お気に入りのミュージシャンのコンサートに行った。あなたが払ったチケット代の中から、コンサートで演奏された楽曲の著作権使用料が支払われたはずである。
喫茶店、レストラン、飲み屋、理髪店・美容室、旅館、ホテルに入った。あなたが払ったコーヒー代、食事代、飲み代、散髪代、宿泊代の一部から、店内や館内に流れていたBGMに対する著作権使用料が支払われたはずである。
楽曲が鳴る場所であなたが何らかの代金を支払ったなら、その一部から音楽著作権使用料が支払われているとみてよい。あなたが知らず知らずのうちに負担している使用料はどこに行くのだろうか。
著作権使用料の行方を追う“実験”に参加
問題を提起するような調子で書き始めてしまったが、このコラムの主旨はそういうことではない。ひょんなきっかけから、チケット代から支払われた音楽著作権使用料の行方を追う実験、いやイベントに参加したので、そのことを書いてみたいと思い立った。
実験イベントといっても堅苦しい催しでは全くない。すご腕のミュージシャンによる生演奏をライブハウスで楽しんだだけだ。ここから先は気楽に読んでいただきたい。
「アーリー爆風のライブが目黒であります。日帰りで参加します」。
知り合いの技術者から送られてきた電子メールにこう書いてあった。彼女は名古屋に住んでいるが、目黒駅の近くで開かれるライブコンサートに参加するため東京へやって来る。昼間は東京で仕事がらみの勉強、夜はライブ、そして最終の新幹線で名古屋へ帰る。なんとも御苦労なことである。
「アーリー爆風」が何か分からないのでメールで質問したところ「初期の爆風スランプです」と答えが返ってきた。それを知ってがぜんそのライブに行きたくなった。爆風スランプは1980年代から1990年代に活躍した日本のロックバンドである。『Runner』や『大きな玉ねぎの下で』といった楽曲をご記憶の方も多いのではないか。
目黒で演奏するバンドの正式名称は『江川ほーじんファンキー末吉 with 小畑秀光アーリー爆風トリビュートバンド』である。やたらと長いので以下では知り合いに倣って「アーリー爆風」と書く。3人編成のバンドで爆風スランプの初期楽曲を演奏する。担当は江川ほーじんがべース、ファンキー末吉がドラムス、小畑秀光がギターとボーカルである。
江川ほーじんとファンキー末吉は爆風スランプのオリジナルメンバーだった。残る2人、ギターのパッパラー河合とボーカルのサンプラザ中野(現・サンプラザ中野くん)は参加していないので再結成ではない。小畑秀光は秀光というヘビーメタルバンドのリーダーだという。5人のミュージシャンの名前に「氏」を付けようかと思ったものの何となく変なので敬称略のまま書き進める。
30年数前の幻の楽曲群を再現、それは「えらいこっちゃ」
アーリー爆風のライブに関心を持った理由は単純で、学生時代に爆風スランプをよく聴いていたからである。この原稿を書く前に、爆風スランプのファーストアルバム『よい』を探し出し、素晴らしいジャケットを久しぶりに眺めた。
『よい』が発売されたのは1984年、LPレコードであった。歌詞が記載された紙を引っ張り出して見るとメンバー紹介の箇所に「スケベーシスト」「平和苑のドラムスコ」「本能のギタリスト」「レコード歌手」と下らないことが書いてあった。
昔よく聴いた曲を31年後、生演奏で体験したくなったのかというと少し違う。アーリー爆風が演奏する初期楽曲群のうち、『よい』に入っているのは1、2曲である。今でも覚えているのは『よい』が出た当時、音楽雑誌に「ライブの定番曲がほとんど入っていない」と書かれていたことだ。歌詞に問題がある曲が多く、収録できなかったらしい。
初期楽曲のいくつかは歌詞を書き直されて、『よい』の後のアルバムに収められたが、録音されないまま消えていった楽曲もあった。爆風スランプが活動していた頃、筆者はライブに何度か行ったものの、初期のライブ定番曲は一切聴けなかった。
アーリー爆風は音源が残っていない楽曲を30数年ぶりに再現する。初期の爆風スランプはライブの冒頭に『えらいこっちゃ』という曲を演奏していた。幻の楽曲がオリジナルメンバーによって2015年に演奏されるのは、「えらいこっちゃ」である。
3月9日、目黒のライブハウス「The LIVE STATION」に行くと、入口に『演奏楽曲をJASRACに報告してみようイベント』と書いた紙が貼ってあった。JASRACとは一般社団法人日本音楽著作権協会の英語表記、「Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers」の頭文字を並べた略称である。JASRACはミュージシャンや作詞家・作曲家など著作権者から委託を受け、音楽著作権を管理している。
冒頭で述べたように音楽が鳴っている場所であなたが何らかの対価を支払うと音楽著作権使用料を負担していることになる。著作権使用料を集めて分配する仕組みをざっと説明しよう。
ライブハウス、喫茶店、レストラン、飲み屋、旅館、ホテルの多くはJASRACと包括契約というものを結んでいる。店舗の広さなどに応じ、一定の料金をJASRACに毎月支払う。包括とは一定料金を払えばJASRACが管理している楽曲を何曲でも使えるという意味である。
様々な店舗が毎月支払った使用料の半分をJASRACは音楽著作権者、つまり作詞・作曲を手掛けたミュージシャンなどに分配することになっている。ライブを例にとれば、あなたがチケット代を通じて負担した使用料はお気に入りのミュージシャンの手元に戻ってくる。お気に入りのミュージシャンがコンサートで他のミュージシャンが作った楽曲を演奏したら、あなたが負担した使用料は他のミュージシャンのところにも届くはずである。
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