「時間管理術」のような本を書き、タイム・マネジメントに関して時おり講演などをしていると、たまに思いもよらぬ誤解にあうことがある。「佐藤さんはきっと仕事が速いんでしょう」というのは、まだかわいい方で(自慢ではないが人並みのスピードでしか仕事はできぬし、文章を書くのは遅い部類である)、「きっと早起きで夜もあまり眠らないはずだ」などというのは、どこをどう押したらそういう理解が出てくるのか不思議に思う。私にとって日常の主要な関心事は睡眠時間の十分な確保であって、寝る間も惜しむ時間管理術など、私の最も好まぬ解決法だからである(『睡眠時間の必要』2007/08/06)。
もともと、時間というのは1日24時間、誰にも平等に与えられている。それをどう、うまく使うかがタイム・マネジメントの要点なのだが、「時間が足りないのは自分が浪費しているせいだ」とはたいてい考えず、“あの人が楽そうに見えるのは、本当に楽な仕事しかしていないか、めちゃめちゃ仕事が速いか、あるいはどこかから時間をよけいに取りだしているからにちがいない”という風な憶測が生まれるらしい。 タイム・マネジメントにおいて一番重要なことは、『着手日を決めて、それを守る』ことで、これは本にも書いたとおりだ。我々は日常、さまざまなタスク=宿題を抱えてすごしている。各タスクには、締切や納期や、(もっとたちのわるい場合)ASAP、つまりAs Soon As Possible「できるだけ早く」という条件がついている。そこで、タスクを完遂するのに必要な期間を見積もって、最遅着手日(LS = Latest Start)を考え、他のタスクとの優先順位を考えながら最早着手日(ES = Earliest Start)との間で実際に着手すべき日を決める、というのが基本だ。 むろん、現実には予期せぬ割り込みや遅れがつきものだから、所要時間の見積には幅ができる。いつも最遅着手日に着手していたのでは、納期を割り込むリスクがあるわけだ。だから最小限のバッファー日数を考えて着手日を決めなくてはならない。これは、工場の生産スケジューリングだろうが、オフィスでのワーク・スケジューリングだろうが共通の原則だ。 ところで、オフィスワークにかぎって言うと、ここに一つ考慮すべき要素が入ってくる。それは『集中度』というパラメータである。知的成果物をつくる仕事には、ある程度の精神的な集中が必要になる。より良い仕事が求められれば求められるほど、「連続して集中して考える時間」が入り用になるのだ。これはどのようにスケジューリングに組み込むべきだろうか? オフィスワークの仕事量は、ふつう人日や人月で測られる。IT産業はその典型だ(私の属するエンジニアリング産業では、人時で測るのが国際的な慣習になっている)。5人日の仕事とは、すなわち、一人でやったら正味5日かかる分量を示す。これを私は「量としての時間」とよんでいる。この人が、似たような仕事をもう一つ同時に抱えていて、両方を平行に作業していたら、終わるのは10日後になる。5人日の仕事だが、所要期間は10日の長さである。これを私は「長さとしての時間」とよんでいる。コンピュータの世界でいう、ellapsed timeである。そして、多くの場合、同時並行のタスクを二つ持とうが三つ持とうが、個々に必要な人日は変わらない、と仮定する。 ところが、ソフトウェア工学で有名なトム・デマルコは、これはたいへんな間違いだという。 彼は、“ソフトウェアの開発工数とは、集中して考えられる時間の合計で測られるべきだ”と主張している。あるモジュールの開発工数が100時間だとすると、それは、静かに集中して考えられる時間が合計100時間必要だということだし、集中できない細切れの時間が1000時間あったって、そのモジュールは完成しない、と彼はいう。つまり集中して考えることのできる2時間と、10分ずつ細切れになった合計の2時間では、まったく質が異なるというわけだ。 私もこの考え方には、まったく同調する。そもそも、オフィスワークの生産性を下げる第一の要因は、他人からの割り込みなのだ。考え事をしている最中に上司に呼ばれたり、電話が鳴ったり、誰かに話しかけられたりして、集中が途切れると、あとでまたその集中状態に戻るには、かなりよけいな手間と時間がかかる。この間の生産性の低下は、誰がどう補ってくれるというのだ。 