下記の仲間。
日本語アレコレの索引(日々増殖中)【27】
https:/
mixi日記2021年12月日から
テーマサイトは下記。
【存続の危機】
https:/
===========引用開始
質問者:ahkrkr
質問日時:2021/12/11 01:40回答数:4件
絶滅の危機、消滅の危機という言葉は理解できますが、存続の危機も日本語として正しいのでしょうか。存続は絶滅、消滅の対義語になりますが。
===========引用終了
過去に何回か書いているけど、とっちらかり気味なので、まとめる。
コメントにあったNHKのサイトはノーチェックだった。
まず、「存亡の危機」について。これはもともとは誤用なのでは。
NHKのサイトに〈ある通信社の記者ハンドブックの最新版からは,それまで「誤りやすい表現」の一つに掲げられていた「存亡の危機」が消えた〉とある。これって『記者ハンドブック』だろうね。2017年7月の最新版はたぶん13版だろう。
たしかに12版P500にあった〈存亡の危機→存亡の機、存続の危機〉って記述が、13版P484では消えている。
〈聞くところによれば,「一般化しているととらえるべき」とのことだった〉とか。こういうときに、〈聞くところによれば〉っていうのだろうか。どこで〈聞いた〉のか。
論理的には間違っていると思う。
反対の意味の言葉を並べた例に「生死」がある。「生死がかかる」「生死の分かれ目」などはあっても、「生死の危機」では意味不明だろう。現段階では辞書も認めていないようだ。まぁ、時間の問題かな。かなり保守的な記者ハンが許容したのでは。
「存続の危機」に関しては、NHKの考え方が適切なんだろう。
===========引用開始
もともと「◯◯の危機」ということばは,やや特殊な面を持っている。「絶滅の危機」という場合もあれば,「存続の危機」という場合もあるからだ。つまり「絶滅の危機」であれば,危機の内容そのものを◯◯が指していることになり,一方「存続の危機」であれば,「◯◯が危ぶまれる」という意味となる。
===========引用終了
当方も過去に悩んだけど、両方とも使えそうなんだから、しょうがない気がする。
問題は、類例。「死滅の危機」とは言っても「生存の危機」は……いわなくはないか。
そう考えると、「存続の危機」も許容だろうか。
「倒産の危機」だから「存続の方策」を模索するものだと思うけど。
結局、「存亡の危機」も「存続の危機」も、論理的にはおかしいけどアリと考えるしかないのだろう。
「帯説」は以前聞いたことがある。
下記か。
【「難易度」の話】
https:/
↓
【関連トピ紹介】31──難易度
http://
以下、過去のエントリーと、NHKのサイトの保全。
【重言の話2】2008-11-24
http://
===========引用開始
13)存亡の危機 50.8
これは重言ではなく誤用って気がする。「滅亡の危機」(同義の言葉を重ねている)はアリ。「生死の分かれ目」(反対語を並べている)とは言っても「生死の危機」とは言わない。ネット辞書の用例は「会社のーをかけた企画」「危急ーの秋(とき)」。誤用と断言する自信はないけど、自分ではまず使わない。
ちょっとひっかかった。「存続」の場合はどっちだ? 構造としては、「滅亡」と一緒だよな(意味は逆だけど)。素直なのは「存続がかかる」(「存亡」と成り立ちが違うのに同じ用法がアリ?)、「存続の可能性を探る」みたいな用法。でも「存続の危機」も言いそうなのはなぜだ?
「滅亡の危機」は「滅亡しかねない危機」だよな。「存続の危機」の場合は「存続するのがむずかしい危機」か?
