かつての古き良き時代、右肩上がりの高度成長の頃は、なにごとも単純明快で分かりやすかった。製造業は、生産量を上げることにひたすら邁進した。「作れば売れる」時代だったからだ。昭和40年代や50年代の日本企業の多くは、欧米先進国から技術を導入しつつ、自分でもそれを改良し、使いこなしていった。その時の工場運営でキーとなる指標が、機械の稼働率だ。
たとえば、あなたの会社が3億円の大枚をはたいて、海外から高価な製造機械を導入したとしよう。15年間の寿命を想定すれば、減価償却費は毎年2千万円だ。それでも、旧式の機械+手作業に比べれば数倍以上の生産能力を上げられるし、より高品位な製品も作れる。だからソロバン勘定に合うはず、と考えて導入に踏み切るわけだ。 当然ながら、社長は工場長に対して、この機械を最大限活用しろ、とハッパをかける。機械は動いていても止まっていても、同じ減価償却費がかかる。だとしたら動かさなければ損である。他方、社長は営業部門に対しても、もっとたくさん売ってこい、と号令をかける。工場は見込生産で大量に作るのだから、放っておくと工場倉庫に製品在庫が積み上がってしまう。これを流通チャネルに卸すのが営業の仕事である。多少値引きしたっていい、薄利多売、大量生産が経営のポリシーであった。 工場の側は、どうやって高価な機械の稼働率を向上させるか考える。稼働率とは、次の式で定義されている。 [稼働率]= 年間の実稼働時間 ÷ 年間の総操業時間 稼働率を阻害する要因はいくつかありうる。たとえば、 (1) 段取り替えやセットアップに手間がかかり、実稼働にすぐ入れない (2) 機械の故障で稼働できない (3) 機械は動かせるのだが、資材手配の不手際で、加工すべき部品がこない (4) 加工手順やツールがまずくて、1個を加工するのに余計に時間がかかる 等々。いずれも、技術的な問題である。工場長は各部に指示を出して、問題に対処するよう命じる。 さて、原価管理には『賃率』という概念がある。単位時間あたりの労務費をいう。もし製造工程が機械中心で人手の関与が少ない場合は、労務費よりも減価償却費などのウェイトが原価の中で大きくなる。そこで「機械賃率」を同様に定義して、原価計算に使う。機械賃率は以下のような計算になる。(お手数ですが、等幅フォントで見てください) 設備の減価償却費 設備の減価償却費 [機械賃率]= ----------= ------------ 年間の実稼働時間 年間の総操業時間×稼働率 あなたの工場では、年間の総操業時間は2,000時間である。そして導入した機械の減価償却費は毎年2,000万円だ。だから、機械が100%フル稼働できれば、機械賃率はちょうど1時間あたり1万円になる。部品を1時間加工したら、1万円の原価がかかる勘定だ。もし80%稼働率ならば、賃率は1万2500円になる。つまり、同じ製品を同じように加工したとしても、年間全体の稼働率を上げれば、機械賃率は下がり、したがって原価が安くなる。だから、工場は機械の稼働率を最大限上げるよう努力すべし、ということになる。 ただし、機械の本当の実稼働時間は、その年度が終わって締めてみないと分からない。それでは意思決定に支障をきたすので、ふつうは期初に「今期の推定稼働率」を決めて、それで製品の標準原価を計算する。そして、期末になったら「今期の実稼働時間」を集計し、最初の想定と違いが出た場合に、「原価修正」をかける。 これが、見込生産時代にできあがった工場運営、原価管理の考え方だった。 それから、時代は下った。長い不況を経て、「作れば売れる」時代から、「顧客の望むものでなければ売れない」時代になった。プロダクト・アウトから、マーケット・インへと、市場環境は変貌した。製造業の多くは、見込生産から受注生産形態へと、変化せざるを得なかった。生産設備も業界全体で過剰となり、フル稼働で製品を作ることなど望みにくいご時世となった。 さて、あなたは今や工場長である。当時は最新鋭だった機械も一度買い直した。それもいささか古くなったが、まだ現役で、工場の中核の製造機械である。減価償却もまだ残っていて、あいかわらず年間2000万円かかる。これが、あなたの頭痛の種だ。 ところで、営業部門が今年度の有力受注案件として、3つの案件を持ってきた。 案件A: 受注金額=1,200万円、製品数量=400個 (販売単価=3万円) 案件B: 受注金額=1,250万円、製品数量=500個 (販売単価=2.5万円) 案件C: 受注金額=2,500万円、製品数量=1,000個 (販売単価=2.5万円) 顧客も違えば、作る製品の品種も違う。あなたは、それぞれの案件の原価をあたってみた。以後の話を簡単にするため、あなたの工場は、(1)機械による加工製造、(2)外注による仕上げ梱包、の2工程だけとしよう。