紺色のひと

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熊森協会×EM菌、コラボでナラ枯れ対策?

熊森協会は主たる活動「どんぐり運び」の理由付けのひとつに、ナラ枯れによる森林の衰退や山の餌不足を主張しています。
熊森協会と、ニセ科学として例示されることの多い「EM菌」とのコラボによるナラ枯れ対策が行われるかもしれないとのことで、懸念しています。私の考えを書いてみました。

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熊森協会とEM菌のコラボ

経緯

2020年10月末、熊森協会HPに「ナラ枯れ防止策を求めて、比嘉照夫先生を訪問」との文言がありました。*1
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熊森協会からは本件についての続報がありませんでしたが、比嘉氏が理事長を務める地球環境共生ネットワークの会報において、2021年1月25日で以下のような発表がありました。経緯について詳しくは存じませんが、文脈からは熊森協会からアプローチしたのではないかと思われます。
「U-net通信」第113号(1月5日)(リンク先pdf)

先日、一般財団法人日本熊森協会との色々な話し合いがあった。近年、森が荒れて、ナラ枯れなどでクマの食べ物であるドングリがなく、クマが人里まで出てきてひどい目にあっている。森の荒廃をどう防ぐかが大きな課題になっている。宮城のU-netでは結界を作ってナラ枯れ対策を行っていてうまくいきはじめている。森は個々の畑をやるようには簡単にいかないので、山に対してEMをどうやるか考えていた。奈良県の大神神社の山はEMで蘇った。これまで海の日は川や海にEM投入してきて、EMをやれば汚染から回復できると確信できるようになったが、やはり、山に降った雨水が川や海に集まるので一番いい方法は山にEM が増えて、山から流れ出た水が川や海をきれいにするのが最もいい方法である。
(略)
日本熊森協会からも山でのナラ枯れを防ぎ、他の生物が森で生きれる様に広葉樹林化し、効率よく自然保護をしたいとの申し出があった。我々もU-netの行動規範の最初に出てくる山について、山の日と海の日があるので、山の日に因んでどこかでスタートを切りたい。来年度は海の日と並行して山の日に日本熊森協会と協力してナラ枯れ防止や野生動物が農産物を荒らさないような対策を兼ねて活動を進める。
「U-net通信」第113号(1月5日)P4より抜粋

EMコラボの問題点

EM(有用微生物群、EM菌とも)は、農業・水質汚濁・放射線低減・健康被害などの様々な問題に効果がある! と万能性をうたうことから、ニセ科学の例として言及されます。ニセ科学とは「科学を装っているが科学ではないもの」のこと。EMも、科学的根拠に乏しいものの「なんにでも効く」と主張しており、活動参加の容易さから学校教育にまで入り込んでいることが問題視されています。
EM:疑似科学を科学的に考える 明治大学科学コミュニケーション研究所

また熊森協会は”実践自然保護団体”を自称し、これまでも科学者や研究者の情報発信や姿勢などに対し強く批判を行ってきています。また、自ら「日本奥山学会」という学会も立ち上げています。
そんな熊森協会が、よりによってEMとコラボして活動すると聞き、たいへん驚きました。
これまでも、熊森協会の主張には非科学性が見え隠れしていましたが、ここで改めて協会内部の科学に対する姿勢が露呈したと言えるでしょう。

私は以前から「活動の根拠となる科学的データを自ら示さず(多方面から悪影響が批判されている非科学的な)対策手法を継続する」という熊森協会の活動もニセ科学的であると認識し、活動内容及びその手法について批判してきました。「データはある」と言うものの、彼らからそのデータが科学的検証可能なかたちで公に出されたことはないため、そのあり方がニセ科学的だということです。
*2

