Sparks: China's Underground Historians and Their Battle for the Future

地下からの歴史 - 中国の非公式歴史家たちの闘い

Ian Johnson著「Sparks: China's Underground Historians and Their Battle for the Future」(2023年)の書評

中国共産党は建国以来、歴史の解釈を厳しくコントロールしてきました。特に習近平政権下では、歴史観の統制が一層強化されています。しかし、そうした中でも、真実を記録し後世に伝えようとする「地下の歴史家たち」が粘り強く活動を続けています。

本書は、そうした非公式の歴史家たちの活動を詳細に描いた労作です。著者のIan Johnsonは20年以上中国に滞在し、ニューヨーク・タイムズなどの特派員として活動してきたベテランジャーナリストです。

本書で紹介される主要な登場人物の一人が、映像作家のアイ・シャオミンです。彼女は1950年代末の大飢饉時に多くの死者を出した強制労働収容所「夾辺溝」を取材し、ドキュメンタリーを制作しました。自身も文化大革命で父親を失った経験を持つアイは、被害者や関係者への丹念な取材を通じて、当時の真実を明らかにしようと努めています。

もう一人の重要な人物が、ジャーナリストの江雪です。彼女の祖父は大飢饉の際に家族を救うために自らの命を犠牲にしました。その経験から、彼女は1960年に甘粛省天水で発行された地下雑誌「火花」を調査。同誌は共産党の政策を批判したため、関係者は逮捕され、多くが処刑されましたが、その精神は今日まで受け継がれています。

本書は、香港の出版社の閉鎖や、新型コロナウイルス対策をめぐる検閲など、近年の歴史統制の強化についても詳しく描いています。2019年以降、香港の独立系出版社は次々と閉鎖に追い込まれ、批判的な書籍は倉庫から撤去されました。

しかし、デジタル技術の発達により、こうした歴史家たちは新たな活動の場を見出しています。PDFやビデオの形で記録を残し、VPNを使って海外のプラットフォームで共有するなど、様々な工夫を凝らしています。

例えば、武漢のロックダウン時には、作家の方方が日記をSNSで公開し、政府の対応を批判的に記録しました。また、医師の李文亮の死をめぐる議論では、多くの市民がSNSを通じて真相を共有しました。

著者は、こうした地下の歴史家たちの活動が、単なる「記録」以上の意味を持つと指摘します。彼らは中国の伝統的な知識人の系譜に連なり、「義」(正義)の精神を体現しているのです。また、彼らの存在自体が、全体主義的な統制には限界があることを示しています。

本書の結論部分で著者は、中国の未来について慎重ながらも希望的な展望を示しています。確かに、習近平体制は強力な監視体制を築いていますが、それを維持するためには膨大なコストがかかります。また、経済の停滞や社会問題の深刻化により、政府への不満が高まる可能性もあります。

重要ポイント:

  • 中国共産党による歴史の統制は強化されているが、地下の歴史家たちは活動を継続
  • デジタル技術により、新たな記録・共有の手段を獲得
  • アイ・シャオミンや江雪など、個人的な経験から歴史記録に取り組む人々の存在
  • 香港の独立系出版社の閉鎖など、近年の言論統制の強化
  • 「義」の精神を受け継ぐ知識人としての側面
  • 監視体制維持のコストや社会問題の深刻化が体制の弱点となる可能性
  • コロナ禍での市民による記録活動の広がり
  • 地下歴史家たちの活動は、全体主義的統制の限界を示す