国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

偽情報・誤情報の先にあるもの ― 「情報の誠実性のための国連グローバル原則」に寄せて

選挙イヤーと言われた2024年は、世界各地で大型選挙が行われる中で情報戦が過熱し、オンライン上のデマや不確かな情報、ヘイトスピーチなどの問題が顕著になった年でした。災害や紛争などの緊急事態でもデマや不確かな情報、ヘイトスピーチが流布されやすい傾向があり、2024年1月に発生した能登半島地震も例外ではありませんでした。これらの情報は社会の分断に拍車をかけ、現実社会に深刻な危害をもたらしかねません。国連は2024年6月、その解決策を探る出発点として「情報の誠実性のための国連グローバル原則」を発表し、国連広報センターはその日本語仮訳を11月に公開しました。

情報を巡る世界の状況やその展望、本原則の意義について、東京大学情報学環教授の板津木綿子さんにご寄稿をいただきました。

板津木綿子(いたつ・ゆうこ)東京大学情報学環教授。
東京大学Beyond AI研究推進機構 B'AI グローバルフォーラム ディレクター.
『AIから読み解く社会:権力化する最新技術』(東京大学出版会 2023)共編者. 2024年 W20 ジャパンデレゲート. 南カリフォルニア大学大学院歴史学科博士課程終了(Ph.D.). 

「火星人が地球に降りたった!」米国ニュージャージー州の架空の町で宇宙船から火星人が降りてきたというラジオドラマの設定で、その火星人の様子を実況する役者の演技があまりにも緊迫感があるものだったために、このラジオ番組を聞いていた市民が混乱して、警察や消防署に通報したり、避難したりと大騒ぎになった。このドラマが放送されたのは、1938年10月30日。翌日の新聞各紙は放送局や新聞社に確認の電話が殺到したことなど人々が混乱したことを、こぞって報じた。ラジオ局や番組制作に関わった人々は、悪意のあるいたずらをしたわけではなく、番組冒頭でSF作家H.G.ウェルズの『宇宙戦争』を元にした劇をこれから放送すること、それを人気役者のオーソン・ウェールズなどが演じることを、ちゃんと事前にアナウンスしていた。

ラジオドラマの話を信じてしまい、全米各地で混乱が起きた、というこの話を聞いたことがある人は少なくないだろう。いくつもの地方自治体で警察や消防署の通常業務に支障をきたすくらい公衆に著しい混乱をきたしたことで、主役のウエールズら関係者は謝罪に追い込まれた。また、この番組を放送したラジオ局CBSは連邦通信委員会(FCC)の調査を受ける羽目になってしまった。そして、米国議会でこのような騒ぎの防止のための立法を要望する声が上がるまでの騒ぎになったことも知られているかもしれない。結局、この騒動の結末としては、放送局が防止策を取ることを約束したため、FCCによるおとがめは免れることができた。その後、アメリカでは「犯罪・大災害に関する虚偽の放送の禁止」、フランスでは「情報の誠実性の確保」、韓国では「事実性等の適合留意義務」、日本では「報道は事実をまげないですること」など、さまざまな国で法律や規則が整備されて、同じような公衆の混乱を招くような事件はあまり見なくなった。実際、毎年、4月1日のエイプリル・フールで、どの程度の嘘や冗談であれば公衆の混乱を招かないか、絶妙のアイデアを捻り出そうと躍起になる放送局があり、判断を間違えると炎上してニュースになっている。

オーソン・ウエールズの謝罪会見(1938年10月31日)
出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=37849780

この『宇宙戦争』のラジオドラマの話に戻ろう。この騒ぎでよく知られていない部分もある。全米で混乱が起きたことについてのナチスの反応である。あるニューヨーク州の地方紙が国際通信社からの配信として、ナチス幹部の談話を報じている。「アメリカ人は、火星人の奇襲をこれほどまでに簡単に信じる無知な人々だからこそ、ナチスの残虐行為に関する話も信じてしまうのだ。(中略)無知であることは神の恵でもあるが、ナチスドイツ下における残虐行為の話を真実と思い込むとは、無知にもほどがある」。             注)  Press and Sun-Bulletin (Binghamton, New York), Monday, October 31, 1938,   page 1

このナチス幹部は、この発言で典型的なガスライティング(gaslighting)を試みている。ガスライティングとは、相手が真実だと知っていることについて誤った情報をわざと投げかけ、感覚を錯乱させることを意味する。つまり、この幹部は、ナチスの残虐行為が行われている事実が広く認識されつつあるなか、このように断言的に事実の否定をすることで、自分が正気を失って勘違いしているのではないかと不安を感じさせ、ナチスの残虐行為が嘘であるかのように錯乱させようとしており、何が信じられることで、何が信じられないのか、分からなくなる不安を社会全体に刷り込んでいく心理戦を展開しているのである。このように疑いの気持ちを刷り込むことをガスライティングと言う。

このように不誠実な情報をわざと発信して、社会の秩序を脅かすことは、最近もよく起きている。新型コロナが5Gの通信アンテナ塔を介して蔓延しているというデマが流れ、英国ではアンテナ塔が100基も放火にあった。2017年のケニアでの選挙では、警察当局と市民との小競り合いが過大報道され、警察官による暴行の画像に至っては加工されたものがSNSで拡散されたことがわかった。2020年、オーストラリアで大規模山林火災が起きたとき、東海岸に高速鉄道を通すための伐採のために放火しただとか、新都市整備のために海外の富豪がレーザーで火災を起こしたとか、環境保護主義者の過激派の仕業だといくつものデマが流れた。これらの陰謀論はSNSで拡散され、主要メディアでも取り上げられ、政治家も無視できないほどに瞬く間に広まった。

インドでは、デマの拡散を防止するために、政府が腰をあげ、WhatsApp(Meta傘下のメッセージ・アプリ)でテキストを転送できる回数を制限できるようになった。これは、ある人が誘拐などの犯罪の濡れ衣をきせられ、そのデマが拡散されたために、18人もの人が知らない人から集団暴行をうけ殺害されたという痛ましい事件が発端である。この事件をきっかけにインド政府がインドで最大シェアをもつメッセージ・アプリWhatsApp社にかけあい、ユーザーひとりが同じメッセージを5回しか転送できないように設定を変えてもらった。

Jamillah Knowles & Reset.Tech Australia / Better Images of AI / People with phones / CC-BY 4.0

2023年以来、AI技術が急激に発展している。AI技術を用いて新しいテキストや画像をソフトウェアが作り出すことを「生成系AI」と呼ぶが、この技術によって、本当ではないテキストや画像・映像を簡単に作ることができるようになった。作ったものは本物か偽りか簡単に判読できないものが多い。さらに誰しもが簡単にこれらを自分で作れるようになり、誰しもがSNSを使って広く拡散できる状況になった。

2024年、技術を使って、ウクライナ政府の外務相のふりをした人が、アメリカ外交委員会の上院議員とのビデオ会談に成功した。アメリカの上院議員が質問されている内容を不審に思い、国務省に確認させて偽物だと分かった。2022年には、ウクライナ大統領のディープフェイク画像を作って、ウクライナ兵士に降参するように呼びかけるメッセージを拡散させた人がいたことも記憶にあるだろう。 ガザ地区をめぐる軍事行動に目を向けても、過去の映像が今回の戦闘の画像として流布されており、偽情報が溢れていることは広く報道されている。アメリカの大統領選挙でも、ニューハンプシャー州の予備選挙で、バイデン大統領を装った音声メッセージを有権者に自動発信し、投票忌避を招こうとする人たちがいた。このロボコールを拡散した通信会社は制裁金を支払うことで和解をし、アメリカ連邦通信委員会の取り締まりは強化されつつある。

このように正しい情報、勘違いの情報、わざと間違った情報など、さまざまな情報が大量にSNS を通じて流通しているなか、何が正しい情報なのか、何が誠実に発信された情報なのか、分からなくなってきている。「偽情報・誤情報に注意」というフレーズは浸透しているが、どうして目くじら立てて警戒しなければならないのか、説明が不十分であるように思う。そもそも偽情報・誤情報とはなにを意味するのか。二つ並べてひとくくりにすることが多いが、偽情報と誤情報の違いはなにか。総務省・情報流通適正化推進室は次のように定義している。「偽情報」とは、意図的・意識的に作られたウソや虚偽の情報を指し、「誤情報」とは、勘違いや誤解によって広められた間違いの情報を指す。

