少女像設置と日韓合意
釜山の日本総領事館前に市民団体が慰安婦少女像を設置した件で、日本側も駐韓国大使を一時帰国させるなどの対抗措置をとることを発表し、問題が深刻化しているようだ*1。残念なことである。
平成27年12月28日の日韓外相会談では、いわゆる慰安婦問題について、主に以下のような合意がなされた*2。
- 慰安婦問題について日本は責任を痛感し、安倍内閣総理大臣が総理として改めて心からおわびと反省の気持ちを表明する。
- 元慰安婦の心の傷を癒すため、韓国は元慰安婦支援のための財団を設立し、日本はこれに10億円程度の資金を拠出して、日韓両政府協力のもと心の傷を癒す事業にあたる。
- 在韓日本大使館前の少女像について、韓国は関連団体との協議等を通じて適切な解決がなされるよう努力する。
この日韓合意に基づいて、日韓双方はこの1年さまざまに努力を重ねてきた。
日本側では、安倍が電話会談において、朴槿恵(パク・クネ)に対し、慰安婦問題について心からのおわびと反省の気持ちを表明した。また、財団への10億円の資金拠出についても、少女像の撤去をまたずにこれを実行した*3。
韓国側では、元慰安婦支援のための「和解・癒し財団」を平成28年7月28日に設立し、その運営費も韓国政府が負担することとした*4。また、国民の反対も強い中*5、「和解・癒し財団」による元慰安婦への個別面談等を重ねた結果、平成28年12月21日時点において、日韓合意時に存命だった46人中7割強にあたる34人の元慰安婦が財団からの現金支給を受け入れることを明らかにしている*6。
こうしたさまざまな努力が水泡に帰するのは、日韓双方にとって不幸なことである。今回の慰安婦少女像設置について、韓国外務省は「外国公館への国際儀礼や慣行を考える必要がある。我が政府や当該機関が慰安婦問題の歴史の教訓を記憶する適切な場所について知恵を絞ることを期待する」としており*7、移転が望ましいとする立場をにじませている。また釜山東区は、一度は慰安婦少女像を撤去しており、その後容認の立場に転じたとはいえ、あくまでもその「設置を妨げない」というにとどまる*8。日本としてもこうした点に十分留意して、いたずらに問題をこじれさせることのないように望む。
日本側「戦犯」
ところで上記のとおり、本件において慰安婦少女像は、平成28年12月28日に一度は撤去されたものの、同月30日に再び設置されるという経緯をたどっている。そして、その合間の同月29日に、稲田朋美防衛相は靖国参拝を行っている*9。
稲田のこの靖国参拝に対して、当然韓国は猛反発しており、韓国外務省は同日に在韓日本大使館の丸山浩平総務公使を呼び出して抗議も行っている*10。こうした稲田の行動ないしこれに刺激された韓国世論が翌30日の釜山東区の判断変更に影響を及ぼしたのではないかと考えるのは自然なことであり、実際ル・モンドはそのように分析している*11。
そもそも大臣の靖国参拝が政教分離との関係で大きな問題となりうることは以前の記事で述べたとおりであるが、その点をおくとしても、慰安婦少女像の撤去が問題となっている時期に靖国参拝を実行すれば、問題に悪影響を及ぼしうることは容易に予測できる。そのような悪影響を覚悟してでも靖国参拝を行うべき必要性があったというわけでもなく、稲田の行動は軽率であるというほかない。というよりも、稲田が日韓合意の成立直後から問題を蒸し返すかのような挑発的な発言を行っていたことなどからすれば*12、問題に悪影響を及ぼすことを意図していたのではないかとさえ邪推してしまう。本件を深刻化させた日本側「戦犯」は、疑いなく稲田である。
韓国の国政は韓国国民が決するものであり、納得のいかない点があったとしても、基本的には韓国国民の判断に委ねるよりない。ある意味で日本国民にはどうすることもできないことがらである。しかし、日本の国政については、日本国民が判断し、変えていくことができる。またそうであるからこそ、誰に対しても恥じることのない判断を行う責任が、日本国民の一人ひとりに課せられているとも言える。「日本国民にできるのは、基本的には日本の政治(ないし政治家)を評価し、変えていくことだけである」これこそが、ゆるぎない「現実」である。
現実主義がかまびすしく主張される昨今、人々が「現実」を直視し、なしうることをなす、すなわち本件に関して明らかな悪影響を及ぼした稲田(ないしこれを要職に据えた政権)に対して正当な判断に基づいた行動(投票等)をとることを期待したい。
*1:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170106/k10010830651000.html
*2:http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001667.html
*3:http://www.asahi.com/articles/ASJ80369MJ80UHBI00M.html
*4:http://www.sankei.com/world/news/160801/wor1608010034-n1.html
*5:http://www.genron-npo.net/world/archives/6313.html
*6:http://www.sankei.com/world/news/161221/wor1612210052-n1.html
*7:http://www.asahi.com/articles/ASJDZ3T7QJDZUHBI00J.html
*8:前掲注7記事参照。
*9:前掲注7記事参照。
*10:http://www.yomiuri.co.jp/world/20161229-OYT1T50037.html
*11:http://blog.tatsuru.com/2017/01/08_1049.php参照。
*12:http://www.sankei.com/politics/news/151228/plt1512280055-n1.html