本活動の今後と私の意見

先に引用した比嘉氏の団体会報によれば、山の日、2021年8月8日に熊森協会とコラボし、ナラ枯れ防止や野生動物の農作物被害対策に関する活動を行うようです。
何を行うのか詳細は不明ですが、これまで海の日に行われてきたEM団子の海中投入をふまえると、山中へ何らかの投入を行うことも考えられます。熊森協会自身が「何かをまく」ことでクマを助けたい善意の活動の受け皿として機能してきたわけですから、EM団子とは非常に相性がいいかもしれません。
何が入っているかわからない団子をまくことの直接的な悪影響については現時点で不明です。「どんぐり運び」のように、どんぐり内の虫の移動という外来生物問題としての側面や、野生動物への餌付けなど、予測しやすい悪影響があるかどうかはわかりません(もちろん、なさそうだからやっていいと言っているわけではありませんよ)。
また近年は、EMを活用した鳥獣の農作物被害対策として、ペットボトルにEMを入れイノシシの目の高さに固定しておくとか、EMセラミックスをぶら下げて連結し結界をつくるといった提案もあるようですので、こうした具体策が熊森協会のトラスト地で試験的に行われたりするのかもしれません。
こうした事前予想が杞憂に終わり、なにも起こらなかったり、コラボはしたけどまともな対策の活動を行いましたとか、そういうオチであってくれることを祈っています。

とはいえ、既に熊森協会はEMと協力する姿勢を明らかにしてしまいました。菌の働きで放射能が消えるとか、水がきれいになるとか、飲むと健康になるとか、結界を張って動物を寄せ付けないとか、「これでなんでも解決できる」とうたうEMの万能性に問題解決の糸口を求めてしまったんです。それは自然科学の分野で活動している者が、自然保護団体を名乗る者が絶対にやってはいけないことだと私は思います。今後、協会の語る主張にはすべて、ニセ科学的な色がついてしまったとも言えるでしょう。
もうひとつ、熊森協会が運営している奥山学会のことです。正直な話、私は奥山学会を「熊森協会が自らの主張に都合のいい学術的権威を付与するため」のものだと認識していますが、一応は科学の土俵に立つためのものでしょう。科学を語る場を用意する側がニセ科学にすり寄ってどうするんですか。*3


自然科学の分野で活動されている方の間では、熊森協会の活動に科学的根拠が乏しいことは周知の事実と言ってよい状況と思います。しかし、こうまでわかりやすいかたちで表出するとは予想していませんでした。
熊森協会の獣害対策・クマ保全対策は現時点でも十分すぎるほど独自路線ですが、より先鋭化し、一部の賛同者しか受け入れられないような活動を強行していくような方向に進まないかが心配です(内部でもこの動きに疑問を抱いている方がいるのではとか、胃を痛めている方がいるのではとも想像しますが、組織内部の問題は私が心配する筋のことではないと思いますので)。

現在、熊森協会の活動は、クマや森林を守りたい善意の方、動物愛護精神あふれる方、現行の森林・動物保全対策に不満を抱く方など、様々な層の想いの受け皿として機能しているように見えます。今後、EMという科学的に大きな問題を抱える組織と協力することで、熊森協会本来の活動にーー少なからず科学的根拠を必要とする自然保護活動にーー支障が出ることを懸念しています。

以上です。


以下に、関連情報として、ナラ枯れに関すること、また熊森協会とその支部がナラ枯れ対策として実施している「炭まき=山に炭を運び木の根元にまく」と、その大元にある炭の万能性に期待するオカルト方面とのかかわりについて少し整理します。

「ナラ枯れ」について

発生のメカニズム

ナラ枯れの直接的な原因は、カシノナガキクイムシという甲虫によるものとわかっています。この甲虫がナラ類の成木に穴をあけ、ナラ菌と呼ばれる病原菌を媒介させることで、感染木を枯死させてしまうというメカニズムが明らかになっています。
東北森林管理局/カシノナガキクイムシ
ナラ枯れ(ナラ類の集団枯死) 神戸大学 森林資源学研究室 黒田慶子 Kuroda, Keiko

