反社会的勢力の定義について

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端的に言って、今回の答弁書は従来の方針を踏襲した内容である。

 

2007年に政府としての指針である「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」が発表され、それを受けて金融庁は2008年に監督指針の改正を行った。

アクセスFSA 第65号 : 金融庁

 

その際にパブリックコメントが募集されており、その結果は以下で確認することができる。

https://www.fsa.go.jp/news/19/20080326-3/15a.pdf

その中に、そのものズバリのやり取りがある。(P7 #23)

送られたコメントはこうだ。

反社会的勢力のとらえ方として、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」の記載が参考として明記されているが、反社会的勢力との関係遮断の実効性確保のためには、反社会的勢力に関して具体的な定義等を策定する必要がある。特に行為要件について、より具体化した定義等を策定することが必要であると考える。 

それに対する回答が

反社会的勢力はその形態が多様であり、社会情勢等に応じて変化し得ることから、あらかじめ限定的に定義することは性質上そぐわないと考えます。本項の「反社会的勢力のとらえ方」を参考に、各金融機関で実態を踏まえて判断する必要があると考えます。

となっている。

#24も見てみよう。コメントは

「・・・詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団」とあるが、粉飾、脱税、談合等、単なる経済犯罪事案のみでは反社会的勢力と規定する必要はないとの理解でよいか確認したい。同様に「暴力的な要求行為」や「法的な責任を超えた不当な要求」を行う者について、当該行為をもって一律に反社会的勢力とするのではなく、内容を踏まえ、「反社会的勢力に該当するか否か」を銀行として判断することでよいか確認したい。また、「社会的運動標榜ゴロ、政治活動標榜ゴロ、特殊知能暴力集団」の具体的な定義・具体例を明示していただきたい。 

 対する回答は

反社会的勢力をとらえるにあたっては、属性要件のみならず行為要件も考慮し、総合的に判断することが適当であると考えます。したがって、ご指摘の経済犯罪者や「暴力的な要求行為」、「法的な責任を超えた不当な要求」を行う者が直ちに反社会的勢力となるわけではありませんが、当該事由が反社会的勢力を判断する1つの要素にはなり得るとは考えます。社会運動標榜ゴロ等の定義・具体例は、平成16年10月25日付警察庁長通達「組織犯罪対策要綱」を参照ください 

 「総合的に判断することが適当」である。この 「総合的に判断」というキーワードは当該資料で度々使われているが、その含意は社会人なら理解できるであろう。厳密な定義に照らした判断は不能(あるいは不要)なのである。

 

かなりのぶん投げ指針のように思われるが、各金融機関はそれぞれに「実態を踏まえて判断」したようである。また別のパプコメからそのあたりの状況が窺われるので引用すると、

https://www.fsa.go.jp/news/25/20140604-1/01.pdf

いかなる属性・行為をもって反社会的勢力と認定するかは、明確に統一された基準がなく、各事業者の判断で対応されているのが現状ではないかと思われる。健全な経済活動に過度の負担や萎縮をもたらさないよう、事業内容に応じて排除すべき反社会的勢力の範囲が異なる可能性も考慮して、本ガイドラインにおいて明確な反社会的勢力の基準を示していただきたい。(略)

との要望があった。それに対する回答は

反社会的勢力はその形態が多様であり、社会情勢等に応じて変化し得るため、あらかじめ限定的に基準を設けることはその性質上妥当でないと考えます。本ガイドラインを参考に、各事業者において実態を踏まえて判断する必要があります。 (略)

と、けんもほろろである。

回答中の「反社会的勢力はその形態が多様であり、社会情勢等に応じて変化し得る」のくだりは、先に引用したパプコメでも、こちらのパプコメでも、そして今回閣議決定された答弁書や菅官房長官の会見でも繰り返されており、これが政府指針策定当初からの一貫した立場であったことがわかる。

補強証拠としていくつか引用を重ねる。

まずは2013年の国会会議録から。

参議院会議録情報 第185回国会 財政金融委員会 第5号

○政府参考人(細溝清史君) 私どもは、金融機関における反社勢力との取引の有無や内容については、必要に応じて日常の検査監督において確認しております。ただ、反社会的勢力はその形態が多様でありまして、また社会情勢に応じて変化し得るということから、あらかじめ限定的、統一的に定義することは困難でありますので、各金融機関でそれぞれ実態を踏まえてそのデータベースを構築しております。 

そして、

みずほ銀行暴力団融資事件 - Wikipedia

に関する第三者検証委員会の報告書から。

https://www.orico.co.jp/company/news/2013/pdf/20131227_1.pdf

そこで、翻って「反社会的勢力」とは何かを考えてみると、政府指針等によって、「反社会的勢力」の内容についてある程度の指針が示されているが、それもあくまで指針にとどまり、いまだ「反社会的勢力」とは何かを明確に定義付けた法令は存在しないし、公権的に「反社会的勢力」の認定を行う機関というのも存在しない。要するに、「反社会的勢力」とは言っても、その定義付けや該当性判断は、各企業の自主的判断に委ねられているというのが現状である。そのことは、本件において、オリコにおける「反社会的勢力」とみずほグループにおける「反社会的勢力」の内容が相当程度異なっていて、どちらか一方の定義に該当すれば、ただちに他方の定義にも該当するという関係にないことをみてもよく理解し得る。 

 

さて、それなら2007年政府指針に記述され、「定義」であるとみなされている

 暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人

は何なのだと思われた方もいらっしゃるだろう。案ずるに、これは定義ではなく十分条件の一つである。それだけでは反社会的勢力と認定することはできない。さもないと、クレーマーのような人物はまさにこの定義に当てはまり、反社会的勢力とみなされることになってしまう。

また、定義が明確でないことは反社会的勢力の認定が不能であることを意味しない。反社会的勢力のコアの部分である暴力団関係者は属性要件だけで十分に一発アウトである。問題は常に周縁部のグレーゾーンであり、そこに曖昧さを抱えている以上、正確を期するならば「限定的・統一的な定義は困難」と言わざるを得ないのである。

 

※引用した資料が最新でも5年以上前のものであり、現在までの間に事情が変わっているかもしれない。なにぶん数時間で調べて書いた記事なので、その点はご留意いただきたい。