これらを作って拡散している人は、「大意がないおふざけ」「ちょっとしたイタズラに過ぎない」「自分一人が共有したからといって大したことにはならない」と思っている節があるように思われ、この小さな行為のもたらす大きな影響までが見えないで、注意のフレーズだけが一人歩きしているように見える。

そんななか、先日、「情報の誠実性のための国連グローバル原則」(以下、「国連グローバル原則」)の日本語版が発表された。国連グローバル・コミュニケーション局が発表したものの日本語仮訳である。「偽情報・誤情報に注意」の先にあるものが何か、明解に説明してくれる文書である。ヘイトスピーチや社会の分断や紛争が、SNSなどのデジタル・プラットフォーム上の誤った情報や偽りの情報によってさらに悪化しないように、21世紀型の情報流通における現代的な課題を明示したものである。国連加盟国、民間、ユースリーダー、メディア、研究者、そして市民団体の人たちが議論して作成されたものだそうだ。

Jamillah Knowles & We and AI / Better Images of AI / People and Ivory Tower AI 2 / CC-BY 4.0

この「国連グローバル原則」の特徴的なところは、さまざまなステークホルダーに向けて、具体的なステップを示していることである。テクノロジー企業、AIの開発に携わっている会社、広告主やその他の民間企業、報道機関、研究者や市民団体、各国政府や自治体、そして国連が、それぞれ情報の確かさを担保するために何ができるか、それぞれの立場の人たちへ具体的な行動を要請するのがこのグローバル原則である。現在、テクノロジー企業に巨大な資本と権力が集中しつつあり、このグローバル原則が企業に要請する事項のリストも長い。安全やプライバシーの遵守から、労働者の権利保障から、危機対応体制の整備、政府へのロビー活動の開示など幅広い要請が列挙されている。報道機関については、AIを倫理的に使うこと、労働基準を尊重すること、情報源について誠実な対応を確保することなど、挙げられている。

文書は、より健全で安全な情報空間を育むための5つの原則と、ITや広告業界等の企業、 研究者、政府等への提言を示している

偽情報・誤情報を流されることで、人一倍、心身への危機がおよぶ人たちへの配慮が必要だ。国連が持続可能な開発目標(SDGs)でもあげている「誰一人取り残さない(No one left behind)」の精神がよく反映されている。女性、高齢者、子供、青少年、障害者、先住民、難民、国籍を持たない人、性的少数者、エスニックや信条を理由に社会からマイノリティの扱いを受けている人が、偽情報・誤情報の被害に遭わないためにどうしなければならないか。このような偽りの情報で被害を受けないためには、情報を鵜呑みにしない力を養うことが大事である。鵜呑みを避けるには、どのような条件が必要か。国連グローバル原則では次のように述べている。

・多様な情報源にアクセスできて、情報の真偽について自分なりに見極めることができること

・自分自身が社会の一員として平等に扱われて、公正な社会であると実感できること

・社会や経済の運用について、安心感を持っていること

・社会でうまくいっていないことがあれば、投票や政治家への上申などを通じて市民として政治に参画できているという実感を持つこと

(『国連グローバル原則』日本版p.9、筆者要約)

これらを担保することがデマの流布防止のために必要であると国連グローバル原則は唱えている。

待ったなしで進むAI技術の開発と偽情報・誤情報の容赦ない拡散。安定していると思っていた社会構造がいかに脆いか、SNSで流れる偽情報・誤情報は私たちの社会の耐性を試している。誤情報・偽情報によって社会が朽ち、秩序が壊れないように、それぞれの立場から私たちがやらなければならないことはたくさんある。

Yutong Liu & The Bigger Picture / Better Images of AI / AI is Everywhere / CC-BY 4.0

 

未来への約束を果たすためのアクションはもう始まっている ー 国連「未来サミット」を受けて

国連ハイレベルウィークにニューヨークに出張した根本かおる国連広報センター所長の現地報告をお届けします。

国連総会ハイレベルウィーク期間中に設けられた「SDGメディア・ゾーン」で、フェリペ・ポーリエ ユース課題担当事務次長補、高橋悠太「かたわら」代表理事、井上波TBSサステナビリティ創造センター長とのパネルセッションを司会した

世界中から政府のトップが「国連総会ハイレベルウィーク」にあわせてニューヨークの国連本部に集まる9月は、国連にとって最も忙しくなる月です。国連総会でスピーチを行ってそれぞれの国の立場を世界に向けて主張するほか、多くの首脳級のハイレベル会合が国連を舞台に行われます。政府だけではなく、国連ピースメッセンジャーのマララ・ユスフザイさんら社会的な課題に取り組む著名人やビジネスリーダーたちも集結します。私も、ニュースメーカーたちが国連に集まるこの機会に現地入りしました。国連本部の外にはずらり並んだ世界のメディアのライブ中継用のセットの中には、CNNのニュースキャスターのクリスチャン・アマンプールさんの姿もあり、思わず写真を撮ってしまいました!

国連の動向を伝える世界メディアが集結 CNNのクリスチャン・アマンプールさん(左)も現場からリポート

今年のハイレベル・ウィーク中のハイライトは、9月22・23日に開催された「未来サミット」でした。1945年に生まれた国連を、高まる地政学的緊張、増大する紛争、気候危機、格差の拡大、生成AIに代表される新しい技術の脅威など、21世紀型の課題に効果的に対応できるようにアップデートすることを目指した国際会議です。

サミットの成果文書である「未来のための協定」と2つの付属文書の政府間交渉は難航を極め、土壇場まで採択されるかわからず、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、採択・採択ならず・どちらとも言えない、の3パターンのあいさつ原稿をもって議場入りしたと報道にありました。採択にあたりロシアなどが修正を求めましたが、この修正を認めないとする動議が出されて可決され、何とかコンセンサス採択にこぎつけることができました。採択を受けてスピーチしたグテーレス事務総長は、「私たちは多国間主義を崖っぷちから救うためにここに集まっている」と力を込めました。

 

未来サミットに向けて、グテーレス事務総長は繰り返し「私たちは、祖父母世代のために作られたシステムで、孫世代の未来を築くことはできない」と訴えてきました。79年前の1945年に51の加盟国で出発して以来、国連を取り巻く環境は大きく変わりました。今では加盟国数193カ国と4倍近くになり、そのうちの54カ国はアフリカの国々で、国連が生まれた時にはほとんどがまだ植民地で国として存在していませんでした。それから大きく変貌した国際社会をより公正に反映して国連の制度を強化することは、「未来のための協定」の主眼の一つです。その代表例が、日本でも関心の高い「安全保障理事会の改革」です。一大勢力であるアフリカに一つも常任理事国が割り当てられていないなど、アフリカの代表性が歴史的に低いままになっている問題を優先的に是正することなど、1960年代以降最も具体的な改革の計画が盛り込まれています。安保理改革の緊急の必要性を認めたこの協定を出発点に、総会の政府間交渉を舞台に進めていくことになります。

第79回国連総会で、グテーレス国連事務総長は、「未来サミットは最初の一歩であり、道のりは長い」と訴えた UN Photo / Laura Jarriel

さらに、未来サミットで目立ったのが、若者の存在です。30歳未満の人口が世界人口の半数にもなる中、教育・雇用・デジタルアクセスなどの若い世代の優先課題を支援し、若い世代が政策決定プロセスに参加できるよう後押しすることは、このサミットの重要テーマの一つでした。サミットで採択された成果文書「未来のための協定」では、まるまる一つの章を、若者とこれから生まれてくる将来世代の課題に充てています。サミット開幕式でも、国連総会議長、国連事務総長に続き、各国首脳よりも先に3人の若者がスピーチし、若者にスポットライトがあたりました。国際社会の分断が深まる中、前向きな変化を生み出し、対立を越えてつながる力を持つ若者への期待の表れでもあります。