しかし、あなたが組織で仕事をしている限り、上司や同僚を切り捨てるわけにはいかない。個室でも与えられていれば別だが、日本ではそんな贅沢はまず望めない。 それでは、どうしたら良いのか? じつは、ここには一つの解決法がある。それは、職場全体で「集中タイム」を設定することである。たとえば、朝9時から11時まで。その間は、会議も招集しない。電話もかけない。部下も呼ばない。ただ皆が、自分の席で仕事に集中するのである。これを実践している会社もある。 そんなこと、ウチの会社では不可能だって? そもそも、外から電話がかかってきたらどうするんだ? --たしかに、そうだ。しかし、昨今、電話というものはずいぶんと少なくなったのも確かである。今や、たいていの仕事の連絡は、電子メールで行われる。ひどいときには、隣の席にいるのに、メールを打ったりしている。同時発信の効用があるからだ。面と向かっては言いにくいことだからメールにしたりすることもある。おかげで、電話のベルが鳴る回数は以前に比べて、ずいぶん減った。 そこで、もう一つの解決法がうかぶ。つまり、メーラーを閉じて、自分で「集中タイム」を自発的に作ってしまうのである。なぜ、オフィスにいる間じゅうずっと、メーラーを開けていなければならないのか。電子メールとはそもそも、非同期的な通信手段である。相手を呼び出して、同時性を強制的につくりだす電話とは質の異なる手段だ。だから、到着したからといってすぐに読みに行く必要も義務もない。さっき送っただろ! と送信者に文句を言われたら、「え、まだ読んでなかった」と答えればすむ。だって、会議で2時間席を空けて、読めない可能性だってあるのだ。いつからメールはリアルタイムな通信手段になったのだ。 ある調査によると、55%の人が、どんなに忙しくても届いた途端にメールを読みに行っている、という。これはじつにもったいないことだ。そんな必要性はないのだ。メールは、そもそも自分の都合で読みに行けばよい。集中したいときは、メーラーは閉じておけばいい。まるで、どこに球が飛んできてもすぐにキャッチしようと、ずっと中腰になっている内野手のように、メーラーを開け続けていることは自分の負担なのだ。 自分が集中したい時間帯は、メーラーを閉じよう。そして、自分が自分の主人になれる時間を作りだそう。
by Tomoichi_Sato
| 2008-10-18 18:36
| 時間管理術
|
Comments(3)
Commented
by
田辺
at 2008-10-22 23:46
x
細かいことですが、ご教示下さい。
> めちゃめちゃ仕事が速いか、 作業の効率化は、タイムマネジメントの範疇で 扱われる事柄なのでしょうか。
0
Commented
by
Tomoichi_Sato at 2008-10-23 06:01
自分はこんなに残業して忙しいのに、あいつは楽そうにさっさと帰れるのは、仕事が速いからだろう--という憶測は(真実かどうかはともかくとして)よくある話です。仕事の効率(生産性)は、仕事を完了するまでに必要な時間を左右しますから、タイム・マネジメントの重要な要素です。効率化が、タイム・マネジメントの主要な目的か、といわれるとまた別の話ですが。
Commented
by
田辺
at 2008-10-23 23:16
x
ご回答ありがとうございました。
もしかしたら所与のパラメータとして扱われてるのかもと思った次第です。
|
検索
カテゴリ
全体 サプライチェーン 工場計画論 プロジェクト・マネジメント リスク・マネジメント 時間管理術 ビジネス 思考とモデリング 考えるヒント ITって、何? 書評 映画評・音楽評 English articles 最新の記事
記事ランキング
著書・姉妹サイト
ニュースレターに登録
私のプロフィル My Profile 【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」 「時間管理術 」(日経文庫) 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
ブログパーツ
メール配信サービス by Benchmark 最新のコメント
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||