ジョジョ話に関する英語報道

完全に日本の話なのに案の定英語報道からのほうが得られる情報が多い。
現時点でもっともまとまっていていろんな意味でわかりやすいと思ったのが「東京で出されている」英語紙『Japan Today』の記事。これはコメントも含めてちゃんと読むとこの事件がどう見られているのかがかなりはっきりわかる。クレジットを見る限りでは記事自体は共同通信からの配信記事のようだが、なぜか共同のサイトで読める日本語記事の倍程度の情報量がある。文中に海賊版に関する記述もあることからおそらく大本のソースは共同のカイロ支局の記者がまとめた記事なのだろうと思う。
記事のタイトルは「Publisher to suspend cartoon sales after Muslims say it insults Islam」、日本語にするなら「ムスリムが侮辱だといったら出版社がマンガの販売を差し止め」ってところか。このタイトルのポイントはcomicsではなくcartoonの語が使われている部分、問題になっているのはアニメなのでこの用法は適切だともいえるが、書いた側としては当然読者に「Danish Cartoon」を意識させる意図があるだろう。実際、この記事の冒頭では今年はじめにオランダの議員がネット上にアップしたコーラン批判映像の件とともにムハンマド風刺画事件が触れられている。

【カイロ】日本の人気漫画がイズラム世界からの抗議の炎にさらされている。そこにはヨーロッパの新聞各紙が預言者ムハンマドの風刺画を掲載した事件と今年はじめオランダ人議員が発表したコーラン批判映像以来の恐怖の影響が見られる。
(http://www.japantoday.com/category/national/view/publisher-to-suspend-cartoon-sales-after-muslims-say-it-insults-islam)

というわけで望むと望まざるとに関わらずこれは「ムハンマド風刺画事件」の類似例として見られてしまっている。
なんで日本の新聞社がこの部分を使わないのか理解に苦しむが、この記事はかなりイスラム側の論点をはっきりと伝えていて、その部分を読んでもこのことは明確に理解できる。

カイロを中心に活動するイスラム教スンニ派教学の最高権威機関アル・アズハルの宗教勧告委員長アブドゥル・ハミド・アトラシュ師(Sheikh Abdul Hamid Attrash)はこのアニメはイスラム教への侮辱だと切り捨てた。
「このシーンはイスラム教徒をテロリストとして描いている、これはまったく事実と異なる」彼はいう「これは宗教に対する冒涜であり、制作者達はイスラムの敵と考えられるだろう」
この非難に対する集英社側の公式説明はこれは「単純ミスだった」というものである。
「原作マンガもアニメーションもムスリムを悪役として扱ってはいません。しかし、結果としてこの作品がイスラム教徒のみなさんを怒らせてしまいました」こう公式説明ではいう「私たちはこの作品が引き起こした不快の念を謝罪するとともに今後文化や宗教のテーマの取り扱いにより慎重に取り組みたいと考えています」
(http://www.japantoday.com/category/national/view/publisher-to-suspend-cartoon-sales-after-muslims-say-it-insults-islam)

この仮想問答が噛み合っているようで噛み合っていないのはおそらくアトラシュ師が問題になったシーンの静止画を見ただけで(そもそもこの問題が「問題化」したのはサイトに静止画を投稿し「コーラン批判だ」とコメントしたユーザーがいたからである)『ジョジョの奇妙な冒険』という作品の基本的な設定やストーリーも理解していないと思われるからだ。
問題の悪役ディオ・ブランドーはイギリス人孤児であり劇中に彼がイスラム教徒になった描写は存在していないし、犯罪性向としてもマニアックではあってもテロリストとはいいがたい。
つまり、ムハンマド風刺画問題等のイスラムバッシング表現で過敏になっているところに悪党がコーラン読んでいるシーンを見せられたので「悪意ある宣伝」と解釈して怒っているだけなわけで「悪意があるわけじゃなくてバカなんです」という集英社の言い訳はそれ自体としては正しいと思う。
正しいとは思うが、だったら内容を(しかも日本国内のプロダクトの内容を)泥縄で修正するより前にもっときちんと実際に描かれている内容を説明したらどうなのか。むしろ正式にライセンスして内容に対する誤解を受けないようなかたちで広く読んでもらうようにすべきではないのか。
反発されるかもしれないが、こういう現象が起こるのはそもそも現地販社がキチンとないままファンサブのようなかたちで勝手にコンテンツが流通してしまっているからでもある。公式にライセンスされていれば事前に問題になりそうな箇所をチェックしてローカライズのうえでリリースするようなこともできるし、問題が起きても現地で対処できる。むしろ「ちゃんと売る」ことのほうを考えるべきだ。でないといくら謝罪しても向こう側がこちらの事情をまったく理解できない。
実際に集英社からの公式説明が出て以降もこの妙チキな誤解に基くジャパンバッシングは続いているらしい。

出版社の謝罪にも関わらずアリィ・ヤシン(Aly Yassin)のようなひとびとはこれを誤りとは認めようとしていない。
カイロにあるインターネットカフェのオーナー、アリィ・ヤシンは日本の製作者hたちの目的が「邪悪なキャラクターがこの本、聖なるコーランから破滅的な考えを得る……これはイスラムに対する根深い怨嗟とコーランの意味に対する誤解を広める」ことにあると信じている。「これは言い訳できない」そう彼はいう。
また、アル・アズハルの前宗教勧告委員長ガマル・クトブ(Gamal Qutb)のようなより過激な論調の者もいる。彼はムスリムは問題のビデオに対して日本政府が対処するまで日本製品の不買運動をおこなうべきだと示唆する。
「ムスリムは彼ら(訳注:西側ということだろう)の文化を強要されている。彼らの信仰に異議を申し立てるには必要なら同じ強要として彼らの製品の不買運動によるのが妥当だろう」と彼は書いている。
(http://www.japantoday.com/category/national/view/publisher-to-suspend-cartoon-sales-after-muslims-say-it-insults-islam)

いや、そもそも日本人が売ったわけじゃないわけですが。
90年代くらいまで韓国なんかでも日本マンガの「海賊版」の文化的悪影響が批判されたりしていたのだが、海賊版の文化的悪影響の責任なんか単に取りようがない。公式にライセンスしたものであれば日本の責任を問うのが道理だが、文化的に許容出来ないならそもそも自国で海賊版を流通させなければいいのである。この場合イスラムのひとたちもむしろ「ちゃんと売らず」に海賊版の流通を放置したことに日本の責任を見るべきだろう。
しかし、一番ヤバいなあと思うのはこの記事がベイルートのキリスト教徒の視点で締められていることである。このヘンリーという人物はイスラムの「表現の自由」への不寛容を懸念し、それがハリウッド映画の描くイスラムのネガティブイメージの補強につながると嘆いているのだ。
まあ、このひとは単なる善良な一市民なんだろうが、要するにこの記事は意識的か無意識的かにかかわらずこの事件自体を「信仰」と「表現の自由」の対立というムハンマド風刺画事件で結果的にでっち上げられたステレオタイプに当てはめようとしている。今後欧米メディアでどう報じられていくかはわからないが、これはそもそも風刺画事件自体まともに報じられておらず特にステートメントも出していない日本が気がついたら紛争当事者になっていた、ということもじゅうぶんあり得る話だと思う。