この男と米グーグルは切っても切れない関係にあるのかもしれない。
元頓智ドット代表取締役の井口尊仁氏。彼が世の脚光を浴びたのは2008年の秋だ。スマートフォンに搭載されるカメラを通じて見える風景に、様々なデジタル情報を付加してあたかも現実世界を拡張しているかのように見えるAR(拡張現実)の申し子として、井口氏は注目を浴びた。
しかも舞台は日本ではない。トップクラスのベンチャーキャピタリストたちが集う米サンフランシスコで開催されたイベント「TechCrunch50」の舞台だった。拍手喝采を浴びた井口氏は、その後、日本ではエバンジェリストとしての地位を不動のものにしていく。
記者が井口氏に初めて取材できたのは、2008年11月。当時、井口氏は頓智ドットの技術フェローだった情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授の赤松正行氏がいる岐阜県大垣市に本社を構えていた。記者は井口氏の持つ独特の雰囲気に飲まれてしまったことを今でも覚えている(関連記事)。
「グーグルは目の前にあるモノを検索できない」。
取材の際、突如、彼の発したその言葉は、その後に世に送り出したソフトウエアを見て初めて理解した。米アップルの「iPhone」やグーグルのOS「Android」を搭載したスマートフォンで動くARソフトウエア「セカイカメラ」だ。
あれから4年。グーグルはスマートフォンに代わる新しいコンセプトの電子機器としてメガネ型端末「Google Glass」を開発し、販売に向け動き出した。まさに目の前にあるモノを検索できるようにする第一歩だ。
グーグルに呼応するように、井口氏もまた2012年12月をもって頓智ドットを退職。2013年1月にテレパシーを起業し、メガネ型端末「テレパシー・ワン」の開発を急いでいる。
4年振りに取材の機会を得た記者は、早速、井口氏のもとへ向かった。ロングインタビューをお送りする。
頓智ドットを辞め、テレパシーを起業した背景から教えてほしい。
屋外を歩いていて、かわいい犬がいる。これをスマートフォンで撮影して誰かとシェアするのにどのくらいのステップがかかるか分かるだろうか?ポケットからスマートフォンを取り出し、電源を入れ、アプリを立ち上げ、メニューを選び、撮影してなどとやっていると実に13ステップもかかる。
僕が作ったセカイカメラはARの草分け的存在だが、物理的な制約はいつも悩みの種だった。このステップを短縮し、スムーズにインターネットに繋がる環境を実現しようとすると、どうしてもウエアラブルコンピューターに行き着く。スマホアプリはスマホのハードウエアとしての制約を決して越えられない。だからこそ、ハードウエアを作るべく、テレパシーを起業するに至った。テレパシー・ワンはセカイカメラのロードマップ上にはある。だが、まだ「頓智の井口さん」のイメージが強い(笑)。早くこれを変えなければ。
テレパシー・ワンはグーグルが開発中のグーグルグラスと何が異なる?
テレパシー・ワンはOSにLinuxを採用し、マイクロプロジェクター、Bluetooth通信モジュール、カメラなどの機能を搭載している。現在はまだマイクは搭載していない。ハードウエアとして見ればグーグルグラスと大差ないように見えるが、実は異なる点が結構ある。
例えば、テレパシー・ワンはグーグルグラスと違って、顔の真っ正面につけられる。透過して見える5インチ程度の小さい画面を目の前に映し出すので、決して対人コミュニケーションを阻害しない。
これは僕らが目指す世界を実現する上で、重要なポイントだ。グーグルは検索を発祥とする会社なので、グーグルグラスは現実に目に見えているものをすべて検索可能にしようとする。だが、僕らは違う。利便性を追求するものではなく、ウエアラブルコンピューターによって人と人が自然につながり、スムーズなコミュニケーションを可能にしたいと考えている。
ユーザーのスマホの使い方を見れば分かるだろう?大半をコミュニケーションのために使っているはずだ。テレパシー・ワンは自然な形でテレパシーのような体験をしてもらうからそう名付けた。今までは実現し得なかった互いの行動の共有を実現する。それがテレパシーという製品のビジョン、価値観、コンセプト。新しいライフスタイルを生み出したい。
グーグルグラスと異なるのは僕らがファッション性に最も重きを置いている点だ。この手の端末は、スタイリッシュであり、クールでなければならない。使うときだけ身につけるものではなく、日常的にウエアラブルなものを作らなければダメ。これをつけていなければ成立しないような楽しさ、面白さもまた提供しなければならない。
テレパシー・ワンにはCPUもメモリーもバッテリーも搭載している。これ自体がコンピューターだ。今のスマホに期待しているのは通信回線、そしてアプリの連携機能だ。僕らはテレパシー・ワン用に専用アプリを開発するが、段階的にほかのアプリが動くようにしていくつもりだ。様々なものを最初から搭載するのではなく、アップルのiPodのようにシンプルな使い方ができる環境を整えるところから始めたい。
年内に注文を受け付けられるスケジュールを目指して動いている。価格はまだ見えないが、当然コンシューマーが買える値段が目標だ。
もう少し具体的に利用するシーンを教えてほしい。
テレパシー・ワンにはカメラがついているので、視界情報を他の人に簡単に伝えられる。その映像を遠く離れた人が見て、送られてきたメッセージがポップアップで表示される感じだ。「かわいいわんちゃんがいるね」とね。今見ている風景を他人とシェアし、リアルタイムにメッセージが返ってくる。
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