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アナキズム・イン・ザ・UK

アナキズム・イン・ザ・UK

第15回:キャピタリズムと鐘の音

ブレイディみかこ Jan 14,2014 UP

 なんで年頭になるとわたしは左翼の人になるのだろう。
 昨年の正月は紅白の「ヨイトマケの歌」を見ながら、日本の労働者階級について考えていた。で、今年はケン・ローチ監督のドキュメンタリー『The Spirit Of 45』のDVDを見ていたのだが、この作品はケン・ローチが昨年11月に発足させた新左翼政党レフト・ユニティーのコテコテのプロパガンダ映像である。一部メディアには酷評されたが、しかしこれを見ると、英国には社会主義国だったとしか言いようのない時代があったのだとわかる。

 タイトルで謳われている1945年とは終戦の年だ。
 日本が降伏を宣言し、マッカーサーが神奈川県に降り立った年である。
一方、戦勝国の英国では、国を勝利に導いたチャーチルの保守党が選挙でなぜか大敗し、労働党政権が誕生した年だった。
 保守党政権下の1930年代は貧富の差が極端に拡大した時代だったという。「貧民の子供はよく死んだ」と証言している老人がいるが、国の至るところにスラムが出現し、貧者が集合的に檻の中に入れられ切り捨てられている様子は現代の英国とも重なる。開戦で真っ先に戦地に送られたのはこうした貧民だったわけだが、彼らは戦地で考えていたという。「俺たちはファシズム相手にこれだけ戦えるのだから、戦争が終わったら、力を合わせて自分たちの生活を向上させるために戦えるんじゃないか」と。
 終戦で帰国した兵士たちは、空襲で破壊された街や、戦前よりいっそう荒廃したスラムを見て切実に思ったそうだ。「こりゃいかん。俺ら、別に対外的な強国とかにはならんでいいから、一人ひとりの人間の生活を立て直さな」と。

 それは「ピープルズ・パワー」としか言いようのない下から突き上げるモメンタムだったという。
 戦勝国の名首相(チャーチルは英国で「史上最高の首相」投票があるたびに不動の1位だ)が、戦争で勝った年に選挙で大敗したのである。それは、当時は純然たる社会主義政党であった労働党が、「ゆりかごから墓場まで」と言われた福祉国家の建設を謳い、企業を国営化してスラムの貧民に仕事を与えることを約束し、子供や老人が餓死する必要のない社会をつくると公約して戦ったからだ。労働党にはスター党首などいなかった。彼らは本当にその理念だけで勝ったのだ。

 UKの公営住宅地は、現代では暴力と犯罪の代名詞になっているが、もともとは1945年に政権を握った労働党が建設した貧民のための住宅地だ。あるスラム出身の老人は、死ぬまで財布の中に「あなたに公営住宅をオファーします」という地方自治体からの手紙を入れてお守り代わりにしていたという。浴室やトイレがある清潔な家に住めるようになったということは、彼らにとっては一生お守りにしたくなるほどの福音だったのだ。
1930年代には無職だったスラム住民も、鉄道、炭坑、製鉄業などの国営化によって仕事をゲットし、戦時中に兵士として戦った勢いで働いた。
 「ワーキング・クラスの人間は強欲ではないんです。各人が仕事に就けて、清潔な家に住めて、年に2回旅行ができればそれ以上は望まないんです」
 と、ある北部の女性が『The Spirit of 45』で語っている。
キャピタリズムが「それ以上」を望む人間たちが動かす社会だとすれば、ソーシャリズムとは「それ以下」に落ちている人間たちを引き上げる社会なのだ。

 ロンドン五輪開会式の演出を任されたダニー・ボイルは、NHS(英国の国家医療制度)をテーマの一つにした。
 NHSこそ、1945年に誕生した労働党政権が成し遂げた最大の改革である。「富裕層も貧者も平等に治療を受けられる医療制度」という理念を労働党は現実にしたのだ。
 現代のNHSには様々の問題があり、レントゲン撮ってもらうのにも2ヶ月待たされた。というような細かい文句はわたしはブログで延々と書いてきたし、連合いが癌になった時もGPにいい加減にあしらわれ続けたおかげで末期になるまで発見されなかった。
 が、彼が今も生きているのはNHSが無料で治療してくれたおかげだし、「子供ができない」と相談したらNHSは無料でIVFもやってくれた。うちのような貧民家庭では、NHSが存在しなかったら、連合いは死に、子供はおらず、わたしは独りになっていただろう。

