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「ミセス・ポッターとクリスマスの町」(上・下)書評 大人の哀しみを包みこむギフト

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月21日
ミセス・ポッターとクリスマスの町 著者:ラウラ・フェルナンデス 出版社:早川書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784152103710
発売⽇: 2024/10/23
サイズ: 13.1×18.8cm/384p

ミセス・ポッターとクリスマスの町 著者:ラウラ・フェルナンデス 出版社:早川書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784152103727
発売⽇: 2024/10/23
サイズ: 13.1×18.8cm/392p

「ミセス・ポッターとクリスマスの町」 [著]ラウラ・フェルナンデス

 ここではないどこかに行きたい。自分ではない誰かになりたい。ひとりぼっちになりたくない――こんな気持ちに応えてくれるフィクションの効用がしみじみ味わえる名作だ。ただ、タイトルや表紙からは想像もつかないぶっ飛んだ本なのでご注意を。5年がかりで書かれたという本書は、恐るべき情報量とからくり箱のような構造に目をみはる愉快な奇想小説だ。
 舞台は、世界中のファンが巡礼に押し寄せる超人気小説『ミセス・ポッターはじつはサンタクロースではない』の聖地の町。だが当の小説に無関心で、テレビドラマ『フォレスト姉妹の事件簿』に夢中の住民は全員が探偵脳だ。そんな町に、ある日存続の危機が。目玉スポットの土産物店を継いだビリーはその商いを忌み嫌い、ひそかに店を売却して町を去ろうと、新参者の不動産エージェントに接触する。
 それぞれに秘密と痛みを抱える登場人物はみな変人(テニスボールが助手の新聞記者、気が散るからと食事すら自分でしないホラー作家夫婦、子どもにしかみえない5児の父親……)。小さな町には失踪や未解決殺人事件の過去もある。生身の人間が、作中人物や役者や幽霊になったり、語りの途中で物や体のパーツの心の声や両手どうしの会話が挿(はさ)まれたりと、フィクションと現実が幾重にも融和していく。噴き出さずにいられない巧みな訳で緩んだ涙腺が、親子のすれ違う愛情の切実さにまた緩む。
 記憶力ゲームかと思うほど、常軌を逸した数の名前が出てくるのだが、町の住人のようにノートを取る自分も気づけば探偵になっていた。精巧なミニチュアの細部をじっくり観察するように立ち止まりつつ読むうち、この物語のなかにいつまでもいたいと願っている。
 大人はみな、大人になりきれない子どもか、大人のふりをしているのに気づかない子どもだ。本書はそんな大人たちの哀(かな)しみを温かく包みこむ、最高のギフトだ。
    ◇
Laura Fernández 1981年スペイン・タラサ生まれの作家。6作目となる本書が日本初紹介。