ナラ枯れは時代の変化に伴う燃料資源の変化により、薪炭林として使われなくなったナラ林(ようは雑木林)が成長し、カシノナガキクイムシが発生しやすくなったことにより広まったと考えられています。
芝刈りや薪拾いなど、昭和中期頃までは適宜切り倒され更新されていた若い雑木林。石油燃料の普及や地方の人口減少などで活用されなくなり放置された結果、今まで大発生しなかった虫が広まるようになってしまったという、社会情勢や人と自然のつきあい方が変化したことにより起きたものだといえます。

熊森協会のナラ枯れに関する主張

2020年8月時点で「ナラ枯れの原因は虫ではない」という公式ブログ記事を書いています。協会のナラ枯れ対策は、理事の故宮下氏の主張に沿った伝聞調の筆致で、あまり具体的な話ではないのですが、いずれにせよ協会は主たる原因をカシナガではないと考えているとわかります。

虫原因説から脱皮すべきでしょう。(略)
ナラ枯れの原因は、直接的には虫であったとしても、地球温暖化、酸性雪雨、大気汚染などの人間活動の総合作用によって、木々が弱っただけではなく、土壌内の共生菌である微生物たちが変化したり衰えたりしていることではないでしょうか。
ナラ枯れの原因は虫ではない-くまもりNews
「web魚拓)

ナラ枯れでどんぐりの木を枯らす直接の原因はカシノナガキクイムシという外来昆虫ですが、ナラ枯れの大発生には異常気象や酸性雨(酸性雪)などにより森の木々が弱っていることが影響していると言われています。いずれにせよ、人間の環境破壊の影響です。
今年のナラ枯れ状況とクマ生存の危機-くまもりNews

「炭まき」という対策

熊森協会、特に協会群馬県支部や山形県支部が行ってきた「炭まき」は、協会理事の故 宮下正次氏が提唱し実践していたものとのことです。炭の効力としてのひとつとして期待される土壌改良剤としての役割で、酸性雨により弱った山を再生させたい……という思いがあったのではと想像します。これは想像ですが、元林野庁職員であった氏は現地でも精力的に活動している中で、カシノナガキクイムシ対策として薬液注入や薬剤散布を行っていた当時の手法に疑問を感じ、環境負荷の少ない手法を模索していたのではと思います。

炭は水質浄化や土壌改良など、さまざまなことに活用される自然由来の素材ですが、宮下氏の主張をみると、どうも炭の力を過大評価していた節があるように思えます。
以下のブログ検証記事からの孫引きになりますが、宮下氏は「毒ガス、環境ホルモン、放射能、ダイオキシンも炭が吸着する」「アトピーの毒素を炭が吸着する」という主張をしていたようです。また、オカルト方面ではよく名前が出てくる船井幸雄氏からも「グラビトン・セラミックを使用し、奥日光に結界を張った」ことで、ケガレチをよみがえらせた……と紹介されたとも。
Gazing at the Celestial Blue 熊森とひっつきもっつき、その2の2

1500年前の天皇陵の木々は古代テクノロジー「結界」により青々と守られていた
宮下正次
舩井幸雄.com(船井幸雄.com)|舩井(船井)幸雄のいま知らせたいこと、トップが語る、「いま、伝えたいこと」

ご本人の動機はともかく、オカルト寄りの危うい活動だったように思えます。上記のように炭に万能性を期待するのは、とても科学的な姿勢だとは言えません。また森林内に炭をまくこと自体は土壌改良として理解はできるものの、宮下氏や熊森協会が主張する酸性雨・酸性雪原因説については、既に研究機関から否定的な意見が整理されています。