未来サミット開幕式で若者代表として演説した一人、カタールの ガニム・ムハンマド・アル・ムフタさん UN Photo / Loey Felipe

サミットに先立ち前夜祭として9月20・21日に開かれたイベント「アクション・デイズ」の初日は、若者たちが中心になってプログラムを企画し、参加登録者数は1,600人と、まさに若者たちが主役でした。会場に向かうエレベーターは長蛇の列で、広い国連総会議場も一番上の階まで満席でした。世界各国の若者代表が、環境・政治・教育・ジェンダー・先住民・障害者など様々な視点から若者課題について自らの経験をベースに主張を繰り広げましたが、最も中心にあったのは、名ばかりに終わらない、質を伴った「若者の意味ある参加の実現」でしょう。

「アクション・デイズ」の期間中、国連本部の総会議場に入るため、列をなす参加者
UN Photo / Manuel Elías

若者たちの企画でオンライン・アンケートにより回答をライブで集計し、国連関連で若者がどの程度参加できているのかについて尋ねたところ、一番多かった回答は「形だけ」で、その次に多かったのは「若者に情報を提供する程度」という厳しい結果でした。国連は「国連ユース戦略」を2018年にまとめて若者課題の主流化を組織的に進めてきましたが、中身を伴った若者の参加とするには、まだまだ努力が必要です。この熱気を臨場感をもって伝えようと、未来サミットとその前夜祭に出席した日本の若者たちとともに、日本の皆さんに向けて現地からフレッシュな情報を届ける報告も行いました。

未来サミットに参加した若者たちと一緒にライブ配信 で現地報告
©未来アクションフェス実行委員会

未来サミットを受けて、国連の発信拠点「SDGメディア・ゾーン」から「平和と安全保障の課題における若者のリーダーシップ」について考えるパネルディスカッションを司会する機会がありました。広島出身で核兵器のない世界を目指して活動している高橋悠太さん(24歳)が、被爆者の方々の苦しみの経験談に心を動かされてこの活動に深く関わるようになったことや、核兵器も気候危機も人類史的な脅威であり、気候変動課題に取り組むユースと連携していることなどについて共有したのに対して、新設された「国連ユース・オフィス」のトップを務めるフェリペ・ポーリエ初代ユース担当事務次長補は「若者は軍拡の流れを止め、共通価値を創ることができる」と賛同を示しました。高橋さんにとっても、今後の活動に励む上で大きな手ごたえになったことでしょう。

広島出身の高橋悠太さん(右から2人目)、TBSの井上波さん(右)、フェリペ初代ユース担当事務次長補(左から2人目)らが登壇したSDGメディア・ゾーン

こうした一つ一つの手ごたえの積み重ねが、社会を変革することのできる可能性への自信につながるとともに、国連や政府などの既存の制度への信頼回復への一歩になるでしょう。より多くの日本の若者が、国連を通じて世界とつながり、国際的な政策決定の場に声を届けて欲しいと願っています。

私たちは多国間主義の新たな出発点に立っています。未来のための協定全体のフォローアップを点検する首脳会合は2028年に開催されますが、フォローアップの作業は国連総会のもとにあるテーマ別の委員会などですでに始まっています。国レベルでも市民社会をはじめ関係者の方々に政府と対話を進め、協定で示された加盟国政府のコミットメントの実施を確かなものにしていただきたいと思います。

中満泉 軍縮担当国連事務次長も忙しいスケジュールの中、日本の若者たちと面会する時間を作ってくれた。若者たちが政策決定プロセスに関わることを中満事務次長も重視し、寄稿している。成果につながる声の上げ方についてアドバイスしてくれた。

国連「未来サミット」が目指すもの(2):主要議題としての、若者の意味ある参画

国連ハイレベルウィークを前に、注目が集まる「未来サミット」について、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。 

朝日を浴びるニューヨーク国連本部 ©UN Photo/Manuel Elías

9月22・23日開催の国連「未来サミット」に向けたプロセスの中で、アントニオ・グテーレス国連事務総長はしばしば「私たちは のるかそるかの瀬戸際(breakthrough or breakdown moment )にある」という強い言葉を用いながら、国際社会の分断がますます深まる中にあって対立を乗り越えて団結の道を選ぶことを世界のリーダーたちに呼びかけてきた。

こういう時だから一層、国レベルでそして国際レベルで私たちが望む未来について語り合い、固定観念にとらわれず、柔軟に解決策を提案して実践していくことがなおのこと重要だ。その上で、エネルギー、創造性、そして新鮮な視点を持つ前向きな変化の原動力として、世界人口の半分をも占める30歳未満の存在は大きい。そして、さらにこれから生まれてくる将来世代について言えば、今世紀中に100億人以上が新たに誕生すると見込まれている。

グテーレス事務総長の若者への期待は大きい。今年4月の国連ユース・フォーラムの場では、「若者の活力や信念には、拡散力があり、これまでになく必要となっている」と力を込め、世界中の若い世代が立ち上がり、声を上げ、真の変革を求めて活動していることを称えた。同時に、事務総長自身が若者の政治的な意思決定への参加に全力を尽くしていること、そして若者の意見を聴くだけにとどまらず、その声に基づいた実践につなげなければならないことを強調している。

グテーレス事務総長は持続可能な開発目標(SDGs)や、気候変動などについて、積極的に若者たちと議論の場を持ってきた

教育や職業訓練、格差是正、雇用や経済的機会、メンタルヘルスを含む健康の確保などは、若者に関わる最優先事項であり、また気候変動対策は彼らの将来を大きく左右する課題だ。しかし、こうした政策の立案や資金・リソースの提供を含む意思決定に、どれだけ若者が参画できているだろうか。真に変革をもたらすためには、若者の有意義な参画のためのグローバルな基準が必要だ。

グテーレス事務総長は、国連「未来サミット」を前に、若者の果たす重要な役割について、SDGsヤングリーダーの一人と対談

国連を中心とする多国間主義への信頼、そしてより良い世界への希望を取り戻すためには、その取り組みの最前線に若者が立つことが不可欠だと、国連のすべての加盟国によって既に強く認識されている。それを背景に、国連では既にユース課題を担当する部局「国連ユースオフィス」が事務総長直属の組織として新設され、そのトップを務める事務次長補に弱冠32歳のウルグアイのフェリペ・ポーリエ氏 が昨年任命された。同オフィスは、加盟国が義務的に分担する国連通常予算で賄われ、国連の活動の中で主流化されている。

2023年12月に国連の初代ユース担当事務次長補に就任したフェリペ・ポーリエ氏 世界の若者との対話を進める ©UN Photo Eskinder Debebe

この流れをさらに確かなものにし、国レベルにも浸透させようと、未来サミットで採択予定の「未来のための協定」は、若者そして将来世代に充てた章を設け、さらに協定の付属文書として「将来世代に関する宣言」が採択されることになっている。未来サミットの前夜祭として行われる2日間の「アクション・デイズ」では、その初日はユース課題がテーマだ。

国連広報センターは、日本の若者たちの実行力が未来サミットを目指して力を結集して実現した「未来アクションフェス」にも協力し、併走してきた。今年3月24日、未来サミットに向けて、東京の国立競技場で、気候変動対策と核兵器廃絶を柱に、歌とダンスのパフォーマンスも絡めた大規模なフェスを開催して機運を高め、日本の若者の声を発信したイベントだ。社会課題を全面に掲げ、エンターテインメントと融合させた日本でのイベントとして、稀有な例でもある。

6万6千人が会場に集まった未来アクションフェスでは、フェリペ・ポーリエ国連ユース担当事務次長補のビデオメッセージも放映された ©UNIC_Tokyo

 

特筆すべきは、フェスで採択する共同声明の礎として、オンラインで青年意識調査を行い、12万人近くもの声を集めたことだ(注:調査は10代から40代までを対象にしている)。

現在の社会に「満足している」「ある程度満足している」(計44.1%)との回答よりも「満足して いない」「あまり満足していない」(計55.9%)との回答が多く、未来に希望を「持てる」「どちらかといえば持てる」(計43.5%)との回答よりも「持てない」「どちらかといえば持てない」(計 56.5%)との回答が多い結果となった。同時に、社会に「貢献をしたいと思う」「どちらかといえばしたいと思う」との回 答は92.9%を占め、この思いを具体的な行動へと結び付けられるかどうかが鍵だということを示している。