また社内の人件費は、どの案件でも一律なので無視することにする。あなたは生産技術部門や資材購買部門に確認した上で、それぞれの製品1個あたりの単価を以下の通りと見積もった。 案件A: 材料費単価=10,000円、外注費単価=2,500円 機械加工時間=0.8時間 案件B: 材料費単価= 7,000円、外注費単価=4,000円 機械加工時間=1時間 案件C: 材料費単価=12,500円、外注費単価=3,000円 機械加工時間=1.2時間 ここで、機械加工1時間あたりの機械賃率が問題になる。過去数年間の平均を見ると、稼働率は80%だった。したがって、1時間あたり1万2500円である。これを使うと、各案件の原価と利益が明らかになる。 案件A: 受注金額=1,200万円、製造原価=900万円 利益=300万円 案件B: 受注金額=1,250万円、製造原価=1,175万円 利益=75万円 案件C: 受注金額=2,500万円、製造原価=3,050万円 利益=▲550万円 案件Aはそれなりの利益、Bはかつかつだが、Cはかなりの赤字と見積もられた。社長主催の生販会議で、あなたはこの数字を報告する。社長は、「赤字はもうたくさんだ。案件を選別しろ。案件Cは捨てて、AとBの受注に全力をつくすこと」と営業部長に指示を出した。努力の結果、無事にAとBの2案件は受注にこぎつけ、あなたも工場で奮闘した結果、予定どおり製造出荷させることができた。 ところで、年度末になって、本社から呼び出しがかかった。経理部門から社長に「今期は赤字になります」と報告が上がったのだという。そこで社長が怒って、工場長を呼べ、と命じたのだ。たいへんな剣幕だという。--そんな馬鹿な。黒字案件だけを受注したはずではないか?半信半疑のあなたが本社に行くと、まず社長に怒鳴られた。「工場は何をやってるんだ! 赤字だと報告が上がっているぞ!」 訳が分からないまま、あなたは経理に説明を求める。経理課長の説明はこうだ。「今期の実稼働時間は、集計によると、 A案件: 0.8×400=320時間 B案件: 1×500=500時間 で、合計820時間のみでした。そこで、機械の実際賃率を求めると、 2000万円÷820時間=2.44万円/時 になります。そのため、原価修正が、 (1.25-2.44)×820=-975万円 となるため、修正後の利益は 300+75-975=▲600万円 の赤字ということになりました。」 あなたは頭がくらくらしてくる。黒字案件だけを選別受注したのに、なぜ赤字になるのか。経理課長は、「機械の稼働率が想定よりずっと低かったためです。原価を下げるためには、もっと稼働率を上げてください。」 あなたの横顔にむかって、社長が追い打ちをかけるように怒鳴る。「こんな高コスト体質でどうするんだ! さっさと工場に戻って、全力でコストダウンに取り組め!」 *** *** *** さて、どうしてこんなことになってしまったのだろうか? あなたは(あなたの会社は)、本当はどうすべきだったのだろうか? そもそも案件がA, B, Cと三つあった訳だから、受注戦略としては、三つとも全部を狙うか、あるいは二つを選別受注するかで、A+B, A+C, B+C, A+B+Cのの4つの組合せが考えられる。それぞれのケースについて、売上・利益・機械の実稼働時間・機械の実際賃率・原価修正、そして修正後の利益を求めてみると、表1のようになる。 これをみると、黒字案件のみを選別受注する「A+B」は、実は修正後利益が一番の赤字となることが分かる。一方、AやBに赤字案件のはずのCを組み合わせる方が赤字は小さく、全部受注した「A+B+C」の場合に、はじめて黒字になることが分かる。その差は、原価修正額の違いからくる。「A+B」だとマイナス975万円だが、「A+B+C」だとプラス535万円なのだ。このような結果になる最大の原因は、機械の稼働時間が、「A+B」では820時間しかないのに、「A+B+C」では2,020時間になるためである(これは年間操業時間の2,000時間をわずかに超えているが、残業すれば対応可能な範囲だ)。 4つのケースで、年間の実稼働時間と、機械賃率の関係を示したのが、次のグラフだ。経理課長のいったことは、ある意味では正しい。機械の実稼働時間を増やすほど、原価は下がるのだ。 だが、それは工場の努力で改善できることだろうか? そもそも不況のため、工場はフル稼働できずにいるのだ。上にあげた4つの稼働率阻害要因を、もう一度見てほしい。セットアップ時間や故障時間を減らしても、部品をタイムリーに手配しても、実稼働時間それ自体は増えはしない。まして、生産技術を工夫して製品1個あたりの加工時間を減らしたら、どうなるか? 実稼働時間が減って、稼働率が下がってしまうのだ! 