亀井静香金融・郵政担当相vs.仙谷由人国家戦略担当相──。郵便貯金(ならびに簡易保険)の預入限度額の増額の是非を巡る鳩山由起夫内閣の議論を見ていて、奇妙な疑問がわいてきた。

 郵貯の主力商品である定額貯金は、ご存じの通り、預入後満6カ月から引き出し可能で、固定金利ベース複利で最長10年の預け入れができる。現在その適用金利は6カ月超1年未満の場合が0.06%で最長10年預けても複利で0.11%に過ぎない。

 一方、郵貯の資金運用の大部分は中長期の国債であり、10年物国債利回りは現在1.3%前後だ。1990年代後半以降、超低インフレあるいはデフレ状態が続いているので10年物国債利回りは、政府債務の急膨張にもかかわらず、ほとんど1%から2%未満の水準がずっと続いている。

 この結果、郵貯は1%前後の利ざや収入を得ている。このままでは赤字拡大が予想される郵便事業の全国一律サービスを維持するためには、郵便貯金の資金運用益の維持・拡大が必要であるとされ、そのために限度額引上の是非が論点になったわけである。結局、鳩山首相の「裁可」で亀井・原口(一博総務相)案通り2000万円への拡大が閣議決定された。

貯金者はなぜ超低利回りに甘んじるのか?

 私が奇妙だと感じるのは次のことだ。

 どうして郵貯で定額貯金をしている貯金者らは0.1%程度の超低利回りに甘んじ、自ら10年物国債を買うことで1%を超える運用益を手にしようとしないのだろうか。今時、国債は日本国債でも米国債でも証券会社の窓口で簡単に買える。インターネットのオンライン証券取引でも簡単に買えるというのに(ただし証券会社は国債を売っても手数料率が低いので積極的にセールスはしない)。

 次のような理由が考えられる。

(1) 初歩的な金融・投資知識がないので国債と定額預金の利回り格差も知らずに、過去からの惰性で漫然と郵貯に預けている人たちがいる。
(2) 定額預金は預入後満6カ月から引出可能なので(定期預金のように期限前解約で利率が下がるペナルティーがない)、市場の金利が上がって金融商品の利回りが上昇したら、もっと高い利回りの商品に移そうと思って預けている人々がいる。ただ超低金利時代が思いがけなく長引いた結果、そのままになっている。

 おそらく(1)と(2)の双方の方々がいるのだろう。

 (2)のケースのように金利動向に合理的に反応して郵貯に預けている方々もかなりいることは、過去の金利と郵貯残高の変化を見ると分かる。例えば定額貯金の適用金利がほぼピークだった1990年の郵便貯金残高(簡保資金を含まない)は136兆円、これが95年には213兆円と57%も増え、そこから99年までにさらに22%増え260兆円でピークとなった。

 とりわけ金利の天井感が強まって先行き金利の低下が予想された1990年代初頭には、高い固定金利で長期の資金運用を確保するために、5年物利付債や10年固定金利を確保できる郵貯の定額預金に個人資金が殺到した。

 結局、金利は90年代を通じて低下し、ゼロ金利近くまで下がったので、長期固定金利で預けられた定額貯金はほとんど引き出されることなく累積した。これが90年代の郵貯資金急膨張の主因となったのだ(民間金融機関の信用不安も副次的な要因だったかもしれない)。

 こうした預貯金者の行動選択は、極めて合理的であり、金利や金融商品に無知なわけではない。その後、ゼロ金利に近い水準が10年以上も続いているので、定額貯金はかつての魅力を失った。郵貯残高は2000年代に入ってから毎年減少基調をたどり、今では郵貯残高は175兆円に減った(2009年9月末時点)。

国債価格の急落という時限爆弾

 さて、今後の財政赤字膨張の結果、政府債務の累積が加速し、やがて国債価格が急落する(利回りが急騰する)局面が到来すると、どういう事態になるだろうか。

 金利が上ったら利回りの高いもの(新規の定期預金、債券など)に乗り換えようと待機していた人は、郵貯の定額貯金を引き出して別の高い利回りの商品にシフトするだろう。

 その結果、何が起こるか。それを知るためには日本郵政のバランスシートを見る必要がある。

 日本郵政のホームページで公表されているバランスシート(2009年9月末)を見ると、負債の最大項目は「貯金」で175兆円、2番目に大きいのは簡保の「保険契約準備金」で100兆円、2つ合わせて275兆円である。

 これに対応する資産の項目で一番大きいのは「有価証券」の260兆円であり、資産全体の86%を占めている。「有価証券」の内訳で最大の項目は国債と地方債で236兆円と保有有価証券の90%を占めている(地方債に比べて国債の比率が圧倒的)。

 国債の平均残存期間は公表されていないが、大雑把に推測することはできる。損益計算書で半期の「銀行事業収益」が1兆1284億円と示されている。これはほとんどが利回り0.1%前後の郵便貯金と国債の利回りの格差から生じる利ざや収益のはずだ。1兆1284億円を年換算するために2倍にして、調達資金残高275兆円(郵便貯金と簡保の合計)で割ると、年間利ざやは0.82%と推計できる。

 郵便貯金への支払い平均利率を0.1%とすると、資金運用で0.93%の利回りを上げていることになる。短期国債の運用利回りはゼロ%に近いので、0.93%の利回りを国債保有で実現するためには保有している国債の残存期間は5年超~10年、おそらく7~8年だろうと大雑把に推計できる(あくまでも公表されている限られた数字からの逆算推計であるので念のため)。

 さて、日本経済が待望のデフレ脱却、軽度のインフレへの転換を実現した時、国債利回りはどうなるだろうか。

 投資家一般の期待がデフレ期待からインフレ期待へ1ポイント上昇すると、実質利回りが同じならば、現在名目利回り1.3%の10年物国債は2.3%の利回りに上昇する。

 1ポイント利回りが上昇すると、10年物国債価格はいくら下がるか。長期の利付債券の利回りと価格の関係は以下の式の通りとなり、期間の長い債券ほど1ポイントの利回り変化に対する価格の変動は大きくなる。

利回り(%)=100×{クーポン金利+(100-価格)/残存期間(年数)}/価格

 これに基づいて価格の変化を計算すると、クーポン1.3%で額面100円の10年物国債の場合、流通利回りが2.3%に上昇すると価格は91.87円下落する。残存期間8年ならば価格は93.24円に下がる。つまり平均残存期間8年の場合、債券ポートフォリオ全体で約7%の評価損が生じる。

 郵貯の国債保有額236兆円を基に計算すると、16兆5000億円の損失が生じることになる。現在の日本郵政の純資産(自己資本)は9兆3000億円(自己資本比率約3%)だから、この場合評価損を差し引くと7兆2000億円の債務超過に陥ることになる。

 「べつに評価損が出てもかまわないじゃないか。国債なんだから期日まで保有すれば当初の利回りが得られる」

 そう考える方もいるかもしれない。しかし、郵貯の保有者は、郵便貯金を引出して高くなった利回りで新規の定期預金や債券などに当然乗り換えるはずだ。つまり郵貯から大規模な資金の流出が生じる。郵便貯金の引き出しに応じるためには、郵貯は保有している中長期国債を売却して資金化するしかない。価格の下がった国債を売却するのだから、評価損は現実の損失として実現する。

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