未来アクションフェス実行委員会の「青年意識調査」 結果概要レポートより

また、若者の声がどの程度政策に反映されているかとの問いに対して、「あまり反映されていない」 「ほとんど反映されていない」との回答が合わせて 80.7%の結果となり、若者の声が届いて いないと感じる人が多いことが分かった。さらにクロス集計では、「未来に希望が持てるか」と「国や地方自治体の政策に若者の声が反映されているか」への回答の間に正の相関関係があることがわかり、若者の声を政策に反映する仕組み作りが、未来への希望という観点からも急務だということを浮き彫りにしている。

アンケートは国連についても尋ねている。国連について「良い印象を持っている」「どちらかといえば良い印象を持っている」との回答が合わせて 78.1%を占め、また「必要だと思う」「どちらかといえば必要だと思う」 との回答が合わせて 82.6%を占めた。さらに、国連は「必要ない」とする声の中で、圧倒的に多かった理由(自由回答)は、昨今の世界情勢を踏まえ、安全保障理事会の役割を問うものが多かった。

12万人の若者の声を集めた調査をもとにした提言がマルワラ国連大学学長に手渡された
©未来アクションフェス実行委員会

フェス実行委員会の若者たちは、調査で得られた声をもとに提言を盛り込んだ共同声明をまとめた。フェスのクライマックスでマルワラ国連大学学長に手渡された時には、雨が激しく降っていたものの、客席は満席のままだった。

国立競技場に7万人弱、オンライン視聴で50万人を動員した未来アクションフェスは多くのメディアにも取り上げられ、未来サミットに向けた顕著な若者の取り組み事例として国連で評価されている。そして、共同声明と青年意識調査の結果は国連のみならず、日本政府(外務省と子ども家庭庁)にも提出された。さらに、5月のケニアの首都ナイロビで開催された国連「市民社会会議」でブース展示を行い、世界から集まった多くの市民社会関係者からの注目を集めた。

    「市民社会会議」での一コマ 青年意識調査の結果は国連本部幹部にも伝えられた

9月の未来サミットとアクション・デイズには、未来アクションフェス実行委員会のメンバーをはじめ、多くの日本の若者が当事者として出席することになっている。私自身も現地入りし、「SDGメディア・ゾーン」から、日本の若者活動家、メディア関係者とユース課題担当のポーリエ事務次長補とのディスカッションをモデレートするなど、若者課題を中心に現地から発信する予定だ。そして、一世代に一度の多国間主義強化のための機会について、日本の皆さんに報告したい。

2024年1月世界経済フォーラムでの国連事務総長特別演説より

 

国連「未来サミット」が目指すもの(1): 祖父母のために構築されたシステムから脱却し、21世紀型の多国間主義を

国連ハイレベルウィークを前に、注目が集まる「未来サミット」について、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。    

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マンハッタンの街並みを背景に、国連本部ビル建設に従事する作業員 (1949年)©UN Photo

135もの国家元首・政府トップの参加のもと、来たる9月22日・23日にニューヨークで開催される国連「未来サミット」は、4年に一度、首脳レベルで「持続可能な開発目標(SDGs)」の進捗を点検する「SDGサミット」が昨年9月に開催された延長線にある。その意味では、2030年までの達成という目標の軌道から大きく外れてしまっているSDGsについて、資金面での手当てを含め、その進捗をより強固なものにすることが重要な目的だ。しかし、それだけが未来サミットの目的ではない。国連を中心とする多国間主義をより包摂的でネットワークに根差した効果的なガバナンスへとシステムレベルで改革し、地殻変動レベルで激動する21世紀の国際社会のニーズに迅速に対応できるものに再生することを射程に置くという、首脳レベルでの関与がなければ実現できない、非常に野心的な高みも同時に目指している。

2023年、国連総会ハイレベルウィークを前に、ドローンプロジェクションマッピングがNYの空を彩った ©UN Photo/Paulo Filgueiras

私たちを取り巻く国際環境を見渡してみよう。地政学的な分裂が深刻化し、猛烈な紛争と暴力が多くの民間人に途方もない苦しみを与えている。営々と築かれた、国連憲章を中心とする国際法と国際秩序が公然と破られ、不平等と不公正が拡大し、信頼が失われ、不満を悪化させ、ポピュリズムと過激主義を助長している。気候危機の現実は私たちの対応をはるかに上回る速度で進み、さらに生成AIに代表される科学技術の進歩は、暮らしを豊かにする一方で偽情報の蔓延を生み、さらには戦争の闘い方も変えている。自律型殺戮兵器をはじめとする新興技術の兵器化を含め、その暴走は社会にとって計り知れないリスクを呈している。

破壊され、がれきとなったガザの街をわずかな荷物を持って歩く家族 © UNRWA

国連の加盟国数も、1945年の創設時には51カ国だったが、多くの植民地が独立したことを受け、現在では193カ国と4倍近くになった。新興国の隆盛も相まって国際社会は多極化に向かっているものの、国連をはじめとする国際的な意思決定の制度は創設時のままだ。大陸全体で50カ国を超えるアフリカが常任理事国に入っていない国連安全保障理事会は言うに及ばず、国際金融システムも開発途上国に機動的なセイフティーネットを提供できていない。苦しい資金繰りに陥った途上国は債務返済に追われ、国民に資金を回せないでいる。また、市民社会や民間セクターという、現実社会での主要なアクターたちは限られた発言力しか与えられていない。今日の政策決定の影響を将来にわたって受けることになる若者たちの姿はほとんどなく、今世紀中に新たに加わる100億人を含め、これから生まれてくる将来世代は利益を代表されずにつけを払わされることになる。

2022年2月24日のウクライナに対するロシアの侵略を受け、軍の撤退を求めた安保理決議案は、ロシアの拒否権行使により採択されなかった  ©UN Photo/Mark Garten

これはアントニオ・グテーレス国連事務総長がしばしば口にしていることだが、私たちの祖父母のために構築されたシステムで、孫にふさわしい未来を作り出すことはできない。未来サミットは、これまでのシステムをアップデートして21世紀にふさわしい多国間協力を再構築する上で、一世代で一度のチャンスなのだ。

2024年1月17日世界経済フォーラムでの国連事務総長発言より

未来サミットに向けたプロセスは4年越しの道のりだった。世界が新型コロナウイルス感染症の大流行に見舞われ、多くの人命が失われ、ロックダウンで人の移動と物流が停止し、未知の感染症におののいていたさなかの2020年9月、国連は創設75周年を迎えた。この節目にあって、国連総会は加盟国の総意として、グテーレス事務総長に国連を中心とする国際協力のこれからに向けたビジョンをまとめることを要請した。

国連創設75周年記念会合は、新型コロナウイルス感染症の大流行を受けて、異例の全面ビデオとオンライン対応で開催された  ©UN Photo/Eskinder Debebe

これを受け、国連75周年の節目で世界150万人から優先課題と目指すべき将来像について声を聞き取った調査も踏まえて事務総長が取りまとめた提言が、2021年9月に発表した「私たちの共通の課題」報告書だ。この提言が掲げた重要項目について、国連は2022年から23年にかけて、合計11本の政策概要を加盟国の議論の参考のためにまとめ、公表してきた。若者、将来世代、緊急事態へのプラットフォーム、国内総生産(GDP)を越えて、グローバル・デジタル・コンパクト、情報の誠実性、国際金融アーキテクチャー、宇宙、新たな平和への課題、教育の変革、国連2.0、の11分野に及ぶものだ。また、報告書が当初提案していた2023年9月の未来サミットの開催時期を1年延期し、未来サミットとその成果文書に関する準備の本格化を同年2月にスタートさせた。

2024年5月、ナイロビで開催された国連「市民社会会議」で演説するグテーレス国連事務総長 ©UN Photo/Duncan Moore

ニューヨークでのコンサルテーションに加えて、今年5月ケニアのナイロビで開催された国連「市民社会会議」をはじめ、世界各地で広く市民社会から意見を聴く機会を設けてきた。全体のプロセスを国連側で統括してきたのが、ILOの事務局長を長年務めたガイ・ライダー政策担当国連事務次長だ。ライダー事務次長は今年6月訪日した際、国際問題研究所・国連広報センター共催のセミナーで未来サミットの期待値について率直に語った。その中でライダー事務次長が、未来に向けた「対話」が「圧倒的に欠如している信頼の回復」につながる契機となることへの期待を繰り返し強調していたことが、特に印象に残っている。