Q4:
ナラ枯れの要因は「樹齢」だけなのでしょうか。被害の全国分布を見ていると、海岸部が顕著に思われます。10年程前、「日本海側に被害が多いのは、中国からの偏西風による酸性雨が要因である」と教えられたことがあります。
A:
「酸性雨が原因である」という解釈は、研究データに基づいたものではありません。日本海沿岸部に被害が多いこと、および枯死したナラを観察して菌根菌がほとんどついていなかったことから、酸性度が高まった酸性雪によって菌根菌が損傷し、その結果ナラが枯れるという説が90年代に提唱されました。しかし菌根菌がなくなるのはナラ枯損の「原因」ではなく「結果」であることが証明されています。ナラタケ説についても同様です。なお、1930年代など昔のナラ枯れについて、薪炭林を放置した過熟林が枯れたと記録されています。酸性雨がひどかったと考えられない時代に集団枯死が発生していることも、酸性雨(雪)説が支持されない理由です。
森林総合研究所 関西支所/平成20年公開シンポジウム開催報告およびQandA

ちなみに、「ナラ枯れ対策としての炭まき」に対する私の率直な考えは、「炭をまくことがナラ枯れ対策になるとの根拠も乏しく、もっと効果があがることがわかっている別のことをしたほうがいいんじゃないのかな。土壌改良剤としての効果を期待すれば、炭をまく活動自体がまったく無駄とまでは言わないけれど……」です。
もちろん、それでどんぐり運びなんてされたらたまったものではありませんが。

その他資料、関連リンクなど

EM菌の正体(構成微生物を調べました)|片瀬久美子|note
片瀬久美子さんによる、EM菌の分析に関する検証記事です。

asay.hatenadiary.jp
asay.hatenadiary.jp
asay.hatenadiary.jp

*1:トップページの「活動予定」欄への記載であり、現在は更新されて見られません

*2:※これまでの熊森協会の活動だと、協会が飼育に関わっているクマ「とよ」の糞を堆肥化するのにEM菌を使ったことがある程度で、そこまで目立ったものはありませんでした。微生物資材を堆肥発酵に用いるのは別に変な使い方ではなく、支援者の中にEM好きな方でもいるのかな、まあ賛同者が重なるのはよくあることか、と特段問題視はしてきませんでした。 命名『糞デルト発酵シュタイン』?!-くまくま日記

*3:熊森協会の学会に関する参考:熊森協会の科学観と「奥山保全・復元学会」の閉会 - 紺色のひと

クマのため?山にどんぐり・柿を運んではいけない理由

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日本熊森協会にドングリ等を送り、山に運んでもらうという活動が、2004年頃から継続的に行われています。関西圏のヴィーガンカフェ等でどんぐりを受付け、協会に送るという間接的な活動もあるようです。
2020年は、特にクマが人里に出没する件数が多く、連日補殺される等の哀しいニュースが流れてきます。なんとかしたいと私も思いますし、実際にその気持ちを行動に移したいと、せめてドングリを拾って届けたいと考えておいでの方もいらっしゃると思います。
しかし、それは本当にクマのためになる行動でしょうか? 「かわいそうだから」「飢え死にしてしまうから」という気持ちも、「クマに餌をやる」という行動になってしまうと、結果的にクマを苦しめてしまう(殺されるクマを増やしてしまう)ことにつながります。
クマを助けたいというやさしい気持ちを否定するものではありませんが、クマのためにはなりませんし、誰かを傷つけてしまうかもしれません。

私なりに「どうして山に運んではいけないか、その理由」を考えてみましたので、お読みいただけると嬉しいです。
なお、ここでは「なぜクマが山から出てくるか」「どうすればよいか」についての解説はいたしません。以下のリンク先記事が原因と対策を詳しく述べていますので、ご参照ください。
â—†過去5年で最多、「クマ出没」が増えた意外な真相 | 災害・事件・裁判 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
â—†「クマ被害 過去最悪のペース 対策は」(くらし☆解説) | くらし☆解説 | 解説アーカイブス | NHK 解説委員室

理由1.野生動物へ餌やり(餌付け・給餌)はすべきでない、という大原則

その言葉通り、野生動物は自然条件下で生きています。
「餌を与える」という直接的な行為は、餌に依存させ、人に馴れさせ、農作物被害を誘因する等の大きな問題点があります。野生動物に無責任にかかわるべきではありません。

