海遊館の目の前に広がる大阪湾。汚い・臭いなどマイナスのイメージを持っている方も多いはず…ほんとうにそうなのでしょうか。
海遊館では大阪湾にすんでいる「スナメリ」を調べています。スナメリは、イルカと同じ歯クジラの仲間で、大阪府レッドリスト2014年版では、絶滅の恐れのある生きものとして記載されています。
この数年のスナメリ調査で、大阪湾で出産と子育てを行っていることが明らかになってきました。しかし、まだまだたくさんの謎に包まれています。一年中ずっと湾の中にいるのか、冬はどこで暮らしているのか、何頭いるのか…。
スナメリを調査し、守り、発信し、知ってもらうことが、豊かな海を未来につなげていく方法の1つであると考え、私たちはスナメリ調査に取り組んでいます。
1.スナメリってどんな生きもの?なぜ調査しているの?
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スナメリはイルカの仲間。
スナメリ(Neophocaena asiaeorientalis)はネズミイルカ科に属する体長2m程度の小型のイルカの仲間です。体の色は灰色っぽく、体のわりに大きな胸びれを持ちますが、背びれはありません。また、一般的なイルカのように突き出た口もなく、全体的に丸っこい顔をしています。背中には直径1㎜程度のゴマ粒のようなイボがずらりと並んでいます。触ると粒粒して固いです。首から背中にかけてまっすぐに並んでいます。このイボを仲間同士でこすり合わせることがあり、コミュニケーションをとっているのではないかという説があります。
イルカは超音波を出して餌を探すことをご存知かもしれません。これはエコロケーションといいます。スナメリも、エコロケーションして泳いでいる魚や泥の中に隠れている餌を探します。スナメリはイカやタコなどの軟体動物、アジやイワシなどの魚類など、比較的なんでも食べているようです。背中にあるブツブツのイボ
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日本にもいるの?どんなところに棲んでいるの?
日本にすむスナメリは、ミトコンドリアDNAの塩基の並びによって5つのグループに分けられています。仙台湾~東京湾系群、伊勢湾・三河湾系群、瀬戸内海系群、大村湾系群、有明海・橘湾系群の5つです。大阪湾にすんでいるスナメリは、瀬戸内海系群に属するといわれています。海底が砂や泥になっている水深50mより浅い海域に生息します。特に水深20mよりも浅い海域を好みます。ですから、スナメリは私たち人間の活動域と重なるところに生活圏を持っているのです。そのため、人間が海へ影響を与えたとき、スナメリも大きな影響を受けることになりました。
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海の埋め立てと、スナメリの関係
かつて大阪湾には、遠浅の自然豊かな砂浜が多くありましたが、私たちの生活を豊かにしていくため埋め立てを行い、人工護岸でおおわれた海岸へと姿を変えてしまいました。そうなると、浅場の生きものたちの生活空間や産卵場所が失われたのはもちろん、潮の流れが悪くなり、陸から出る汚れも増え、海の汚染が進んでしまいました。大阪湾のあちこちで見ることができていたスナメリたちも、もしかするとこのように環境が変わってしまった大阪湾から姿を消したのかもしれません。大阪湾のスナメリが減少しているという科学的な証拠は、過去の記録が少ないため十分に示すことはできません。しかし、餌となる生きものがすむ浅い場所の環境変化は、彼らにとって大きなダメージとなることはまちがいありません。
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大阪湾に位置する水族館として、海遊館は活動しています
長年、大阪湾を見てきた漁師さんは言います。「昔は船を追いかけてくるナメツン(スナメリ)をよく見かけたし、嵐のあとにはナメツンの死体が何個も浜(砂浜)に転がっとったわ」と。現在の大阪湾ではそのような光景が見られることもめずらしくなってしまいました。
海遊館は、大阪湾に位置する水族館であるからには地元の海を知る必要があり、絶滅が心配されている大阪湾のスナメリを調べていくことはとても大切なことであると考えました。そこで、2010年からスナメリ調査を含むさまざまな活動を専門家の力をお借りして実施しています。海水運搬船でのスナメリ目視調査や、一般参加者と一緒に行う目視調査、目撃情報の収集etc. 現在、たくさんの情報が集まってきています。
コラム:スナメリを見つけてみよう!
船に乗って野性のカマイルカを見に行くと、進んでいる船から出る波に乗って遊んだり、仲間同士で遊んだり、ジャンプしたりと、とても見つけやすいです。
では、同じイルカの仲間、スナメリはどうでしょう。
スナメリは船が近づくと逃げる。驚くと潜ってしまい、なかなか上がってこない。呼吸がとても静か。そして、背ビレがないので海面に波が出ていたり、一瞬眼をそらしたりすると発見しにくい(写真参照)など、スナメリを見つけるのはなかなか大変です。
スナメリはセスナ機などで上空から探すと、一番見つけやすいです。海面に波がほとんどなく、少し曇っている日に上空から観察すると、真っ青な海に白っぽいスナメリの姿がよく目立ちます。スナメリたちがよく発見されているのは関西空港の周り。もしかすると、関西空港を使って旅行するときに、スナメリが見られるかも知れませんね。見つけたら教えてください!
