長引く不況で先行きが見えにくい昨今、私たちはどのようにこれからのキャリアパスを考えれば良いのでしょうか。今回はハーバード・ビジネス・スクールの経営管理学の講師を務めるRobert C. Pozen氏が語った「時代の変化に取り残されない生き方」より、そのヒントを見ていきます。
電力会社から、太くて見苦しい電線をあなたの家の敷地に引きたいとの依頼があったとします。会社の人から、「電線を引かせていただくために、いくらお支払いしたらいいでしょうか?」と聞かれたら、あなたはおそらく、かなりの大金を要求するのではないでしょうか。では逆に、もともと敷地内に電線が通っていたと仮定します。これを撤去してもらうとして、あなたは電力会社にいくら支払いますか? 先ほど要求した額と同額でしょうか? それとも、もっと少ない額?
この場合たいていの人は、電線を撤去してもらう際に自分が支払う場合よりも高額のお金を、電線が新たに引かれる際の代償として要求します。この金額の差は、多くの人が持つ認知のクセの一種である「現状維持バイアス」を示す一例です。現状を変える提案をされた場合、私たちは変化によって得られるものよりも、失うものの方を重視してしまいがちなのです。この傾向を持つこと自体は無理からぬ話ですが、残念ながら、こうした傾向があなたの進歩を阻む可能性もあります。
変化は、私たちの生活の多くの面で、普遍的に見られる現象です。たとえば私たちは、思っていたよりも転職を繰り返す傾向があります。米労働統計局が2012年6月に発表した調査成果を見ても、調査の対象になった人たちは、18歳から46歳までの間に平均で11回転職しています。これはつまり、2年半ごとに仕事を変わっている計算になります。
転職だけに限りません。経済や人口の動向、技術面での変動によって、望むと望まないとにかかわらず、私たちは変化への対応を迫られています。2008年の金融危機も、一生に一度の事件といったものではありません。1986年以来、6回起きている同様の危機のひとつなのです。さらに長い時間枠で見ると、日本とロシアでは高齢化の進行によって経済成長が鈍化しています。ブラジルや中国といった国々は目覚ましい経済発展を遂げていますが、これには人口の増加が大きく貢献しています。一方、コンピューターの演算能力は過去30年間、一貫して向上し続けており、買い物や勉強、人付き合いの方法を変えてきました。また、ビジネスの世界でも、物流管理の効率が飛躍的に向上しています。
では、急速に変わり続ける世の中を味方につけるにはどうすればいいのでしょう? まずは、この先の自分のキャリアパスを硬直化させないことです。そんなことをしたら、自分の制御力を超える外的要因に対して脆弱になってしまいます。一方で、風の吹くままに転職を続けるようでは、どこかに吹き飛ばされてしまうでしょう。では、変化を受け入れながらも、ブレない自分を保つにはどうしたらよいのでしょうか?■変化を受け入れる
あなたのキャリアの各ステップで、自分が取りうる選択肢を最大化することで、変化に備えましょう。そうすれば、どんな事態が突然起きても対応できます。先を見据えて行動しましょう。今の職場で、自分が属する組織に、まだ生かしきれていない成長のチャンスが眠っていないかを探してみるのです。顧客基盤をさらに広げられないでしょうか? あるいはクラウドコンピューティングを活用する方法があるのでは? 新たなチャンスを誰よりも早く見つけられたら、そのプロジェクトがあなたに任される可能性も高まります。
不確実性を受け入れましょう。あなたの今の職種が何であれ、未来というのは本質的に何が起きるかわからないものだということを頭に入れておけば、より賢明な判断ができるはずです。過去の事実をもとにして、はるか先の未来の売り上げや利益が急成長すると推測するような予測には注意しましょう。こうした予測は、リターンの低下や競合他社の登場といった要素を考慮していないケースがほとんどです。
また、過去に基づいた硬直的な前提条件を用いる数学的モデルについても、慎重にその中身を見極めましょう。例えば、2000年代半ばに登場した不動産担保証券の多くのモデルでは、過去10年間のデフォルト(債務不履行)率を根拠としており、当時の不動産担保商品が過去のものとはさまざまな面で異なっているという事実を無視していました。その前提条件が誤りであったことが判明し、こうしたモデルは見事なまでに破綻したのです。
■ブレない自分を持つ多くの面で変化が日常茶飯事になっている今の世の中ですが、何世紀経っても変わらない、2つの原則があります。「経済の基本原則」と「人の誠実さ」です。人は日々の流行や最新のトレンドに目を奪われがちですが、この2つの原則はこれからの方針を長い目で考える際に不可欠なものです。
いつの時代にも、利益と損失という経済のごく基本的な原理を忘れてしまったかのような会社が群れをなして現れます。1990年代後半には、ドットコム企業が登場しました。こうした企業の多くは、間もなく廃業に追い込まれました。近い将来、ソーシャルメディア企業の一部が同じ運命をたどるかもしれません。売り上げの伸びや派手なアイデアは人々の興味を引くかもしれませんが、結局のところ、企業は利益を上げられない限り存続できないのです。
同様に、あなたの友人や同僚、雇用主、顧客は、今後も常にあなたの誠実さや評判を非常に重視するはずです。しかし残念なことに、ウォーレン・バフェットの「良い評判を築くには20年かかるが、たった5分でその評判が崩れることもある」という言葉は、まさに真実を言い当てています。
ですから、自分に対して明確な倫理基準を設けることは非常に大切です。自分の倫理面での強みだけでなく、弱みについても考えてみてください。自分の倫理観が試されるであろう場面を書き出してみましょう。そうした状況で、誠実さを貫くにはどうすればいいのでしょうか? 迷った時には「ニューヨーク・タイムズ・テスト」を課してみましょう。その行動が『ニューヨーク・タイムズ』紙の一面を飾ったとしたら自分はどう思うか、と仮定してみるのです。
ここまでの話をまとめましょう。新しいスキルを覚える姿勢を持ち、新たなトレンドを味方につけ、予測不能な危機に対応していくべきです。これらのことができなければ、あなたは時代の変化に取り残されてしまいます。しかしそれと同時に、時代の変化に影響されない原則に基づく行動をとり続けましょう。その原則とは、経済の基本原則と、自分自身の誠実さを保つことです。
Embrace Change, but Still Stand for Something | Harvard Business Review
Robert C. Pozen(原文/訳:長谷睦、合原弘子/ガリレオ)
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