ブナやナラ類など、どんぐりの仲間には豊凶(なり・ふなり)があります。これが繰り返され、芽生えの数やどんぐりを食べる動物の数が変化する(場合によっては飢え死にする)のが自然の中では当たり前のことです。そして、自然の中では凶作の年のほうが多いのです。もし、餌をやることで生き延びてしまったとして、来年そのクマは何を食べて生きていけばいいのでしょうか?
「なんとか助けたい」という気持ちは、もしかしたら「今死ななければそれでいい」という気持ちと表裏一体のように思います。
※このドングリの豊凶については、別記事「絵本「どんぐりかいぎ」で学ぶ熊森ドングリ運びの問題点 - 紺色のひと」で詳しく解説しています。


これまで、野生動物に餌を与えることは、希少種の保護増殖など、いくつかの事例で行われてきました。しかし現代において、野生動物への餌やりはデメリットが大きく、行うべきでないと考えられるようになっています。
こうした野生動物への関わり方は、研究が進んだり、社会全体の考え方が変化することで、「よい/やるべき」とされることが変化します。昔は飼っていたペットを自然に返したり、動物に餌をやったり、魚を放流したりすることが「よいこと」とされていましたが、今は逆に悪影響が大きいとわかり、これらは避けるべきとされています。
こうした知見に基づく価値観をふまえ、ほんとうにクマのためになる活動は何かを考えてみるのがよいと思います。

理由2.結果的にクマを苦しめ、殺してしまいます

餌を食べたクマは一時的には空腹を満たすことができるかもしれません。
しかし、いくつかの理由で、結果的に殺されるクマを増やしてしまうことにつながります。

2-1.人里に寄せるきっかけとなる

ドングリはともかく、柿は人間が品種改良した栽培種で、基本的に山の中にはないものです。
「山に運ぶ」といっても、結局は車で林道をしばらく走り、道から近いところに置いてくるかたちですが、その数キロ~十数キロはクマにとってもすぐに移動可能な距離です。山に接した集落にまで出没している現在、林道づたいに人里まで出られる箇所に餌を置く活動は、「山にクマをとどめておく」よりも「そのまま里に案内してしまう」リスクが高いと考えられます。
こうして人里に近づくことは、クマにとっても殺されるリスクを高めてしまうと言えるでしょう。

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林道沿いにあったツキノワグマのふん。歩きやすい林道は動物にとっても移動経路です
2-2.果樹の味を覚えさせてしまう

ツキノワグマやニホンザルなどの野生動物は、学習の結果として農作物や果樹を食べるようになることが知られています。そして、一度味と場所を覚えると、それを入手できると認識し、繰り返し出没する習性があることが明らかになっています。
クマにおいては、母グマとの生活期間で覚えたり、餌探しの中で人里でたまたま果樹や野菜を食べた個体が、その後農作物被害を継続させると言われています。
山の中に柿やリンゴなどの果実を置くことは、それまで山の中になかった食べものをクマに覚えさせることにつながります。山中に実っていなくても、行動の結果、同じものを人里で見つけた場合、既に食べものとして認識しているクマが柿の木のある人家に近づいてしまいます。人里に近づけば人間との遭遇・接触する機会が増え、結果的に殺されるクマを増やしてしまいます。
※twitterなどのSNS上では、「山の中に柿をおくと、人間の匂いがついた食べものを覚えて匂いをたどり、人里に出没するようになる」との主張をされている方も見受けられますが、私はその説に懐疑的です。とはいえ、学習により出没のリスクを高めてしまうこと、結果的に殺される可能性を上げてしまうことは同じです。