- ジャンプする野生のイルカ
- 海面に見えるスナメリ
海遊館では平成25年に関西テレビさんと合同で、空からスナメリの目視調査を行いました。その時の様子がこちら。
2.調査の方法とその結果
海遊館では下記のような、スナメリの実態調査を行っています。
- スナメリの生息数調査
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生息数を把握するため、どこに、どれだけ、どのようにスナメリが見つかるかを調査します。
- ① 海水運搬船乗組員による目視調査
- ② 遊漁船を使った目視調査
- ③ 特殊機器A-tagをつかった水中音録音調査
- ④ 海に関わる人たちへの聞き取り調査
- 死亡したスナメリの調査
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ストランディング等で死亡したスナメリを回収したあと、サンプルを採取し、DNAや胃の内容物などを調べます。
スナメリの生息数調査
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①海水運搬船乗組員による目視調査
海遊館では、海水運搬船で和歌山県日ノ御埼沖へ行き、汲んだ海水を水槽に使用しています。和歌山まで行くのは、太平洋の黒潮の水を使用するためです。海遊館の目の前の海は、川からの真水が混ざり合い、塩分が低いために水槽で利用することができないのです。さて、海遊館から取水地点までの航海中、スナメリの発見数が多い関西国際空港の北~西側を通過します。そこを通過する際の天気・風の強さ・海の状況・スナメリの頭数、どんな状態かなどを記録します。
海水運搬船
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②遊漁船を使った目視調査
一般の参加者を募り、3~4時間の目視調査を、4~9月に2回程度行っています。また、大阪湾環境再生連絡会主催「大阪湾生きもの一斉調査」の一環として、海遊館と大阪ECO 動物海洋専門学校の合同で目視調査を行っています。
この調査では、関西国際空港の周辺でスナメリの姿を探します。関西国際空港周辺は、空港があるために禁漁区になっています。その結果、様々な生物が暮らしており、それをエサにするスナメリたちが集まるかもしれません。実際、関西国際空港の南側で見られることが多いです。 一般の参加者を交えたスナメリ調査の内容・結果はこちら一般の参加者を交えた目視調査の様子
コラム:スナメリはおひとりさま!?
カマイルカは数十~数百頭で大きな群れを作って暮らしていますが、スナメリは基本的に単独で過ごします。しかし、時には何頭かでいるところも見かけます。複数頭でいるときというのは、
- Ⅰ、その年にうまれた赤ちゃんを連れた親子
- Ⅱ、繁殖期
- Ⅲ、餌を追って10頭前後が群がっている(大阪湾では秋に見られやすい)
なのです。ですから、実際に調査に出かけてスナメリを探すのは至難の業。広い大阪湾を小さな船から人の目を使って調査するわけですから、発見できる目と、外気にさらされながら調査をできる体力が必要です。
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③特殊機器A-tagをつかった水中音の録音調査
海面の目視調査は、海況に左右されやすい難点があります。そこで、海洋生物の音響観測技術を研究している専門家のアドバイスを元に、海中の音をつかってスナメリの存在を確認する特殊な録音機材(A-tag)を使って調査を行っています。この機材を使うと、スナメリの出す高い声を長期間記録することができます。記録された音を、スナメリの声なのか、それ以外の生物なのか、または船の音なのかを分析して見極めます。
- 水中音の録音調査の様子
- 録音調査の調査結果。このような形で結果が出ます。
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④海に関わる人たちへの聞き取り調査
飼育員が毎日海に出て調査することは難しいため、毎日海に出る漁師さんやヨットを持つ方などにも協力いただき、スナメリの目撃情報を集めています。とても貴重な情報が集まっています。
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生息数調査の結果と現状
大阪湾のスナメリは、増えているのでしょうか?