今年6月に来日したライダー政策担当国連事務次長は、 『効果的で包摂的、ネットワーク化された21世紀型多国間主義を目指して』と題したセミナーで日本の聴衆に向け語りかけた ©UNIC Tokyo

成果文書としてサミット初日の冒頭で採択される予定の「未来のための協定」ならびにその付属文書である「グローバル・デジタル・コンパクト」と「将来世代に関する宣言」は、それぞれの共同進行役のもとで、テキストの交渉の最終局面にある。未来のための協定はアクション中心の文書であり、前文と5つの章立て(持続可能な開発と資金調達、平和と安全、すべての人のためのデジタルの未来、若者と将来の世代、グローバルガバナンス)からなる。人権、ジェンダー平等、気候危機などは、横断的に関わる課題として前文に統合されている。また、唯一の戦争被爆国である日本で関心の高い核兵器のない世界の実現に向けた努力は、平和に向けた国際社会の行動の中で、中核として据えられている。

2022年8月6日広島平和記念式典に出席したグテーレス国連事務総長 核兵器の使用が抽象ではなく現実の脅威になりつつある中、核兵器の廃絶は、「新たな平和への課題」の中で中核に据えられている ©UN Photo/Ichiro Mae

未来サミットそのものは国連加盟国政府が主役だが、彼らは人々の代弁者として出席している。さらに、未来サミットに先立って9月20日・21日に国連本部で開催される未来サミットの「アクション・デイズ」は非国家アクターがむしろ主役であり、特に20日は若者が国連をジャックする。日本の若者も多く現地に入り、参加する予定だ。アクション・デイズを通じて、サミットの目的と未来志向 に沿ったイニシアチブについて、市民社会、民間セク ター、他のステークホルダー、加盟国などの幅広い主体からコミットメントを動員し、行動を促すことを目的とし ている。

2022年の広島訪問時、核軍縮と平和における若者の役割について対話 ©UNIC Tokyo  

国連憲章の前文が国連加盟国政府ではなく「我ら人民」という言葉から始まることを思えば、このサミットはすべての人のためのサミットであり、自分たち自身がそれに反映されていると手ごたえを感じられるものでなければならない。例えば、事務総長直属の部局として新設された「国連ユースオフィス」では、サミットに先立ち #YouthLead というプラットフォームを立ち上げて、世界中から賛同者の声を集めている。集まった声を世界のリーダーに示し、世界のリーダーたちの決定の結末を甘受しなければならない若者たちに意味ある参画の道を開くよう、訴えようというものだ。

2022年のエジプトでのCOP27に際し、事務総長は若者たちから気候アクション推進のエネルギーをもらった(事務総長X投稿より)

未来サミットで課題が完結するのではなく、むしろこれは様々なアクションの出発点だ。このサミットで蒔く種のほとんどは形になるまでに時間がかかり、サミットでの約束を果たすよう政府に説明責任を問い続けなければならない。サミットを受けて、未来のための協定に含まれる勧告や約束の実施に焦点が移ることになる。11月にはアゼルバイジャンで気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)が開催され、気候資金の手当てが優先議題となる。そして来年6月のスペインでの開発資金国際会議では、開発途上国に対する融資、無償資金供与、技術援助をどのように、どのような条件で提供するかを決定する世界銀行や国際通貨基金などをまじえ、国際金融アーキテクチャーを改革する努力がなされることになる。

未来を私たちの手に ― そういう思いを持って、未来サミットを受け止め、サミットからの発信を見守っていただきたい。

未来サミットは幅広い分野の課題に対し、世界の指導者たちがブレークスルー(突破)のための選択をする機会となる

「何もしないともっと暑くなる」SNSムーブメント立ち上げ

国連広報センター所長の根本かおるです。

ウクライナやガザでの戦争で分断の深まる世界を一つにまとめるものがあるとすれば、それは私たち全員がますます暑さを感じているということでしょう。2023年7月に「地球温暖化の時代は終わり、私たちは地球沸騰化の時代に突入した」とアントニオ・グテーレス国連事務総長が評してから1年あまり、地球の平均気温は月ごとの最高気温を更新し続け、世界中の誰にとっても危険になっています。

 

今年、灼熱の気候で、ハッジ巡礼で1,300人もが命を落としました。熱波によって、年間約50万人が死亡していると推定されており、これは熱帯性低気圧による死者の約30倍にも相当します。そしてアジアとアフリカ全域で学校が閉鎖され、8,000万人以上の子どもたちに影響を与えました。国際労働機関(ILO)は、世界の労働者の70%以上、つまり24億人が現在、猛暑の危険にさらされていると警告しています。

深刻な干ばつに見舞われたザンビアでは食料不安も広がる ©UNICEF/UNI308044/Schermbrucker

過度の暑さは世界中で約 2,300 万件の職場での負傷の原因となっています。そして、毎日の気温が34°Cを超えると、労働生産性は50%も低下します。気候危機によって、より激しいハリケーン、洪水、干ばつ、山火事、海面上昇がより頻繁に引き起こされ、「○○年に一度の~」と評される気象現象に遭遇することも珍しくなくなりました。グテーレス事務総長が今年7月に世界的な高温について緊急対策を呼びかける記者会見で表現したように、これはまさに「新たなアブノーマル(非常態)」です。

今年7月カリブ海地域のグレナダを襲ったハリケーン・ベリル 気候変動に最も寄与しない地域の人々がその影響を最も受けている ©WFP/Fedel Mansour

朗報は、私たちには気候危機に歯止めをかけるソリューションがあるということです。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の科学者たちは、生活者・消費者の選択や暮らし方を変えることで、温室効果ガスの排出量を2050年までに4割から7割削減することができると指摘しています。気候変動への危機意識はあるものの何をしたらいいのかわからないという人々が多い中、排出削減効果の大きな行動を示しつつ世の中に浸透させていくことが求められています。

 

科学者の90~100%が、人間は気候変動に対して責任があることに同意。今すぐ行動すれば気候変動を抑制できるとしている。

例えば、日本ではもともと豆腐などの植物性たんぱく質を多く摂る食文化がありますが、それをさらに進めて、大豆ミートや植物由来のアイスクリームなどを日頃の食生活の選択肢に入れることもあるでしょう。日本を代表するビジネス街である大手町・丸の内・有楽町エリアの街おこしの取組である「大丸有SDGs ACT5」が主催したイベントで植物性のアイスクリームにトライする機会がありましたが、まろやかさが引き立ち、通常のアイスクリームとかわらないおいしさでした。イベントに集まった参加者の方々から質問やコメントが積極的に寄せられ、食を通じて気候変動対策を考える機会の強みを実感しました。

7月26日に行われた気候変動セミナーでは、植物由来のアイスクリームの試食も行われた   @大丸有SDGs ACT5実行委員会

また、夏は暑く、冬は寒くてヒートショックを起こしかねない日本の住宅において、クオリティー・オブ・ライフを高めながら暑さ・寒さに対応して快適に暮らせる「断熱」は、エネルギー消費を抑えることで温室効果ガスの排出量の削減につながります。個人・地域レベルでの効果的な気候アクションとしても注目されています。学校の断熱化に関するメディア向け勉強会の開催で連携した気候政策シンクタンク「クライメート・インテグレート」では、地域と学校を巻き込んで行った「断熱ワークショップ」に関連する資料や動画を公開すると同時に、住宅・建築物における気候変動対策について自治体での先行事例と利用可能な補助金・支援制度をまとめて公表しています。

エネルギー消費を抑えることにつながる「断熱」についてのメディア向け勉強会では、各地の実践例も紹介された

さらにより多くの方々に気候危機に歯止めをかけるアクションを知ってもらい、行動してもらおうという狙いから、国連広報センターでは、SDGメディア・コンパクトに加盟する日本メディア有志とともに、2022年から「1.5℃の約束 ― いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」キャンペーンを展開してきましたが、3年目の今年は、気候危機に意識が向かう猛暑の時期をとらえて、「何もしないともっと暑くなる」SNSムーブメントを立ち上げました。