理由3.活動中の事故が心配

詳細はわかりませんが、現在、どんぐりや柿は熊森協会のスタッフさんの手によって各地の山に運ばれているようです。この時期に何度も山の中に入ることはクマと遭遇する可能性を上げ、出会い頭の怪我などの人身事故につながりかねません。また、もし同じ場所に何度も運びに行っているのであれば、食べものがあると認識したクマが周囲にいることも十分に考えられます。非常に危険です。

じゃあどうすればいいのか

「クマを助けたい」という気持ち、よくわかります。
熊森協会の活動は、理念は崇高だと感じるものの、その活動手法などに問題が大きいと感じており、僕個人としては支援をおすすめできません(応援はしているのです、本当に)。
他にも、クマの保全や対策を行っている団体があります。

特定非営利活動法人ピッキオ
ピッキオは、ベアドッグの育成や学習放獣など、軽井沢を中心にクマと人間の共生について活動しているNPOです。支援や寄付についてはこちらのページを参照ください。

日本クマネットワーク|ヒグマ・ツキノワグマ
JBN(日本クマネットワーク)は、日本でクマと人間の共存をはかるためつくられたNGOです。会員としての支援や寄付はこちらのページから受け付けています。

知床財団|世界自然遺産「知床」にある公益財団法人
知床財団は、北海道を中心に環境教育や普及啓発、野生生物の保護管理・調査研究、森づくりなどを行ってきた公益財団法人です。賛助会員・寄付についてはこちらのページから確認できます。

おわりに

熊森協会は、「クマたちを山にとどめるために、緊急対策として里の実りを山中に運ぶことせざるを得ない」と主張していますが、上記の理由から反対するものです。
クマを山にとどめる、里に出てこないようにする……という目標設定は正しいと私も賛成しますが、そのための対策手段として「餌を運ぶ」ことはクマにも人間にもデメリットがあまりに大きく、絶対にやるべきではありません。

クマに無責任に餌を与え、依存させることは、「生態系を破壊する人間」の無責任な行動そのものとも言えるでしょう。熊森協会が批判していた人間のあり方をなぞっているように見えるのは皮肉です。

熊森協会さんには、デメリットの大きな「餌運び」活動の誤りを認め、ただちにやめていただきたいです。そして、改めて賛同者により具体的な対策を啓発し、前向きに改善してもらいたいのです。せっかくの行動力、もったいないですよ。クマのために使ってください。どうかお願いいたします。

◆補足解説

「どんぐり運び」に対する批判について

以前から協会が行ってきた上記活動は、学識者、専門家、他の環境保全活動をしている団体から批判されています。いくつか紹介します。

1.野生動物への給餌活動について

例を挙げると、環境省による希少種保全のための給餌(タンチョウやシマフクロウ)が行われたり、集団越冬地などで地元団体によるハクチョウへの餌付けが行われたりしてきた経緯があります。
しかし、希少種保全のための給餌に関しては、平成19年の環境省の方針発表以降、「特別な事例を除き、安易な餌付けの防止についての普及啓発に取り組む」として、餌付けが行われないよう取り組みを進めています。

野生鳥獣の保護管理に係る計画制度 基本指針 || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省](H29.9告示版)

またここでの「特別な事例」は希少鳥獣の保護等に関するものですが、これも餌を置けばよいというものではなく、対象となる個体の数や必要な餌の量を十分に把握し、計画的に行われるよう定められています。
例えばシマフクロウは国内で百数十羽という絶滅の危機に瀕した鳥ですが、民営旅館による給餌は(故意であろうとなかろうと)安易な餌付け行為であり、やめるよう指導されています。
北海道地方環境事務所_シマフクロウ保護増殖事業
釧路自然環境事務所_シマフクロウ保護増殖事業における給餌等について(お知らせ)
またハクチョウ等の集団営巣地での給餌も、鳥インフルエンザイルスの蔓延防止対策として、全国的に縮小傾向にあります。

