要旨
理化学研究所環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの中村龍平チームリーダー、石居拓己研修生(研究当時)、東京大学大学院工学系研究科の橋本和仁教授らの共同研究チームは、電気エネルギーを直接利用して生きる微生物を初めて特定し、その代謝反応の検出に成功しました。
一部の生物は、生命の維持に必要な栄養分を自ら合成します。栄養分を作るにはエネルギーが必要です。例えば植物は、太陽光をエネルギーとして二酸化炭素からデンプンを合成します。一方、太陽光が届かない環境においては、化学合成生物と呼ばれる水素や硫黄などの化学物質のエネルギーを利用する生物が存在します。二酸化炭素から栄養分を作り出す生物は、これまで光合成か化学合成のどちらか用いていると考えられてきました。
共同研究チームは、2010年に太陽光が届かない深海熱水環境に電気を非常によく通す岩石が豊富に存在することを見出しました。そして、電気を流す岩石が触媒となり、海底下から噴き出る熱水が岩石と接触することで電流が生じることを発見しました注1),注2)。これらを踏まえ、海底に生息する生物の一部は光と化学物質に代わる第3のエネルギーとして電気を利用して生きているのではないかという仮説を立て、本研究を実施しました。
共同研究チームは、鉄イオンをエネルギーとして利用する鉄酸化細菌の一種であるAcidithiobacillus ferrooxidans(A.ferrooxidans)[1]に着目し、鉄イオンは含まれず、電気のみがエネルギー源となる環境で細胞の培養を行いました。その結果、細胞の増殖を確認し、細胞が体外の電極から電子を引き抜くことでNADH[2]を作り出し、ルビスコタンパク質[3]を介して二酸化炭素から有機物を合成する能力を持つことを突き止めました。さらにA.ferrooxidansは、わずか0.3V程度の小さな電位差を1V以上にまで高める能力を持ち、非常に微弱な電気エネルギーの利用を可能にしていることが分かりました。
本研究は、電気が光と化学物質に続く、地球上の食物連鎖を支える第3のエネルギーであることを示しました。今後、深海底に広がる電気に依存した生命圏である電気生態系を調査する上で重要な知見になると期待できます。成果は、スイスのオンライン科学雑誌『Frontiers in Microbiology』(9月25日付け:日本時間9月25日)に掲載されます。
- 注1) R. Nakamura, T. Takashima, S. Kato, K. Takai, M. Yamamoto, K. Hashimoto, “Electrical Current Generation across a Black Smoker Chimney”, Angewandte Chemie-International Edition, 2010, 49, 7692-7694.
- 注2) 2013年9月25日プレスリリース 「Natural deep-sea batteries(英語)」
背景
地球上の生物は、光合成生物と化学合成生物によって作り出される有機物によって支えられています。光合成生物は太陽光をエネルギーとし、化学合成生物を水素や硫黄などの化学物質をエネルギーとして利用することで二酸化炭素から糖やアミノ酸を作り出します。これらの生物は、食物連鎖の出発点となり、人間を含めた地球上の生命活動を支えています。
一方、ごく最近になり、光合成と化学合成に代わる第3の有機物を合成する生物として、電気で生きる微生物(電気合成微生物)の存在が注目を集め始めています。特に、深海底や地中などの生物が利用できるエネルギーが極端に少ない環境においては、海底を流れる電流を利用する電気合成微生物が深海生命圏の一次生産者となる可能性があると、議論されています。
共同研究チームはこれまでに、深海底には電気をよく通す岩石が豊富に存在すること、そして、マグマに蓄えられた熱と化学エネルギーが岩石を介して電気エネルギーに変換されることを明らかにしました。しかし、この電流を利用して細胞増殖可能な微生物は特定されていません。また、微生物が電気エネルギーを利用する上で必要となる代謝経路も解明されていませんでした。
研究手法と成果
共同研究チームは、電気で生きる微生物の特定を目指し、鉄イオンをエネルギー源として利用する化学合成細菌の一種であるAcidithiobacillus ferrooxidans(A.ferrooxidans)に着目しました(図1)。A.ferrooxidansは、細胞の外膜にシトクロムと呼ばれる電子伝達系タンパク質(cyc2)を持っています。また、このcyc2を介した細胞内膜から細胞質へとつながる長距離の細胞内電子伝達系を持っています。
共同研究チームはまず、通常のA.ferrooxidansの培養で用いる2価の鉄イオンを培地とせず、固体の電極を電子源として用いた電気化学反応容器の中で細胞の培養を行いました。すると、細胞を電気化学反応容器に添加した直後に微弱な電流の生成が観測され、時間の経過と共にマイナスの電流が増大しました(図2)。ここで、滅菌光に相当する紫外光(254nm)を細胞に照射すると、電流は大幅に減少しました(図2)。このことから、観測された電流は細胞の代謝活動に由来することが明らかとなりました。