一般の参加者を交えたスナメリ調査の内容・結果はこちら
海遊館の調査はまだ始まって数年しかたっていません。海水運搬船の航路を使った調査では、年ごとにスナメリの発見回数や頭数に変動があります。
海でスナメリを見つけるのは大変です。まず、船酔いする人は調査に出られません。天候によっては激しい日差しや風にさらされるため、体力も必要です。さらに、スナメリは背びれがないので、海の波とスナメリを見分ける知識と経験が必要です。このように、一筋縄ではいかないのです。個人の知識と経験にも差があることから、今後さらに改良を重ね、安定した調査体制を継続してゆく必要があります。
また、聞き取り調査では、スナメリに注目して海を見る人が増えれば情報は増えてゆきますので、「発見されたスナメリの回数が多くなること=スナメリの数が増えた」とは言えません。まだまだこれから長期的にスナメリを見つめていくことが必要です。
死亡したスナメリの調査
イルカなどが浜に打ち上げられたり、岩場で座礁したり、漁網などにかかることをストランディングといいます。ストランディングを発見した時、動物が生きている場合は基本的には海に戻し、傷がある場合には水族館などで保護をして傷の治療を行います。ストランディングした動物が死んでいる場合、その場に埋めることもありますが、死体を詳細に調べることもあります。詳しく調べることで、野生動物の保護につながる貴重な情報を得ることができます。海遊館も連絡が入れば駆けつけて対応しています。
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①どんなことをするの?
下記のような流れで調査を進めています。
- スナメリの
ストランディング発見 - 発見者が
海遊館へ連絡 - 飼育員が
現地へ赴く - 発見状況の
聞き取り - 現場で
死体の調査 - 持ち帰り
- 詳しい
調査
スナメリは水産保護法で守られている生物です。そのため、保護の目的であっても勝手に捕まえたり、移動したり、死体をもって帰ることはできません。海遊館では、連絡を受けた場合には必ず、関係省庁へ連絡をしてから対応しています。
これまでに、死亡して砂浜に漂着したスナメリや、漁師さんの網に絡まって死亡したスナメリの対応をしてきました。こどものスナメリからおとなのスナメリまでサイズは様々です。また、動物は死ぬと腐敗が始まります。死んですぐであれば比較的扱いやすいですが、真夏で時間がたった状態で発見されると、鼻が曲がりそうな強烈なにおいがします。いずれにしても詳しく調べるため、ビニールシートにくるんで海遊館に持って帰ります。私たち飼育員も、動物たちの死体を取り扱うことはなかなかありません。ですから、死亡個体の詳細を調査することは、動物の体のつくりを知ることができる機会となるのです。それが、傷ついたり病気になったりしたスナメリの治療にも役立つのです。 ブログ海遊館日記でも報告しています。
ストランディングしたスナメリ
- スナメリの
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②「詳しい調査」って、何を調べるの?
大阪湾のスナメリは研究者がとても少ないため、情報がとても少ないです。本当に瀬戸内海に由来するグループのスナメリなのか、何を食べているのかもはっきりとはわかっていません。そこで、様々な研究機関に協力してもらいながら、様々な体の組織を調べます。
[例]※すべて専門の研究所や大学で実施
- CT
スキャン - プロポーション
測定 - 外見
チェック - 開腹し、内臓の
チェックと
サンプリング - 骨は
博物館で
保存
CTスキャンの様子
- CT
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③なぜ、こんな事をするの?
生きた生物を展示するのが水族館なのでは?と、思う方もいるかもしれませんね。水族館には社会的な4つの役割があり、その中の2つが、「自然保護」「調査・研究」です。死んだ動物が何を食べていたのか、どんな原因で死亡したのか、どのような成長段階にあったのかなどを調べれば、その個体が生きてきた環境を知ることができます。特に自然界で数を減らしている種類の生きものであれば、個体数を減らさないためにどのような対策をするべきなのか考えることもできます。海遊館の身近にある大阪湾の自然を保護し調査することは、水族館の大切な役割です。
3.大阪湾とそこに棲むスナメリの未来
大阪湾は、これからどうなれば良いのでしょうか?
生きものがすみやすい環境を整えることが必要です。
しかしそのためには、私たちがもっと自分たちの暮らしと自然環境に関心を持つことが必要です。私たちが流した生活排水や工業排水は最終的には川に流され海へ出ます。これが海を汚す原因となりますが、一方ではプランクトンにとっての栄養分にもなります。プランクトンが増えればそれを食べる動物プランクトンが増え、それを食べる小魚などが増えます。このように、適度な栄養分は海を豊かにしますが、多すぎれば海底がヘドロ化するなどして生物に大きなダメージを与えます。逆に栄養分が少なければ多くの生物を養うことはできません。私たちの暮らしと大阪湾は密接につながっているのです。また地球規模においても、人間活動や気候変動は海に様々な影響を与えます。
これからの大阪湾を考える時、人も含めた生物同士が、どのようなきずなで結ばれているのかを理解することが大切です。
あなたのスナメリ情報を求めています!
海遊館では、大阪湾のスナメリを調べています。もしスナメリを見かけたら、それが生きていても、死んでいても、ぜひ海遊館にご一報をお願いいたします。
【連絡先】
06-6576-5545
「スナメリを見かけたので、連絡しました」とお伝えください。飼育員が折り返しお電話いたします。
こんなことをお聞きします:
①どこで見かけましたか?(詳しく)
②今、どんな状態ですか?
③何頭いましたか?