国連が推奨する「個人でできる10の行動」を中心に気候行動を呼びかける

8月1日から9月30日までの2カ月間、国連広報センターとこれらのメディア・団体は、#1.5℃の約束 #何もしないともっと暑くなる #10の行動 の3つのハッシュタグをつけて、それぞれのSNSアカウントから「野菜をもっと多く食べる」「環境に配慮した製品を選ぶ」「声を上げる」といった気候行動を紹介していきます。そして、個人に対してもこれらのハッシュタグを使って、「個人でできる10の行動」のうち、すでにとっている行動やこの機会に始めた行動をシェアすることを呼びかけます。そうして、行動を実践していることを共有し合う好循環を生み出すことを目指します。特に「声を上げる」は、個人の選択と行動を社会変革の力につなげるものとして重要です。

 

 

気象キャスターネットワーク理事長の井田寛子さんも、自身のアクションについての投稿

 

気候危機の流れの中で、ただ手をこまねいているだけでいるのか、それともソリューションの担い手として積極的に行動していくのかで、見えてくる景色もきっと違うはず、と思っています。

グテーレス国連事務総長は異常な暑さに対する世界的な気候行動を要請

ガザの紛争による爆発物のリスクから市民を守る

 

戦禍を受けたガザの人々に人道支援を届けることは命がけです。不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は、国連地雷対策サービス(UNMAS)が不発弾等のリスクを確認し、危険なルートを避けて人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。

そして、日本は、今回のガザ紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。UNMASパレスチナ事務所の中山朋子プログラム・オフィサーが報告します。 

【略歴】中山朋子(なかやま・ともこ) 国連地雷対策サービス(UNMAS)パレスチナ事務所プログラム・オフィサー。在ムンバイ日本国総領事館専門調査員、JICA南スーダン公共放送局能力強化プロジェクト専門家、UNMASニューヨーク本部、UNMASナイジェリア事務所等を経て2022年より現職。

※この文章は、筆者個人の経験、見解であり、UNMASおよび国連の見解を代表するものではありません。

2023年10月 破壊されたガザの様子 @UNRWA 

突然の大規模紛争

10月7日、スペインで参加していた研修を終えた翌朝、インターネットに接続した瞬間、ガザを実効支配する武装組織、ハマスがイスラエルを攻撃したとの第一報を目にしました。最初に目にした映像は、ハマスのロケット弾によるとされる建物などへのダメージや火災の様子や、ガザとイスラエルの境界線に張り巡らされた軍事フェンスの一部が破壊された様子で、直感的に、これはとんでもないことが始まった、今回の紛争はこれまでのような数日から一週間のものではなく、数か月から年単位のものになる、と思いました。私を含め、多くのガザ関係者は、ハマスがしばらく小規模な攻撃もしていなかったことから、近く何かしらの動きがあってもおかしくない、という感覚を持っていたと思います。しかしそれはこれまで定期的に発生していた程度の規模のものだと考えていました。第一報に接した時の衝撃は、言葉では表せないほどでした。

イスラエル側には、アイアン・ドームと呼ばれる高性能のミサイル迎撃システムと、ガザとの境界全体に張り巡らされたフェンスと監視塔があります。これまでのガザ側からの攻撃は、あくまでガザ領域内からのロケット弾等による攻撃で、そのほとんどがアイアン・ドームによって撃ち落とされており、これらの防衛システムを突破することはありませんでした。

ところが、この時の初期報道は既に、これまで行われたことのない規模の攻撃が行われていることを示していました。ハマスが周到に準備をしていたことと、今後のイスラエル側からの報復と、長期間にわたる激しい戦闘が予想されました。

ガザに残る同僚は安全が確認されましたが、国際職員とは違いガザから退避することが非常に難しいであろう現地職員や、多くの罪のないガザ市民にとっては非常に厳しい状況が待ち受けていることは明らかで、何もできないことに心が痛みました。

また、イスラエル側の被害、特に私たちがガザから出入りする際に通過していた何重もの塀やブロックが設置されたエレズの検問所や、よく立ち寄っていたガザに最も近いイスラエルの町が攻撃を受ける様子を目にし、人の良いイスラエル人の検問所職員や町の人々の安否を思い心が痛みました。

私は、UNMASニューヨーク本部、ナイジェリア事務所を経て2022年からパレスチナ事務所で勤務しています。

2018年6月 ニューヨークから南スーダンに視察に訪れた際の筆者(中央) @UNMAS

ガザでは、これまでに何回か規模の大きな紛争がありましたが、私が着任して以降は、ほとんどの場合ロケット弾やミサイルの応酬を中心とするもので、一週間前後で停戦となっていました。週に何回か爆撃の音が聞こえるのは日常で、ガザからの出入りに検問所で長ければ数時間を費やしたり、イスラエルの空港では別レーンで荷物を細かく調べられたりする不便もありましたが、スーパーには十分な品ぞろえがあり、治安も比較的よく、私がそれまで赴任したナイジェリア北東部のボコ・ハラム活動地域や南スーダンに比べ、生活しやすい場所でした。

仕事面では、度重なる紛争でガザに残された爆発物のリスクから市民や人道支援従事者を守るための安全教育や爆発物の調査、除去のプロジェクトを管理する仕事をしていました。当時から、パレスチナ、特にガザでは、食糧、医療、教育などを国連や他の援助機関の支援に頼る人口の割合が高く、多くの問題がありました。不発弾などの爆発物も、人々の生命や安全を脅かすだけでなく、人道支援や、復興、産業の発展を妨げる、重大な問題でした。

しかし、今回の紛争による影響は、これまでの規模をはるかに超えるものです。食糧、医療、教育などとともに、爆発物の問題も、今後長期間に渡り深刻な問題となることが予想されます。

 

混乱を極める中でのガザ支援

UNMASは国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のコンパウンド内に事務所を借りていましたが、そのUNRWAのコンパウンドも多くの部分が破壊され、UNRWAの学校、国際機関、NGOなどの事務所なども破壊されたり、損害を受け、戦闘によりこれまでにない規模の人道的支援が必要とされる中、UNMASを含む国連等支援機関の活動は大きく制限されました。

2023年10月 破壊されたUNRWAのガザ事務所 UNMASも入居していた @UNRWA

国連や援助機関には、ある程度の水、食糧、燃料、医薬品などのストックがありますが、今回のように、誰も予測できなかった事態に対して、十分な体制は全く整っていませんでした。それはUNMASも同じで、人員や予算、機材など、通常時の必要性を超えてこの未曾有の事態に対応する体制は整っていませんでした。

また、まず職員の安全確認、国際スタッフの退避、現地スタッフのガザ南部への避難等安全確保が優先された事や、通信状況が不安定であったことで、状況の把握や、今後の見通しが経たない中、数週間は手探りの状態が続きました。

2023年12月 国連の避難所で生活する人々の様子 @UNRWA

そのような中でも、UNMASの現地職員や、紛争発生時にガザにいた国際職員は、ラジオやSNS、携帯電話のメッセージを通して推定120万人に安全メッセージを届けたり、在庫のポスターやリーフレットを避難所に掲示、配布したり、爆撃の影響を受けた国連等人道支援機関の施設の安全確認を行ったり、紛争直後からできる限りの活動をしました。

11月から12月に掛けて、エジプト側からの国際スタッフの出入りが可能になり、国連全体として、現地にある人材と物資でとりあえずできることをするという段階から、緊急対応の体制が少しづつ整っていきました。UNMASも、戦闘開始時に休暇中だった爆発物処理の専門家がガザに戻り、新たに爆発物処理専門家を増員し、ガザ市民や、人道支援に従事する人々の安全を守る活動を強化しました。

2023年11月 避難所となった国連施設に支援物資が運ばれる様子 @UNRWA

一方、私個人はマネジメントの専門家であり、ガザに戻ることで安全確保、水、食糧など、ただでさえ不足するリソースをひっ迫することや、仕事内容的に通信の安定している場所にいることが現地にいることよりも重要であるため、アンマンに勤務地を変更しました。

この時期の私の業務は、これから必要となる活動の資金を確保するためのコンセプトノート、プロポーザル作成、ドナーとの交渉が最優先でした。これらは非常に短い期限が設定されていることも多いうえに、プログラム管理部門ではたった一人、通信状況など紛争の影響を受けずに作業できる環境にいた私は、プログラム管理部門の仕事のほとんどを行うことになり、週末も深夜まで作業する日々が続きました。しかし、現地職員も自身も厳しい状況になる中できる限りの仕事をしてくれたほか、ニューヨーク本部からの協力もあり、何とかこの時期を乗り切ることができました。