第八 鳥獣への安易な餌付けの防止
鳥獣への安易な餌付けにより、人の与える食物への依存、人馴れが進むこと等による人身被害、農作物被害等の誘因となり、生態系や鳥獣保護管理への影響が生じるおそれがある。
このため、国及び都道府県は希少鳥獣の保護のために行われる給餌等の特別な事例を除き、地域における鳥獣の生息状況や鳥獣被害の発生状況を踏まえて、鳥獣への安易な餌付けの防止についての普及啓発等に積極的に取り組むものとする。また、鳥獣を観光等に利用するための餌付けについても、鳥獣の生息状況への影響や、鳥獣被害の誘因となることがないように十分配慮するものとする。
さらに、不適切な生ごみの処理や未収穫作物の放置は、結果として鳥獣への餌付けにつながり、鳥獣による生活環境や農林水産業等への被害の誘因にもなることから、安易な餌付けが行われることのないよう、鳥獣の生息状況を踏まえながら地域社会等での普及啓発等にも努めるものとする。
クマやサルなど野生動物への餌付け防止について || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省]

2.その他の問題点

2-1.餌の量

秋のツキノワグマは冬ごもりにそなえ、広い距離を移動し、ドングリなどを中心に食べます。
飼育下で一日10kg以上のドングリを食べた(熊森協会)との報告例もあり、たまに運ぶ程度では冬眠までの空腹を満たせるとは考えられません。とはいえ、実際に協会がどの程度の量をどの程度の範囲に、何頭ぶんの食糧を見込んで運んでいるのかは、情報が公開されていないのでわかりません。ただ個人的には、十分でないことは認識しておられるのではないかと感じています。
実施者である熊森協会も、役に立った証拠として「クマが食べた」という写真を出すものの、どこにどれだけの量を運んだのか、その地域には何頭程度生息している見込みで、どの程度運べば十分と考えているか等の計画が一切見えてきません。私が協会会員の方から聞き取りを行った際、ドングリ運び活動自体が計画的でないことを示唆する内容もあり、「地域のクマの空腹を満たす」ことは運んだ直後の一時的なものに過ぎないと考えます。

2-1.遺伝的撹乱の観点

上記では割愛しましたが、ドングリは植物の種子であり、基本的に自然条件下で移動する可能性のある範囲外へ人間が運び散布することは、外来種問題・地域性遺伝子の撹乱の観点から避けるべきです。
この件は2004年時点で協会の活動に異を唱えておられた以下の邦文が詳しいです。
野生グマに対する餌付け行為としてのドングリ散布の是非について~保全生物学的観点から~

2-2.人里への誘因

カキノキ科の自生種や、放棄された集落や家の周辺で柿の木が「山の中にあるように見える」ことはあると思いますが、一般的に知られる「柿」は品種改良された果物であり、野生の果実よりも非常に糖度が高いものです。クマに対しては大きな誘因効果を持ちます。

3.事故リスク

心情的にはこれが一番大きな理由です。善意で活動に協力・参加しているスタッフやボランティアの方が、作業中にクマに襲われていいはずがありません。餌運びでこうした活動を継続すること自体、事故のリスクを上げています。キノコ狩りや狩猟は好きで生息地の中に入っていっているわけですが、クマを助けようとして山に入っていって事故に遭うのはあんまりじゃありませんか。何か起こる前に、やめてもらいたいです。


なお熊森協会はこうしたドングリ運びの活動について、2020年11月時点で改めて公式ブログ記事を更新し、協力を呼びかけています。
一般的に批判されている内容に対する反論めいた記述も含まれていますが、正直根拠に欠け、反論と呼べるものではないと感じます。「山に置いた餌をクマが食べている」ことは、ただの食べた証拠であって、活動の正当性や効果を証明するものではありません。
熊森が運んだドングリをクマたちが食べています-くまもりNews


以上、「どうして『餌不足のクマのために、山にどんぐりや柿を運ぶ』のがいけないの?」について、2020年秋時点での私の個人的な考えをまとめてみました。適宜加筆修正予定です。
2021.3.11 章立てを修正しました