受注生産の最大の特徴は、生産量を自分の好きに増やせないという事である。受注生産では、機械の稼働率や、工場全体の操業率は、受注した仕事量に依存する。あなたが工場長としてできるのは、むしろ稼働率を下げること(=生産性を上げること)なのだった。だから、「稼働率を上げろ!」と社長が号令をかけるべき相手は、工場ではなく営業なのだ。営業が仕事をとってきて、はじめて年間の稼働率が上がる。大量見込生産の時代には、稼働率は技術的課題だった。受注生産では、稼働率は営業の課題なのだ。 おわかりだろうか。わたしがいつもくりかえしている主張、「大量生産時代の社内ルールや評価を残したまま受注生産に移行したことが、今日の製造業における問題の根底にある」の一例が、これである。工場を稼働率で目標管理する事は、大多数の製造業には、もはやフィットしないのだ。 では、どうしたらいいのか? 現実には、年間の案件が期初に全部見えている訳ではないので、上のような表を作って受注戦略を考える事は不可能だ。どの案件を受注すべきか、またいくらの受注金なら受けるべきか、個別に決めるための簡単な方法が必要である。 そして、それを可能にする指標は存在するのだ。それは「スループット」である。 [スループット]= 受注金額-変動費= 受注金額-材料費-外注費 あなたの会社で発生する『原価』は、大きく分けて、生産量に直接リンクして発生する変動費(材料費・外注費)と、固定的に発生する費用(減価償却費・社内人件費・水道光熱費等)である。スループットという尺度は、このうち変動費だけを差し引いて得られる、一種の「粗利」であり、製造業会計では「粗付加価値額」に、ほぼ等しい(厳密には少し違うが説明は略す)。そして会社は、この「スループット」(受注金から材料費・外注費を差し引いて手元に残った金額)から、さらに人件費・減価償却費その他の固定費を払って、プラスならば利益が出るのである。上記各案件のスループットは次のようになる。 案件A: 受注金額=1,200万円、変動費=500万円 スループット=700万円 案件B: 受注金額=1,250万円、変動費=550万円 スループット=700万円 案件C: 受注金額=2,500万円、変動費=1,550万円 スループット=950万円 あなたの会社の固定費は年間2000万円だ。少なくとも、これをカバーして上回るだけのスループットを、積み上げなければならない。だとしたら、「A+B」では1400万円しかないのだから、赤字になるのは明らかではないか。三つ全部受注する「A+B+C」で2,350万円となり、黒字になるのはこのケースしかないのだ。 また、年度内の案件が全部見えていなくても、個別の案件ごとにスループットは計算できる。したがって受注戦略としては、スループットの累計が、なんとか年度の固定費を上回るように案件を狙っていくべきだ、ということになる。競争環境下では、もし必要なら多少の値引きをしてでも、スループットを確保する。たとえば上記の例で案件Cは、2,500万円の代わりに2,150万円までは値引きしてでも、受注する方が会社のためになる。 機械の減価償却費は、固定費である。それを、「稼働率」と「機械賃率」を用いて変動費化して原価計算に組み入れる、というのが、通常用いられる製造業の原価管理だ。この手法は、機械の能力が制約であり、作れば売れる大量生産時代は有効であった。しかし上の例で見たとおり、受注生産で仕事量が不足気味のときには、かえってミスリードになる。 上の例は分かりやすいように極端な例を用いた。ただし、非現実的かもしれないが、非論理的な計算はしていない。そしてこの程度ならば、社長がもう少し落ちついて考えれば、案件Cを切り捨てるのはまちがいだと分かったはずだ。だが現実のビジネスでは、原価の計算はもっとややこしい要素と過程をへて、行われる。ERPシステムを入れて、計算を精密化しようとしたりする。だからかえって、怖いのである。誰も原価の全体構造や動的メカニズムを理解しないまま、単に数字だけに追われることになる。その結果、黒字案件だけを選別受注しようとしたりしがちだ。そして、いつの間にか赤字に陥る企業が、現実に存在しうるのだ。そうならないためには、あなた自身も、工場長も、営業部長も、そして社長も、マネジメント全員が、もっと原価の秘密を理解しようと努力しなくてはならない。 <関連エントリ> →「もう一度、付加価値とは何か?」 (2010/06/06) →「書評:『受注生産に徹すれば利益はついてくる!』 本間峰一・著」 (2014/06/21)
by Tomoichi_Sato
| 2014-07-06 19:56
| ビジネス
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