 

ガザに残る同僚たち

多くのガザ市民同様、UNMASのパレスチナ人職員も、ほとんどが退避できず、ガザにとどまっています。多くは家や財産の大部分を失い、南部に避難しています。彼ら自身が非常に厳しい状況にある中、他のガザ市民を爆発物のリスクから守るために働いています。

爆発物の専門的な知識が必要な作業は国際スタッフが行っており、私を含めガザの外にいる国際職員がプロジェクト管理、ロジ、広報等を行っていますが、ガザの現地職員も、爆発物処理専門家のアシスタント業務、市民や国連、国際機関職員に対する危険回避教育、プロジェクト管理の補佐、ロジ、アドミン業務等など、多くの業務を担っており、彼らの貢献なしにはUNMASの活動は維持できません。

その一人が、爆発物危険回避教育を担当する、アマニ・アブ・カルーブさんです。アマニさんも、自宅を追われ、ガザ南部に避難しています。アマニさんは現在、国連で避難民の支援を担当する職員に対して、避難民に爆発物の危険と身を守るための行動を周知してもらうための研修を行ったり、ポスターやリーフレット等の作成と配布、市民に対する直接の爆発物回避教育を行う準備をしています。アマニさんは、「私たちは毎日恐怖に怯え、毎日家族の食糧や生活必需品を確保するのに苦労しています。しかし、市民の命を守るため、危険回避教育を続けます。」と話してくれました。

避難所で働く国連職員に対し、避難民に爆発物の危険性を伝えるための研修を行うアマニさん @UNMAS

一方で、紛争が続くガザに、域外から赴任した国際スタッフがいます。主に爆発物専門家で、ガザには高度な訓練を必要とする爆発物専門家が存在しないため、カルロス・メサさんを含む国際スタッフが派遣され、人道支援を行う国連や援助機関の安全を確保しています。カルロスさんは、「不発弾などの爆発物が残る瓦礫の中や破壊された地域を長時間かけて進む人道物資の運搬は命がけで、UNMASが同行し、不発弾等の脅威を確認し、危険なルートを避け、人道支援の隊列を守らなければ、どんな支援も届けることができません。前回、ガザ南部ハン・ユニスの病院に医薬品、水、燃料などを届けた際には、厳しい状況の中で働く医療従事者や女性や子ども、重症患者が私たちを歓声を上げて迎えてくれました。そのような姿を見ると、自分の仕事を誇りに思います。」と話してくれました。

UNMASの爆発物処理専門家 @UNMAS

爆発物の深刻な影響とガザの今後

私の現在の仕事は、怒涛のコンセプト・ノートやプロポーザル作成とプログラム管理部門のあらゆる緊急の仕事に対応し、なんとか穴を埋めていた段階から、チームのメンバーも増え、中長期を見据えた仕事に少しずつ移行しています。緊急事態の最中、少ない情報と正確に立てられない見通しに基づいて計画されたプロジェクトは、時間が経てば現状に合った計画とは言えなくなります。目の前の状況だけでなく、中長期的に不発弾などの爆発物は、ただ人々の生命や安全を脅かすだけでなく、水、食糧、医薬品、燃料などの支援物資の安全な運搬や配布を脅かすため、UNMASとしても紛争継続中、紛争終結直後、復興から開発段階と、国連全体の方針や優先順位とも照らせ合わせながら、常に計画や実施優先順位を調整していく必要があります。不発弾などが散乱する中では、支援物資を運搬するルートや、配布場所などで爆発事故を招き、被害を増やしかねないからです。

また、停戦が実現すれば、瓦礫の除去と復興へ向けた努力が始まりますが、爆発物はこれらの作業を行う上でも非常に危険です。現在、ガザでは人口の75%にあたる170万人が避難しています。彼らが地元に戻り、家を再建し、農業や畜産業、商売などを再建するにも、彼らに対して人道支援と復興支援を行い、学校や病院を再建するにも、爆発物の除去は必要不可欠です。

現在、UNMASは、爆発物処理の専門家をガザに派遣し、食料、水、燃料、医薬品等を運搬する車列の安全管理のために同行したり、国連や国際機関等の施設の不発弾等によるリスクの評価、上記活動中に確認された不発弾等の分析と記録や、有刺鉄線や危険標識等によるマーキングを行っています。

さらに、SNSメッセージやラジオを通じた爆発物危険回避メッセージの発信や、国連、国際機関の職員に対する危険回避教育や、避難所での安全メッセージを記載したポスターの掲示、食料などの支援物資へのステッカーの貼付、リーフレットの配布などを行っています。さらに、UNMASが低リスクと判断したルートを使用する車列の保安要員への研修を行い、彼ら自身が車列の安全確保を行う取り組みも進めています。

今後、休戦が実現し、治安が改善すれば、詳細かつ広範囲における調査、探索を行い、不発弾等の除去を行う予定です。ガザにおける人道支援や復興支援は、今後数年、十数年に渡ることが予想されます。不発弾等爆発物による詳細な汚染状況は停戦後、調査が可能になるまではわかりませんが、戦闘の規模から考えて、ガザ全土に多くの爆発物が残されることが予想されます。大規模な探索や除去作業が必要となることが予想されるほか、ガザに設立されるであろう新しい統治機構が自ら人道的地雷対策を行うための能力育成も必要です。停戦が実現した後も、息の長い支援が必要になります。

日本は、今回の紛争による爆発物の問題に支援を表明した最初の国です。 ほかのドナー国からの支援も届き始めています。ただし、休戦の見通しが立たず、状況の見極めが困難な中、多くの支援を集めるのは困難が伴います。

状況は非常に不透明ですが、これからも、ガザおよびパレスチナ全体の爆発物対策に貢献し続けたいと思います。

2023年2月 対パレスチナ日本政府代表事務所のメンバーをガザの爆発物処理現場に案内する筆者 @UNMAS

 

ジェンダーと気候変動 南スーダン共和国から

水や薪を求めて、南スーダンの女性たちは遠方まで歩かざるを得ない
©UNMISS Patrick Orchard 

気候変動の深刻化は、気候災害の大幅な増加や多くの国内避難につながっています。さらには安全保障に大きな影響を与え、国連安全保障理事会で気候変動が安全保障の文脈で議論されると同時に、国連PKOの現場では、気候変動が安全を脅かす中でその打撃を受けている女性たちに対して、特別な対応が求められています。国連南スーダンミッション(UNMISS)でジェンダーセクションのチーフを務める、西谷佳純(にしがや・かすみ)シニアアドバイザーの報告です。

 

西谷佳純(にしがや・かすみ)
国連南スーダンミッション(UNMISS)
シニアジェンダーアドバイザー・ジェンダーセクションチーフ
ジェンダー政策アドバイザー。軍事衝突・政変後の鎮静化、和平合意の交渉プロセス・実施促進、復興への移行期、緊急人道支援の開始時の戦略策定における助言、プログラム化、資源の動員やパートナーシップを専門とする。2015年から現職。国連機関(国連開発計画、国連人口基金、国連難民高等弁務官事務所JPO)の他、国際協力機構-JICAインドネシア・カンボディアにおいて政策アドバイザー、また、本部にて国際協力専門員を務めた。哲学博士・政治学国際関係学修士・東南アジア研究学修士(オーストラリア国立大学)、英文学士(明治学院大学文学部)。千葉県立長生高等学校出身。

南スーダンと気候変動

南スーダン共和国は、気候変動による影響に対する脆弱性が最も高い国々の一つである。一口に気候変動の影響といっても、それは、地域、国、また、人によって、影響や深刻度は、異なるが、ここでは、平和、及び、安全保障に対する脅威を増長させるような繰り返し起こり、また、予想がつきにくい気候事象について焦点をあてる。

ここ数年特に顕著なのは、降雨期と雨量の変化や不安定さ、洪水、干ばつ、害虫の蔓延などの気候事象で、既存の紛争促進要因、紛争に対する脆弱性、紛争によって引き起こされる不満や怒りをさらに増長させている。また、これら気候事象は、社会・経済面での負荷を増加し、すでに悪化している人道的な危機に、さらなる負荷を加えている。南スーダン共和国の人口の約95%ほどが、気候に敏感な経済活動に従事し生活の糧を得ていると考えられるが、気候変動によるショックは、ショックを乗り越え対処していくメカニズムにさえ、新たな挑戦を突き付けている。