 英国の医療が発達したのもNHSの副産物だったという。それまでは、患者の支払い能力に応じて治療法を選択して売るといういわば医療商人だった医師たちが、費用のことは一切心配せず、「この患者をどうやって治すか」ということのみに没頭できる医療職人となって医療技術を飛躍的に前進させたのである。
 「この国は、たとえ王室がなくなっても、NHSだけは失ってはいけない」
 と『The Spirit of 45』で語っている庶民がいる。
 日本の中継ではほとんど触れられなかったそうだが、ロンドン五輪開会式でダニー・ボイルがあれほどNHSのテーマに時間を割いたのも、「開会式ではNHSの部分が最高だった」と言う英国人が多いのにも理由がある。それは、NHSが英国のピープルズ・パワーを象徴しているからだ。

 しかしそのピープルズ・パワーも時の経過と共に英国病を患い、70年代末に登場したマーガレット・サッチャーがThe Spirit of 45を片っ端から粉砕していくと、英国はキャピタリズム一直線の道を進みはじめ、それは今日まで途絶えることなく続いている。もはや、最後の砦NHSさえ、細切れに民営化されはじめた時代だ。

 英国のワーキング・クラスの人びとの強い階級への帰属意識も、もとを正せば「1945年のスピリット」に端を発しているのだと思う。下からのパワーがチャーチルをも打ち負かし、庶民が自分たちの手で自分たちの生活を向上させた、そんな時代が本当に英国にはあったからだ。実際、「ワーキング・クラスがもっともクールだった」と言われている60年代に、それまでは上流階級の子女の仕事だったジャーナリズムやアートといった業界に下層の子供たちが進出していけたのも、1945年に労働党がはじめた改革のおかげだ。労働者階級の子供たちも大学に行けるようになったからである。それまではそんなことはインポッシブルだった。
 が、現代のUKは、またそのインポッシブルな世の中に逆戻りしている。

 「キャピタリズムはアナキズムだ」と左翼の人びとはよく言う。
 政治が計画を行わず、インディヴィジュアルの競争に任せれば、優れた者だけが残り、ダメなものは無くなって自然淘汰されて行く。という行き当たりばったりのDOG-EAT-DOGな思想は、たしかにアナキーであり、究極の無政府主義とも言える。
 どうりで英国の下層の風景にわたしがアナキーを感じるわけである。「ブロークン・ブリテン」とは、キャピタリズムの成れの果てだったのだ。「アナキズム・イン・ザ・UK」とは、「キャピタリズム・イン・ザ・UK」のことだったのか。と思いながら、『The Spirit of 45』を見ていると(本編とインタヴュー編を合わせると8時間半の大長編だ)、
 「社会主義が最初に出現したのはいつでしょう」
 というケン・ローチの質問に、ある学者がこう答えた。
 「究極的にいえばキリスト教が社会主義だ。だからそれが誕生した時代にはすでにあった」

 たしかに、「金持ちが天国に入るのは、駱駝が針の穴を通るより難しい」と言ったジーザスは、いきなり市場を破壊したこともあるぐらいだからキャピタリズムは大嫌いだったろう。
 しかし、キリスト教だけではない。「どんどん強欲になることを生きる目的にしなさい」とか「勝つことが人間の真の存在意義です」とかいう教義を唱える殺伐とした宗教はまずないだろうから、本来、宗教というものは反キャピタリズムだ。
 社会主義や宗教には、政府や神といった号令をかける人がいて、「みんなで分け合いましょう」とか「富める者は貧しい者を助けましょう」と叫ぶ。わたしは保育園に勤めているが、大人が幼児に最初に教え込まねばならぬのは排泄と「SHARING」である。英国の保育施設に行くと、保育士が「You must share!」と5分おきに叫んでいるのを聞くだろう。つまり、人間というものは本質的に分け合うことが大嫌いなのであり、独り占めにしたいという本能を持って生まれて来るのだ。そう思えば、キャピタリズムというのは人間の本能にもっとも忠実な思想である。本能に任せて生きる人間の社会が、「You must share!」と叫ぶ保育士がいなくなった保育園のようにアナキーになるのは当然のことだ。

             ***********

 ジェイク・バグのレヴューを書いたとき、書きたかったのだがやめたことがある。
 それは彼の歌詞になぜか教会が出てくるということだ。
 今どきのUKの貧民街には教会など存在しない。信者(=寄付)が集まらなければ成り立っていかないので、貧民街からは教会もとっくに撤退している。それに、教会が歌詞のモチーフに使われるUKのポピュラー・ソングなど現代では聞いたこともない。
 レトロな感じの歌詞が書きたかったのね。と最初は思ったが、“ブロークン”に出てくる「谷間に響く教会の鐘の音」とは、いったい何なのだろう。

 キャピタリズムの成れの果てであるブロークンな街に、遠くから響く鐘の音。

 ヒューマニティーという鐘の音に渇望する人間の心を、ジェイク・バグはそうとは知らずに代弁してはいないだろうか。

アナキズム・イン・ザ・UK - Back Number

Profile

ブレイディみかこブレイディみかこ/Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『花の命はノー・フューチャー』、そしてele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK -壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン、2013年)がある。The Brady Blogの筆者。http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

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