科書を実際の経営に生かそうと考えたのでしょうか。
私は経営職に就いた当初から自分が特別な資質を持っていると思っていませんし、自分の直感も信じていません。だからこそ、経営に科学を取り入れるべきだと考え、教科書を経営の根拠に置いています。自社の課題に合った教科書を選び、教科書に書かれている通りに経営してきました。
私が使うのは研究者が書いた教科書であり、いずれも企業の事例の積み上げから法則を導いています。その内容は例えば医学や化学と同じ科学の世界であり、正しさが証明されています。
教科書を生かすメリット
教科書を生かすメリットは具体的にどんな点にあるでしょうか。
例えば、企業の戦略は効果を発揮するまで時間がかかるため、その過程ではどうしても迷いが出てきます。経営を直感に頼っている場合、なかなか成果が上がらないと「戦略がよくないからではないか」と考え、別の戦略に変更したくなるのです。
一方、教科書通りの経営の場合、教科書の正しさは証明されているのですから、結果がすぐに出なくても迷うことがありません。うまくいかないときに「戦略を変えよう」と考えるのではなく、私は「なぜ結果が出ないのだろうか」という形で思考が働きます。ここから微調整に入ったり、教科書通りにできていない部分があるのではないかと考えて確認したりしていきます。その結果、失敗のリスクを減らすことができます。
直感に頼った経営は何をどうすればできるようになるのか分からないため、学ぶことができません。経営者のセンスに依存した経営はサステナブル(持続可能)ではないと思います。教科書を使えば、特別な努力をしなくても教科書通りに実践することで、誰もが経営できるようになります。その違いは大きいと思います。
「教科書は正しくても、実際の経営に当てはめるのが難しい」という声も耳にします。
実践の方法は教科書に書いてあります。教科書と実際の経営に違いはない、と実感しています。
「自社に当てはめられない」という場合、他に何を頼りにしているのでしょうか。教科書の使い方が分からないのに、なぜ実践で戦略を立てられるのかが私には分かりません。
ライバルが「教科書と現実は違う」と思っている場合、正しさが証明されている教科書通りに実践する経営は差異化につながります。では、どの会社も教科書通りの経営をする場合はどうでしょう。その場合も「経営者の才覚が問われる」とは思いません。私は「才覚で経営ができるのだろうか」とずっと思っています。世界中に研究者がいて新しい理論がどんどん生まれています。企業が置かれているポジションもそれぞれ違うので、あくまでも教科書通りに進めることでミスを減らすことができます。
自社に合った教科書はどのように選んできたのでしょうか。また選んだ本はどう読んでいますか。
書店で探すことが多いですね。インターネット通販でも購入しますが、自社の課題に沿っているかどうか確認するのは、少し読んでからのほうがいい。それには書店での立ち読みが合っています。少し読みながら、シンプルな理論であること、自社の課題に直接的に答えてくれるかどうかなどをポイントに選びます。教科書を通して知りたいのは、あくまでも研究者が多くの企業の成功事例から導き出した法則ですから、選ぶのは研究者の本だけです。科学的に証明されているからこそ価値があり、研究者が証明した成果の上にこそ、自社が求めている次のステップがあります。経営者の成功ストーリーは内容が面白くても一つの事例ですから、私には参考になりません。
星野リゾートの新しい教科書
最近はどんな本を教科書にしているのでしょうか。
一つがダン・アリエリー氏の『予想どおりに不合理──行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』です。消費者が「常識」だけで購買行動を選択するわけではなく、不合理な選択もしていることを証明しており、非常に興味深いと思います。
星野リゾートは最近オンライン予約の促進に力を入れ、「どういう表示をしたら、さらに予約してもらえるか」を考えています。いろいろやってみると、どうも顧客は合理的な判断をしないことがあるようです。その背景にある心理を同書から学びたいと考え、社内のマーケティングチームと内容を共有しています。
インターネット関連では、シーナ・アイエンガー氏の『選択の科学』も少し前から教科書にしています。同書から学んでいるのは「どうしたら選んでもらいやすくなるか」です。多様な選択肢は消費者にとってよいと思われてきたのですが、そうではないのです。例えば「全施設から行きたいところを選んでください」と伝えても混乱します。むしろ、「あなたに合っているのはこの施設とこの施設です」と伝えたほうが選びやすいのです。
3冊目がブランディングについて。最近はデビッド・テイラー氏の『ブランド・ストレッチ──6つのステップで高めるブランド価値』を教科書にしています。運営する施設数が増えてきた中、星野リゾートではこれまで培ってきたブランドを傷つけることなくそれを拡張することが重要です。施設名はこれまで社名の「星野リゾート」を入れてきましたが、同書の理論を生かし、最近は施設名から社名を外し、温泉旅館の「界」などサブブランドを中心にしたブランド戦略に切り替えています。
エレコム 葉田 順治 会長
ポーター理論で改革選択と集中で黒字化
エレコムの葉田順治会長は「経営学オタク」を自任し、教科書の知識を実践につなげてきた。かつては直感による “有視界飛行”だったが、理論を取り入れた“計器飛行”に切り替え、事業を成長に導いた。
エレコムはパソコン周辺機器のさまざまなカテゴリーでシェア1位の製品を持つ。製品ごとの収益管理を徹底しており、権限委譲されたカテゴリーごとのチームが効率的な事業運営を進める。売上高は1080億円(2021年3月期)に達し、さまざまな場面で生かす経営学の教科書が同社の強みにつながっている。
同社はパソコンラックから事業をスタートし、パソコン用のケーブルやマウス、キーボードなどで事業の基盤を固めた。売上高は順調に伸びているように見えたが、「内実は直感経営の勢いだけで進んでいた。自分の見えるところだけを見る “有視界飛行”の経営だった」(会長の葉田順治氏)。メモリーやハードディスクなどの周辺機器にも進出した結果、売上高は230億円まで拡大。しかし、行きすぎた多角化に半導体メモリー価格の下落も重なり、1996年3月期決算で7億円の赤字に転落した。
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