また、南スーダン共和国は、すでに前代未聞の食糧不足に見舞われている最中だが、気候変動によるショックは、紛争やパンデミックによって引き起こされた課題や日々悪化を続ける価格の高騰にも深刻な負荷を加えている。

2019年 大雨による洪水被害の出た南スーダン南東部  UN Photo/Nektarios Markogiannis

ジェンダーによって異なるインパクト

平和や安全保障に対する脅威をさらに増長させるような気候事象がもたらすインパクトは、男女によって異なる、という報告が少なからず挙がってきている。南スーダン共和国は、他民族で60以上の部族が存在するため、必ずしも男性・女性と一括りにして議論をすることはとても困難である。しかしながら、こうした複雑さを理解した上で言えることは、気候変動ショックは、すでに存在する男女間の不平等や女性・女子の阻害化を明らかに悪化させている、ということだ。

例えば、数多くのコミュニティーで、水汲み、また、薪集めは、女性や女子が行う仕事であるが、気候変動ショックが続くことにより、こうした無償労働の負担が増加し、その道すがら正体不明の武装勢力による攻撃・性暴力、また、強盗などの一般犯罪に巻き込まれる危険性が高まる。

また、南スーダン共和国では、和平合意が包括する政府側と野党勢力たちによる政治的対立と並行して、コミュニティー間の紛争や対立も顕著であり、気候変動によりこれらコミュニティー間の紛争周期がより頻繁になってきている。特に、土地や飲み水を求めた家畜と遊牧民による移動は、移動先の住民社会全体に脅威を与えるだけでなく、農業や役畜の世話を行う女性や女子にとっては、誘拐や性暴力などの危険を伴う。

さらに、長く続いた紛争により、南スーダン共和国では、女性世帯主の増加が顕著である。女性世帯主は、家族を養うためにこれまで以上の努力をしなくてはいけないため、気候変動によるインパクトで、さらに大きな負荷がかかっている。

南スーダン、ジョングレイ州の光景  UN Photo/Martine Perret

UNMISSに期待されていること

他のミッションに先駆け、2021年、UNMISSのマンデートである国連安保理決議2567号は、「気候変動は、紛争をさらに悪化させることになる脅威である」という認識を示す前文を含め採択された。さらに、2022年のマンデートである国連安保理決議2625号では、気候変動、自然環境の変化、自然災害などが、南スーダンの人道状況や安定に影響を与えるという認識が示され、気候変動・自然環境・自然災害対策プログラムには、南スーダン共和国政府や国連によるリスク評価・リスク管理戦略が必要と強調し、気候変動対策のための国連枠組み条約・パリ協定について認識を新たにした。

また、人道援助のために、気候変動による負の影響の評価においてジェンダーに敏感なリスク評価を含むことを指針として示した。さらに、2023年のマンデートでは、上記に加え、事務総長の報告書に、気候変動がミッションのマンデート執行に与えるリスク、及び、南スーダンの平和・安全保障に与えるインパクトについて言及することが求められている。

国連西バヘルエルガゼル州病院に設置されたジェンダー暴力被害者支援を目的とするワンストップセンターのハンドオーバーセレモニー 出典:UNMISS広報部

「女性・平和・安全保障(WPS)」に関する国連安保理決議1325号が2000年に採択されたことにより、国連のフィールドミッションには、それぞれジェンダーアドバイザー、及び、セクションが配置されていて、ミッションマンデートのサイクルにおいて、WPS分野の安保理決議によって期待されている成果、及び、ジェンダー視点の統合を促進する責任を担っている。

当ミッションでは、ジェンダーセクションに、私を含め計18名のスペシャリストが、配置されている上、軍と警察にも、それぞれジェンダー担当官が配置されていて、女性の保護アドバイザーセクションのアドバイザー達と協力しながら、文民保護、和平合意の支援、人権問題の調査・検証、人道支援に資するような環境の創出という4つのマンデート分野で活躍している。

ジェンダーセクションとして特に目指している方向性は、紛争解決から復興・開発へと続く公的意思決定のすべてにおいて、女性の参加と意見の尊重が担保されること、そのリーダーシップが見事に発揮できるようにすること、女性の社会・政治参加を阻むジェンダー暴力などの危険からの保護、法による統治・説明責任の強化、被害者の正義へのアクセスの強化、並びに、すべての紛争分析にジェンダー分析を統合することである。

 

さらに、マンデートにも含まれているジェンダーパリティーの視点から少しコメントをすると、当ミッションは、困難で家族を帯同できない任地であるにもかかわらず、各国からの女性職員が数々のフィールドオフィスでトップを務め、文民保護の中心に女性の保護を据え、コミュニティーの安全を確保してきた。中でも、ユニティー州の紛争や洪水の被害から立ち直ろうとしている女性達の多くを継続して支援してきた日本人職員平原弘子氏が、昨年、本部民生部のディレクターとして昇進し、ミッション本部へ移動となり、これまでに以上に近い距離で一緒に仕事ができるようになったのは大変ありがたい。

国連本部から平和オペレーション担当のラクロワ国連事務次長が南スーダンを訪問した折に、UNMISSミッション本部の女性シニアオフィサーとミーティング 右から6人目が筆者
出典:UNMISS広報部

女性を中心・全面に据えた平和・安定化プロセスへ

南スーダン共和国では、すでに2018年に採択された再活性化された和平合意、及び、2022年に採択されたロードマップをもって、現在ゆるやかに和平プロセスを進めている。和平合意に向けたプロセスでは、50以上の女性市民団体からなる連合「平和のための南スーダン女性連合(South Sudan Women Coalition for Peace)」の活躍により、和平合意実施にかかるメカニズムや機構すべてに、少なくても35%までのレベルに女性を指名せよ、という文言が含まれた。

現在、憲法改定・選挙プロセスのフェーズにまで何とかこぎつけたが、メカニズムや機構への女性の指名は、必ずしも35%以上というところまでは達していない。しかしながら、南スーダン共和国は、その固有の歴史上強い女性リーダーたちが存在し、現在の和平プロセスでも、副大統領、閣僚ポスト、国会議長、知事などのポストにつき、優先法案の可決、地域紛争の仲裁、ジェンダー暴力撤廃などで、女性としてのお手本となりうるリーダーシップや手腕を発揮してきた。さらに、最近では、国際人権条約を次々と署名・批准し、それらの国内化プロセスを進めようという明らかな動きがみられる。

近く予定されている当ミッションの新なマンデートにおいても、平和・安全保障に対する気候変動インパクト、また、南スーダン共和国に対する人道的支援におけるインパクト評価とジェンダー視点の必要性は、以前と同様有効な文言として考えられる。

ミッションとして実質的に関与できうる活動としては、

(1)女性市民社会、及び、任国政府意思決定者、国会議員、治安部門の女性リーダーを対象とした平和・安全保障に対する気候変動インパクト評価、女性の社会進出を踏まえたジェンダー視点の必要性、ジェンダー分析の作成手法などのキャパシティービルディング

(2)コミュニティー紛争を防止するための女性紛争調停者の能力形成、女性紛争調停者ネットワークの構築、女性紛争調停者による紛争解決ベストプラクティスの共有

(3)気候変動対策パイロット事業を通じたコミュニティー女性のエンパワーメント

(4)市民社会団体、伝統的リーダー、地方政府の平和・安全保障に対する気候変動インパクトとジェンダー視点の強化

などが考えられる。当ミッションジェンダーセクションとしては、ミッションや国連事務局の幹部の指導の下、ミッションや国連内での協力はもとより、アフリカ連合、地域間開発協力機構、ドナーによる女性・平和・安全保障についてのコンパクト、各界の女性リーダーやそのネットワークを通じて任国政府・市民社会とパートナーシップや協力関係をさらに深めて、女性・平和・安全保障に係るアジェンダを推進していく所存である。

平和と安定の促進におけるUNMISSの役割を啓発するイベントに参加する女性たち
UN Photo/Martine Perret

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