公園の木々は赤、黄と色付いています。
落ち葉がヒラヒラと落ちるブルーテント村の風景は、静かでゆったりと時間が流れています。
先日、2年前にアパート移行事業を受け、テント村からアパートへ移り住んだKさんがエノアールに遊びにいらっしゃいました。Kさんは、公園内で移動する前のエノアールのすぐとなりで、Sさんと一緒に住んでいました。KさんとSさんは年が20歳位離れたカップルで、KさんはSさんのことを「ねーさん」と呼んでいました。
アパートに移り住んでから、私は、時々KさんとSさんの部屋へ遊びにいっていました。Kさんは、アパートに移り住んだものの、なかなか彼に合う仕事が見つからず、とうとう体をこわして、生活保護で生活するようになりました。Sさんは、テント村にいたときから、お話が上手でとても人気者でした。テント村の麻雀小屋でときどき麻雀をして楽しんでいました。また、ダンスもとても上手で、テント村住人のブラジル人のFがギターでボサノバを弾くと、さっと立ち上がって、70歳を越えているとは思えない軽やかなステップを踏んで踊っていました。そんなSさん、アパートで暮らすことは大変退屈で、つまらないと言っていました。テレビを見て、Kさんが帰ってくるのを待つという毎日。「ボケそう・・・」とつぶやいていました。そんなふうにSさんは心配していましたが、私はSさんに会うたびに、顔色が悪くシワが増えていくのを見て、すでに心配していました。アパートに移ってしばらくしたその時、私は初めて「Sさんって、おばあさんなんだ。」と思いました。アパートに移り住んで一年くらいたったその頃からでしょうか、Sさんはよく体調を壊していらっしゃったようです。
そして、今年の春。テント村の元住人から、「Sさんがもうダメかもしれない」と聞きました。Kさんは、病院から自宅へSさんを連れて帰り、毎日看病して、Sさんが食べたいという料理を作り過ごしていると聞きました。
私は手伝いかお見舞いをと、Kさんに電話しました。
「ねーさんはもうだめだ。癌で、2ヶ月もてばいいとこらしい。でも、お見舞いはいらないよ。本人には言っていないから」ということでした。
それから、梅雨の頃。Sさんは亡くなったと、元住人から聞きました。Sさんは75歳でした。
すぐに、偲ぶ会をしようと提案がありました。私とtくん、元住人のZさん、Rさん、そしてKさん。私たちはテント村の、以前2人のテントがあった辺りでシートを広げて開こう、雨が降ればキッチンのテントで開こうと提案しました。しかし、Kさんは近くの街のカラオケボックスで開きたいと言いました。私たちは、Sさんを偲ぶのにカラオケを歌うことは難しいし、そぐわないのではと、思いましたが、Kさんはどうしてもカラオケにいきたそうで、「にぎやかにしてやってくれ」と言っていました。私はそういえば、テント村でふたりが住んでいた頃、パチンコで勝ったら、ふたりでカラオケへ出かけていたのを思いだしました。その時のSさんはお化粧をしておしゃれをして、Kさんの腕に軽くつかまり、「出かけてくるわ」とエノアールにいる私たちへ、うれしそうにいつもより上品に挨拶していました。
Kさんはその思い出のカラオケで、にぎやかにSさんをおくりたかったのかもしれません。
その日は、やはり雨が降っていました。私たちは、Sさんの写真を持っていたので、そのカラオケに持っていきました。すると、力持ちで、将棋もとても強くて、体格の良いKさんはその写真を見て涙を流して泣いていらっしゃいました。そして、「もう、たくさん泣いた。これでもかと泣いてやった。でもまだ泣くんだ。」とソファーにその大きな体をだらーんともたれていました。
ZさんとRさんは、男女の恋愛ものとか、やくざものなど、私は聞いたことない歌を歌っていました。Kさんはふたりの歌を聞きながら、Sさんと最後の一ヶ月を部屋で過ごしたことや亡くなってから、分骨してもらった灰を少しは以前テントのあったところや思い出の場所にまき、あとの少しは、毎日ご飯に混ぜて食べたと私に話してくれました。
そして、部屋の物をほとんど捨てたと、話していました。Kさんは、もうアパートを出るつもりでいました。
2時間で注文したカラオケがおわり、みんなありがとうと、本当に良かったといっていました。Kさんは写真は預かっておいてくれといいました。「真っ黒になって現れるかもしれないよ。それでも遊びにいっていいい?」と笑いながら私とtくんに尋ねました。私は、「ぜひぜひ。一緒にお茶を飲みましょう。」
そうして別れて、数日がたち、すぐにKさんとは電話は繋がらなくなりました。
何処に行ったんだろうね?体が悪いのに。そう話す、テント村に毎日のように遊びに来るの元住人のZさんは時々話していました。
ある日、Zさんが、「Kさんこの近辺にいるうわさがある。そうだとすると、そのうち来るんでないかな。」と、いっていました。
そして、案の定、先日、絵を描く会の時、痩せて無精ひげをはやしたKさんが現れました。
私は、「Kさん!」といったまま、ジーッと顔を見ていたので、Kさんは「そんなに見られるとなぁ。」と言いました。「ごめんなさい。だいぶん痩せたから。」
私はお茶を入れました。tくんはKさんと冬支度の服を探していらっしゃいました。今は路上に寝ているようでした。真っ黒にはなっていなくて、暖かそうな赤いジャンバーを来ていました。Kさんの路上生活は、楽ではなさそうだけど、顔を見て私はホッとしました。
私はインスタントのうどんを作って、Kさんは黙々と食べました。食べ終わると少し元気になったようでした。そして、それではと、立ち上がり、{また、」と言ったので、また来て下さい、と言いました。のしのしとKさんは歩きます。そういえば、2年前、Sさんがよくエノアールのソファーで出かけたkさんの帰りをまだかまだかと待っていたのを、思い出しました。Sさんは「私、とっても目が悪いけど、Kさんは歩き方の雰囲気で遠くからでも、Kさんが帰ってきたって私にはわかる。」と言っていました。
ひとりになったKさんは、つい最近までふたりでいたアパートでひとりで暮らすよりも、路上でひとりになることを選んだんだなぁと考えて、見送りました。
これからも、どんどん寒くなります。とても心配ですが、Kさんは誰が何を言っても、きくような人ではないし。またここに来るかなとも思う。だって同じ街にいるから。こうして、同じ街のホームレスがメンバー化していて、コミュニティーみたいなもので、この街全体が家みたいなものだと思う。