次に、観測された電流が二酸化炭素の還元反応に利用されるかを確認しました。A.ferrooxidansは、細胞質に存在するルビスコタンパク質を介して二酸化炭素から有機物を合成する代謝経路を持ちちます(図3)。その駆動には、aa3複合タンパク質[4]を介したプロトン(水素イオン)駆動力[5]の生成と、bc1複合タンパク質[6]を介したNADHの生成が必要になります。そこで共同研究チームは、aa3複合タンパク質とbc1複合タンパク質のそれぞれに対して特異的な阻害効果を持つ化合物を加え、電流生成の変化を追跡しました。aa3複合タンパク質の阻害剤としては一酸化炭素を用い、bc1複合タンパク質の阻害剤としてはアンチマイシンAを用いたところ、電流生成が抑制されました。aa3複合タンパク質は、鉄イオンを用いた培養時に特異的に発現する酵素です。したがって、A.ferrooxidansは鉄イオン培養時と類似の代謝経路を用いて電極から電子を獲得し、aa3複合タンパク質を介して作り出したプロトン駆動力を用いて、電子をbc1複合タンパク質からNDH1[7]にまで輸送することが明らかになりました(図3)。さらに、電流が流れる条件においてのみ、電極上に付着した細胞が増殖したことから、細胞の内部に輸送された電子が二酸化炭素の固定に利用されていることが分かりました。
電気を用いて二酸化炭素から有機物を合成する際、A.ferrooxidansは0.3V程度の非常に小さな電位差を利用します(図3)。しかし、通常0.3Vの電位差では、二酸化炭素から有機物を作り出すことはできません。これは、A.ferrooxidansが外膜から内膜にかけて広がる分岐型の電子輸送経路を「昇圧回路」として用いていることを示しています。実際に本研究では、A.ferrooxidansは0.3Vの電位差を1.14Vまで高めていました。また、電極の表面で細胞が増殖したことからも、A.ferrooxidansが微弱な電位差を利用しながら生きる電気合成生物であることが明らかとなりました。
今後の期待
本研究により、鉄酸化細菌の一種であるA.ferrooxidansは、鉄イオンの他に電気をエネルギー源として利用し、増殖できることが明らかになりました。この結果は、電気が光と化学物質に続く地球上の食物連鎖を支える第3のエネルギーであることを示すと同時に、二酸化炭素の固定反応に関わる微生物代謝の多様性を示すものです。深海底に広がる電気に依存した生命圏である電気生態系を今後調査する上で、重要な知見になると期待できます。また、極めて微小な電力で生きる電気合成微生物の存在は、微小電力の利用という観点からも新たな知見を提供するものです。
原論文情報
- Takumi Ishii, Satoshi Kawaichi, Hirotaka Nakagawa, Kazuhito Hashimoto and Ryuhei Nakamura, "From Chemolithoautotrophs to Electrolithoautotrophs: CO2 Fixation by Fe(II)-Oxidizing Bacteria Coupled with Direct Uptake of Electrons from Solid Electron Sources", Frontiers in Microbiology, 10.3389/fmicb.2015.00994
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平
研修生 石居 拓己(研究当時)
東京大学大学院 工学系研究科
教授 橋本 和仁
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.Acidithiobacillus ferrooxidans(A.ferrooxidans)
鉄酸化化学独立細菌として古くから知られたグラム陰性の菌体であり、高濃度の鉄が存在するpH2以下の酸性条件に生息する極限微生物の一種。エネルギー源として鉄イオンや硫黄を用い、二酸化炭素から有機物を作り出す。 - 2.NADH
ニコチンアミド-アデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)の略。生物が用いる電子伝達体物質の一つ。 - 3.ルビスコタンパク質
二酸化炭素を取り込み、糖を合成するタンパク質。 - 4.aa3複合タンパク質
呼吸鎖電子伝達系の末端に位置し、酸素分子を還元することでプロトン(水素イオン)の濃度勾配を作り出すタンパク質。 - 5.プロトン(水素イオン)駆動力
プロトンの濃度勾配に由来する化学エネルギー。 - 6.bc1複合タンパク質
呼吸鎖電子伝達系においてキノンとシトクロムcの間で進行する酸化還元反応を触媒するタンパク質。 - 7.NDH1
呼吸鎖電子伝達系における最初の複合タンパク質であり、NADHとNAD+の酸化還元反応を触媒する。
図1 A.ferrooxidansの顕微鏡像
鉄酸化菌の一種であり、電気エネルギーを利用して栄養分を作り出す微生物であるA.ferrooxidansの顕微鏡像。電気エネルギーを使って、二酸化炭素を有機物に作り変える。
図2 電気化学反応容器へのA.ferrooxidansの細胞添加による電流生成の確認
赤線は細胞あり、青線は細胞無しの結果を示す。細胞添加直後からマイナスの電流が上昇し、紫外線照射(黒線)後徐々に電流が減少したことが分かる。
図3 微小の電力を使って生きる生物の代謝経路
細胞内に存在する分岐型電子伝達系を昇圧回路として利用。それにより、わずか0.3Vの電位差を1.14Vまで高め、二酸化炭素から有機物を作り出す。