===========引用終了
【2013年11月の朝日新聞から】
http://
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━引用開始
13-11-02
25日
暴力団観戦問題に野球賭博事件、八百長事件と不祥事が立て続けに起き、大相撲は存亡の危機に立たされた。(朝刊13面)
抜井規泰記者。やはり「存続の危機」あたりだろう。過去に当時の放駒理事長のインタビューで問題になったことを踏まえてのことなのだろうか。「天声人語」でもつかっていたしなぁ。
http://
================引用開始
【2011年2月】
11-02-4
3日
「協会存亡の危機では」と問われた理事長は「私もそういう認識でいる」と苦渋の表情で語った。(朝刊30面)
記者不明。そもそも「存亡の危機」って誤用を口走ったのは放駒理事長だと思っていた。違うのかな? 下記でも放駒理事長は口にしてはいない。
http://
================引用終了
http://
================引用開始
【2012年12月】
12-12-01
14日
存亡の危機に、同社は動揺を隠せない(朝刊1面)
「天声人語」。「存続の危機」と「存亡のとき(など)」の混用だろうな。
================引用終了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━引用終了
1887)【2016年度の「国語に関する世論調査」 存亡の危機 足元をすくわれる 話のさわり】
https:/
http://
===========引用開始
■存亡の危機
そうか。歴代首相も使っているのね。
放駒親方が使ったインパクトが大きいと思っていた。実際には親方が口走ったのではなく、質問した記者が間違ったらしい。
【2013年11月の朝日新聞から】
http://
「存続の危機」と「存亡のとき(など)」の混用だろうな。
問題は、日経の記事にある「存亡の機」の読み方。
「ソンボウノキ」なんだろうな。こんなものを選択するほうが●●だろう。意味わかんないも。
選択肢に「存亡のとき」(正確には「危急存亡の秋(とき)」)があったら、多少結果がかわっただろう。
「存続の危機」があればもっとかわったと思う。やっぱり訊き方がおかしい。
===========引用終了
【「存亡の危機」は誤りか?】(JULY 2017)
https:/
===========引用開始
「存亡の危機」という表現について,番組
の制作担当者から問い合わせを受けた。放
送でその表現を使ったところ,視聴者から
「間違いではないか」との指摘を受けたとい
うのだ。確かに,辞書の用例でよく見かけ
るのは,「危急存亡の秋
とき
」である。中には「存
亡の危機」は誤りであり,「存」か「亡」か
の瀬戸際を意味する「存亡の機」が正しい
とする書籍もある。
もともと「◯◯の危機」ということばは,
やや特殊な面を持っている。「絶滅の危機」
という場合もあれば,「存続の危機」という
場合もあるからだ。つまり「絶滅の危機」
であれば,危機の内容そのものを◯◯が指
していることになり,一方「存続の危機」
であれば,「◯◯が危ぶまれる」という意味
となる。
すなわち「◯◯の危機」は,両方向の意
味で使えるものの,「存亡」のように,◯◯
に正反対の語を並べたものの場合には使え
ない,というのが誤用の根拠となっている
ようだ。「存亡」とくるのであれば,「危機」
ではなく,「存亡」をかけるような場面,局
面という意味で「機」「とき」を使うべきだ
という主張である。
本来は,故事である「危急存亡の秋
とき
」の
ような使い方が主流であったのかもしれ
ない。しかし,もはや,その使い方は実態
としてはあまり見られなくなり,「存亡の
危機」が,例えば「国家存亡の危機に直面
する」などのような形で使われることが多
くなっている。国立国語研究所が構築した
コーパス(ことばのデータベース)を専用
ツールで分析してみても,この「存亡の危機」
は,「存亡の機」「存亡の秋
とき
」を圧倒している。
理屈からするとおかしな日本語ではない
かと見る向きもあるかもしれないが,「存亡」
のように,意味の対立する語が組み合わ
さった熟語については,「帯
たいせつ
説」と呼ばれる
とらえ方もある。「難易度」の「難」と「易」,
「恩おん
讐
しゅう
を超えて」の「恩」と「讐
しゅう
」のように,
対極の意味を持つことばが組み合わさった
場合,片方の語(「難易度」であれば,「易」,
「恩おん
讐
しゅう
を超えて」であれば「恩」)が意味を
失うという現象である。中には,「『難易度
が高い』は意味がおかしい。『難度が高い』
の誤りではないか」との主張もまれにあるが,
「帯たいせつ
説」の考え方によれば問題はない。
ある通信社の記者ハンドブックの最新版
からは,それまで「誤りやすい表現」の一
つに掲げられていた「存亡の危機」が消えた。
聞くところによれば,「一般化しているとと
らえるべき」とのことだった。ここまで使
用の実態が広がっている以上,妥当な判断
だと思う。逆に「存亡の機」「存亡の秋
とき
」と
いう表現こそ,まさに今,「存亡の危機」に
立たされているといってよいだろう。
田中伊式(たなか いしき)
===========引用終了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ブログランキングに参加しています。
下のアイコンを押してもらえると励みになります。たぶん。
とってもうれしいです。
※やはり「うれしいです」は美しくない。
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12282289501.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━